178 常連さんはお師匠さん
「これだけの刻印式を使いこなせる方ですぅ。きっとご存知なんじゃないですかぁ?」
「え? だれ?! そのお客さん!!!」
「はいぃ? 皆さまいつもお会いされているじゃないですかぁ。お名前はお伺いしていませんがぁ……常連さんですよぅ」
「え?」
――パンッパンッ、パタ、パタ……
コヤネさんは不思議そうな顔で、ローブを畳み、カウンター横にあるクリーニング済みの他の客の衣類と一緒に置いた。
どの衣類もひとつの汚れもなく、綺麗に畳まれ積んである。
コヤネさんは仕事こそゆったりだが、驚くほど丁寧だ。
「今日もお風呂に入られていますよぅ。そろそろ上がってくる時間じゃないですかぁ?」
いつも風呂に入る常連客……誰だ?
――ガラガラッ……
「ほらぁ、上がってこられましたよぅ……あ――蓮さまぁ、伊織さまぁ……お・か・お」
――「「あ……」」――
危ない……忘れるところだった。
この宿では俺とばあちゃんは、受付のメシスキーとフロスキー(カリスとタリナの顔)だからな。
――シュウゥゥゥ……
俺たちはメイジシルクで顔を変えた。
《ポッコさん、喋っては駄目ですよ。ペットペット、ペットのふりです。立派な魔人になるには、その位の事は出来ないと。ふふふ》
「チエさん、分かったぜよ……お口チャックや……立派な魔人になるにはその位の事はやっちゃる。ぷひひ」
なんかこの二人、仲良くなってるな……
ずっと二人でビビビ(魔力探知)の訓練、続けてるもんな。
「ほ~! 今日もいい風呂じゃったのう」
「にゃんだきゃんだで、おてぃんてぃん丸でゃしにも慣れたからにょ~」
「ここにょ風呂に入りゅと、よその風呂には入りぇんよ~」
え――常連客って……この風呂好き爺さんズか!
一番最初に常連になったジイサンリーダーと、滑舌の悪いジイサンAとBが、ホクホクの笑顔で風呂からあがってきた。
「コヤネさん~、頼んどったやつ、出来とるか?」
ジイサンリーダーが、カウンター越しにコヤネさんに話しかけてきた。
「はい~、出来てますよぅ~」
「あんなに汚れとったのに、さすがさすが! あんたの洗濯はヨツシア一じゃよ!」
この人が……このローブの持ち主だったのか!
ただの風呂好きの近所の爺さんかと思ってた……
「およ? フロスキーの嬢ちゃんにメシスキーの嬢ちゃん、そんなところで何をしとるんじゃ?」
――「「ちょっと……お手伝いを……」」――
と、俺とばあちゃんは咄嗟に答えたが、完璧にユニゾンした。
ここで働くようになって――
というか、カリスとタリナに変装するようになって、お互いの呼吸、シンクロ率が上がった気がする。
「へぇ~、そうかい……ふ~ん……」
なんだ?
ジイサンリーダーがやけに俺の顔を見ているような気がする。
「にょし! しゃっぱりしたし帰るきゃの!」
「そうじゃにょ」
連れのジイサンABがそろそろ帰るようだ……
「じゃあのぅ、プライしゃん、ワシら先に帰るじょ!」
「また明日にょ~」
「ほいほい、足元気をつけえよ~。また明日~」
プライ……?
プライって、まさかミルカが言っていた――
――『あの方は、『身体強化術』の有名な使い手でございます。お若く見えますが、かなりのご高齢かと。確かお名前は、プライ・サンドハイムさんと仰いますね』――
マツィーヨに入る時にポッコの魔力探知に気付いた、あのプライ?!
えぇ?! 全然見た目が違うじゃないか?!
門前で会った時はもっと若かったぞ?!
「それはそうと……メシスキーちゃん……今日は顔がそのままじゃのう」
「え?」
「あっ! 蓮ちゃん~~~じゃない! メシスキーちゃん! か、顔!!!」
ばあちゃんがカリスの顔で、焦りの表情を俺に向けた。
「え?! な、なに?!」
どうやら俺の顔は、タリナに変わっていなかったらしい……
視界の端に、ひらひらとメイジシルクの裂け目が見えた。
これは――
歯抜け美女との衝突でメイジシルクが破けたのか!
まずい……素顔を見られた!!!
「いや! これはあの! 違うんで……す……?」
……ん?
ちょっと待て――
『顔がそのままじゃのう』???
ってことは――
「も……もしかして……お爺さん……いえ、プ、プライさん……私の事、最初から気づいてました?」
「ふぇへへ! まぁワシ位になると、その程度の刻印式じゃあのう……あんたら門の前で会ったじゃろ? ワシに魔力探知で探り入れたのぅ。そこのタヌキちゃん? 雑~にワシの魔力に触れよって。あれじゃ逆に居場所を教えているようなもんじゃ」
マジか……
メイジシルクだけじゃなく、ポッコの事にも気づいてたのか……
「ン~……キュウ~……ン~……」
ポッコはどうしていいのか分からずに、キョロキョロとみんなの顔を上目遣いに見ている。
いつもは真ん丸毛玉なのに、今は無茶苦茶スリムになっている。
嘘だろ……お前……そんなに細かったのかッ!
「で、でも――門前で会った時はもっと……こう、お若い見た目というか……50代くらいに見えましたが……」
今はどう見ても90近いよぼよぼの老人だ。
目は落ちくぼみ、首や腕なんか骨と皮だけじゃないか。
とても門前で会った男と同一人物には見えない。
「アマゾネスじゃないんじゃ。常時身体強化なんぞせんわい。あれは寿命を削る。え? 50代に見えた? ふぇふぇふぇ、そりゃ嬉しい間違いじゃな! どれ……ちょっくら見せてやるか。コヤネちゃん、ありがとうよ」
「いいえぇ~」
そう言うとプライさんはローブを羽織り、意識を集中し、何やらぶつぶつと詠唱を始めた。
「にゃむにゃむにゃむ~~~~……ふん!!!」
――ボンッッッ!!!
一瞬、プライさんの身体が目が眩むほどの光を放ち、その場にいた全員が目を閉じた。
――シュウゥゥゥ……
目を開けるとそこには――
「へはぁ~?! こん人、若返んしゃったばい!!! 何ねその術! 私も教えて欲しかぁ~! あ……私、もう若返っとった! へは!」
ばあちゃんが驚くのも無理はない。
そこに立っていたのは、先ほどまで枯れ枝のようだった老人の姿はなく――
「こおぉぉぉ……むん!」
――ムキムキムキ~~~!
そこには、門前で見た筋骨隆々の男が立っていた。
しかも、ツルツルだった頭もふっさふさになってる……
どういう原理???
血流?
血行が良くなったの???
「むほぉぉぉ……どうじゃ? 信じた?」
「え、ええ……凄いですね……参ったなぁ、最初からバレてたのか」
「まあ、あんたらの変装自体が大したことなかったのもあるが――変装した顔がの……ワシの知り合いにそっくりだったんで、すぐに分かった」
「え……知り合い?」
「おぬしらの顔――カリスとタリナ……ギガブラド姉妹じゃろ?」
――「「えっ?!」」――
俺とばあちゃんは思わず声をあげてしまった。
「あの姉妹は……ワシの教え子じゃ」
えええぇぇぇ?!
こ、この人――
「カリスとタリナのお師匠さん?!」
「ふへぇ~! こりゃ驚いたばい……こげな所で、カリちゃんとタリちゃんの先生に会うとはねぇ」
「やっぱりギガブラド姉妹の事を知っとるんじゃな。ふぇふぇふぇ、なんであの子らの顔で変装しとるか、興味本位であんたらの動向を探っとったが――あんたら……本当に面白いのう~」
プライさんは丸太のようになった腕を組みながら、俺とばあちゃんを見下ろした。
さっきはせいぜい150cmくらいの小柄な爺さんだったのに、今は190cmくらいあるんじゃないか?
「奴らの顔でコソコソしとるかと思えば、宿屋でめっちゃ美味い飯の屋台出すし、めっちゃ綺麗な風呂作るし、めっちゃ綺麗に服洗うし――本当にあんたら……何がしたいの???」
「ああ~……そ、それは色々と訳がありまして……話せばすごく長くなります……話せないことも……すごくあります」
「そうなの? まあ、誰にでも脛に傷の一つや二つあるからの……別にいいんじゃが……お前さんらがギガブラド姉妹を知っとるっちゅうことは、あの二人……ちゃんと生きとるんじゃの?」
「生き――? え、ええ……訳あって今は別行動をとっていますが、元気だと思います」
「そうかそうか……ならええんじゃ。それはそうとメシスキーちゃん――」
プライさんは『うま〇棒』くらい太い指で、俺の顔を指してニヤリと笑った。
「なんで歯ぁ折れてんの? どうしたん?」
「あ……」
そうだ!
この人なら、俺と歯抜け美女の歯を治せるかもしれない!
「あの~……その事で、ちょっとお願いがあるんですが……」
俺はプライさんに歯が抜けた経緯を話した――
「はぁ~ん。なるほどねぇ…………いや意味わかんない。なんでいきなりそんな勢いで接吻するの? 痴女なの? そのべっぴんさん」
「ぼ、僕も分かりません。あの……刻印式で治療って出来ますか?」
「うん、出来るぞい」
「ほ、本当ですか?! よ、良かったぁ!」
「じゃが……タダというわけにはいかんなぁ。ワシも出稼ぎでヨツシアに来とるから」
そりゃそうか……
いくらカリスとタリナの師匠とはいえ、タダで頼めるわけないよな。
「それにワシ、自分で言うのもなんだけど、かなり凄いから。そんなワシがやると~、結構……高いよ」
「えっと……お幾らくらいになるでしょうか?」
「ふむ。身体の欠損を治すとなると――今のヨツシアの相場なら、金貨20枚ってところかの」
「え――」
金貨20枚……200万円?!!
たっか!!!
「歯ぁ1本で?!」
「1本で。2本なら40枚じゃな」
400万円!
嘘でしょ……現世での俺のほぼ年収じゃん。
「いや、普段はこんなに取らんよ? でも、ヨツシアじゃ素材代も上がっとるからの……竜人族の血なんか、もとより高級品じゃからの。今、ヤバい金額になっとるて。金貨5枚くらいは軽くするんじゃない?」
そうかぁ~~~。
ヨツシアは今物価が10倍くらいになってるからなぁ。
歯1本、200万――10分の1と考えれば、歯を再生するのに20万円。
あ……割とリアルな金額なのか……
いやしかし、2本で400万円はさすがに高いでしょ……
宿と屋台の売り上げはあるが――それを前歯に使うのはどうなんだ……
むむむ~……
「ま、ゆっくり考えなされ。それはそうとフロスキーちゃん――」
「あ、もう伊織でよかですばい~。どうせバレとるんやけん」
ばあちゃんがメイジシルクを脱ぎすて、素顔で喋りだした。
「改めましてぇ~、江藤伊織と申しますぅ~、どうぞよろしくお願いいたしますぅ~」
「そうか、イオリさんと申すのか。珍しい氏と名じゃのう。改めまして、プライ・サンドハイムと申します。どうぞよろしく」
――シュウゥゥゥ……ボン!
プライさんは身体強化を解き、元の姿に戻ってばあちゃんと世間話をし始めた。
「イオリさん、おぬしらカリスとタリナを知っとるっちゅうことは――サリサさまの事もご存じなのか?」
「ありゃ! プライちゃんもサリちゃんのこと知っとるんね?!」
「ご存知もなんも、サリサさまに身体強化の刻印をしたのはワシじゃからのぅ。ちなみにギガブラド姉妹もワシよ」
この人、アマゾネスの刻印も出来るのか……
相当熟練の魔導士みたいだし、400万円は妥当かもしれない。
店の売り上げ――いやいや! ヴィヴィ相当怒ってるみたいだし、売り上げから出すのは無いな……
でも俺……ローニャの借金も肩代わりしてるし……手持ちのお金もないし……
ばあちゃんのへそくりくらいしか……
いや~、それは何か情けないなぁ……
「そうか~! サリサさまを知っとるのか! ワシ、サリサさまが生まれた時からみとるからの~。孫みたいなもんじゃ」
「はへぇ~、そうやったんねぇ~! 孫っち可愛いがねぇ~! サリちゃんなんて最高の孫やが。あんな良か子はおらんばい~」
「おお! そうじゃろそうじゃろ?! 小さい頃はそりゃもう可愛くてのう~! 『プライしゃまプライしゃま』言うて、ワシの後をようついて来とったんじゃあ!」
「あ~、分かるばい~! 孫っちゃ、天使ばい! 天使!」
――「ふぇひゃひゃひゃ!」「へはははぁ~!」――
……完全に孫トークで打ち解けている……
「いや、そのサリサさまが『婿探し』にいよいよ出たと便りで聞いて、心配しとったんじゃ……」
プライさんは急にしおしおと肩を落とした。
「サリサさまは立派な婿殿を見つけたのかのぅ……ワシャ心配で心配で……」
「あ、サリちゃん、婿候補見つけとうばい?」
「な、なぬ?! それは本当か?! だ、だだだ誰じゃ?! サリサさまが見染めた相手っちゅうのは!」
「ふへぇ~、それはねぇ……」
ばあちゃんはニヤニヤしながら俺を指さした。
「な、なんと……メ、メシスキーちゃんか?!」
「あ、こん子は田中蓮と申しますぅ。私の可愛い可愛いお孫ちゃんでございますぅ」
「イオリさんの孫が…………婿候補…………」
「それがくさ~プライちゃん聞いちゃってん! 蓮ちゃん、サリちゃんに求婚ば、されとうのにばい? こん子はもう~煮え切らん態度でからくさ~。あ、ばってんこん子、サリちゃんだけじゃないんよぅ~……プライちゃんには悪いばってん……今二階に居るんやけど、ヴィヴィちゃんっち娘ともいい感じなんよ~」
「ばあちゃん! なに余計な事言ってんだ!」
「余計ちゃなんね? 自慢たい自慢! 孫自慢!!! それでからくさ、今日もデートに行ってきたんやけど、それが散々でくさぁ~。私はもう心配で心配で」
嘘つけ!
みんなと一緒に思いっきり楽しんでたじゃないか!
「サリサさまに……求婚されとるのに……他の娘と……でぇと……それはまた……ぷれいぼぉういじゃのう……」
「なぁ~んが『ぷれいぼぉうい』なもんね! モタモタしてからくさ! プライちゃんからも言ってやってくれん? いい加減身を固めんねっち!」
マジでやめてくれ!
ミルカもポッコもコヤネさんも見てるんだ!
――じと~~~~~
嗚呼! みんなの視線が痛い!
「……レンどのと申されたか……前歯……くっつけたいんじゃろう?」
「え、ええ……ただ……ちょっとお金が――」
「なぁ~に……金の事は心配せんでいい……タダでやってやろう」
「え?! タ、タダで?! 金貨40枚が?!」
「ただし――にゃむにゃむ……ふんッ!!!」
――シュウゥゥゥ……ボンッ!
「ワシの試験をクリアしたら……じゃがな……」
――ゴゴゴゴゴゴ……
プライさん……なんでデカくなったの?
「おもて……出ようか……婿候補……」
嫌な予感しかしません……




