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183 ヴェレドフォザリ家~サリサちゃん家の複雑な事情~

 ――「おぬしら……奴に……光の死神に会うたのか?」――



 豚骨スープで髭がびしゃびしゃのプライさんは、眼光を鋭く光らせた。



「い、いえ、会ったわけじゃないんですけど……恐らく光の死神が殺したであろう魔物を見つけまして……あ、これはその魔物の死体から出てきたものです」



 ――コトンッ



 俺はサンパチの弾頭をテーブルの上に置いた。

 ※(サンパチ:三八式実包。第二次世界大戦中、日本軍が使用した実弾)



「この(つぶて)……間違いなく奴のものじゃ……」



 プライさんは鈍色の塊を手に取り、まじまじと見つめた。



「奴を知っているかと聞いたな……奴が何者かは分からん。じゃが奴が――ワシの教え子を殺したという事は知っておる」


「え――」



 食卓に緊張が走り、みな箸を止めた。



「その教え子は今から15年前――ヨツシアの掃討作戦の最中に奴にやられた……頭を撃ち抜かれてな。ふぇふぇ……死神の奴め……やはりまだくたばっておらなんだな……結構結構……」



 プライさんはそう言って顔は笑っていたが……


 サンパチを見つめる目は、まるで塗りつぶされたかのように暗く沈んでいた。



「ワシがヨツシアに度々出稼ぎにくるのも、光の死神を倒すためじゃ。奴の首をアリシアさまに捧げんと……ワシは死んでも死に切れん……」


「アリシアさま? 誰ですか?」


「トトゾリア先代女王――アリシア・ヴェレドフォザリ……サリサさまの母上さまじゃよ」


「え――サリサ?!」


「サ、サリちゃんのお母さん?!」



 ――コトンッ



 プライさんはサンパチをテーブルに置くと、ひとつ息をした。



「ふぅ……殺されたワシの教え子は、サリサさまの父……トトゾリア王国先代国王――『ハロルド・ヴェレドフォザリ』じゃ」


「こらたまげた……サリちゃんのお父さんが、光の死神に……プライちゃん、そりゃどういう事ね? 詳しゅう教えてくれん?」


「話せば長ごうなる……婿どの、まずは食事を済ませんか? それからゆっくり話そう」


「え? ああ……そうですね」



 そうだな……その方が良いかもしれない。


 こんな大事な話をするのに――


 あんな汚い食べ方をされていたら、話が入ってこない。



「では……ずるるるるぅ――げふぅごへぇ!!!」



 プライさんは麺と一緒にひげを啜りながら食事を済ませた。


 ひげ……短い方がいいですよ……


 誤嚥性肺炎とか気を付けて下さいね……ご高齢なんだから。



「おごへぇ!!!」



 その後、ヴィヴィは昼の屋台があるので席を外すことになった。


 終始、俺とは目を合わさなかった。


 そりゃそうだよなぁ……


 わざとじゃないって言っても、シオンとあんな事(・・・・)になったからな……


 ……今夜! 今夜こそ謝ろう。


 コヤネさんも『前歯騒動』のせいで、仕事が残っていたので作業に戻った。



 ――ずずずぅ……



 ロビーのテーブルには、俺とばあちゃん、ミルカとポッコがプライさんを囲む形で食後のお茶を飲んでいる。



「さて……ハロルドの事じゃったな」


「ええ……」


「ハロルドはトトゾリアの先王じゃった。元はワシの弟子でな……それは強い男でのう……アリシア・ヴェレドフォザリ第6王女――サリサさまの母親に見染められ『婿比べ』では無類の強さを示し、アリシアさまに女王の座を与えた」


「……第6王女? 上に5人もいるんですか?」


「身体強化の刻印もあって……アマゾネスは多産でな……ちなみに下にあと3人おるぞ」


「ええ?! 9人兄弟?!」


「うんにゃ、9人姉妹じゃ。アマゾネスは女の血が強い。生まれてくる子供のほとんどが女じゃ」



 えぇ~……そんな三毛猫みたいな。


 しかし9人って……凄いなアマゾネス。



「ヴェレドフォザリ家は建国以来、トトゾリアを治める正統王家であったが……ハロルドの死後、今は現女王『ヒルデ・リエブル』が治めておる」


「リエブル? じゃあ……他の家に王位を奪われたんですか?」


「そうじゃ。ハロルドが生きておったら……今もヴェレドフォザリ家がトトゾリアの正統王家であったであろう。ハロルドとアリシアさまには、サリサさまを含め5人の娘がおったからの。その中から、次の女王が選ばれとったはずじゃ」


「じゃあ……サリサがやっていた婿探しって――」


「うむ、ヴェレドフォザリ家復興の為じゃ。サリサさまは5人姉妹の中で、最も文武に長けておったからの……王家復興の期待を一身に集めておった。まあ本人は『婿比べ』にあまり納得していなかったようじゃが……周りからの期待を裏切れんかったのかものぅ。サリサさまは小さい頃から、人一倍責任感が強い子じゃったから……」



 サリサのやつ……かなり複雑な家庭事情じゃないか。


 全くそんなそぶり見せなかったぞ。


 あ……でもあいつ――



 ――『私は……お前がいい。心から尊敬に値する男だ。お前と一緒になれるなら……王族の地位などいらん……今日から私は、一人の女として生きる。うん……決めたぞ! 蓮!』――



 みたいなこと言ってなかったっけ……


 ええ~……そんな重大な責任があったのに……


 捨てちゃうの???


 でも、それってつまり……それだけ俺の事を――



 プ、プライさんにはこのことは黙っておこう……


 なんか……大変なことになりそうだッ!



「元々トトゾリアは、どの国にも属さぬ独立武装国家じゃ。女性中心でありながら、帝国と言えども容易に手出しできぬほどの力を持っておった。あらゆる武術を修め、刻印式による身体強化――ヒズリア全土においても1、2を争う強さを誇っておった。そして……それを支えていたのは、紛れもなくトトゾリア最強のヴェレドフォザリ家じゃ」


「サリサもそうですけど、カリスとタリナなんか……めちゃくちゃ強いですからね。俺、初めて会った時、ボッコボコにされました」


「ふぇへへ、あの姉妹はハロルドが戦地で見つけた拾い子じゃが、筋が良かったからの。あの二人以外にも優秀な戦士が沢山おった。ヴェレドフォザリ家があったればこそ、トトゾリアはエストキオ帝国に飲み込まれずに済んでおったのじゃ。帝国にとっては邪魔で仕方なかったじゃろうな」



 え……カリスとタリナ以外にも、あんなに強い奴らがいるのか!


 サリサん()……こえ~~~!



「そして、帝国以外にもヴェレドフォザリ家を疎む者がおった……それがリエブル家じゃ。リエブル家はずっと王家に仕える立場にあったからの……いつかはと思っておったんじゃろう」


「リエブル家っち、今の女王の家やろ? はっ……ちゅうことは……謀反を起こしたん?!」 


「そうじゃ……リエブル家――ヒルデは、ヴェレドフォザリ家を帝国へ売ったんじゃ」


「……どういうことですか?」


「当時帝国は、ヨツシアの魔族を滅ぼすため、掃討作戦を行っておった。じゃが思うようにいかず、先代女王アリシアさまに協力を要請した。『魔族なきヒズリアの安寧の為』という名目の元でな」


「そう言われると……断りづらいですね……」


「元より帝国が勝手に始めた戦争――アリシアさまは関与することを良しとしなかった。じゃが、『帝国に目をつけられては困る』とヒルデが進言したのじゃ。それが罠じゃった……」


「罠?」


「そう……ヒルデはあの出征でヴェレドフォザリ家を潰そうとしとったんじゃ。ヒルデの進言を呑んだアリシアは、渋々ハロルドをヨツシアへ送り出した。リエブル家の顔も立てねばならんかったからのぅ……」


「ねぇ蓮ちゃん……なんか……ファクタでも思ったばってん、貴族とか王族の世界っち複雑やねぇ」


「そうだね……単純な市政とは、また違ったしがらみがあるんだろうね」


「アリシアさまは胸騒ぎがすると言って、ワシにハロルドの護衛を頼んできた。当時は、ワシもまだバリバリじゃったからのう」



 まだ?


 いや、俺から見たら、今でもバリバリに見えるんですが……


 というより、俺が出会った人の中で最強ですよ。



「出征の際――ヒルデは帝国からの贈り物として、『兜』をハロルドに与えた。額にエストキオとトトゾリア、両国の紋章が大きく刻まれたものじゃった……」



 ――ずずぅ……



 ここまで話すと、プライさんはお茶を一飲みしてため息をついた。



「ハロルドは普段、邪魔になると言って、戦場では兜なんぞ被らんのじゃが……『この兜は、帝国との友好の証』だとヒルデは押し切った。あの時――ワシがヒルデの思惑に気付いていれば、やつも死なんで済んだかもしれん……」



 ハロルド王は頭を撃ち抜かれたと言っていた……


 つまり――



「もしかして……その兜が……目印に?」


「そうじゃ……光の死神は、帝国の紋章目掛け、寸分違わず『この礫』を当ておった。あれがどういう魔法か分からんが――あの一瞬、凄まじい速度でハロルドに向かう光の筋をワシは視た」



 魔法――


 そうか……プライさんは『銃』という概念を知らないんだ。


 ヒズリアには銃火器がないからな。



「後で聞いた話じゃが――光の死神は帝国兵ばかりを狙って殺していたそうじゃ。ヒルデはその事を知っておったんじゃろう。ハロルドを失ったアリシアさまの落胆ぶりは……見ておれんかったわい……二人の仲は、国中が羨むほどじゃったからの」



 顔も知らないし、会ったこともないけど……



 ――『蓮、大好きだぞ』――



 サリサのご両親――


 アリシア女王とハロルド王の仲睦まじい姿が、なんとなく……想像できた。



「日を追うごとにアリシアさまは弱っていかれた……ヒルデはそれを見逃さんかった。アマゾネスの女王は強くなくてはならん……そうでなければ内外問わず牙をむかれる。日を待たずしてトトゾリアの内政は荒れた。無論、ヒルデが方々に手を回して、邪魔をしたんじゃな……そしてアリシアさまを『弱き女王』と触れ回り、民心を離反させた。結果、アリシアさまは王座を追われたのじゃ」


「むぎぎぃ……そのヒルデっち女……こすかねぇ(ずるいねぇ)……」


「今や、トトゾリアは帝国への強硬姿勢を緩め、帝国に良いように使われとる……リエブル家では帝国に到底対抗できんからな。いや……もとよりヒルデは帝国と手を組むことで、ヴェレドフォザリ家を追いやる算段だったんじゃろう」


「ヴェレドフォザリ家は……どうなったんですか?」


「リエブル家の監視の元、トトゾリアの辺境へ追われた。アリシアさまは……その後すぐに亡くなってしまわれた……まだ幼いサリサさまや下の妹たちを残してな」



 じゃあ、あいつ……そんなに両親との時間はなかったのか。


 その代わりをカリスとタリナが……


 あ……だからあんなに過保護に……


 何となく事情がつかめてきた。



「そんな訳あって……ワシは光の死神を追っておるのじゃ。奴がハロルドを殺そうと思って殺したのか――それは分からん。じゃが、奴が……ワシの可愛い弟子を殺したのは間違いない」



 そう言うと、プライさんは懐から鉛弾を取り出しテーブルに置いた。



 ――コロンッ



 テーブルの上には、俺たちが見つけた鉛弾とプライさんが置いた鉛弾が二つある。



「蓮ちゃん……プライちゃんのこれ……サンパチや……」


「ハロルドの無念はワシが晴らす……これはアリシアさまとの約束を守れなんだ――ワシのけじめじゃ……」


「プライちゃん……それで15年もの間、あんた、光の死神を追っとるとね……」


「……そうじゃ」



 重い空気がロビーに漂っていた。


 ばあちゃんは少し悲しそうな顔で、真っすぐにプライさんを見ている。


 そしてゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。



「ねぇ……プライちゃん。関係ない私が言うのもなんばってん……その……あんまり復讐に人生を費やさん方が、いいんやないやろか? 憎いんは分かる……分かるよぅ。ばってん……どうしたって、死んだ人は帰ってこん……それよりあんたが――」



 ここまで聞いて、プライさんは俯いたまま、ばあちゃんの言葉を遮った。



「――言うてくれるな、伊織さん……あんたに言われたら……ワシの今までが揺らぐ……分かるぞい……あんたも亡くした(・・・・)んじゃろう? 大切な人を……」



 え? 亡くした? ばあちゃんが?


 誰を……?



「長いこと戦場に身を置いておったら……何となく匂いでわかる。あんたに似た人と沢山会うた……みな、あんたと似たような匂いをしておったよ」


「プライちゃん……」


「あんたは……乗り越えたんじゃろう? 分かるよ……強いのう。ワシは確かに腕っぷしは強い。じゃが、あんたらに比べたら――弱いんじゃろうのぅ……」



 俺はこの時、二人が何を話しているのか……


 正直、全部分かったとは言えなかった。



「ううん……私は何も出来んやっただけばい……そうするしか(・・・・・・)なかっただけ……」


「ワシもじゃ……だから――もう何も言うてくれるな……」


「……そうね……そうやね……応援は出来んばってん……応援するばい……」



 でも――


 長く生きた人同士にしか分からない言葉が……


 恐らくこの世界にはあるのだという事は、なんとなく理解出来た。



「ふぇへへ、あんた……優しいのう」


「そやろ?」


「まるで早くに亡くなったワシの姉上と話しているようじゃ。流石99歳じゃのう」


「へはは~! 戦前生まれの転生人なめんなよ! ってね」



 はは、久しぶりに聞いたな、そのフレーズ。


 ん……戦前生まれ……?


 ばあちゃんが亡くした人って、もしかして戦争で――



「よし! こん話はおしまい! ばってん……サリちゃんの婿探しにはそんな訳があったとはねぇ」


「サリサさまはヴェレドフォザリ家の誇りじゃ」


「あり? でもばい? サリちゃん、蓮ちゃんと結婚できるなら『王族の地位を捨ててもいい』っち、言いよらんやったっけ?」



 あ――ばかッ! ばあちゃん! それは今言わなくていいんだ!


 今そんな事言ったら――



「なぬ?! サリサさまがそんな事を?!」


「サリちゃん、蓮ちゃんにべた惚れやけんねぇ~」


「ぐぬぬ……王族の地位を捨てる……あのサリサさまにそこまで言わすとは……ぐぬぬぬぬ~~~」


「いや! サ、サリサは別に、ヴェレドフォザリ家の復興を諦めたわけじゃないと思います! た、多分、言葉の綾というか! 俺の気を引くためのアプローチというか! ただ、俺の事が好きなだけなんだと思います!」


「うっわぁ……蓮ちゃん……言うよねぇ~」


《……またあなたは……蓮さま……自分で何を言っているのか分かっていますか?》



 え――?


 ああ! また俺、変な言い回しを!



「こぉんの小僧ぉ~~~、自信たっぷりに言いおってからにぃ~~~」



 ――シュウウウ……ボンッ!



 プライさんの腕が強化された!


 今にも湯飲みを握り潰しそうだ!



「ふん……好きなだけ……か。まあ、それくらいの自信を持ってもらわんと困る。アマゾネスの愛情というのは苛烈じゃ……この人と決めたら何が何でもその人と添い遂げようとする……人生は短いからの……」



 そう言うとプライさんは寂しそうにお茶を啜った。



「ワシの話はここまでじゃ。次は婿どのたちじゃ。お主ら――国落としのローニャをどうするつもりなんじゃ?」


「俺たちの話も長くなりますが、お話します……俺たちが赤札になった理由と、国落としという『現象』について」


「現象? ふむ……面白いことをいうの……聞かせて貰おう」



 俺たちはこれまでの経緯を全てプライさんに話すことにした。







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― 新着の感想 ―
 サリサさんが出てこなくて寂しかったので、  この深掘りエピソードはとても心に沁みました☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆  次も楽しみにしております♪( ´θ`)ノ
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