184 願いの力
「なるほどのぅ……国落としは、魔人ローニャの『異名』ではなくて、『現象』であったと」
「ええ……」
俺たちはプライさんに、ローニャとの出会い、そして、ばあちゃんが起こした強制進化――『森具智秘露呼』について話をした。
「生物の強制進化か……ふむ……」
「プライさん、何かご存知ないですか?」
「いや……そもそも魔力が臨界点を突破するなんてことは、いまだかつて聞いたことが無い。そんなもん、どれほどの魔力が必要なのか……伊織さん、あんた当事者なんじゃ。何か分からんのか?」
「ごめんねぇ……私、あん時の事はあんまり覚えておらんとよ……」
ばあちゃんはキツネ耳を倒し、申し訳なさそうにしている。
「やけん、ローニャちゃんを起こすために、私たちヨツシアに来たんよぅ」
「ふむぅ。ローニャと言えば伝説の1000年魔人……歴史の生き証人じゃ。きっと何か知っておろうのぅ」
「あの……これは俺の考えなんですけど……ローニャは100年前に起きた『国落とし』――つまり魔力の臨界突破時の強制進化を、止めようとしてたんだと思うんです」
――『国落としは絶対にさせない……今度こそ、私が止めてみせるから』――
「それはローニャ自身も言っていました。でも止められなかった……結果、ヨツシアには魔族が溢れて……ん? 魔族が――溢れ……て……?」
俺は自分が発した言葉に妙に引っかかった。
何か……見落としてるような……
凄く単純な事……
「蓮ちゃん?」
「どうしたんじゃ婿どの?」
「いえ……ちょっと待って下さい……」
帝国はエストキオ神話で『亜人が魔族になった』としている。
それが『原魔の呪い』。
以前、サリサはこう言っていた――
――『帝国が出来て程なくして、ひとりの天才魔導士が現れたそうだ。その天才は亜人たちに施す、ある強力な術式を作った」――
――『それが隷属の紋だ。隷属の紋は原魔の呪いを抑制する効果があるそうだ』――
だからヒズリアでは、亜人への奴隷制度が定着したんだろう?
「隷属の紋は1000年前の天才魔導士が作った……変だ……」
「変? なんが?」
「どういう事じゃ、婿どの?」
ヨツシアの100年前の国落としの言い伝え――
帝国の言い分では、ローニャがヨツシアに『魔族を引きいれた』と言っている……
魔族を引きいれて、魔族が溢れた?
――どこから?
もしその言い伝えが本当なら……おかしい。
奴隷制度が敷かれて、ヨツシアで国落としがあるまで900年――
聖騎士団は魔族に対して『聖戦』という名の虐殺を行い続けている。
その中で多くの亜人が奴隷となり、魔族の数は相当に減っているはずだ。
じゃあ……ローニャが引きいれたその魔族は――
どこから来たんだ???
そう言えば……ローニャは眠る前、豚に対してこう言った。
――『彼女は原魔……均衡の調停者。私たち魔族より上の存在なの』――
――『その言い方……良くないわ。彼女、元は人だから』――
――『魔力をかなり受けもってくれたから……さらに進化したのかも』――
原魔が元は人で、魔族より上の存在……
魔力で……進化……する……『さらに』?
森具智秘露呼が強制進化を発動した時――
あそこにいたのは、ばあちゃんに救いを求めて集まった亜人たちだ。
多くの者に『隷属の紋』が刻まれていた。
「…………あ…………」
この時――
俺の中でいくつもの断片が、音を立ててはまっていくような気がした。
「あの……俺、今から変な事言いますが……いいですか?」
「ん? なんじゃい?」
「もちろんたい。言うてんしゃい」
「も、もしかして……100年前、ローニャが引きいれたとされる魔族って……元は亜人……もしくは人間……だったり、する? のかなぁ?」
――「「はぁ?」」――
俺の突拍子もない意見に、みな目を丸め口を開けた。
「魔族を引きいれたんじゃなくて……ヨツシアに住んでいた人たちが……魔族になったりして……それで……ヨツシアは滅んだんじゃないかな?」
「い、いや~、ばってん蓮ちゃん……エストキオ神話じゃ魔族は亜人から生まれたっちなっとんよね? それが『原魔の呪い』なんやろ? 人が魔族になるん?」
「それなんだけど……俺はそれ……教会がついた嘘なんじゃないかと思ってるんだ」
「教会が? 何のためにね?」
「いやまだ分かんなけど……奴隷制度を正当化するためとか……じゃないかな?」
「帝国や教会が嘘をついとるっちゅうことね?」
「うん……100年前のヨツシアでも、大規模な強制進化――国落としが起きたんだよ。それは間違いない。ローニャが俺たちに嘘をつく意味がないからね」
「そうやねぇ……」
「そして強制進化ってのは、亜人も人族も関係なく魔族に変化させるもの……それをローニャは止めようとした。帝国はそれを隠そうとして、国落としの汚名をローニャに着せた……そう考えれば、色んなことがつじつまが合う……」
「……帝国は、なんを隠そうとしたん?」
「だから、人からも魔族が生まれることだよ。それが世に知れば、1000年続いた奴隷制度を揺るがしかねない……」
ロビーに一瞬の沈黙が流れる。
――『魔族は亜人から生まれる』――
1000年信じられてきた話だ。
このヒズリアじゃ誰も信じないだろう。
「いや……あくまで仮説だよ! ちょっと思いついただけ……人が魔族になるなんて……はは、変……かな?」
「いや……待たれい、婿どの」
プライさんが何か思いついたように口を開いた。
「魔族が人間からも生まれる……確かに突拍子もないが――ふむ……あながち婿どの推理は間違っておらんかもしれんぞ。ツクシャナで起きた強制進化……街の人間が、伊織さんもろとも『植物に変質した』と言っておったな?」
「ええ」
「それはつまり――『元いた生き物』が『別の生き物』に変わるということじゃろ? それに似た現象を……ワシは知っておるぞ……」
「え? 何ですか?!」
「もう何度も見ておるじゃないか……これじゃよ」
――シュウゥゥゥ……ボンッ!
そう言うと、プライさんは身体強化の呪文を唱え、巨体化した。
「むほぉぉぉ……」
「え? 身体強化の魔法?」
「そうじゃ……これは刻印式を用いて、『内の魔力』に『外の魔力』を混ぜ、身体を強化しておる」
「ええ……」
「要するに、外の魔力により『弱い身体を強い体に変化させる魔法』じゃ。これは……お主らの言う『強制進化』と……ちこうないか?」
あ――
「た、たしかに……似ていますね。強制進化は『魔力の臨界点』を超えた時……魔力が過度に集まった時に起こっています」
「うむ……『外から』の膨大な魔力が進化を促す。身体強化と同じ原理じゃ」
強制進化と身体強化が同じ原理――
つまり、強制進化も……魔法の一種???
「婿どの……そもそも魔導士が操る魔法とはなんだとおもう?」
「え? 魔法? 前歯の時、ミルカに魔力の講義はされてましたよね? 『内側の魔力』――生命力や精神力と、『外側の魔力』――世界に溢れる力、その二つが魔力だって……それを操るのが魔法、なんじゃないですか?」
ミルカは言葉を発することは無かったが、うんうんと頷いている。
ただ、どこか表情が不安げだ……
多分――俺たちがこんな話をしているから、帝国魔導士を目指す彼女にとっては複雑な心境なんだろう。
「そうじゃ。もっと根源的な事を言えば、魔法とは――やりたいこと、なりたいもの――願望を叶えるためのものじゃ。『火をおこしたい』『水を得たい』『身体を強くしたい』――そうした願いに形を与え、現実へ導く法則。それが魔法じゃ」
「……願いに形を……」
「のう、婿どの……その『森具智秘露呼』の時、街の人々は伊織さんを異常なほど崇めておったんじゃろう?」
「ええ……みんなばあちゃんに熱狂してました。救い主さま~って」
「そうやったけ? ほんとごめんねぇ……あの時の前後、あんま覚えておらんのよねぇ」
「その時みんなは……伊織さんに……『何を願った』のかのぅ」
「あ……」
救いの神に願うこと……
救済……
そしてあの時ばあちゃんは、僅か数十秒で、数キロにわたり森を切り開いた。
あの場にいた全員にもたらされた、圧倒的力による破壊のカタルシス。
――『我らが神は、力を持っている』――
力ある神に願うこと……
暴走した信仰の行きつく先は……何だ?
力があれば……人は必ずそれを欲する。
『あの力を得たい』という願望……
同化……?
神との同化……
「街のみんなは……神と崇めるばあちゃんと……無意識に『同化したい』と願った……ですか?」
「うむ……その『願い』に、魔力が反応し、肉体を伊織さんの木属性に変質させた……」
「つまり国落としは……『願いの力の暴走』……という事ですか?」
「かもしれん、ということじゃ。まあ、確かなことは分からんが……の!」
――ボシュン……
プライさんは身体強化を解き、元の小さな老人に戻った。
「でも……何となく見えてきましたね……強制進化は、身体強化のような魔法の延長線上かもしれない」
「うむ……であるならば、国落としも意図的に引き起こせるかもしれんの。まあ、災害規模の魔力が必要じゃろうが。ふう……しかしとんでもない仮説じゃの……久しぶりにワシ、ワクワクしたで……ちょっと昂っとるわ。はぁ、お茶のも」
――ずずうぅ
「はぁ~、うまいっ。平常心平常心」
プライさんと話せて――よかった。
まだそうと決まったわけじゃないけど……
なんとなくこのヒズリアの『隠された歴史』が見えてきたような気がする。
あとは……ローニャを目覚めさせて、本当の事を確認するしかない。
「あの~……ワシからもえいかえ?」
黙って話を聞いていたポッコが、おずおずと前足をあげ口を開いた。
「ん? どうしたポッコ」
「ずっと話を聞いちょ思うたがやけんど……難しいことはよう分からんが、その強制進化ってやつで…………ワシ…………魔人になれる?」
――「「「「「……あ……」」」」」――
確かに……
強制進化が魔力によるもので、身体強化と同じ原理なら……
「……もし、婿どのの仮定が正しければ……なれるかもしれんの……」
「ほ、ほんまか?!」
ポッコは毛を膨らまし、プライさんの膝の上に飛び乗った。
「な、なぁプライさん! もし……あれなら……ワ、ワシで試してみんか? そうしたら蓮さんの仮説が正しいか、分かるがやないか?!」
「むぅ……しかしそれじゃと、並みの身体強化では無理じゃの……相当強い術式を組む必要がある。それには『ある素材』が必要じゃ」
「素材、ですか?」
「そうじゃ……これがなかなか希少な素材でな……あ……ふぇふぇふぇ……そうか……その手があったか……」
プライさんはポッコを撫でながら、何かを思いついて頬を緩めた。
「婿どのや……お主ら、このままヨツシア内陸部に行くつもりか?」
「え? ええ……春には帝国が掃討作戦を開始するので……その前には、魔族の集落に向かいたいと思っています」
「光の死神はどうする?」
「そ、それは……」
「何か対策はあるのかえ?」
「えっと……ポッコの魔力探知で、死神の位置を特定しようとしています」
「ふむ、あやつを相手するにはそれが最低条件じゃの。して……それは出来そうなのか?」
光の死神に出会ってから、チエちゃんとポッコは魔力探知の訓練を続けている。
(チエちゃん、ポッコの魔力探知の距離と精度って今どんな感じなの?)
《ジジッ――現段階で感知できる距離は、100メートルほどにまで伸びましたが……余程強い殺気でないと感知できません》
100メートルか……
「……ばあちゃん、九七式狙撃銃の射程距離ってわかる?」
「九七式? えっとねぇ確か……最大射程は1500メートルやったかいな」
《全く話になりませんね……》
「ごめんちや……ワシが不甲斐ないばっかりに」
ポッコは申し訳なさそうに、プライさんに腹を撫でられ続けている。
それは謝る態度ではないぞ、ポッコ。
《いえ、ポッコさまは私のしつこいしごきにも耐え、頑張っておられます。謝ることではありません》
「チエさん……ありがとう~!!!」
《とはいえ、光の死神の射程距離、精度と比べると、やはりちびっこ相撲地区予選敗退レベル……」
「そんな! チエさん!」
ポッコ、お前もちびっこ相撲地区予選にやってきたか……
ここから先は長いぞ~。
いい加減、俺もちびっこ相撲を卒業したい。
「ふむ。100メートルか……それはそれでなかなかのもんじゃ。しかし、このまま、ヨツシア内陸部に入っても奴には太刀打ちできんじゃろ。じゃが、もしポッコちゃんが魔人になれたら――魔力探知の精度も距離も飛躍的に伸びるかもしれん。そうなれば光の死神に一方的にやられずに済む……」
「試す価値があると?」
「うむ。何より試してみらんと『強制進化の真実』も分からんしのぅ」
そう言うと、プライさんはポッコを頭上に掲げ、ニヤリと笑ってこう続けた。
「どうじゃ婿どの……ワシと手を組まんか? ポッコちゃんが魔人になれるかどうか……ワシが手助けしてやる。ワシもポッコちゃんの魔力探知が強化されたら奴を見つけるのに助かるしのぅ」
「え……プライさんって魔力探知持ってるんじゃないんですか?」
「ワシは魔力感知はできん」
「え?! だってほら、門前でポッコの魔力探知に気付いてましたよね?」
「ふぇへ! あれはワシからの感知じゃないわ。ポッコちゃんの方からワシの魔力に触れたから感じただけじゃ。しかも距離も近かったからの。そもそも遠くの魔力を感知するなど、よほどの『魂の感度』が無いと出来ん」
そうか……魔力が見えることと、遠くの魔力を感じて認識することは別なんだ。
「ワシもあんたも、光の死神に対抗するために、ポッコちゃんの魔力探知を強くしたい。ポッコちゃんは魔人になりたい。ウィンウィンじゃろ。素材を手に入れるのを手伝えい」
確かに……今のまま闇雲に突っ込んでもやられるの可能性が高い。
ポッコを強化する方が最優先だ。
「それに……その素材を手に入れたなら……あんたらの赤札もどうにかなるかもしれん」
――「「えぇ?!!!」」――
――ガタンッ!
俺とばあちゃんは思わず立ちあがり声をあげた。
「赤札生活……何かと不自由じゃろ? ワシの言う通りすれば、赤札の取り消し出来るかもしれんぞ? ふぇっへっへ……」
あ、怪しい……
ポッコを掲げ笑うプライさんが怪しすぎる……
絶対なにか裏があるでしょう、これ……
でも、この赤札生活……不便すぎるのは確かだ。
だけど、どうする……なんか嫌な予感が――
「プライちゃん! その話……のったぁぁぁ!!!」
などと俺が考えているうちに、ばあちゃんが即答した。
「ようし、決まりじゃ!!!」
「やったぜよ!!!」
どうなるんだろう……これ。
俺、なんかずっと……
老人に振り回されている気がする。




