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171 恋のススメ

 マツィーヨ滞在7日目。ヘイルの宿屋を任されて5日目。


 昨日は、サシムさんの宿屋の風呂の改装をやったのだが――



「あらららららら~……よっと!!!」



 ――バキバキバキ!

 ――ドカンッ!

 ――シュルルルルル!



 二度目ともなると、ばあちゃんも慣れたのか、ものの数分で仕上げてしまった。



 ――『どうやら伊織は教えてもらうより、実際に見た方が上達するようだ。こういう奴は、いくら教えても無駄だが、実際に見て『出来る』と思えば出来てしまう。ある種の天才……直感タイプの極北のようなやつだな』――



 サリサが言っていたように、つくづく直感型の天才だな。



「へははぁ、まあ、ざっとこんなもんよ~」



 くさ手を使い、恐ろしい速度で個室風呂の仕切りを破壊し、瞬く間に大浴場を組み上げる姿に、サシムさんは目を白黒させていた。



「あり? ここ……隙間が空いとるね……まあ、よかたい!」



 確かに、細かい部分はバルトのような腕利きドワーフには敵わないが、必要最低限の機能は満たしているから、文句はない。



「な、なんて美しい浴場なんだ……あ、ありがとうございます!」



 サシムさんは『日本式入浴ルール』の徹底と『入湯料、小銀貨1枚』という価格の徹底を約束してくれた。


 そして――



「あ、あの……こ、これって……このやり方を独占しない約束ってことは……僕の宿以外にも……やってくれるってことですか?」


「もちろんです。むしろそのような宿があれば、紹介して頂きたいくらいです」


「じゃ、じゃあ! 今からでも! 僕の知り合いに店を畳もうかと悩んでいる奴が何人かいるので、お願いします!」



 その後、3件ほど回り、風呂の改装を行ったわけだが……


 どの宿屋でもヘイルの宿屋が噂になっており、皆、その様子を伺っていたそうだ。


 確かに……


 どの店主も、サシムさん同様、ヘイルの宿の前をウロチョロしてた人たちなので、顔に見覚えがあった。


 よし……これで、日本式の浴場を取り入れた宿屋が5軒になったぞ!


 そしてそして……


 我がヘイルの宿屋と言えば――


 ついに20部屋全て満室になった!



「満室ばい! 満室! 蓮ちゃん、やったねぇ!」


「ああ! やっぱり大狸式は間違ってなかった!」



 これにより、昨日の売り上げは――



 ・宿泊費――大銀貨20枚(およそ20万円)


 ・洗濯持ち込み――大銀貨5枚(およそ5万円)


 ・ヴィヴィの屋台――大銀貨……50枚!!!(およそ50万円)


 ・総計――大銀貨75枚(およそ75万円)



 となった。


 ヴィヴィの屋台だけ群を抜いた売り上げだ。


 さすがヴィヴィ!


 ……などと感心していたが……


『繁盛』の裏には、大きな落とし穴があった。




 ◇     ◇     ◇




 次の日の朝――



「お、おはようございます……さ、さあ……今日も頑張っていきましょう……」



 ヴィヴィが……明らかにやつれている。


 そりゃそうだ……


 ワンオペで休みなく、日に大銀貨50枚売り上げてるんだ。


 いや……いやいや……?


 ちょっと待てよ……


 ラーメン1杯、小銀貨1枚(およそ1000円)、替え玉、中銅貨2枚(およそ200円)あたりの価格帯で販売しているから……


 単純にラーメンだけで考えても、一日に500杯一人で捌いている計算になる。


 朝9時から夕方18時までの9時間のうち、15分休憩を2回、30分休憩を1回の計1時間休憩をとっている。


 一日の労働時間は8時間。


 日本の労働基準法にのっとった労働時間だが……


 8時間=480分


 え……


 つまり単純に計算しても、ヴィヴィは8時間ずっと『1分以内にラーメンを1杯以上提供し続けている』ということになる。


 超人的だ……



「……えっと……あ……仕込みは……あ、昨日の夜やったんでした……」



 営業時間以外にも、仕込みや清掃などもある。


 いくらヴィヴィが料理の天才と言えど、完全にオーバーワークだ。



「えっと……おはようございます……さあ……今日も頑張っていきましょう……」



 同じ台詞を……これはもう限界だな。



「ヴィヴィ、今日は休もう。身体を休めた方がいい」


「……いえ……! わ、私は大丈夫です! そろそろお客様も来る頃ですし、やれます!」


「だ~め。身体を壊したら元も子もない。今日は休んで。体調管理も仕事のうち……というか、俺もヴィヴィに甘えすぎてたよ。今の営業スケジュールには無理がある。俺の見通しが甘かった。ごめん」



 そう。


 ヴィヴィの屋台が街の人にウケるのは分かっていたが――


 ここまで人が集まり、ここまでヴィヴィが捌けるとは想定外だった。


 これは反省しなければ……


 商工会職員である俺が、その辺りのバランスをとれないでなんとする。



「屋台のお陰で、宿屋への導線は出来た。これからは休みを入れながら適度に営業しよう」


「で、ですが……そうなると、せっかくついたお客様が離れるんじゃないでしょうか……」



 目の下のくまが酷いな。


 昨日も遅くまで仕込みをしていたんだろう。



「いや……それは絶対にないね。ラーメンやチャーハンもそうだけど、その他のヴィヴィの絶品料理もヴィヴィの屋台でしか食べられない。むしろ適度に『食べられない日』を設けた方が――より一層食べたくなるってもんさ!」


「な、なるほど……」


「ふふ、あれだよ。恋愛と一緒さ」


「恋、愛?」


「会えない日が、愛を育むっていうだろう?」



 な~んて偉そうに言ってるけど……


 俺、恋愛経験――皆無だけどな!



 ――『あ~……蓮くんは恋愛対象としてみれないかなぁ。でも恋愛ってなるとねぇ……あまりに平凡過ぎて、ドキドキはしないかなぁ。え? 可能性? あはは! ゼロゼロ! これからもよろしくねぇ~! 親友!』――



 あ……っ!


 む、昔の古傷が……


 俺が大学時代に言われた地獄のコメントに悶えていると――



「で、でも! 私は会えない日は――無い方がいいです! ず、ずっと一緒が……いいです」



 ヴィヴィが潤んだ瞳で俺を見つめてきた。


 な、なんだ?


 俺は例え話で言ったつもりだったが……



「蓮さまは! 会えない日があった方が……いいんですか?」



 連日の疲れからか……はたまたランナーズハイならぬ、クッキングハイになっているのか……



 ――ぎゅうぅぅ



 ヴィヴィは俺の手をとり問いかけてきた。


 いつもより距離感が近い気がする。


 久しぶりに……


 こんなに近くでヴィヴィを見た。


 長いまつ毛、丸くて大きな瞳、小さくぷっくりとした唇。


 間近で見ると本当に可愛い……


 そして――


 寒気の中、食材の準備や調理、食器洗いをこなして赤切れまじりのガサガサの細い指……


 その冷えた指が俺の両手を包み込んでいる。



「サリ――あわ、会わない方が! 愛が……育まれますか?」



 今……ヴィヴィのやつ……サリサと言いかけたのか?


 サリサと離れておよそ二カ月半。


 あれから――


 ファクタで料理勝負をしたり、赤札を出され聖騎士団副団長のガリルから逃げたり、ヒゼデジールで料理教室を開いたり、ソニンがファクタ港を襲ったり、ミルカやポッコ、コヤネさんと仲間になったり、今は宿を運営したりと……目の回るような出来事ばかりだった。 


 そんな盛りだくさんな日々の中で「サリサがいたら」と思う場面は少なからずあった。


 ヴィヴィも……サリサのことが気になっているんだろうか。


 ヴィヴィの吐く温かい息が、俺の指を優しく撫でる。


 心なしか――


 彼女の手が少し震え、温かくなっているような気がする。



「ど、どうかな……よくある例え話だから使っただけだけど……」


「そう、ですか……」


「そ、そんな気にするような話じゃないって……とにかく、今日はゆっくり休んでくれよ」


「……分かりました……」



 そう言うと、ヴィヴィは自室に帰っていった。


 何か……もっと気の利いた言葉をかければよかったか……


 そもそも――


 恋愛経験皆無の俺が偉そうに、そんな例え話をしたのがいけなかった。


 何が……正解だったんだろう。



《ジジッ――》



 あ、こ、この音は――


 チエちゃんの念話!



《な~~~にをやっているんですか》


「チ、チエちゃん! も、もしかして……見てたの?」


《みてましたよ……蓮さま……貴方という方は……なぜあのまま帰すような真似をするんですか。全く》


「べ、別に! 何もおかしなことは無いじゃない!」


《おかしなことは無い? おかしなことは無いと仰いましたか? ご冗談を! おかしなことだらけです。何故あのまま抱き寄せて、口づけの一つでもしないのですか》


「はぁ?! 口づけって――そ、そんなことするわけないだろう!」


《し て い い ん で す!!! ヴィヴィさまのお気持ちは明白! 年頃の男女がさっきのような雰囲気になったら、その位の事はしていいんです! 特に貴方のような、ちょ~~~奥手の方は、その位のつもりでないと関係が進展しません!》


「進展って――い、今はそれどころじゃないだろ! 追われる身だし、ローニャを目覚めさせる為に情報収集もしなきゃいけないし……恋愛してる場合じゃないって!」


《ど う じ し ん こ う!!! 同時進行でいいんです! そんな事言っていたら、取り逃がしてしまいますよ! ヴィヴィさまのどこが不満なんですか! あんなに素晴らしい方はそうそういませんよ?! それを貴方という方は……うじうじのらくらと――今からでも部屋に行って、押し倒してしまいなさい!!!》


「おおお押し倒す?! ちょっとチエちゃん! 何言ってんの! めッ! めッだよ!!!」



 ちょっと……どうしたんだ今日のチエちゃん……


 やたら感情的じゃないか……



《何が『めッ』ですか! こっちの台詞です! 忙しい日々の中で、やっと訪れた『進展のチャンス』でしたのに……ッ! 覚えていますよね? 私、蓮さまのお母さん役でもあるんですからね!》



 あ……お母さんムーブ……まだ続いていたのか!


 完全に忘れてた……



《いいですか? 押し倒すのが無理というのなら、何かフォローなさい! ヴィヴィさまがどれだけ貴方のことを献身的に支えていらっしゃるか……分からない貴方じゃないでしょう!》


「う……そ、それは……分かってるけど……」


《分かってるなら、何かアクションを起こしてください! 何かするまで私は知りませんからね! 念話も繋ぎません! 失礼します! ブチッ――》


「え……?! チエちゃん?! ちょっと……チエちゃん?!」



 ――シーーーーーン…………



 チエちゃんからの返答がない……


 本当に念話を切ってる!


 ちょっと……これ……


 どうしろっての!



「おはよ~。さっきから何ば騒ぎよるとね~蓮ちゃん」


「うげ! ば、ばあちゃん!」



 ばあちゃんが寝ぼけまなこで起きてきた……


 あ……しまった……チエちゃんとの念話……声に出して会話してた。



「な~んか、口づけとか押し倒すとか言ってたぜぇ」


「へ、ヘイルさん?!」



 いつの間にかヘイルさんはロビーのベンチに横になっている。


 い、いつから居たんだ?!



「先ほどぉ~、ヴィヴィさまがしょんぼりした様子で、お部屋に戻られましたがぁ、何か関係あるんですかぁ?」


「コ、コヤネさん?!」


「私も見ました。ヴィヴィさま、お部屋に入られる際、『蓮さまのバカ……』とため息交じりに仰っていましたが――喧嘩でもなさられたんですか?」


「ミルカ?!」



 おいおいおいおい……みんな集合しているじゃないか……


 しかも、みんないい塩梅で情報を持ち寄っている!



「……ワシが説明しちゃろう……この『腑抜け男の体たらく』を……ワシ、念話、全部聞こえるき……」


「ポ、ポッコ~~~?!」


「こりゃ……このパーティーの危機や。ヴィヴィさんという屋台骨が折れてしもうたら、ワシら路頭に迷うぜよ。こりゃ情報をきっちり共有せんといかん。なに、心配ない。ワシらがどうしたらえいか考えちゃる。えいか、みんなぁ……つまりはこがな事だ――」



 なに~~~!


 こ、こいつ……こんなところでナイスミドルのリーダーシップを遺憾なく発揮している!


 タヌキのくせに!



「これまで二人の関係がどうやったかは知らんが、今のチエさんとのやり取りはこがな感じやねや……」



 ポッコは俺とチエちゃんのやり取りを全てみんなに話した……


 恥ずかしい……



「みんなぁも分かっちゅー思うが、疲れ切ったヴィヴィさんを労う一番の方法は――」



 そして――



「そりゃ、デートやね」

「デートだな」

「デートですねぇ」

「はわわぁ、す、素敵でございます!」

「ほうじゃ、ほうじゃ」



 おい……



「そんでプレゼントやね」

「いいねぇ、ヴィヴィの嬢ちゃん喜ぶぜ」

「それでぇ、お食事なんかしたりしてぇ」

「はあ~ん! 憧れます!」

「ほうじゃ、ほうじゃ」



 おい……勝手に話を進めるな……



「そんで夜景の見えるところで……」

「おうおう、いいじゃない、いいじゃない」

「見つめ合う二人はぁ~」

「チュ~をするのでございます! チュ~を!!!」

「ほうじゃ、ほうじゃ」



 おい! ミルカ! 落ち着け! お前……結構ませてるな!



「というわけで、蓮ちゃん……あんた明日はヴィヴィちゃんをデートに誘いんしゃい! 今日はゆっくりさせて、元気満タンで一発かましてきんしゃい!!!」



 ――「「「「おお~~~!!!」」」」――

 ――パチパチパチパチッ!



 満場一致で俺はヴィヴィをデートに誘う事になった。


 どうしよう……


 人生初めてのデートだ……


 そもそも、デートって……



 なんですか???







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