174 恋よススメ(3)~扇動~
「おい、見ろ……! マルーク院長だ……! すげえな……俺、生で初めて見た……魔導書の挿絵でしか見たことないぞ」
「ってことは、マルーク院長の後ろに控えているのが……特級魔導士か」
壇上と呼ぶには憚られる、崩れ去った城門前の一段高いところに、聖騎士団と魔導士たちがずらりと並んでいる。
その物々しい面々を率いるように、団長のシフォンとマルーク院長が先頭に立っている。
帝国魔導の最高権威と帝国最強の戦士……
どんな奴らなんだ。
――ガガッ…………
マルーク院長は吠え貝の前で、無言で立ったままだ。
長く伸ばした白いひげ、この距離からでも分かる深く刻まれた顔のしわが、威厳を漂わせている。
マルーク院長は静まり返った広場に、その視線をゆっくりと巡らした。
なんだ……この威圧感……
そして広場を見渡した後、マルーク院長はふと空を見上げた。
――ざわざわ……
みな、空に何かあるのかとつられて見上げる。
俺も気になり空を仰いだ。
ここの所雪続きだったが、今日は雲はあるが晴れている。
冬の気持ちいい日差しが雲の切れ間から丘の上に降り注いでいる。
再びマルーク院長に目を戻すが、まだ空を仰いでいる。
〈……………………〉
長い……なんだこの沈黙は……
俺はチラリと腕時計に目をやった。
現時刻、10時6分……
2分近く沈黙が続いている。
マルーク院長はまだ空を見上げている。
お付きの魔導士だろうか、急ぎ足でマルーク院長の元へ駆け寄り、耳打ちをした。
みな緊張の面持ちで、壇上の成り行きを見つめている。
〈ガガッ……あ? もう喋っていいの? ワシ、合図待ってたんだけど……ごめ~ん〉
――ドッ!!!
大爆笑である。
極度の緊張から、最大級の弛緩。
〈皆の衆、ごめ~ん。お待たせしました~。はい、という事で、始めま~す〉
素なのか計算なのか……
どちらにしても、丘に集まった人々の心はがっつりと掴んでいる。
ゆっくりとした動作、注目を集める所作……
これはサリサが演説の前や最中によく使う手だ。
だがこの人は、その後の『弛緩』までがセット……
〈今日はお日柄もよく、抜群の演説日和でございます~。というわけで、今日はこのマツィーヨ城の改修についてお話させて頂きます。あ、皆さんお気楽に。露店も~……出てるみたいなので、焼きクラーケンのミミでも食べながら、皆さまのお耳を傾けて貰えばと思います〉
――わははは!!!!
〈ちなみに……マツィーヨ城の改修は天帝さまからの勅命ですので、エンペラ(クラーケンのミミ)を食べながら、天帝の話に、耳を傾ける~……なんちゃって~〉
――ぎゃはははは!!!
くだらないが……抜群に上手い。
完全に民衆心理を味方につけてる。
「うふふ……何だか面白い方ですね……メシスキーさま」
「……うん……」
帝国魔導の最高権威……どんな人物かと思ったが……
チエちゃんが手に入れた、マルーク院長が書いた辞典、魔導士の項目――
――――――――――――――
● まどうし【魔導士】
② 呼称については、総じて『魔導士』と呼ばれるが、魔法を扱う成人女性を『魔女』、成人男性を『魔導士』とする場合が多い。まだ成人していない少女は『魔女っ娘』、少年は『魔導っ子』と呼ぶ。
――――――――――――――
魔導っ子……
こんなふざけた項目……この人なら書きかねないと思ってしまった。
だが――
俺は見逃さなかった。
聖騎士団団長……
『不在のシフォン』
マルーク院長の後ろに控える聖騎士団員までもが緊張を解く中……
この会場でただ一人……微動だにしなかった。
それどころか……
未だにマスクの下の視線が、こちらに向けられているように感じる。
「……ヴィヴィ……少し右に移動しよう……」
「え? ええ」
〈はい~、では冗談もさて置き……真面目な話に移りま~す。え~、ここマツィーヨは、100年前に『国落としのローニャ』が、ヨツシアに魔族を引きいれ壊滅に追い込んで以降、長年にわたり魔族たちの巣窟でありました〉
嘘だ……『国落とし』はローニャの蔑称じゃない……事象だ。
魔力の暴走による強制進化――
それが『国落とし』のはずだ。
『森具智秘露呼』の発動時、ローニャはこう言った。
――『国落としは絶対にさせない……今度こそ、私が止めてみせるから。安心して』――
ローニャは『国落とし』をやっていない。
この爺さんの言葉……信じては駄目だ。
〈ですが、30年前に行われた掃討作戦でようやく『マツィーヨ』『アワシマール』『ノヴァラ』『タカチサ』という主要都市が、奪還に成功しました〉
聞いたこと無い地名がどんどん出てくる。
こんな時チエちゃんが居てくれたら……
チエちゃん、念話切ってる場合じゃないぞ。
チエちゃんの好きな情報が盛り沢山だぞ!
とはいえ――
四国四県は、愛媛、徳島、香川、高知……
マツィーヨは『愛媛の伊予松山』、アワシマールは『徳島の阿波の国』、残るは――
香川と高知……
高知は土佐の国で……高知、土佐……タカチサか……ふふ。
ノヴァラは分からないが、残りの香川……香川の旧名は讃岐……違うな。恐らく高松市の旧名が関係しているんだろう。
はは、俺も随分と分かるようになってきたぞ。
〈しかしながら、ヨツシアの内陸部は、依然として魔族がはびこる魔境のまま……これでは、ヨツシアに住まわれる皆さまの安全が確保できたとは言えませぬ。天帝もまた、これを是としておられず、心を痛めております。そこで……10年前に凍結された『魔族掃討作戦』を再開せよとの勅命をうけ、我らがここに参じた次第であります〉
大通りにいた魔導士の言っていた噂は本当だったな。
――ザワザワ……
掃討作戦の再開と聞いて、丘の上の広場にどよめきが走った。
喜びに声をあげる者、不安に顔を歪める者、魔族に対する怒りをあらわにする者……
〈そして現在、帝国魔導士試験がヨツシアで行われているのは、皆も周知の事実。今年の受験者は実に優秀……5000人、その誰もが帝国の未来を担える逸材であると聞いておる〉
マルーク院長の声の調子が少しずつ変わっている……
最初の高いトーンから徐々に、低く、ゆったりと、安心を与えるような口調……
〈その報せを聞いた天帝は申された……その若き力、我が帝国の為に貸してはくれまいかと……そこでワシは考えた。それほど優秀な人材であれば、実戦にも耐えうるのではないかと……であるならば……予定していた第二次試験の内容を変更して……この掃討作戦の後方支援を、第二次試験とすればよいのではないかと〉
実戦? 後方支援?
受験者たちを……戦場に駆りだすのか?!
という事は、ミルカもその対象……
広場に動揺が広がる。
〈その活躍如何において、成果をあげた者全てに、帝国魔導士の資格を授ければよいと!〉
活躍した者を全て合格?!
帝国魔導士試験の合格倍率は、5000人中良くて3人、合格者がいない時もあるらしい……
破格の条件……
おかしい……
そもそも、5000人の受験者をわざわざヨツシアへ呼んだことも、全ての費用を帝国が持つことも……
そして、この合格条件の緩和……
違和感だらけだ。
〈無論、この様な事は異例の事……しかしながら、思い返して欲しい。そもそも人に仇なす魔族がこの世に存在すること自体が、異常なことなのである……魔族に家族を奪われた者もおるであろう。無残に焼かれた村もあった! 子は泣き、親は去り、老人が残った! そのような悲しみは断ち切る必要がある! 異常には異例を! そうすることでようやく魔族なき世界が訪れると私は確信しておる!〉
院長の語気が熱を帯び、強まっている……
吠え貝からその熱が民衆の上に降り注ぎ、伝播していく……
「そうだそうだ! 魔族なんて滅ぼしてしまえ!」
「いや待てよ! あんたらはいいかもしれないが、戦場に行くのは俺たち受験者だぞ!」
「帝国魔導士を目指してるんだろう! なら、遅かれ早かれ戦わなくちゃならないだろうが!」
「なんだと?!」
みな喧々諤々とそれぞれの立場から意見を言い合っている……
〈ふむ……皆の不安も分かる。あの憎き魔族どもは強い……10年前に作戦が凍結されたのも、ここヨツシアの魔族が、その個体の強さ、統率力において他の地域と比べ、予想以上に強かったためである。しかし安心せよ……今回は前回の掃討作戦とは違う。1000年続く聖騎士団設立以来、史上最強と謳われるシフォン・スノーザ団長が本作戦に参加することになった!!!〉
――おおぉ!!!
〈皆も聞き及んでいるであろうが、シフォン殿が団長に就任して以来、主たる戦線において聖騎士団が敗陣を喫したことは……一度もない! 天帝もこの働きをお認めになり、帝国に伝わる宝剣……1000年前の聖戦において、『神槌の雷帝』が使ったとされる『雷帝の剣』をシフォン殿に与えておる!!!〉
シフォンは腰に携えた剣を、すらりと抜き天に向け掲げた。
雷帝の剣……片刃? ここからじゃよく見えないが……日本刀のようにも見える。
その長く美しい刀身は朝日を受け、広場を照らした。
〈安心せよ。前線での戦闘は聖騎士団、帝国魔導士が担う。しかも特級魔導士を招集しておる。受験者たちは、後方で前線を突破した魔族を食い止めればよい……が……ふぉふぉふぉ……シフォン殿率いる聖騎士団、特級魔導士がおる前線を潜り抜ける者など――おりゃあせんがの!〉
――ザンッ!!!
聖騎士団が携えた槍を地面に叩きつけ、特級魔導士たちが杖を天に掲げた。
次の瞬間――
――バチィィィィィッ!!!
耳をつんざく轟音と共に、シフォン団長の雷帝の剣が眩いばかりの光を放った。
その迫力に民衆は圧倒され、直後……安堵の空気が広がる。
『この絶対的強者がいるなら――何も問題は無い』と……
〈ま、受験者たちは、己が目指す最高峰を実際に目にするのも、良い経験になるのではないかの。大船も大船、巨大戦艦に乗ったつもりで参加するがよい〉
――わはははっ!
〈春の雪解けともに作戦の開始とする。それまでにこのマツィーヨ城を改修し、戦に備える必要がある。マツィーヨに住まわれる皆様にはその準備に手を貸して欲しい。無論……早急な日程……天帝さまから十分な予算を割いていただいておるぞ! たあ~んと……稼いでくれい! より豊かに、より安全で、栄えあるヨツシアを築こうではないか!〉
――おおおおおっ!!!
上手い……
名誉、地位、金……全て絡めて意思統一を図ってる。
「よ~し! 俺も殲滅作戦で一旗揚げて帝国魔導士になってやる!」
「こりゃあ、忙しくなるわね! 城の材料を早く買い付けなきゃ!」
「シフォン様がいれば、魔族なんてイチコロよ!」
誰も、この演説の意味を疑っていない。
みんな分かっているのか……
この爺さん……
どんなに良いように言っても……戦争を始めると言っているんだぞ!
〈ガガッ……ん? どうされた? シフォン殿?〉
民衆がマルーク院長の演説に熱狂しているのをしり目に、シフォン団長が吠え貝の前に立った。
そして、雷帝の剣を突き出し、太陽の光を反射させ、民衆の前方を照らした。
その光はゆっくりと前方から、俺とヴィヴィがいる後方へと進んでくる……
皆、何事かとその光を追う。
その光は俺たちがいる辺りを照らした。
そしてシフォン団長はマスクでくぐもって明瞭ではなかったが、確かにこう言った……
〈……あなたは……誰?〉
まずい!!!!!
――ブヮン……ッ!
俺は咄嗟にメイジシルクで顔をタリナに変えた。
「ヴィヴィ……ッ!」
「はい……ッ!」
俺とヴィヴィは光から逃れるように、人混みの中に紛れた。
シフォン団長の光が俺たちを追う――
だが次の瞬間、冬雲が太陽を覆い光が途切れた。
「なんだなんだ?」
「誰がなんだって?」
「誰のこと?」
みな何事かと辺りを見回している。
まずいまずいまずい……
何だあの人……
やっぱり最初から俺たち――赤札の俺に気付いていたのか?!
「……行こう、ヴィヴィ」
「……は、はい……」
俺たちは混乱する人々の中、怪しまれないよう急ぎ足で丘を後にした。
灰色の雲が、白のカーテンを丘にかけ始めていた。




