173 恋よススメ(2)~特別な日~
「はぁはぁ……」
今、午前9時50分――
本当に帝国の表明が10時に行われるなら、あと10分でマツィーヨ城跡に着かなくてはならない。
俺とヴィヴィは丘の中腹まで来ている。
この辺りから廃城までは、苔むした石畳の道が続いている。
「ヴィヴィ、大丈夫?」
少し急ぎ過ぎたか……
ヴィヴィが膝に手を突き、白い息をせわしなく吐き出している。
「はぁ、はぁ、だ、大丈夫です!」
丘と言えど、ここまでかなり勾配のある道だったからな……
ここに来るまでに露店の店主や町人、魔導試験の受験者など追い越してきた。
廃城に続く寂れた石畳には、人の流れが確認できる。
10時に表明ってのは、本当らしいな……
急がなくては。
「ヴィヴィ……手……」
「ふぅ、ふぅ……え?」
「手……か、かか貸すよ……つ、掴みゃりなよ」
う~わ……!
めっちゃどもってしまった……
手を貸すなんて、普段なら別段気にすることない普通の事なのに……
何を意識してんだ俺!
これじゃ……ウキヤグラの時のアポロとキノみたいじゃないか!
…………はっ?!
もしかして俺……恋愛において、すでにアポロに追い越されてる???
「ありがとうございます」
――ぎゅっ……
差し出した手をヴィヴィが掴んだのだが――
違う……
なんか――ヴィヴィの手の感触がいつもと違う。
柔い……小さい……
少し乾いてて……
温かい……
俺は冬が好きだ。
冬のひやりとした空気と体温の境目がはっきりしていて、身体の輪郭を――
自分と世界との境界線を、より際立たせてくれるからだ。
自分はここにいる、そう感じるからだ。
――ぎゅう……
足を踏み出すたびに、ヴィヴィの小さな手が離れまいと俺の手を強く握り返してくる。
冷たい空気の中で、より自覚する自身の存在と――
「はっ、はっ、はっ……」
俺以外の温もり……
ヴィヴィの体温……
「はぁ、はぁ、あと少しですね、メシスキーさま」
「う、うん」
不思議な感覚だった。
俺は……
冬が好きだ。
世界に『俺』を感じるから……
でも今は――
――ぎゅうぅぅ……
世界に……二つの体温がある。
鼓動が早くなるのが分かる。
かなり無理して歩いてるからか、それとも――
「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
丘の上に着くころには、二人の手の温もりの違いが……
分からなくなっていた。
◇ ◇ ◇
丘の上には多くの人が集まっていた。
太鼓や笛の音が響き、まるでお祭り騒ぎだ。
現時刻、9時56分。
「はぁ……はぁ……何とか間に合ったみたいだな」
「ええ……はぁ……ふう~~~、凄い人出ですね」
旧マツィーヨ城の前には野球場ほどの大きな広場があり、一面石畳が敷かれている。
といっても、100年前に廃城になっているのだ……
ところどころ地面が剥き出しになり、永らく放置された面影がある。
広場の周りには、崩れた石垣が城と繋がるようにぐるりと積んである。
恐らくこの広場は、城壁内で兵士が訓練したり陣を構える曲輪だったのではないだろうか。
いずれにしても、石垣も城も崩れ去り、長年放置されていたことに違いは無い。
露店があるかと思っていたが、どの露店主たちも急いで来たのだろう――
――「いらんかねぇ~! 蒸し肉の団子だよ~!」――
――「靴、靴~! ぬかるみ、浜辺、石畳! どんな地面もこの靴があれば安心だ!」――
――「矛だ矛! 何でも貫く矛だよ! どんな盾だってひと突きさ!」――
――「盾だ盾! 何でも弾く盾だぞ! どんな矛だってひと弾きだ!」――
……矛盾が過ぎるだろ。
矛屋と盾屋の距離……近すぎるって。
もう少し離れて商売しなさいよ。
しかし――
皆、ここぞとばかりに商品を売ろうと必死だ。
中にはアクセサリーを両手に首に、頭にジャラジャラとのせて売り歩いている猛者もいる。
あれだけの量……相当重いだろうに……よくここまで来れたな。
「そこの恋人さんたち! どうよ! 腕輪に指輪に首飾り! 何でもあるよ!」
――「「え……?」」――
「お似合いさんだねぇ! 手ぇなんか繋いじゃって! 憎いねぇ、このこのぅ~!」
露店主の声に、周りの人の目が俺たちに集まった。
手……繋いだままだった!
俺とヴィヴィは我に返り、繋いだ手を慌てて離した。
「あらあらぁ~? まだ付き合いたてなのかい? 照れちゃってぇ! そんな帽子の兄さんには、これ! モトス大陸で採れた宝石があしらわれた首飾り! 石言葉はなんだったけか~、忘れたけど……多分、縁結びの石だよ~? 最後の一つ! そちらの可愛いお嬢さんにどうよ!」
こ、この露店主……べらべらと~~~!
周りの目が、ニヤニヤと俺たちに向けられているのが分かる……
は、恥ずかしい!
そして……注目を集めるのはまずい……
俺は咄嗟にマフラーで口元を覆い隠した。
「おや? そういう関係じゃ~、なかった? へぇ~……何だか、大人しいお二人さんだねぇ……ああ、そう……要らない? この首飾り」
――「「要ります!!!」」――
俺とヴィヴィは咄嗟に声を発し、互いに顔を見合わせた。
ヴィヴィの頬が紅く染まっている。
俺も――
マフラーで口元を覆ったせいか……顔が熱い……
「びっくりしたぁ~。なんだ声出るじゃない~! はいはい! 縁結びの首飾りお買い上げねぇ~! 大銀貨5枚だよ~!」
大銀貨5枚……5万円か!
たっか!
どう見たって、安物の首飾り……大銀貨1枚でもお釣りが来そうだ。
さすが魔導試験バブル真っ最中……ふっかけてくるなぁ。
でも、物価高騰は織り込み済み。
ふふふ……今、俺の財布には大銀貨30枚分くらいの硬貨が入っている!
借金まみれの俺が、何故こんな大金を持っているかというと――
――『蓮ちゃん、あんたお金持っとらんやろ? これ、使いんしゃい。ヴィヴィちゃんよりあんたの方が大人なんやけん、明日の支払いはあんたが全部持つんばい! ぴしゃっと! ぴしゃあ~っと決めてきんしゃい!!! にへぇ~!』――
と、ばあちゃんがへそくりを渡してくれた。
30万円……
現世でもこんな大金、財布に入れた事無いぞ。
紙幣がないヒズリアでこの額となると、かなり重い。
袋状の財布もはち切れんばかりで、もはや鈍器のようだ。
よし……かなり高いが今買っておかないと――
狂った予定が取り戻せない!
ばあちゃん! 鈍器、使わせて貰うぞ!
「ちょ、ちょっと待って下さい……お金、出します」
俺は落ち着いた大人の余裕を忘れずに、懐からズシリとした財布を取り出し、大銀貨を探した。
――カチャカチャッ! ジャラジャラ!
あれ……大銀貨が……上手く取れない……
――ビリッ……ビリリリッ……ジャッリ~~~ン!!!
財布の底が硬貨の重みに耐えきれず破れてしまった!
「あっ! はぁぁぁん!!!」
俺は情けない声と共に、石畳の上に硬貨を盛大にぶちまけた。
その瞬間――
――ダダダッ!!!
4、5人の亜人の子供たちだろうか……人混みの中から飛び出してきた。
そして飛び散った硬貨を凄まじい速度で拾い上げ、一瞬のうちに、また人混みの中に消えていった。
「あ、あれぇ?! うそ……こ、硬貨が……1枚も無い……」
あいつら――
石畳の隙間にも入ったはずなのに、あの一瞬で全て綺麗に持ち去りやがった!
「あ~あ……兄さんやられたねぇ。あいつら露店があるところにいつもくっついてくる、孤児のスリ集団だよ……兄さん……お金? ある?」
……ない……
30万円が一瞬で消えたぁぁぁ!!!
「無いなら俺……もう行くけど?」
露店主が俺に見切りをつけて踵を返そうとすると、ヴィヴィが声をあげた。
「あ、あります! お金! あります! その首飾り――下さい!」
そういうと、ヴィヴィは自分の財布から硬貨を取り出し、露店主に差し出した。
「……いいの? お嬢ちゃん……自分で――買うの?」
「~~~~~ッ! い、いいんです! 下さい!!!」
「……ふ~ん……」
露店主の冷ややかな視線が俺に突き刺さる。
目が口ほどにものを言っている……
――(兄さん……鈍くさすぎだろ……恋人に買わせてどうするんだ……お嬢ちゃん顔真っ赤じゃない……兄さん……だっっっさぁ!!!)――
と言われているようで……いたたまれなかった。
「…………はい~! お嬢ちゃんお買い上げありがとうねぇ~!」
露店主は冷ややかな視線を俺に向けたまま、首飾りをヴィヴィに渡し、人混みの中に消えていった。
「お金……取られちゃいましたね……」
「う、うん……ちょっと……入れすぎた……かな……」
俺の手元には、中身のないただの破れた袋しか残っていなかった。
な……情けない……ッ!!!
そして……ごめん……ばあちゃん……
俺……ぴしゃっと決められなかった!!!
「ご、ごめんね。首飾り……買わせちゃって……」
「いいんです! いいんです! この首飾り……デザインが気に入ったんで! 欲しいと……思ったんです」
そういうとヴィヴィは琥珀色の石が埋め込まれた首飾りを手に、一瞬何かを考えこんだ。
そして思いついたように一段高い声をあげた。
「あ、あれれ~? れ、蓮さま、この首飾り……どうやって、つ、つければいいんでしょう。この金具のところ……私、初めて見る形で……わ、分かりますか?」
「え? どれ?」
「こここ、ここです! は、外せます?」
「……ちょっと貸して」
首飾りの留め具は別段外すのに難しくはなく、すぐに外れた。
「す、すごい! 蓮さま! き、器用ですねぇ! 流石です!」
「いや、別に……あ、つける?」
「は……はい!!!」
「後ろ向いて」
「はい!!!」
ヴィヴィはよほどこの首飾りが気に入ったのか、嬉しそうに髪をかき上げうなじを見せた。
ここでつけるのはいいが……まだちらほらと周囲の目が――
――(((あいつ……金出して貰った上に、まるで自分がプレゼントしたかのように、つけてやっている……だっっっさぁ~)))――
と、俺に向けられている気がする。
「ヴィヴィ……俺、今……メシスキーだよ……」
「あ! すみません! つい……ふふ」
柔らかくなだらかなうなじには、うっすらと産毛があり、陽の光で僅かに輝いている。
そして……うなじの根元、服の隙間からチラリと痛々しい古傷が見えた。
奴隷時代の傷跡――
――カチリ……
「ど、どうでしょうか?」
「う、うん、とっても似合ってるよ」
お世辞抜きで似合っていた。
「そ、そうですか! うふふ!」
彼女がそう笑った瞬間、胸元の琥珀色の石と唇の端がキラリと輝いた。
あ――
そうか……最初から感じていた違和感……
今日のヴィヴィ、どこか違うと思ったが……
化粧をしてるんだ!
といっても、化粧と言っていいのか分からないほどの薄化粧。
以前、サリサがコスメ関連の商品開発をしていた時、何気なくヴィヴィに聞いたことがある――
――『お化粧ですか? しませんよ~。私は料理人ですからね。お化粧も香水もしません。食材に匂いが移っちゃうでしょう? 亜人系の人たちは鼻が利きますから。余程――特別な日じゃない限り……お洒落はご法度です』――
確かにヴィヴィと出会ってから、彼女が化粧をしているところを一度も見たことがない。
「長さも丁度いいです! うふふ!」
……今日は……
化粧を……しているのか……
――ガガッ……ホエ~ン……
吠え貝の起動音が丘の上に響き渡り、喧騒は一瞬にして静まり、集まった全ての人が城門前に注目した。
「あ、蓮――メシスキーさま……見て下さい……聖騎士団が出てきましたよ」
俺たちがいる広場より少し高い城門前に、ずらずらと鎧を着た騎士たちが登場した。
その様子を見て、周囲の人々の囁き声が聞こえてきた。
――「おい、見ろ……珍しいな……聖騎士団の団長がいるぞ……」――
――「え? どこどこ?」――
――「ほら……あそこのマスクの人……あれが帝国最強戦力と謳われる『不在のシフォン』だ」――
ガタイのいい聖騎士団の中に、ひと際小柄なマスクの人物がいた。
小柄と言っても、周りが大きすぎるのか……
俺と変わらない――俺より少し小さいくらいか。
――「なんで『不在』なんだ?」――
――「ああ……『戦ある所にシフォンあり』って言われるくらい、いつも前線にいるそうだ。帝国本部にいつもいないことから……」――
――「ああ~、それで付いた二つ名が『不在』か」――
マスクは顔全体を覆い、顔が確認できない。
目元だけはガラスのような素材で作られてあり、目元だけは見えるようになっているようだ。
聖騎士団特有の白銀の鎧ではなく、ひとり純白のマントを羽織っている。
ここから確認できる特徴は……マスクから出ている髪の毛くらいか。
柔らかなウェーブがかかった美しい金色の長髪を後ろでまとめている。
『不在』のシフォン――
あれが聖騎士団の団長。
ん……気のせいか……?
シフォンの視線がマスク越しにこちらを見ているような気がする……
いや……
俺は今、帽子とマフラーでほとんど顔を出してない。
それに人混みの最後列の俺からシフォンまでの距離は、優に100メートル以上はある。
この距離、この人数の中、顔を隠した赤札の俺を見つけられるはずがない。
――おお~~~!!!
人混みの前列付近からどよめきが起こった。
シフォンを先頭に物々しく並ぶ聖騎士団を後ろに、魔導着を着た老齢の男性が吠え貝の前に立った。
現時刻、10時3分。
少し遅れての開始か。




