187 チエちゃん、ついに――
「おっふ、まだ陽が出ておるのに、今日は一段と冷えるのぅ」
街の外は早めの日暮れが、白い地面に長い影を描いている。
「門が閉まる前には戻るからの。今日は婿どのの『弱点と課題』をとっと教えるわい」
「俺の弱点と課題……ですか」
「そうじゃあ、まず――あんたの能力の整理といこうかの」
「は、はい」
プライさんは拾った枯れ枝で、雪に文字を書きはじめた。
「ひとつ、物質同士を固定できる『施錠』じゃったの」
「はい。空中に固定も出来ます。出せる数は8個。それ以上は……混乱するし、使いこなせないので……増やす訓練はしてません」
「うむ、便利な力じゃの。ふたつ、自身を包むように雷撃を出す『纏雷』じゃな」
「はい。出力の調整はチエちゃんがしてます。出す部位は心のスイッチで制御してます。鎖と施錠を併用すれば、中距離攻撃も可能です」
「心のスイッチ??? 何かよう分からんが――ワシに一発喰らわしたやつじゃの。ありゃ痺れたわい。ふぇふぇふぇ」
――サクサクッ……ズズッ
白い地面に次々と日本語が刻まれていく。
これ……本当はヒズリアの文字で書かれてるんだよな。
稲荷神の加護がなかったら、最初に出会ったヴィヴィとも、まともに会話も出来てないはずだ。
そうなると――ヴィヴィが仲間にならなかったかもしれない。
マジで俺とばあちゃん、ツクシャナの森で詰んでたかもな。
ばあちゃんの6万回のお祈りとアポロのしおりに感謝だな……
アポロのしおりが無ければ、加護の拡張が出来なかった。
あいつ……元気にしてるかな。
――サクサクッ……ズズッ
大狸商店街を出てそろそろ二か月……か。
あいつ、少しは背が伸びたかな。
街のみんなに会いたいな……
「――どの! 婿どの! 聞いとるのか! ぼうっとするな!」
「あ! は、はい! すみません!」
「みっつ目じゃ。あの速いやつ――何と言ったか?」
「し、神槌です」
「うむ。あれは凄まじいのぅ……ワシも相当素早い魔物や魔族、手練れの武道家と幾度も手合わせしたが、あれほどの速さで動く者はおらなんだ」
「あ、ありがとうございます」
プライさんほどの人に褒められると、素直に嬉しいな。
「しかしじゃ……あんな技、何のリスクも無しに出来るとは思えん。何か――制約があるじゃろう?」
「え……」
「そうじゃのう……あれほど身体に負荷をかけるんじゃ……あの時……ワシが仕掛けた際、初っ端から使わんかったちゅう事は……あれはとっておきの切り札……日に使える回数が限られているか……過度に使い過ぎると行動に支障をきたす……違うか?」
流石だ……
たった一回手合わせしただけで、こっちの手の内が完全にバレている。
「おっしゃる通りです。使い過ぎると行動不能になります」
「やはりの。で、どのくらい連続でやれる?」
「えっと……チエちゃん、今だったらどのくらい連続使用できるかな?」
《ジジッ――そうですね……移動のような単純な動作でしたら、インターバル無しで9秒か10秒……しかし、戦闘では様々な要因が絡みますからね……ギリギリ5秒……いえ、4秒といったところでしょうか。それ以上の連続使用は危険です》
なるほど――
『その場の状況や負荷』によって魔力の演算量が変わるって事か。
「えっと……インターバル無しなら4秒ってところです」
「ほう~、4秒か」
「短い、ですよね」
「いやいや! 実戦での4秒は相当長いぞい。なるほどのぅ……婿どのがその程度の体術で、ここまで生き残ってこれた理由がそれか……」
その程度……?
いや……俺だってカリスとタリナに鍛えられて、そこそこ戦えるようになってるぞ?
この人……俺に一撃貰ったこと、根に持ってるんじゃないか?
「どんなへっぽこでも、生死を分けた戦いの場で『4秒もアドバンテージ』を貰っとるんじゃ。そりゃ体術も磨く必要がないはずじゃ。ふぇふぇふぇ」
――サクサクッ……ズズッ
プライさんは笑いながら地面に文字や何か絵をかいている。
もう日本語にすら見えない。
加護の翻訳が効いてない?
いや――翻訳も出来ない言語……概念なのか?
「へ、へっぽこって……神槌を使えば、肉弾戦も結構いけると思うんですが」
「ふんっ、初見ではの。ネタが割れれば、なんぼでも対応できるわい」
「対応?」
「そうじゃ? 何なら……もう一度ワシと手合わせしてみるか? その結構いける肉弾戦……」
「べ、別に構いませんが……手加減なし……ですよね?」
「ふぇへへ! 当たり前じゃ。手を抜いたら訓練の意味がないから――のぅ!」
――シュウウゥ……ボンッ!!!
プライさんは身体強化を発動し、見る間に巨躯になった。
相変わらず……何て威圧感だ……
「前と同じで、『互いに一撃入れたら勝ち』ということにしようかの」
「……分かりました」
「ワシが手を叩いたら、始めじゃ。のう……婿どの。ワシ、速攻全力で婿どのをぶん殴るからの? 出し惜しみせず神槌を発動せいよ? そうせんと……死ぬぞい?」
いくら身体強化したプライさんが速いといっても、絶対に神槌には追いつけない……
何か企んでるのか?
「わ、分かりました……いつでも……どうぞ」
「よし……絶対に出し惜しみするでないぞ……では――」
――パンッ!
プライさんが手を叩いた瞬間――
俺たちを中心に光の膜のようなものが半円状に広がった。
なんだこれ――
さっきプライさんが雪の上に書いていた文字が……光っている?
もしかして――攻撃魔法?!
いや! そんな感じじゃない……
もっと静かな……
「い~く~ぞ~~~いッ!」
――ドンッ!!!
プライさんは雪煙を巻き上げ、一足で俺の方へ飛び込んできた!
速い――ッ!
だけど……対応できない速さじゃない!
このまま神槌で――迎撃する!
「チエちゃん! 行くぞ!」
《は――ジジッ! 蓮さ――ジジジッ!》
え?! チエちゃん?!
「ほぅ~らぁ……どうしたぁ? チエさん待ちかぁ?」
――グオオオォ!!!
まずい! プライさんの右拳がもうそこまで!
チエちゃんのサポート無しでやるしか――
「神槌!!!!!」
――バリィッ!!!
――ズドッ……ゴォンッ!!!!!
俺は自力で神槌を発動した。
過剰な電流が俺の脳を貫く……
――ブシュッ……
一瞬で鼻から血が噴き出し、視野が真っ赤に染まった――
毛細血管が……ズタズタだ……
で、でも、プライさんの拳は辛うじて躱したぞ……
――ズボッ……
「やはり……とんでもない速さじゃのう……」
やっば……地面にあんなデカい穴があいてる……
「……して? 次は躱せるかのぅ?」
――ブンッ!!! ゴオオオォォォ!!!
プライさんの左フックが――
ああ……これは無理だ……躱せない……
立ってられない――
――ガクッ……
――がばっ……
プライさんは拳を解き、倒れ込む俺を抱きかかえた。
「おほ~、効くかなぁ~とは思っとったが……ドンピシャじゃの。脆い脆い」
「プ、プライさん……」
「しかし……たった一瞬で、これほどの揺り返しがくるのか……こりゃ鍛え甲斐があるのぅ。ふぇふぇふぇ」
プライさんは笑いながら、俺を地面に寝かせた。
頭が……割れるように痛い。
チエちゃん抜きだったら、俺って……
こんなもんなのか……
「プライさん……さっきの魔法……なんですか?」
「精神干渉を防ぐ、妨害魔法じゃ」
「せ、精神干渉?」
「そうじゃ。魔族や手練れの魔術師の中には、精神に干渉する『闇魔法』を使う者も多くおる。肉弾戦タイプの戦士や武道家は、この闇魔法にめっぽう弱くての。それに対抗するための魔法じゃ」
プライさんは雪に描かれた光る文字を指さした。
あれ――術式を書いていたのか……
「闇魔法は厄介じゃからのぅ。ハマればどんな達人でも手玉に取られてしまう。そうならん為の魔法も、日々開発されとるっちゅうわけよ」
確かに……ローニャの『魅惑』も、かけられると完全に自由を奪われるからな……
なんか、魔法って火や木の攻撃魔法が強いイメージがあったけど……
闇魔法――実はこれが最強なんじゃないか?
「ほれ、鼻血。これで拭け」
プライさんはハンカチを渡してくれた。
「あ、ありがとうございます。あの……今、チエちゃんとの接続が切れました……これ……妨害魔法のせいですか?」
「そうじゃろうの。チエさんは肉体を持たぬ精神体なんじゃろう? 精霊や悪霊など、精神体には物理攻撃は効かんからのぅ。ぴしゃりハマったわい。よっと」
――パンッ
プライさんが手を叩くと、雪の文字は光らなくなった。
《ジジッ――! 蓮さま! 聞こえますか?! 蓮さま!》
「あ……チエちゃん、うん……聞こえるよ」
《ああ……よかった……蓮さまとの接続が急に悪くなり、念話が出来ないようになりました。それに私自身も、暗い箱の中に閉じ込められたような……外からの情報がなくなって……心配しました》
「そうなんだ……」
「うむ。チエさん復活したようじゃな。何と言っておる?」
「えっと、念話が出来なくなって、外からの情報が遮断されたと言っています」
「ふむ……遮断か……つまり、チエさんは婿どのとの繋がりで、外界との情報を得ておるっちゅうことか」
「え? でも、チエちゃんはばあちゃんや店主たちとも繋がれるんだよね?」
《はい。ですが……先ほどは本当に暗闇の中に閉じ込められました。移動ができなかったんです。あ、そうです……アレに似ていますね……》
「アレ? なに?」
《グランボアと戦っとき――蓮さまが開錠を使ったじゃないですか……あの時のような、暗闇です》
「ん? アレとは何じゃ? チエさんは何と言っとる?」
豚と戦った時って――
あの宇宙の迷子か!
あれは怖かった……
「確かあの時、俺は身体を失くしたんだったよね」
「ん? 身体を失くした? どういうことじゃ?」
《ええ、生きているともいえるし、死んでいるともいえる、曖昧な状態でした》
「シュレッダーが猫、だっけ?」
《シュレディンガーの猫です。覚える気ないでしょう?》
「んん? なんじゃと? すれんだぁな猫だらけ???」
「ごめんごめん、俺、文系だからさ。それで、あの時のような暗闇になったんだね?」
《はい。次元の狭間というか……完全な無の状態です》
「……ちょい待て~~~い! なに二人して話し込んどるんじゃ。ワシ、チエさんの声聞こえんから、非常に……仲間外れ感が半端ないんじゃけど……」
――「す、すみません」《す、すみません》――
「チエさんに何が起こったのか、ちゃんと説明せい!」
「は、はい」
俺は以前グランボアと戦った事や――
今、チエちゃんが喋ったことをプライさんに伝えた。
「はぁ~、原魔の豚のう……そんなものがおるのかい……ふぇふぇふぇ、ワシも手合わせしてみたいのぅ。して、チエさん……こういった妨害魔法に対抗するにはどうしたらいいとおもう?」
《そうですね……魔法を解析して、解除するしかないでしょう。私に求められるのは……基礎知識の更新と、さらなる演算の高速化、でしょうか?》
「婿どの……チエさんは何と言っとる?」
「えっと……」
俺はチエちゃんの言った事をそのままプライさんに伝えた。
「うむ、素晴らしい。その通りじゃな。じゃがそれも方法のひとつじゃ。他にもっと手っ取り早い方法がある」
――「え? なんですか」《え? なんですか》――
「婿どのがチエさんに依存せず、シンプルに強くなること。その神槌は婿どのとチエさんであるから出来る、飛び切りの技じゃ。それ自体は素晴らしいが、チエさんがいなくなったら……脆いものじゃろ?」
「はい……」
《そうですね……神槌発動時は無敵に近い状態になりますが、今みたいに私と蓮さまの連携が途切れると、一気に形勢が悪くなりますからね……蓮さまの素の強さをあげるのは、生存率に直結しますね》
「うん……そうだね」
「……ん~……婿どの……チエさんは何と言っとる?」
「あ~、えっと……」
……俺はチエちゃんが言った事をそのまま……プライさんに伝えた。
「なあ……婿どの。チエさんとの会話……なんちゅうか……面倒臭いのぅ」
《ええ?! プライさま――そんな!》
あ……やっぱりプライさんも思ってたんだ……
少しイライラしてたもんな。
「実は……俺もさっきからそう思ってたんです」
《蓮さままで!》
ごめんチエちゃん。
だって本当に二度手間なんだもん。
「それ……どうなんじゃ? パーティーでチエさんと念話が出来るの、婿どのと伊織さんとヴィヴィちゃん、あ、あとポッコちゃんか……コヤネちゃんとミルカちゃんとワシは出来んって……結構な不便さじゃないかの?」
「大狸商店街で、店主の契約か従業員として雇用すれば、念話が開通しますが……今はそれも出来ませんからね」
「あ――そうじゃ……ふむ……ふむふむ」
プライさんは顎ひげを撫でながら考え込んだ。
「のうチエさんや……あんた、婿どのの精神や身体に、深く入り込んでおるんじゃろ? 身体って……操れんのか?」
《え? 蓮さまの身体をですか? 出来なくはないですが……それほど精密に動かせるわけではありません》
アレか……ローニャの時のEMSか……
「出来なくはないけど、精密には無理だそうです」
「例えばじゃが……これ、こういう刻印式があるんじゃが――」
――サクサクッ……ズズズッ
プライさんは雪に何やら術式を書きはじめた。
「これ――『思ったことを自動書記する刻印式』なんじゃが……これ意味わかるかの?」
《……ええ……理解できます。これまでいくつか魔導書は読んで参りましたので》
「分かるみたいです」
「じゃったら、こういうのはどうじゃ――」
これから先は……プライさんとチエちゃんが何やら魔導に関して話していたが、俺にはよく分からなかった。
俺はただ、チエちゃんの言葉をそのままプライさんに訳した。
それからプライさんは、俺の首筋に何やら刻印式を描き――
「あの……プライさん、これ、何ですか? 何で俺に刻印を?」
「ふむ……ワシとチエさんで新たに組んだ刻印式じゃ。これで何とかなるかもしれん。ではチエさん、喋ってみい」
え? 喋る?
どういう事? 念話ってこと???
――「《あ~、テストテスト、マイクテストチェックワンツー》」――
げぇ?!!! 何これ?!!!
「え?! 今のなに?! 今、チエちゃんが喋ったの?!」
「《嗚呼! こ、声が! 出ます! 出ますよ! プライさま!!!》」
なんと……
チエちゃんの念話が――
俺の口から出ているッ!!!
「ふぇっへっへ! 成功じゃ! 自動書記の刻印を上手く弄れたわい!」
「《ありがとうございます! プライさま!!!》」
しかも……チエちゃんの声、俺の声と差別化するためか……
やたらと高い!!!
というか――俺が裏声で喋ってる!
「《まさか刻印式にこの様な使い方があるとは……感服いたしました! 蓮さま! さっそく宿に戻って、皆さんにご報告いたしましょう!》」
「あ、ああ……そう、だね」
※(蓮一人で喋っています)
「よかったのう、これでチエさんの声が聴こえるわい」
「《早く早く! 蓮さま! 私の声をみなさまに!》」
いや……俺の声です!
裏声の!
なんかこれ――
俺が恥ずかし過ぎないか???
「《マイクテストワンツー!!!》」
俺はマイクじゃない!!!




