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175 恋よススメ(4)~キスの味~

 ――ザザァン……ザザァン……



 現時刻、10時58分。


 俺とヴィヴィは、シフォン団長の目から逃れるように丘を降り、マツィーヨ北側の港に来ていた。



 ――「よ~し、こっちの荷物を降ろしてくれ~!」――

 ――「マツビチュからの船が入ったぞ~! 係留してくれ!」――



 港は荷下ろしをする船員や航路からの入街者で活気にあふれている。


 大通りの露店商たちは東の丘に移動しているが、さすがに港で働く人たちはそうはいかないのだろう。



 ――「おお~い! マツィーヨ城の改修が決まったぞ~! 魔族の掃討作戦が春に再開されるそうだ! 改修の金もたんまり出すとよ! 材の発注を急げ! 他所に後れをとるな!」――



 俺たちだってすぐに丘を降りてきたっていうのに、早くも帝国の発表が噂になっている。


 これは……またバブルに拍車がかかるな……



「はぁ、はぁ……あ、あの、メシスキーさま……一度宿へ戻った方がいいんじゃないでしょうか?」



 ヴィヴィが肩で息を切らしながら俺に尋ねた。



「はぁ、はぁ……宿か……」



 丘から港に来るまでの間、聖騎士団が追ってくるそぶりは全くなかった。


 丘の上の廃城跡からは、石畳の一本道。


 追手があるなら確実に分かる。


 変だ……


 もしシフォン団長が、俺を赤札だと気づいていたなら、絶対にあの場で追ってくるはずだ。



 ――『……あなたは……誰?』――



 あの時、シフォン団長はそう言った。


 誰……?


 もしかして俺の事じゃなかったのか?


 俺たちの方を見ているような気がしていただけ?



「いや……今の所追っ手はないようだけど……まだ分からない。それに今帰ると、ヘイルの宿へ足がつくかもしれない」



 南側エリアにあるヘイルの宿に戻るには、大通りを通らなくてはならないが、今、大通りは人出が少ない……


 まだ大通りを通るのは得策じゃない。


 反面、港は人が多い。


 この人混みに紛れた方がいい。



 ――ドンドン……ドドン……



 丘の方から太鼓の音が聞こえる。


 まだお祭り騒ぎが続いているのだろう……



「……暫く、ここで時間を潰そう」


「は、はい」



 とは言ったものの……どうしたものか……



 現時刻、11時02分。



 俺は胸ポケットからデートのしおりをそっと取り出し、港エリアの予定を見た。


 13時から芝居小屋で2時間ほどの芝居がある……


 港のわきにテント張りの芝居小屋が見える。


 時間を潰すにはうってつけだが、今――



 俺は無一文……ッ!!!



 30万円分の硬貨を全てすられた。


 芝居の前売り札を買う事すら、ランチをすることすら出来ない……



「あの~……メシスキーさま……それ……今日の予定、ですよね?」


「ひゃん!」



 俺は、長い時間しおりを眺め悩んでいたのだろう……


 ヴィヴィがしおりに気付いてしまった!



「いや! こここ、これはその……う……うん……そう、です」


「……見せて貰えますか?」


「ええ?! いや! それはちょっと――」


「いいじゃないですか。これからどうするか……一緒に考えましょうよ。ね?」



 そういうとヴィヴィは笑顔で両手を差し出した。


 俺はその笑顔に抗えず、しおりを手渡した。



「うぅわっ……ぎっちぎちの予定ですね……」


「え……ぎちぎち? そ、そうなの? ダメだった?」



 俺がそう尋ねるとヴィヴィは一瞬宙を見つめ、こう答えた。



「……いいえ。こんなに今日の事……考えてくださって嬉しいです。大変だったでしょう?」


「ど、どうかな……分からないよ。初めての事だし……」


「初めて……ふふっ! これ――お芝居! 観に行きましょうよ! 時間を潰すのに最適ですし、芝居小屋の中なら……暗くて隠れやすいんじゃないですか?」



 確かにそうなんだが……


 今、俺には金が……



「ちょっと、ここで待っててください! すぐ戻ってきます」


「え? ヴィヴィ?!」



 そういうとヴィヴィは芝居小屋の方へと走っていった。


 しまった……ヴィヴィのやつ……芝居の前売り札、買いに行ったのかな。



 ――ガヤガヤ……



 一人になると急に心細くなるな……


 俺は目立たないように帽子を深くかぶり、まるで迷子のように近くの縁石にうずくまった。


 ヴィヴィはすぐに紙切れを手に帰ってきた。



「れ――メシスキーさま~~~! お芝居の前売り札、買ってきました!」



 やっぱり……



「……ご、ごめん、俺、お金――」


「いいんですいいんです! 私、ちゃんとお給料貰っていますから! こんな時に使わないとです、ね?」


「あ、ありがとう……」



 なんか……情けない……


 でも今は、ヴィヴィの財布に頼るしか……ない。

 


 ――ぐうぅぅぅ~……



「あっ……」



 情けなさで俯いていたら、今度はお腹が鳴った……


 朝食も食べないまま歩き回ってたからな……



「……お腹すきましたね。お店、入りますか?」


「い、いや! いいよ! あの……その~、ほら、ここのお店ってどこもオープンテラスだから……食事してたら、め、目立つと思うんだ!」



 嘘だ。


 本当はヴィヴィに食事代を払ってもらうのが――


 いたたまれない!!!



「そうですか……じゃあ、私もお腹すきましたので……これにしますか」



 そういうとヴィヴィは、腰につけたポーチから携行食を取り出した。



「新作の携行食です。今回はフレッシュタイプです。ナッツのドライタイプより日持ちはしませんが、味は――いえ……メシスキーさまに味見してもらうのが一番ですね! 芝居小屋の裏に広場がありましたので、そこで食べませんか?」


「う、うん……」



 芝居小屋裏の広場は、海沿いにあり、マツィーヨ港を横から眺めることが出来た。


 灰色の雲が、海側から山間部に向けてゆっくりと流れていく。


 マツィーヨ城のある東の丘は、ほんのりと雪化粧をし始めている。



「はい、メシスキーさま。どうぞ」


「うん……ありがとう……あ……今度の携行食は、肉が入ってるんだ」


「ふふ、そうです。日持ちするように燻製した肉を、シュトーレンに挟んでいます。甘じょっぱさが癖になるはずです」


「シュトーレン??? それって俺たちの世界のパンじゃ……」


「ええ、以前チエさまにみせて頂いたレシピに、保存に適したパンだと書いてありましたので。ホシノエで小麦がとれた際、ラーメン以外に使い道は無いかと色々調べていたんです。あ、どうせですから、温めますね」


「あ、うん……」


指先燈火(リトル・イルミナ)!」



 ――シュッ、ポゥ……ボポポ……



「そう言えば昨日からチエさま、念話してきませんね……どうされたのでしょうか?」


「え?! い、いや~、なんかポッコとの訓練が忙しいって言ってたような……」


「そうですか……そうですね! ポッコさんの魔力探知が私たちの命綱になるかもしれませんからね。頑張って貰わないと!」



 広場にはちらほらと人がいて、その多くが恋人たちのようだ……


 恐らく俺たちと同じように、芝居の開演待ちかもしれない。


 俺たちも周りから見るとそんな風(・・・・)に見えるのかな……



 そ れ は そ う と !



 いい匂いがしてきた……ッ!


 この携行食――


 シュトーレンと言えば、ドライフルーツを入れた砂糖たっぷりの甘いパンだよな?


 それに燻製肉だって?


 なんだよそれ~。


 どんな味がするんだよそれ~。


 指先燈火(リトル・イルミナ)で軽く焙られた砂糖の甘い香りと、燻製肉の脂が弾ける香りが混ざり合い、何とも食欲をそそる。



「はい、どうぞ」



 この燻製肉……何とも言えない甘い香りが漂っている。


 ヴィヴィのことだ……絶対に何か仕掛けがある。



「ありがとう……頂きます」


「あ、メシスキーさま……メイジシルク……蓮さまに戻らないと」


「あっ、そ、そうだね」



 大丈夫……誰も見ていない。


 俺はメイジシルクの変装を解き、いつもの俺の顔に戻した。


 メイジシルクをたくし上げ、肉入りシュトーレンをひと口――



 ――ガブリッ……



「ッ!!! うっま――――ッ! パシッ!!!」



 俺は思わず大声を出しそうになって、咄嗟に左手で自分の口を押えた。


 この状況で大声を出すのはまずい……だから心の中で叫ばせて貰おう。



 うっっっまぁぁぁぁぁいっっっ!!!



 まず口に広がるのは、まぶされた砂糖の甘味だが――


 軽く咀嚼をすると、燻製肉の脂の程よい塩味が口に溢れる!


 この旨味たっぷりの脂がまた何とも香ばしく、さわやかな香りが鼻の奥を突き抜ける。


 こうやってパンが土台に来ると、燻製肉をしっかり受け止めてくれるので全く違和感がない!


 それどころか、溢れ出す脂の旨味を甘いパンが吸い、更に噛みたい、混ぜたい(・・・・)欲求を掻き立てる!



 ――ぎゅむっ……



 来たぞ……ドライフルーツ……


 様々な果実の甘味と酸味が、肉の旨味と混ざり合い、味の複雑さをさらに加速させる。


 これだけ味の要素があるのに、噛めば噛むほど一体感が強まっていく。


 これは……香りか?



「ヴィヴィ……このドライフルーツも……燻製してるよね? 同じ? 肉の燻製と」


「さすがです……一体感を出すために、どちらもアップルトレントのチップで燻しています」



 なるほど……このフルーティな香りの一体感はそういうことか!


 でも――


 それだけじゃない。


 何かこう……懐かしさを感じるんだ。


 この甘じょっぱさ……香ばしさ……どこかで食べたことがある。


 俺たち日本人に凄く馴染みがあるような――


 あ――ッ!



「ヴィヴィ……これ、この肉……もしかして……ドンガの醤油……使ってる?」


「……ふう……また私の負けですね……ふふ! その通りです! 燻す前の塩漬けの工程の代わりに、お醤油を使いました。醤油漬けにすることで普通の塩漬けより、お砂糖との相性がいい事に気付いたんです」



 なるほど……


 この懐かしさ……砂糖醤油だ。


 不思議な感覚だ。


 シュトーレンという海外(ドイツだったか?)のパンに、俺たち日本人に馴染み深い砂糖醤油の風味……


 その醤油の風味が、甘いパンとしょっぱい燻製肉の橋渡しをしている。



「どう、ですか……美味しいですか?」


「……最高だよ……本当は叫びたいくらいだ」


「あはっ! 良かった!」



 その後、俺たちは暫く時間を潰して、12時30分過ぎに芝居小屋に入った。


 開演前から客席は多くの人で賑わっていた。



 ――「弁当はいかがぁ~? 幕前、幕間に食べるものだよ~!」――

 ――「主演俳優の似顔絵だよ~! ヒロインのもあるよ~!」――



 旅芸人たちは客席を縦横無尽に練り歩き、物販に必死だ。


 このあたりはどの世界でも一緒だな……


 旅芸人の衣装は派手な染め布で仕立てられ、どこか着物を思わせるものだった。



「なんだか……歌舞伎みたいだな……」


「え? カブキ? なんですかそれ」


「ああ~、俺の世界の伝統芸能だよ。すんごい派手なの。まあ実際、俺も見たことないけど」



 芝居自体はなんの変哲もない、仇敵同士の家に生まれた男と女が――



 ――「ああ、コメオ、コメオ! どうしてあなたはコメオなの?」――



 禁じられた恋の末に、すれ違いから――



 ――「ズリエット! 俺は君に口づけをするぞ! そしてこの薬で死ぬぅ!!!」――



 ――ぶちゅうぅぅぅ……ぐびぃぃぃ! ガクッ……!



 何故か心中するという、どこかで見たような古典的な恋愛悲劇だった。



「メシスキーさま……何故、あの二人は死ぬんですか? バカですか?」


「さぁ……俺の世界にも似たような話があるけど……知らない」



 しかしながら、芝居は大盛況。


 観客たちは割れんばかりの拍手を送り、客席からはおひねりが飛び交った。


 その為か、なかなか幕は下りずに、異常に長いカーテンコールが行われた。


 その間も主演以外の俳優たちが客席で物販を行っていた。



 ――ザザァン……ザザァン



 芝居小屋を出ると、海岸線は冬の夕焼けで真っ赤に染まっていた。


 観客たちは観劇後そのまま、冬の水平線に沈む夕日を楽しんでいる。


 時刻は16時30分。


 15時終演の予定だったのに……



「な、長かったですね……」


「うん……みんな席を立たないから、俺らも立てなかったね……目立つ動きはしたくなかったし」



 あいつら……2時間の芝居の後に1時間30分もカーテンコールをやっていたのか!


 さすが旅芸人……商魂たくまし過ぎる。



「でも、何だかんだ言って楽しかったです! お芝居を観たのは初めてでしたので」



 夕日に照らされヴィヴィが笑う。


 今日は……何一つ予定通り出来なかった。


 お金も全部ヴィヴィ持ちだったし……


 俺は何気なくデートのしおりを取ろうと胸ポケットに手をやった。


 ん……?


 奥の方に何かある……あ……忘れてた!


 昨日買った、二枚貝の入れ物に入った赤切れの薬だ。



「あ、あの……ヴィヴィ、今日はごめんね、俺……上手くできなくて……」


「いいえ! 本当に楽しかったですよ。こんな風に過ごしたの……私も初めてですから……」


「これ……良かったら使ってよ。手に塗る薬……無香料だから、料理の邪魔にもならないと思う。いつもありがとう……ね」



 俺はヴィヴィに薬を手渡した。



「れ……蓮さま……あ、ありがとうございます……ありがとうございます!」


「あ! それ、手だけじゃなくて、唇の乾燥にもいいんだって! ほら、冬って結構乾燥するだろう?」


「そうなんですね! さっそく使わせてもらいます!」



 ヴィヴィは手に薬を塗った後――



「凄い……しっとりします。あ……く、唇にも……塗ってみますね……」



 唇に丁寧に薬をぬった。


 そして――



「れ……蓮さま……」



 俺を一瞬見つめ、そっと……目を閉じた。



 こ、これは――ッ!!!



 そ……


 そそそそそ、そういう事かっ?!


 一日デートをして……夕暮れの海岸沿い……男と女……


 目を閉じて……唇を差し出すって事は……



 今がその時ですか?!



 いや……ですか、じゃない――



 今がその時だろっ!!!



 待てッ!!!


 焦るな……落ち着け!


 そうだ……高校の頃、隣の席の佐藤君が言ってたじゃないか!



 ――『焦っていきなりすんなよ! 歯ぁぶつかるぞ! 俺のファーストキスは血の味がしたけん! ひゃはぁっ!』――



 優しく、ゆっくりするんだ……


 俺はメイジシルクをたくし上げ……


 ヴィヴィの頬に軽く手をあて、ゆっくりと顔を近づけた。



 ――バクンッ! バクンッ!! バクンッ!!!



 まるで全身が心臓になったかのように、体中に鼓動が響いている……


 俺の手からこの音が伝わって、ヴィヴィに聞こえているんじゃないだろうかッ!



 ――ザッザッザッザッ……



 俺はこの時――


 あまりの緊張で、近づいて来る足音に気付かなかった。


 というより……鼓動の音にかき消され、何も聞こえていなかった。


 意を決して、俺がヴィヴィにキスをしようとしたその時――



 ――ザッザッ……ガバッ! ぐりんっ!



 金髪の女性が俺の顔を両手で挟み、強引に振り向かせ――



 ――ゴチンッ! ぶっちゅうぅぅぅぅぅ!!!



 激しく歯をぶつけながら……俺の……唇を奪った……



「んん~~~~~ッ?!!!!」



 な……なんでぇ~~~~~~ッ?!



 ――ちゅうぅぅぅぅぅ……



 だれぇぇぇ?! この人~~~!!!


 さ、佐藤くぅぅぅん!!!


 血の味がするよ~~~!!!






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   金髪女性は騎士団長なのか?  はたまた芝居小屋のヒロイン役なのか?  血の味ーー蓮さんの悲劇(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
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