181 輝かしき欠片、何度でも
ミルカが俺の額に、プルプルと震えながら刻印式を描いている。
――んふ~……んふ~……
息が荒いが……緊張しているのか?
お願いだから、落ち着け……
変な歯になるのは勘弁だ。
「――ふぅ……か、描けました!」
「ふむ……どれどれ……」
プライさんが俺の額を覗き込む。
――ふぁさ……
白く長いひげが、俺の額に当たっている。
それ……大丈夫?
ひげが筆みたいになって、刻印式が乱れたりしない?
「刻印式は――あ……」
あ?
「……まあ……大丈夫じゃろう。ほれ、ここに書いてある詠唱を唱えい」
「は、はい!」
今、『あ』って言いましたよねプライさん!
あ――
ひげの先端が……赤い……
ちょっと詠唱、待って――
――「我が名はミルカ……再生を望む魔導の徒」――
は……始まっちゃったよ! 詠唱!!!
――「血よ……竜血に宿る命の影よ」――
ミルカの輪郭がほんのりと輝き始めた。
こ れ は も う~
止められない……!
――「お前は……在りし姿の影法師。失われし形を辿るもの」――
い、今……俺に出来ることは――
精一杯、前歯を動かさずに固定すること!
――「その理のもと……巡り、紡ぎ、再びその姿を成せ」――
何だ……歯が……凄く温かい――
いや――
――シュウゥゥゥ……
熱い!!!
握ってられないくらい熱っつぅ!
こんな風になるなら、先に言って!!!
――「欠損再生!!!」――
――シュワァァァァ!!!
は、歯が――
直接は見えないけど……俺の歯がめっちゃ光ってる!
ロビーの天井に、ミルカとプライさんの影が七色にゆらゆらと踊っている。
「はわぁ~!!! れ、蓮ちゃんの歯ぁ……めっちゃ光っとるぅ!!! ゲ、ゲーミングPCみたいや! ゲーミング前歯やぁ!!! やぁ~ん! かっこよかぁ!!!」
バカなこと言ってんじゃない!
こっちはこの熱い歯を固定するのに必死なん――
――シュウゥゥゥ……
あれ……?
熱くない……さっきはめっちゃ熱かったのに。
熱が収まるのと同時に、俺のゲーミング前歯の光も収まった。
「お、終わりました……どうでしょうか? プライさま」
「ふむ……どうじゃ? 婿どの」
「あんあ……うっごく、かういえす(なんか……すっごく、痒いです)」
「そりゃ、切れた神経が繋がった証拠じゃ。もう手を外していいんじゃないか?」
「あい……」
俺は恐る恐る前歯から指を離した……ベロの先で軽く前歯を押してみる。
痛みもなく、歯茎に軽い圧を感じる。
「くっついた……くっつきました! プライさん!」
「上出来上出来。ようやったぞ、ミルカちゃん」
「で、でも……何だか……どっと疲れました」
ん? 何だか微妙に口の中に違和感を感じる。
数時間、歯抜けだったからか?
「そりゃそうじゃ。欠損再生は、上級魔法じゃからの。詠唱者の魔力消費も半端じゃない。何でもリスクなしでは出来んちゅうこっちゃな」
「は、はい……ふぅ~……で、では、お歯抜けさんの治療に移ります……」
「……ばあちゃん……鏡ある?」
「ん? 私の手鏡やったらあるばってん……ほい」
「ふむ……ミルカちゃん、だいぶ魔力をもってかれとるの……その様子じゃ今日は痴女の前歯はちと厳しいかものぅ」
やっぱり――!
俺の前歯……外に傾いている!!!
すきっ歯になってるじゃないか!!!
「ん? どうした? 婿どの」
「あ、あの……歯……曲がってます」
「ん? そうか?」
プライさんは怪訝な表情で、俺の歯を覗き込んだ。
「う~ん、少し……曲がったか? こんなもんじゃないの? 元の歯並び、ワシ、知らんし」
そんな……なんて無責任な!!!
「ふ~む……どうする? もう一回やる?」
「え? も、もう一回?」
「ちょびっと寿命縮むかもしれんけど――ふんっ!」
――ボンッ! ぎゅむぅぅ……
プライさんは右腕のみ身体強化して巨拳を握りしめた。
その拳は……そういう事ですか?
「い、いえ……ちょ、ちょっと考えます……生活するには問題ないかもしれませんし……」
「それがいい。こんなんでいちいち寿命を削っとったら、命がいくらあっても足りんぞい。あ、一晩、内側に押さえつけながら寝たら? 『定着』が浅い今なら、真っすぐになるかもしれんし……ならんかもしれんし……」
いい加減な……
「はい……そうします」
「ふう、ワシも疲れた。部屋空いとる? 今日はこのままここに泊まるとするわい」
「ええ……一部屋空いてます……大銀貨1枚です」
「な……金取るんかい?! 歯ぁ治してやったのに?!」
でも歪んでるじゃないか!
絶対あんたのひげのせいだ!
「それとこれとは……話が別です……お代は頂きます」
「かぁ~! しっかりしとるのぅ~! ふぇっへっへ! 結構結構! 銭勘定も王に必要な資質じゃい! こりゃサリサさまもいい男を見つけたもんじゃ!」
結局ミルカの体力もあり、歯抜け美女の治療は、明日に持ち越すことになった。
歯抜け美女は、傷の治療が終わってもクリーニングルームで眠り続けた。
「よっぽど疲れているのでしょうねぇ~。膝の傷なんか酷かったですよぅ~。今日はこのままぁ、ここで寝かせてあげましょ~」
コヤネさんは濡れた布巾で、歯抜け美女の汚れた顔や手足を拭きながら、付き添いを申し出てくれた。
――ガチャ……ギィ~……バタンッ……バフッ……
俺は部屋に戻りベッドに身を投げ出した。
疲れた……
――カサッ……
胸ポケットから、デートのしおりが覗いていた。
……全く予定通り進まなかったな。
歯、折れるし、ボコられるし、歯、くっつくし……
念のため、ばあちゃんの手鏡で歯を確認するが――
やっぱり少し斜めだ……
何て一日だ。
それもこれもあの人が俺に――
――ゴチンッ! ぶっちゅうぅぅぅぅぅ!!!
あれは……なんだ?
キ、キス――なのか?
もしかして、あれをする為に……
あんなにボロボロになるまで……俺を探した?
まあ……分からないことをアレコレ考えても仕方ない。
明日、彼女が目覚めたら、直接聞いてみよう。
それと……
ヴィヴィにもあやまんなきゃ……
とにかく今は――
前歯を内側に押し付ける!!!
俺は眠るまでの間、いや、眠ってからも押さえ続けるぞ! と自分に言い聞かせながら、右手親指で前歯を押さえ続けた。
◇ ◇ ◇
――ガチャガチャ! ジャッジャッジャッ! パッカ~~~ン!
宿の前から鍋を振るう音がする……
朝か……
ヴィヴィのやつ、もう屋台を開けているのか……
身体が重いな……
《……さま……蓮さま……起きて下さい。お歯抜けさんの治療をしますよ》
「ん――チエちゃん……おはよう……」
《……疲れていますね……流石に昨日の怪我は……尋常じゃないというか……》
「ふぁ~あ。うん、だるい……怪我もそうだけど、あれでしょ? 再生って寿命削るんでしょ?」
マジで、どのくらい寿命が減るのか教えて欲しい。
《……そうですね……寿命……蓮さま……そもそもですが、伊織さまのくさ汁って、あんなに回復効果がありましたか?》
「うん、凄いよね。あれかな? ばあちゃんの魔力のインフレーションと関係しているのかな? 回復量があがる! 的な」
《………どうでしょう………》
なんか……昨日からチエちゃんの様子が変だな。
プライさんの講義にも反応しなかったし。
あんなのチエちゃんの大好物じゃないか。
《……蓮さま……前歯、どんな感じですか?》
「あ! そうだ!」
俺は、手鏡で前歯を確認した。
「あ……治ってる! 真っすぐになってる!」
《……真っすぐに……》
「はぁ~良かったぁ! あのまま、すきっ歯だったらどうしようかと思ったよ……やっぱり押さえて寝たのが良かったんだ」
《……………………》
――コンコンッ!
「蓮さま~、ミルカでございます~、あの~お歯抜けさんの治療をしたいのですが……歯、持ってらっしゃいますよね~」
あ……そうだった!
歯抜け美女の歯、俺が持ってるんだった!
「その歯が無いと治療が進められません~」
「ご、ごめ~ん! すぐに行くから!」
◇ ◇ ◇
「おそよ~、蓮ちゃん」
「おはよう、ばあちゃん。あ、おはようございます、プライさん」
ロビーに降りると、ばあちゃんとプライさんがテーブルでお茶を啜っていた。
「おはよう、婿どの。どうじゃ? 歯、真っすぐになったかの?」
「ええ! おかげさまで! 押さえて寝たのが良かったみたいです」
「うんうん、再生の際はよくあるこっちゃ。ワシの知り合いなんぞ、右腕を再生しようとして、左腕が生えてきたことあった。ふぇっへっへ! ありゃ傑作じゃったのう! 悩んだ挙句、もう一度切り落として、右手を生やかしたわい!」
いや……それ笑い事じゃないですって。
潜り抜けた修羅場が違い過ぎて、感覚がおかしくなる。
「それはそうと――婿どの……あんたら、転生人だったんじゃの」
「え?! ちょっと……ば、ばあちゃん?!」
「もう無理やってぇ。ぜ~んぶ話したばい。あ、私たちの事だけじゃなくて、ポッコちゃんやミルカちゃん、コヤネちゃんの事も」
ポッコはプライさんの膝の上で、顎の下を撫でられている。
「ぷひひ~、プライさん、そこそこ……たまらんぜよ~」
もう懐いてやがる。
「プライちゃんなら大丈夫やって。サリちゃんのお爺ちゃんみたいなもんやし」
まあ……赤札がバレた時点で、というか、それもばあちゃんがバラしたんだが、色々聞かれるのは時間の問題だっただろう。
ほんと……俺たち、行く先々で身バレしていくな。
「転生人じゃろうが何じゃろうが、別にワシャ構わんよ~。サリサさまが見込んだ男じゃ。問題はなかろうて」
いやいや、昨日はあんなに怒ってたじゃないですか。
憎しみ込めてぶん殴りましたよね?
「それに――伊織さんから話を聞いて、色々合点がいったわい。あんたらの異常さの意味が……」
異常……?
まあ、商店街丸ごと転生しているんだ……
異常、異例尽くしだけどね。
「ま、その件については、のちほど話そう……まずは痴女の歯を治療じゃの」
「は、はい」
クリーニングルームでは、ミルカがすでに『再生の刻印式』の準備をしていた。
歯抜け美女の隣には、何度も刻印式を描く練習したのだろう……
紙の束が置いてあった。
あの~、それさ……
俺の治療をする前にやって欲しかったよ。
「……ミルカ、歯……」
「ありがとうございます! あ――蓮さま、歯を固定してくださいますか?」
え……熱いから嫌です。
――とは、目の下にくまをこさえたミルカの願いを無下には出来ず、断れなかった。
「あと、頭も押さえて頂けますか? 前髪をあげて下さいまし」
ミルカは真剣な眼差しで筆を構えている。
「わ、わかった……」
俺は歯抜け美女の前髪をあげ、そのまま頭と前歯を固定した。
ミルカが歯に竜人族の血を塗り、額に刻印式を描いてく。
昨日、浜辺でも思ったが――
なんて……なんて整った顔立ちなんだ。
少女のような……それでいてひどく大人びているような……
不思議な顔立ち……
――「我が名はミルカ……」――
透き通るような白い肌に引かれた赤い線が――
何かを穢しているような……後ろめたい気持ちにさせた。
――「欠損再生!!!」――
昨日と同じように、歯は熱を持ち光り輝いた。
「出たばい! ゲーミング前歯!!! 私、これ好き~!!!」
「伊織さん、なんじゃそれは?」
「綺麗ですねぇ、ポッコさん」
「コヤネさん、この光を見ると、踊りとうなるがは何でやろう」
ダンスホールじゃないんだから……
おっと、熱は――昨日ほど感じなかった。
熱くなると分かっていれば、我慢できないほどじゃないな。
――シュウゥゥゥ……
歯は綺麗にくっつき、再生の刻印式は無事終了した。
「う、うぅん……」
あ――
起きる……
彼女は眉毛をしかめ、軽く瞬きをして視線を宙に漂わした。
「あ、あの……おはよう……」
俺が声をかけると、彼女は――
「あ……お、はよう……レン」
と、微笑みを浮かべ応えた。
なんて……なんて穢れのない笑顔。
まるで聖女――
「あ、あの……きみの名前は?」
「…………」
彼女から笑顔が消え、戸惑いの表情で俺の顔を見ている。
「名前……教えてくれる?」
「……言えない……」
え? 言えない? なんで?
何か……事情があるのか?
「あ、あの……昨日の事……覚えてる?」
彼女は俺を見つめながら、コクリと頷いた。
「なんであんな事……したの?」
「……レンが……いたから……」
俺が、居たから?
何言ってるんだ?
ちょっと意味が分からない。
「君はマツィーヨの人?」
「……言えない……」
「何で?」
「……仕事……に……関係するから……」
「仕事? お仕事は何をしてるの?」
「……言えない……」
参ったな。
何を聞いても言えないの一点張りじゃないか。
それに彼女……何だか浮世離れしているというか……
表情から何を考えているのか、全く読み取れない。
俺、仕事柄、結構人の表情を読み取るの上手いと思うんだけど……
この子は……本当に分からない。
「ん……」
あ、彼女が前歯に気付いたようだ。
「歯…………治ってる……?」
「……うん。俺と君がキ――ぶ、ぶつかった時! 折れちゃったから……勝手に治させてもらったよ。違和感……ない?」
そう聞くと、彼女は悲しそうというか……不服そうというか……
何とも形容しがたい表情で、じっとりと俺を見つめた。
「……………………」
そして無言のまま辺りを見回し、何かを探し始めた。
彼女の視線がベッドの柱……角に目に留まった。
そして、おもむろに柱の角を両手で持つと、あろうことか――
――ブンッ! ゴチィッ!!! パキッ!!!
「ん~~~~~ッ!!!」
再び……前歯を折った……
――「「「「「「え゛ぇえぇぇぇ~~~?!」」」」」」――
その場にいた全員が、その奇行に声をあげた。
「れ、蓮ちゃん……こ、こん子は……なんばしよっと……」
「いや……お、俺に聞くなよ……」
彼女は再び歯抜けになった。
そして、涙目になりながらも笑顔で――
「う、うぅ……レン……はい……」
血まみれの口、額には血の刻印という、恐ろしいビジュアルで、俺に歯を差し出した。
――ゾゾゾォォォォォッ!!!
当然ながら、みんなは部屋の壁際まで後ずさった。
「い、いらない……です」
俺が昨日と同じように再び断ると……
彼女は――
「な……ん……でぇ……?」
と一言呟き、しくしくと泣きだした。
「う……うぅ……うぅ~……」
彼女が血まみれで泣き続ける中、誰も一言も発せなかった……
この人……全く意味が分からない……
お、俺は……どうすればいいんだ?!




