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180 再生の刻印式

 ――ヒュオォォォ……



《蓮さま……大丈夫ですか? 脳内の痛覚回路が……凄まじい悲鳴を上げていますが……》



 ――げふっ……がはっ!



(うん……気絶しそうなくらい痛い……声出せない……多分……あばら折れて、肺に刺さってる……プライさんのパンチ……尋常じゃないよ……)


《かなり高度まで吹き飛ばされましたね……50メートル以上はありますよこれ……》


(良かったよ……これ以上打ち上げられてたら、届かなくなる(・・・・・・)ところだった……長めに作ってくれたバルトに感謝だな……)


《よくぞあの土壇場でこのプランを……素晴らしい判断です》


(一番最初に覚えた技だからね……反射だよ反射……)



 ――ヒュゥゥゥゥ……バタバタバタッ!



(それより……ばあちゃん、くさ手で受け止めてくれるかな……このまま落ちたら確実に死ぬよ、俺……)


《必ず受け止めてくれます》


(勝ちは――変わらないかな?)


一撃入れた後(・・・・・・)で受け止めるんです。問題ないでしょう……蓮さま……痛みが増してます……もう、やりましょう》


(……だね……意識が……切れそうだ……チエちゃん……調整頼むね……)


《はい……》



 俺はプライさんにアッパーを喰らう寸前……



 ――ジャラッ! ガキンッ!



 回転するプライさんの背後――ローブの死角に、施錠(ロック)でバルトの鎖を固定した。


 タリナもプライさんも、散々『死角』を使う戦い方を見せてくれた……


 プライさんの雪合戦は確かに凄いが――


 回転運動をするという事は……必ず……一瞬、視線を切らなきゃならない!



 そこを突く!!!



 あとは――


 来るぞ……特大の衝撃――



 ――メキメキメキィッ!!!

 ――ズッ……ドーーーーーンッ!!!!



 喰らった――


 実際に事故に遭ったことは無いが……


 まるでダンプカーにでもはねられたような――


 死を予感した脳が、全ての情報をシャットダウンするかのような――


 尋常ならぬ衝撃ッ!!!!!



 い……い……


 意識を――切るな!


 この錠前だけは絶対に外すな!!!



 ――チャリリリリリッ! ガキンッ! ガキッガキンッ!



 凄まじい速度で打ち上げられながらも、5メートル間隔で空中に鎖を固定していく……


 バルト特製の鎖が、空に向かって真っすぐに伸びている。


 鎖の長さは25メートル……


 足りない分は施錠(ロック)の錠前を配置した……



 この鎖と錠前は――



 いわば、プライさんめがけての避雷針。


 雷の放電速度は、光速には及ばないものの――



 ((てん)……(らい)……)



 人間には絶対に不可避!



 ごめんね、プライさん……加減します……


 死角……勉強になりました。



 ――バリリリリリッ!!!!!



 放った雷撃は錠前から錠前へと側撃放電し……


 鎖と繋がった――



「おひょおおおおおお!!!!!」



 地表でプライさんの痺れる声が響いた。



 一撃入れたぞ……


 俺の勝ち……だ……


 ばあちゃんが背中からくさ手を出してる……


 ……ちゃんと……キャッチ……頼むよ……


 ああ……痛……い……なぁ……


 ………………


 …………


 ……



 ――――ドッギャ!!!!!




 ◇     ◇     ◇




 ……


 …………


 ………………



「あっ!!!!! 起きたばい! 良かったぁ~!!!」



 目を開けると、俺はヘイルの宿のロビーに居た。


 ばあちゃん、ミルカ、ポッコ、コヤネさんが心配そうに俺を覗き込んでいる。



「ふぇ~……信じられんのぅ……よくぞまぁ……」



 プライさんは元の姿に戻り、長いあごひげを撫でながら怪訝な表情で俺を見ている。



「なんじゃそれ……回復魔法? 初めて見たのぅ」


「魔法~なんやろか??? なんかよう分からんばってん、大概の怪我はこれで治るばい」



 あ……階段のわきにヴィヴィが隠れている。


 でも――


 顔半分出てるよ……


 猫って、これで隠れてるつもりらしいんだよな……


 心配してくれているのか……


 あ、二階にあがった……


 まだ……怒ってるんだな……



「うぅ……いてて……うっぷ!」



 体を起こそうとすると、お腹がパンパンに張っていた。



「けぽっ……ばあちゃん……飲ませた? くさ汁」


「うん。ラーメンどんぶり3杯分くらい。あ! 前歯に付いたらいかんけん、喉の奥にくさ手ぶち込んで、直接胃に流したけん」



 あれか……


 想像しただけで気持ち悪いな……



「どんぶり3杯は飲ませ過ぎだよ……」


「いや~……でも……蓮ちゃん……かなり……うん……」



 なんだ? 歯切れが悪いな……



「あと、受け止めてくれてありがとう。危うく死ぬところだったよ」



 ――「「「「……………………」」」」――



 何だ?


 みんな視線を泳がせながら黙っている……


 何の沈黙だ???



「…………ごめん、蓮ちゃん…………」


「え? なに?」


「私……キャッチ……失敗した」


「え――?!」


「そんでぇ……結構……ぐちゃって……ごちゃんって……落ちて……蓮ちゃん、足とか首とか……ぐにゃんって……ぐりんって……」



 なんだその不穏な擬音は……


 人から出る音じゃないだろう。



「ねぇ? ミルちゃん、ポッコちゃん」



 ミルカとポッコは、落下した俺の有様が凄まじかったのか、真っ青な顔でぶるぶると震えている。


 そんなにひどかったのか……俺……



「ま、まあ! 治ったけん! 良かったちゅうことで! へはペロっ!」


《ジジッ………………》



 なんだよへはペロって……


 誤魔化しやがって……


 はぁ……信じた俺がバカだった。


 でもまあ……ありがとう。



「そ、それより蓮ちゃん! 『一撃』……入れたばいね!!!」



 そう言うと、ばあちゃんはこれ以上ないほどの『どや顔』で、プライさんを指さした。



「ふぇふぇふぇ……いやはや参った。偉そうに講釈垂れた『死角』で後れをとるとは……ワシもまだまだ青いのぅ」


「うっぷ……一撃、という条件だったんで……実戦だったら俺、死んでましたよね? プライさん……手加減、しましたよね?」


「……うんにゃ……割と~、憎しみ込めて打ち込んだよ?」



 憎しみ……込めたんですか……


 それは、俺が『ぷれいぼぉうい』だからですか?


 とは聞けなかった。


 

「そういう婿どの(・・・)も……加減したじゃろ? おかげでワシも死なずに済んだわい! ふぇへへぇ!」



 婿どの……


 一応……そっちも認めてくれたのか。



「見事に一撃貰ってしもうた。約束は約束じゃ。前歯、2本、治療してやるわい! と――言いたいところじゃが……ワシャちと疲れた。そこで出血大サービスじゃ。そこの嬢ちゃん――」



 そう言うと、プライさんはミルカを指さしニヤリと笑った。



「え? 私でございますか?」


「お前さんみたいな、幼い魔導士が今のヨツシアに来とるっちゅうことは、あんた……帝国魔導士目指しとるんじゃろ?」


「え、ええ……そうでございますが……」


「あんたに『再生の刻印式』を教えてやる。あんたが――婿どのと痴女の前歯を治すんじゃ」



 え……ミルカが?!


 いや、俺はプライさんがいいんですけど……



「ええ?! ほ、本当ですか?! 再生の刻印式なんて……そんな高等魔術を教えていただけるなんて……う、嬉しいです!!!」



 ミルカは感激して涙ぐんでいる。


 い、言えない……


 プライさんが良いだなんて……



「ふぇへへ。金貨40枚どころの話じゃないぞい~。ワシがチャチャっとやるより、その方が後の為によかろう。のう? 婿どの」


「え、ええ……」



 確かに、それはそうなんだが……


 前歯だぞ?


 失敗したらどうすんの?


 物凄く目立つぞ?



「嬢ちゃん、名前は?」


「ミルカと申します」


「いいか、ミルカちゃん、人体欠損の治療なんぞ、戦場に出ん限りなかなか出来ん。この機会によく学ぶんじゃ。チャンスは――2回あるからの」


「は、はい!」



 チャンスとか言ってる。


 え……俺からか?


 俺の前歯からやるのか?


 歯抜け美女の方からやってくれないかなぁ……



「よし、婿どの。起きたとこ悪いが、横になってくれ」



 やっぱ俺からですかぁ……



「折れた歯、あるんじゃろ? それ、竜人族の血を塗るから、折れたところに手で固定しといてくれ。動くなよぅ。これ高いんじゃから」


「は、はい……」



 俺は横になり、自分の歯をあてがい指で支えた。



 ――ぬたっ、べたぁ……



 プライさんは小瓶に入った竜人族の血を小さな刷毛で俺の歯に塗った。


 うげぇ……人の血の味かぁ……


 なんか……ちょっと甘いのが……さらに嫌なんですけど……



「よし、ミルカちゃんにはこれをやろう。ワシがまとめた魔導書じゃ」


「あ、ありがとうございます!」



 プライさんは魔導書を取り出し、ミルカに手渡した。



「まず、再生の刻印式を行うには『内の魔力』と『外の魔力』の違いを理解することからはじまるが――ミルカちゃんや、そもそも魔法とは何じゃ?」


「え? 魔法でございますか? えっと……魔力を使い、様々な現象を引き起こす技術……でしょうか?」


「そうじゃの。では、その『魔力』とは何じゃ?」


「魔力とは……世界に満ちる力……でしょうか?」


「半分正解じゃな。世界は力に満ちとる。それらの力を借りて発動するのが魔法じゃな。この場合の魔力を『外の魔力』という。対して、術者――人の内側にも魔力が流れとる。これを『内の魔力』という。わかるかの?」


「は、はい」



 なんか……講義が始まったけど……


 俺、歯ぁ持ったままなんですけど……



「主に攻撃魔法などは『外の魔力』を使う事が多い。火属性の攻撃魔法などが最たる例じゃの。火の魔法を使う時、魔導士が自分の生命力だけで炎を生み出しとる訳じゃない。周囲に漂う火の力を借りとるんじゃ」


「はい」


「対して回復魔法や身体強化は、自分や相手の『生命力』に干渉する。じゃから『内の魔力』を扱う事が多いんじゃな」


「神聖魔法などでございますね」


「ふむ。単純な回復魔法なら『内の魔力』だけで事足りるが、欠損の再生となるとそうはいかん。そもそも人族を始め、多くの種族には再生能力は備わっていないからの」


「はい! で、ですから、竜人族の血を使うのでございますね!」


「そうじゃそうじゃ。よう勉強しとるのぅ」


「えへへ」


「血液にはその種族の情報――『命の設計図』が記されておる。刻印式は、その情報を読み取り、再現するための術式なんじゃ。つまり、竜人族の再生能力を借りる(・・・)というわけじゃ」



 命の設計図……DNA情報みたいなものか?


 確かに血液は、人体に関するいろんな情報が詰まっているからな。


 それはそうと……まだ講義続くの?


 この態勢、きついんですけど……



「そして再生というのは『内の魔力』を大幅に使う。身体への負担が大きいのじゃ。例えば、竜人族などが何度も何度も『再生』を行うとする。すると何が起こるかわかるか?」


「あ……先ほどもアマゾネスの刻印式について仰られておりましたが……もしかして、寿命……『命』を削るのでございますか?」


「その通り。過度な再生は己の生命を縮める。無限に再生できるわけではない。限りがあるんじゃ。じゃから再生の刻印式には、外の魔力を取り込むため(・・・・・・)の術式が組み込んであるんじゃ」


「なるほど……そうする事で、内側の魔力――寿命を削らなくて済むというわけでございますね!」


「聡明聡明。その通りじゃ。まあ、完全にゼロではないがの。大幅に抑えられるっちゅうこっちゃ」



 つまり……少しは寿命が縮む……ってことですよね?


 え、俺……前歯治すのに、少し寿命縮むんだ……


 少しってどのくらい?


 年単位とかじゃないですよね?!


 聞きたいけど――


 歯を固定していて喋れない!



「よし、では早速そこに書いてある刻印式を、竜人族の血で描いてみるんじゃ。今回は……歯じゃからのう……おでこにでも描いておけ」


「は、はい!」


「竜人族の血を再生したい部分に塗布し、刻印式を描くことで、外の魔力が患部に流れるっちゅうわけじゃな」



 ミルカは小さな筆で俺のおでこに刻印式を描き始めた。


 く……くすぐったいな。



「お、婿どの。動くなよ? 刻印式が少しでも狂えば、魔流が乱れ、まともに再生できんようになるぞ? 変な歯、生えるぞい」



 え……?!


 変な歯?!


 寿命が縮んだうえに、変な前歯って――


 それは嫌すぎます!!!



「プライさま……この刻印式……かなり複雑でございますね……」


「高度な魔法は、刻印式も複雑になるからの……何でも慣れじゃ慣れ。さっきはチャンスは2回と言ったが……失敗しても……まあ……もう一回折ればええから。ビビらんと思いっきりいけぃ」


「は、はい!」



 え……何言ってんのこの人……


 もう一回折る???


 ちょっと!!!


 ミ、ミルカ――


 丁寧に! 丁寧にお願いしますぅぅぅ!!!







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