170 接客~膝枕付き~
マツィーヨ滞在6日目。ヘイルの宿屋を任されて4日目。
昨日――
ヘイルさんが『元聖騎士団』であり、しかも『暗部』だという驚愕の事実が判明した。
ただのぐうたら飲んだくれの店主だと思っていたが……
人は見かけによらないとはこのことだ。
結局、俺たちは――
赤札なのに『街の再生という目立つ行為をする』俺たちと、平穏を望むのに『赤札に手を貸す元聖騎士団暗部』という、互いにどこか矛盾を孕んだ奇妙な関係になった。
そんなヘイルさん。
今朝は珍しく早起きをしてロビーにいる。
――キュポン……ぐびび……
「ぶへぇ~、起き抜けの一杯はたまんねぇな~」
まあ、起きたとはいっても、ロビーのベンチで寝転がって酒は飲んでいるが……
――カランカランッ……
あ、お客だ。
「ふいぃ~寒い寒い……よう~、受付の姉ちゃん~、また来たぞい~」
昨日も一昨日も来た『風呂好き爺さん』がニコニコと笑顔でやってきた。
よし……この人……完全に常連客になった。
「あんたぁ……本当に強そうだねぇ、名前は?」
タリナの顔は、誰がどう見ても強者に映るのだろう。
この顔のお陰で、『日本式の入浴ルール』――
つまり裸でお風呂に入るという、ヒズリアの人々にとって非常に高いハードルをゴリ押しすることが出来る。
ありがとう、タリナ。
お陰で非常にスムーズに事が運んでいるぞ。
「……フロスキーです……」
名前はフロスキーだけどね。
「フロスキーちゃんかあ、もう一人のごっつい嬢ちゃんは?」
「……メシスキーですか……今日は用事で出かけています……」
ばあちゃんには『ある頼み事』をしている。
この街の物価を正常に戻すために、非常に重要なことだ。
「そうかい。今日はのぅ、ジジイ仲間を連れてきたんじゃあ」
風呂好き爺さんに続き、ぞろぞろと爺さんたちが入ってきた。
「綺麗な風呂にみんなを入れてやりたくてのぅ」
亜人系やドワーフっぽい爺さんも混じって、みなフガフガと活舌悪く会話している。
この街には爺さんコミュニティがあるのか……
「このふりょ屋がうわしゃのふりょ屋きゃ」
「何でみょ、しゅっぱだきゃで一緒に入りゅりゃしいじょ」
「何でおてぃんてぃん丸でゃしで入りゅんじゃ?!」
みんな滑舌わっるいなぁ~。
マンイーターの花粉を喰らった時のばあちゃんやサリサみたいだ。
「服みょ洗ってくれりゅりゃしい」
「しょれで小銀きゃ1みゃいきゃ!」
「何でおてぃんてぃん丸でゃしにゃんじゃ!」
「他にょ所じゃったりゃ、1回びゅんで10回入りぇるじゃないきゃ!」
良く見るとみんな歯が少ない。
そう言えばヒズリアで医者というものに会ったことが無い……
チエちゃんは『技術的ロックイン』と言っていたな。
魔法があるから医療が発達しない、というやつだ。
歯を治療する魔法は無いのかな。
「何でおてぃんてぃん丸でゃしかおせーてくりぇぇぇ!!!」
ひとり『おてぃんてぃん』言い過ぎだろ。
逆に滑舌が悪くて良かったかもしれない。
爺さんズはガヤガヤと浴場に吸い込まれていった。
「あの爺さん、ここんとこ毎日来てんなぁ。ぐびびっ」
ヘイルさん……今は俺たちが宿を回しているとはいえ……
接客の『せ』の字もないな、この人。
「田中の旦那ぁ、あんた、『お風呂革命』とかって言ってたけど、風呂で革命なんておこるのかよ」
「温泉はこの街の基幹産業ですからね。ここで大狸式の入浴習慣を広めれば……きっと街全体が変わってきます」
「街全体って……確かに綺麗な湯船は魅力だけどよぅ、他の風呂屋は今までのやり方で荒稼ぎしてんだぜ? 多勢に無勢っつーか……うちだけ旗を振ってもしかたないんじゃないか?」
「ふふ、そこですよ。その旗を……みんなが振ればいい」
「はあ? みんな? みんなって誰よ?」
「昨日と同じなら、そろそろ来ると思うんですが……」
「来るって誰が?」
俺は受付から見える宿前の往来に目をやった。
――ガヤガヤ……
――チャッチャッチャッ! パッカ~~~ン!
「は~い! チャーハンセットお待ちどうさまです~!」
最初は人気のない道だったが、ヴィヴィの屋台のお陰で多くの人がこの路地裏に集まるようになった。
俺は、ヘイルの宿のお風呂を再開してから、宿に出入りする客、屋台で食事をする客、入湯する客に目を光らせている。
ある人物がやってくるのを待っているのだ。
その人物というのは、ばあちゃんにも外で探してくるように頼んであるのだが――
「あ……来た……」
「あん? 来た? だれ?」
屋台の行列の合間に、ひとり、行列に並ぶわけでもなく、チラチラと宿の中を窺いながら、通りを往復している人がいる。
小柄な人族の男性……
この人だ。
あまり身なりが良いとは言えない、冴えない感じの男だ。
ツクシャナやファクタ郊外では、当たり前の服装だが……
受験者バブルであるこのマツィーヨでは、その質素な格好がかえって目立っている。
昨日も――
◤ ヘイルの宿屋 ◥
――宿泊 大銀貨一枚――
(入湯・洗濯サービス付き)
――入湯 小銀貨一枚――
(今だけ洗濯サービス付き)
――洗濯 小銀貨一枚――
(洗浄後、蟲避け効果追加)
◣ お気軽にどうぞ! ◢
という、宿の張り紙を穴が開くほど見ていたので、印象に残っていた。
さっきから宿に入るでもなく、入り口付近でそわそわとしている。
多分あの人が、俺たちが探しているある人物だ。
――ザッザッザッ……
あ――男性の後ろに、物凄く濃い顔が見えた。
カリスの顔に変装したばあちゃんだ……ッ!
ばあちゃんは俺に目配せをし、互いに頷いた。
「あんた……昨日も来とったやろう?」
「ひっ!」
小柄な人族の男性は怯えて、ばあちゃんから距離をとった。
完全にカリスの風貌に怯えている。
ばあちゃんは男性を怖がらせないよう、極力穏やかなトーンと笑顔で語り掛けた。
――にちゃあぁぁ……ビキキィ……ッ!
うっわ……カリスの笑顔、初めて見たが滅茶苦茶怖いな!
「うちの宿に……用があるっちゃろ?」
「お、おおおふ、お風呂を……けけけけ、見学……ででで、できないかと……」
「見学? ふへぇ……よっしゃよっしゃ! よかよ! 中に入りんしゃい」
「は、はひぃぃ」
「蓮ちゃ――メシスキーちゃん! 1名、見学!」
ばあちゃんは男性の肩をしっかりと抱き、宿の中に連れてきた。
「なに? あいつが探してたやつ?」
「ええ……多分ね。ヘイルさん、席開けて下さい」
男性は震えながら、ベンチに座らせられた。
◇ ◇ ◇
「こ、ここの、お風呂が、と、とても、き、綺麗だとお伺いしまして……中を見たいと思ったのですが、しょ、商売敵の、ぼ、僕がよその宿に入るのはどうかと……な、悩んでおりました」
彼の名前はサシム。
マツィーヨでヘイルさんと同じく、小さな宿屋をやっているそうだ。
だが、サシムさんの宿は、この路地裏よりさらに奥にあり、その立地のせいで客の入りが悪いのだそうだ。
それでこの宿の噂を聞きつけ、やってきたというわけだ。
「要するにあれかい? 俺の宿の風呂を見学して、自分とこの風呂も改善したいって訳か?」
ヘイルさんはサシムさんと狭いベンチを分け合っているが……
まだ横になりたいのだろう。
狭いベンチの中で無理やり横になり、膝から下をベンチの横から投げ出し、あろうことか――
サシムさんの膝の上に頭をのせて、膝枕をされた状態で喋っている。
この人――
躊躇がない!
だらけることに関して、一切の躊躇が!
ぐうたらの天才だ!
「う、うああ……」
サシムさんはヘイルさんのこの躊躇なさに戸惑っている。
そりゃそうだ……
初対面のおっさんに膝枕を強要されて、膝の上から喋りかけられる気持ちってどんな気持ちなんだろう。
「すすす、すみません……ススス、スパイみたいなことを!」
「うえ! 叫ぶなよ! 唾がかかるだろ」
「ご、ごめんなさい!」
だったら起き上がりなさいよ。
初対面の人に膝枕させていう台詞じゃないでしょう。
「スパイねぇ……今俺はよう、この人らに宿を任せてんだ。どうやらあんたを探してたみたいだぜ? なあ? メシスキーちゃん。別にいいんだろ? スパイ」
「ええ……むしろ大歓迎です……」
「え? そ、そうなんですか?」
「……こちらとしても、マツィーヨの風呂文化を憂いておりまして……大狸式の入浴方法が広まって欲しいと考えていたのです……」
「ま、真似をしてもいいんですか?」
「喜んで……ただし、条件があります」
「な、なんでしょう?」
「お風呂を清潔に保つには、いくつかの約束事があります。それを徹底して真似て頂きたい」
「わ、わかりました」
「では、早速、浴場に参りましょう」
「は、はい! あ、でも……」
サシムさんは立ち上がろうとしたが、ヘイルが邪魔で立てなかった。
「あ…………俺、邪魔?」
◇ ◇ ◇
――かっぽ~ん
「おひょひょひょ~。こんにゃ綺麗にゃ湯にちゅかったにょは初めてじゃ」
「あの身体をありゃうやつも、ええ香りがするにょ~」
「みんにゃがおてぃんてぃん丸でゃしじゃから、そんにゃに恥ずぅないの」
――「「「「ふえっふえっふえっ~!!!」」」」――
良かった。爺さんズも日本式の入浴法に馴染んだようだ。
そうそう。
みんなが裸だと、そんなに恥ずかしくない。
「はぁ~、は、裸で……湯船に入るんですね……それも仕切りの壁無しで……」
サシムさんは目を輝かせて、男湯を隅々まで観察している。
さすがに、ばあちゃんはロビーで待機してもらった。
俺も(メシスキーとして)一応女という事になっているが、日本の銭湯でも、女性の清掃員さんが男湯の清掃をしたりするので……
(あれ……清掃員さんも目のやり場に困るだろうな)
まあ、そういうものだと、入浴客には思って貰おう。
「ええ、そうすることで、『互いに綺麗に使おう』という気持ちが生まれます。これが大狸式入浴法です。この入浴法と、価格帯……守れそうですか?」
「さ、最初はお客も戸惑うかもしれませんが――本当に、き、綺麗なお風呂です。頑張ります!」
少し気が小さそうだが、真面目ないい人そうだ。
最初の人がこの人で良かった。
多分、これから出す条件にも納得してくれるだろう。
「そして、もう一つお願いしたいのが……この大狸式入浴法を……独占しないことです」
「え?」
「つまり、これからサシムさんの宿に、あなたのように教えて欲しいという人が現れたら……教えてあげて下さい。それが『真似を許可する条件』です。出来ますか?」
「え……ええ。で、でも……それだけですか? 僕はてっきり金銭の上納などを想像していました」
サシムさんが言っているのはロイヤリティ、つまり権利使用料の事だ。
俺も最初はそれを考えた。
『商売』という観点ではそうするのもアリだろう。
だが――
「……いえ。お金は一切要りません。私どもはこの入浴法を独占しようとは考えていません。ただ、この清潔な『入浴文化』がもっと広まれば、と考えているんです。もしお約束頂けるのなら、フロスキーがあなたの宿の浴場も改装致します。こちらもお代は頂きません」
「ええ?! 改装までして頂けるのですか?!」
今俺たちがやろうとしているのは、この街の『物価の正常化』だ。
ロイヤリティを取れば、サシムさんのような小さな宿屋は真似できない。
つまり、金のある『あの大通りのデカい成金宿屋』みたいな宿屋だけが綺麗な湯船を持つことになる。
それでは今と何も変わらない。
物価を変えたいなら、まず数を増やすことが先だ。
そして何よりロイヤリティを求めれば、金が動く。
金の行きつく先がヘイルの宿だと知られるのは、赤札の俺たちにとって都合が悪い。
きっとそこから足がつく……
今回に限っては、この大狸式入浴法は『商売』として広めるのではなく、『文化』として広めた方が良い、と俺は判断した。
「そ、それは……願ったり叶ったりなんですが……どうしてそこまでしていただけるのですか?」
「理由は簡単ですよ。そうすることで……この街が、もっといい街になるでしょう? 私は……いい街が――好きです。それだけです」
「……はは、そ、それ……いいですね! ぼ、僕も、そう思います!」
その後、サシムさんは細かくメモを取りながら大狸式浴場を見学していった。
「じゃあ、メシスキーちゃん、サシムちゃんの宿、いってくるばい!」
「綺麗なお風呂にしてください……フロスキーさん」
「任せんしゃい!!!」
本来なら改修には材料費や人件費がかかるところだが――
ばあちゃんに関しては、無尽蔵の魔力と木属性の魔法があるからな……
サービスだ。
よし、この調子で『安い、綺麗、サービス良し』の宿屋を増やしてやる。




