179 プライ・サンドハイム
「おもて……出ようか……婿候補……ここじゃあ、思い切り動けんからの……街の外に行くぞい」
「は、はあ……わ、わかりました……」
とても嫌な予感がしたが、有無を言わせない圧に押され、従うしかなかった。
この迫力……カリスとタリナのお師匠ってのは間違いなさそうだ……
「私はぁ、お歯抜けさんがいるのでぇ、お留守番してますねぇ~」
コヤネさんは歯抜け美女の前歯以外の傷に、ばあちゃんのくさ汁を塗りながら、留守番を申し出てくれた。
「あと、メイジシルクの覆面、お直ししておきますねぇ~。はい、帽子とマフラー」
「あ、ありがとうございます。お願いします」
「はぁ~い。いってらっしゃあ~い」
俺は帽子とマフラーで顔を隠し、外に出た。
外はとっぷりと日が暮れ、道にはいつの間にか雪が降り積もっている。
プライさんの大きな足跡に続き、俺、ばあちゃん、ミルカ、ポッコの足跡が大きさ順に真っ白な地面に点を打っていく。
外壁の門を出る時――
「おやあ、プライさん。こんな時間に外に出るんですか?」
「うむ。ちょいと野暮用でなぁ。なぁ~に……すぐに戻ってくる。門を開けてくれんか?」
「湯気合わせの魔族がウロチョロしているかもしれませんよ?」
「問題なかろう」
「はは、まあプライさんなら大丈夫ですね。こちらのお連れさん――って……あ、ミルカちゃんの」
「こんばんは、門番さん」
「こんばんは……ミルカちゃん」
門番さんはばあちゃんのカリス顔を見て、後ずさった。
「……どうも……」
「は、はは! ど、どうも! これはまた強そうな面々で……いらぬ心配失礼いたしましたぁ~。も、門開けますねぇ~」
――ギイィィ……
良かった……プライさんとばあちゃんに気を取られて、俺の事にまで気が回らなかったらしい。
「ねぇねぇ……蓮ちゃん……プライちゃんの試験っちなんやろか……」
カリス顔のばあちゃんが小声で俺に耳打ちをした。
この距離のカリスは……きついなぁ。
「わかんないよ……俺に聞くなよ……っていうか……この流れ……いい予感しないよ……だってカリスとタリナのお師匠で、サリサを溺愛してんだろ? そんで外に連れ出すって、それはもう――」
「ふむ……この辺りなら街にも迷惑がかからんだろう。さて……始めるか……」
――ゴキッ……ボキィ……
そう言うとプライさんはでかい拳を鳴らした。
大方の予想はつくが――
い、一応ね……聞いとかないと……
「あ、あの……プライさん……前歯の治療費、金貨40枚分もタダにしてくれるとの事ですが……試験って何ですか? こ、こんなところで何するんですか?」
「……ふん……ぬかせ、ぷれいぼぉうい……もう分かっとるだろう。サリサさまが『婿比べ』の候補にお前さんを選んだっちゅうことは――ギガブラド姉妹もやったはずじゃぞ? 『婿試し』――」
婿試しって……タリナに初めて会った時の……あれか……
俺が一方的にボコボコにされたやつか……
「婿候補どのが、生きとるっちゅうことは、あの二人は認めたんじゃろう。じゃが――ワシはまだじゃ。何も言わず……ワシと戦え」
やっぱり……そうなりますよねぇぇぇ……
「もし、お前さんが事切れる前に、ワシに一発でも入れることが出来たら、婿候補として認めてやろう……無論、前歯でもなんでも治療してやる……まあ……どうせ前歯以外も無くなるだろうからのう……」
「プライちゃん! あんた……蓮ちゃんに乱暴な事するんやなかろうね?! そんなん私が許さんばい!!!」
ばあちゃんが俺とプライさんの間に飛び出て、両手を広げた。
なんか今日のばあちゃん……過保護モードに火がついている気がする。
プライさんと孫トークをしたせいかもしれない。
「何を言うとる……ちょいと試すだけじゃ。それに――何と言っても、ワシの可愛いサリサさまの婿になるかもしれんのじゃ……半端な男は認められん。本当にサリサさまに相応しい男か……見極めんとな」
「む……プライちゃん……蓮ちゃんが半端な男っちね? こんな優しくていい男そうそうおらんとばい!!!」
「ふん……優しいだけの男なんぞ、ごまんとおるわい。サリサさまの婿になるっちゅうことは、王になるという事……王とは強くなくてはならん。妻を……子を……何より民草を護る為にな」
「蓮ちゃんは優しいだけじゃありまっせん! それにもう、ツクシャナ共和国の王さまば、やっとりますぅ! ちゃんと出来とりますぅ! まぁ、今は……色々あって赤札出されとるばってん……サリちゃんもいい王さまっち誉めとりますぅ! はい~残念でしたぁ~!!!」
「ちょっとばあちゃん!」
なんでこう易々と素性をばらすようなことを!
過保護モードが裏目に出てるよ!
「あ……しもた……いらん事言うてしもうた……ごめん蓮ちゃん」
「もう……黙ってて」
「あい」
「ツクシャナの王? 赤札?」
「いえ! 王さまというか! 俺は――代表、代表です! そんな大それた者じゃありません!」
「い~や! 蓮ちゃんは立派にやっとります! もっと自信持たんね!」
「おい! ばあちゃん! もういいって!」
「そうか……どこかで聞いた名だと思ったが『田中蓮』……お前さんが今噂の新興国のお尋ね王か。なるほどのぅ……サリサさまも物好きじゃのう……どんな言葉でサリサさまをかどわかしたか知らんが……いずれにしても、弱き男は不相応じゃ」
「かどわかす?! なんば言いよっとね!!! 猛烈アピールしようのはサリちゃんの方たい!!! はい残念~! それに蓮ちゃんは弱くないばい! ちゃあ~んと毎日スクワットばして、身体ば鍛えとります!」
「ばあちゃん! いい加減にしろ!」
「ふん! そんなヒョロヒョロでか? 吹けば折れるような身体をしおってから」
「むき~~~!!! なんねこの爺さん! 言わせておけば!!!」
……なんでばあちゃんが煽られてんだ……
試されるのは俺なのに!
「もうよか! 婿試しでん何でんやってみてん! 蓮ちゃん! ばあちゃんにいいとこ見せちゃって!!! ガツンといわしちゃりぃ!!! ばあちゃんが審判しちゃる! ファイッ! ほら! ファイィッッッ!!!」
なんで今度はあんたが煽ってるんだ!
もう滅茶苦茶だな……
「よぅし……じゃあ始めようかの……覚悟せいよ、ぷれいぼぉうい」
――ゴキッ、ボキキッ!
プライさん……『婿試し』とか言ってるけど……
完全に俺を『サリサに相応しくない男』って目でみてる。
これは……マジで殺されるかもしれない。
プライさんは俺から距離を取りつつも、俺の出方を見ているようだ。
(チエちゃん……話……聞いてたよね? 力、貸してくれる? 俺……殺されちゃうかも)
《ジジッ――はぁ……聞いてましたよ。もちろんお力添え致します。あなたと私は一心同体みたいなものですから……》
(あ、ありがとう~)
《しかし……あなたは次から次へと問題を引き寄せますね……これはもうそういう体質としか言いようがありません》
(そういう星の元に生まれたのかな……)
雪が強くなってきた。
外堀のかがり火で何とかプライさんの姿は見えているが、視界が悪い……
《それはそうと――どうされますか? 一撃入れればこちらの勝ち、という事ですよね?》
(うん……出来そう?)
《倒すことが勝利条件でなければ、割と簡単かもしれません……見た感じ、近接戦闘タイプだと思いますし……ここは攻防を兼ね備えた纏雷あたりが――――ッ! 蓮さま!!!》
――「甘いのぅ……よそ見だけが、視線を切るもんじゃないぞい……」――
一瞬――
ほんの一瞬でプライさんは俺の背後を取っていた。
俺はプライさんから視線を外さなかった。
なのになんで……考えている暇は――
――ゴウッ!!!!!
振り向くまでもなく、プライさんの巨拳が襲ってくるのが分かった……
一撃――
一撃入れればこっちの勝ち!!!
纏雷!!!!!
――ピタァァァッ!!!
プライさんは振り上げた拳を、すんでの所で止め、すかさず俺から距離を取った。
――バチチチッチチチッ……
「ほ~、危ない危ない。なんじゃそりゃ……雷……か? お主……禁忌に触れておるのか……!」
「……話せないことも……すごくあるんで……」
「ふぇへっへ~! こりゃあ面白いのう~!」
くそ……乗ってこなかった……
「して――狙いは相打ちか……悪くない悪くない」
それにしても――
タリナ同様に距離の詰め方が半端じゃない。
ほぼ瞬間移動。
俺は一瞬も目を離さなかった。
『瞬きの間に移動する』という、タリナの技があったからな……
瞬きの一つもしていない。
なのになんで……
『何が』俺の視界を遮った……?
――ヒュオォ……
風と雪が強まってきた……
も……もしかして――
「雪……ですか? それ……」
「お? ふぇへへ! なるほどのぅ! 思った以上に聡明。雪――正解じゃ」
この人……雪の塊が、ほんの一瞬、俺の目の前を通り過ぎた時……視線に入った時――
小さな雪の塊に隠れて移動したんだ……ッ!
嘘だろ……目が良いどころの話じゃないぞ……
もしそれが……そんなことが可能なら――
この降っている雪全てが、隠れ蓑になるじゃないかッ!!!
完全にタリナの上位互換!
「それで――それだけか?」
「え……それだけ……じゃない……えっと……」
視界の端にチラチラとかがり火の灯りが見える……
「明滅……火の明滅……ですか?」
「良好良好! イオリさん! あんたの孫、なかなか筋のいい戦士じゃぞ!」
「むっふ~ん! そうやろが! 蓮ちゃん! はよ、ぼてくりこかしんしゃい!(ボッコボコにしなさい的なきっつい方言)」
「夜間の戦闘において、火は視界を確保するのにもっとも使われるものじゃが……激しい明度の違いに気をつけなければならん。明るい部分ばかり見ていると、闇は……深くなるぞい……ふぇふぇ」
かがり火に照らされるプライさんの表情は――
柔らかく笑っているようにも見えるし、恐ろしく怒っているようにも見える……
どこかで見たことがある顔つき……
そうだ……
能――
能面の翁のようだ……
――ゾクッ……
その瞬間、俺は背筋に寒気を覚えた。
人の形をしているのに……人でないような恐ろしさ。
人外――
何十年も人を倒す事のみ考え続け、鍛錬と死線を潜り抜けた境地……
人ならざる佇まい……
ある種の成れの果て……
人間って……こんな風にもなれるのか。
「……さて、講釈はこれくらいにして……どうするかの……触ると雷にやられるなら……こんなのはどうかのぅ~」
――サクッ……ぎゅむうぅぅぅ……
プライさんは大きな掌で雪を一掴みすると、思いっきり握りしめた。
「おほぅ、ちべたいちべたい……触れんのなら……雪合戦でもしようかの~」
――ググッ……ブンッ!!!
――ドヒュンッ!!! ズッガンッ!!!
大きく振りかぶって投げられた雪玉は、俺の頬をかすめて、遥か後方の木を弾き飛ばした。
「イオリさん、魔導士のお嬢ちゃん、タヌキちゃん……危ないからワシの後ろ側にいっとれぇ」
――「「「は、はい~」」」――
ばあちゃんたちはそそくさと距離を取りながら、プライさんの背後に回った。
「うっそでしょう……こんなの雪玉じゃない……岩だよ……」
《やはり近接攻撃だけじゃ無い、ですか……蓮さま……本当は神槌は切り札でとっておきたかったのですが、そうも言ってられませんね》
「ああ、って――ッ!」
――ドヒュン!!!
「くっ!!!」
俺はギリギリのところで二発目の雪玉を躱した。
幾ら速い雪玉でも、雪を固めて、投げる、という動作が入るんだ!
連射されなければ、躱すことぐらい――
――ドヒュヒュン!!!
なんだ?!
雪玉の数が――
――ドヒュヒュヒュン!!!
プライさんはまるで雪の中で踊るように、『掴み』『握り』『投げる』という動作を、限りなく滑らかに繰り返し始めた。
「さぁ~て、近づいてこれるか――のっ!!!」
――ドヒュヒュヒュヒュン!!!
雪を投げる動作は徐々に速度を増し、その動きはまるで雪の上を回る独楽のように回転運動へと変わっていった。
「おほ! なるほどなるほど――こりゃまた新たな技を見つけたわい! 雪独楽輪舞とでも名付けようか――のッ!!!」
――ドヒュン!!!
速い! 途切れない!
即興でやってるのに――
もう、何十年も繰り返した技のように滑らかに――!
さっっっすが、カリスとタリナの師匠!!!
チート級の武人!!!
だけど――
――「神槌!!!」――
――バリィ!!!
神槌なら躱せない手数じゃない!
――ザザッ!!!
俺は圧縮された時間の中、雪玉をかいくぐりながら、距離を詰めていく。
プライさんは左回転――反時計回りに身体を捩じりながら、雪玉を投げてくる。
左手で雪を掬い、握り、回転しながら右手に持ち替え、投げる。
凄いな……
今編み出した技で、こんなに複雑な動作をこんなに流れるようにしているのか。
プライさんの目の前まで来た――ッ!
このまま一撃――
――ぐぐぐっ……
プライさんの視線が俺の方へ向く。
やっぱり……この人もタリナと同じように、圧縮時間の中でも俺を捉えている!
この瞬間――
プライさんは恐らく何も考えてはいない……
いや、考える時間なんてないはずだ。
この視線は――
身体強化による視野の拡大と、長年の戦闘経験による条件反射!
……大丈夫!!!
このまま一撃……行くぞ!!!
――グオォォ……
「?!」
プライさんの左手の……雪が握られてない?!
――ブワッ!
雪が目の前に広がり、俺の視界を白く染めた。
しまった――
左手は準備だけと思っていた!
雪の目隠し!!!!!
まずい……足元の雪で……身体が止まらない……
突っ込んでしまう……!!!
――ズンッ…………
白い雪煙の中から飛び出してきたプライさんの右拳が、凄まじい速度と重さで、俺の左脇腹を貫いた……
完璧――
俺の神槌による加速……
雪という足場……
回転運動による両手の使い方……
全て完璧に噛み合っていた。
チエちゃん……意識を――
保つぞ!!!
――メキメキメキィッ!!!
――ズッ……ドーーーーーンッ!!!!
タリナとの戦闘では、俺は『水平』に25メートルほど吹き飛ばされた。
だが今回は――
プライさんの遠心力付きアッパーで……
まるで打ち上げ花火のように50メートルは『垂直』に吹き飛んだ。
――ヒュオォォォ……
マツィーヨの街が、き、綺麗だなぁ……




