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169 涅槃と聖母

「ちょっと……ちょっとちょっと待ってくれ……え? あんたら転生人だったのか? しかも街ごとって……いやいやいや、そんなの聞いたことねぇよ」



 ポッコとローニャを除く全員――


 俺とばあちゃんとヴィヴィ、ミルカにコヤネさんは、ヘイルさんの部屋に集合した。


 ポッコとチエちゃんは、引き続き二階の部屋で魔力探知の訓練中だ。


 ヴィヴィとコヤネさんは案の定ヘイルさんの部屋の汚さ――


 いや、ある種の荘厳さ(・・・)に驚愕していた。



「コヤネさん……これは……むしろ片付けをしない方がいいかもしれませんね」


「えぇ……新種の生き物とかいそうな勢いですねぇ。ここはこの宿の聖域としましょう、ヴィヴィさま」



 ヴィヴィはコヤネさんの事を『さん付け』で呼び、コヤネさんはヴィヴィの事を『さま付け』で呼んでいる。


 どうやら、『ケメンボ事件』で互いの格付けが出来てしまったようだ。



「参ったねこりゃ……おりゃ、とんでもない奴ら引きいれちまったかもしんねぇな」



 などと言いつつも、ヘイルさんは暗殺スキルを自在に使い、酒瓶や食べ物をベッドに取り寄せて(・・・・・)いる。


 一見、ぐうたらの極致なのだが……


 木や小虫やトカゲ、小動物に囲まれ寝ころぶその姿は(←注・部屋の中です)――


 どこか神々しく、涅槃ニルヴァーナを彷彿とさせた。


 怠惰という煩悩も、ここまで突き抜ければ解脱(げだつ)に近づくのか?



「国落としのローニャってだけでも厄介な連中だと思ってたけど……え~……ちょっとやめてよ~、あんたら、めちゃくちゃ面倒な奴らじゃない」


「すみません……僕らもそう思ってます」


「……そう思ってんのに、街の経済を正常化しようとしてんのね」


「はい。商工会職員として、これは看過できません。はい」


「なにそれ……看過すればいいじゃない。看過なさいよ」


「ヘイルさん、もう少し……この宿に居させてくれませんか? 俺たち魔族の集落へ行くために情報収集したいんです。きっとそこにローニャを目覚めさせるヒントがあるんです。その為にはマツィーヨに拠点が必要ですし、綺麗なお風呂が必要ですし、物価が高すぎますし、納得がいきませんし、いっそのこと、この宿屋から『お風呂革命』を起こしてやろうかと思ってるんです」


「ちょいちょいちょいちょい! 途中から変になってるって。なによ、お風呂革命って」


「この街は非常に住みづらい。非常に納得がいきません。もったいないんです! 港町で温泉街で活気があるのに――それを活かせきれてない! お願いです……ここに居させてください。俺……この街を、きっといい街にしてみせますから!」


「いや! 別に俺はこの街の住みやすさとか関係ないし! 何なのその意味不明なやる気と論理。伊織さん……なんなのこの人……わけが分かんないんだけど……ずっとこんな感じなの???」


「いやぁ~色々あってねぇ、可哀そうな子なんよ。ねぇ、ヴィヴィちゃん」


「はい。こうなると蓮さまは止まりません」



 可哀そうとかいうな。


 俺は別に変なこと言ってない!



「ですがヘイルさま、蓮さまの町おこしの手腕は素晴らしいですよ。私、大狸商店街が復興していくのを一番最初から間近で見てきましたが、本当に良い街をお作りになられています」


「ヴィヴィの嬢ちゃんも俺の話聞いてた? 町おこしなんて俺には関係ないんだよ?」


「ヴィヴィ……よくぞ言ってくれた……ありがとう」


「いえ、私は蓮さまをただ信じているだけです。きっと蓮さまならこの街を、この宿から変えてくれると」


「おい……聞いてんのか? 俺の声、耳に入ってる?」



 嗚呼……理解者……


 仲間がいるというのは何と心強いことか!


 現世では青年部、俺一人で無茶苦茶心細かったんだ……



「うん。ありがとう。俺、頑張るよ」


「はい! 私も全霊でご助力します!」



 うん……ヴィヴィの期待にも応えねば!



「だから……ヘイルさん……ね?」


「いやいやいや! 何が『ね』なのよ!」


「この街を俺たちと一緒にいい街にしましょうの『ね』です」


「な~~~んで俺がこの街の代表みたいになってんのよ! 俺は元帝国の殺し屋! 引退してんの! 帝国と関わり合いたくないの! ただ残りの余生を平穏に過ごしたいだけなの!」


「平穏……平穏ですか……」


「そう! へ い お ん! それが俺の望み!」



 そうか……


 きっとヘイルさんは暗部で、俺たちには想像もできないくらい、暗い道を歩いてきたんだ。


 そして、その反動でこんな生活になってるんだ……



「最初は面白半分で受け入れちまったが……話を聞いた今じゃ、面倒臭さの方が勝っちまったよ。悪いけど……出てってくれる? 金は要らねぇし、改修にかかった金も払うからよ」



 この宿はヘイルさんが手に入れた安寧の地……


 俺たちがここに居ることで、ヘイルさんの平穏を壊すことになってしまう。


 俺だって、そんなことは望むところじゃない。


 だが……



「ヘイルさん……俺……聖騎士団に捕まったら、多分、ヘイルさんにめっちゃ助けられたって言っちゃいます。言わないように頑張りますけど(・・・・・・・)、ヘイルさんがめっちゃ協力してくれたって言っちゃいます」


「え……言っちゃう? 今、言っちゃうって言った? 言っちゃうの?」


頑張っても(・・・・・)きっと言っちゃいます。なあ、みんな――俺、取り調べでヘイルさんの事……隠しきれると思う? 言わないでおけると思う?」



 ばあちゃん、ヴィヴィ、コヤネさん、ミルカは俺の問いに全力で首を振りながら――



「絶対に無理やね」

「蓮さまは正直ですから」

「多分ダメそうですぅ」

「聞くまでもございません」



 全否定した。



「ヘイルさんも、俺が隠し事苦手なの……もう(・・)ご存知ですよね?」


「田中の旦那……あんた、一見誠実かと思いきや……とんでもない悪党じゃん」


「いえ、これは悲しいけど事実なんです。俺は――隠しきれません」


「なんの宣言よ!」


「ま、ヘイルちゃん……こうなったら仕方ないばい。あんた……過去にどんな想いをしたんか……私らみたいな平凡な人間には分からんばってん……あんた……そのやる気のなさは……ありえん。見て御覧なさい。部屋ん中に生態系が出来とるやんね」



 ――クェ

 ――チュチュウ



「こんな中に引きこもっとったらいかん。と、私は思います。折角この広い世界に生まれたんよ? こんな小さな世界に居ったら……もったいないばい」



 ばあちゃんは穏やかな声でヘイルさんに語り掛けた。


 その優しい空気に惹かれたのか、トカゲやネズミがばあちゃんの膝や肩、頭の上にのってきた。



 ――シュルルル……



 ばあちゃんは背中からくさ手を生やし、トカゲやネズミを優しく撫で始めた。


 その姿は、どこか異国の地の妖精のようであり、聖母のように慈しみに溢れていた。


 いい感じの雰囲気だけど……


 そのトカゲとかネズミは綺麗なのか? なにかばい菌とか持っていないのか?



「うえぇ、なにその触手、伊織さん……気持ちわる」


「これは……くさ手ばい、ヘイルちゃん。気持ち悪くないばい……便利ばい」



 何なんだこの空間は……


 ボロ宿の汚れ振り切った(・・・・・・・)一室が、まるで神聖な場所となり、そこに涅槃と聖母が対峙している。



「ヘイルちゃん……『袖振り合うも多生の縁』って言葉、知っとるね?」


「ソデフリ――なんだって?」


「道で知らん人と袖が触れ合うような些細な出会いも、前世からの深い因縁によるものちゅう、私の国に伝わる諺たい。もしかしたら私たち、前世で――いや、もっと前かもしれんけど……何かのご縁があったんやないやろか」



 ばあちゃんの諭すような声が、ヘイルさんの創った小さな世界に優しく響いている。



「やけん、ヘイルちゃん……この縁、大事にしようや……私ら……もう出会(でお)うてしもうたんやき」



 ん? この台詞……どこかで聞いたことあるような……



「この出会いは、もう――無かったことには出来んとばい!」



 ――ビシィィィッ!



 先ほどの優しい雰囲気とは打って変わって、ばあちゃんは大きく目を見開き、凄まじいどや顔でヘイルさんを指さした。



「い……伊織さん……」



 ばあちゃん……それ、ポッコがミルカに言った台詞そのまんま、もろパクりじゃん。


 気に入ってたのか……


 いつか使おうと思ってたんだ。



「無かったことに出来ない……か……へへ……さすがツクシャナの救い主……渋いこと言うじゃねえの」



 いや、それ、二階にいるタヌキの台詞です。


 このひとパクってます。



「やけんさぁ~、ここは大人しく、私らと一緒にこの宿で荒稼ぎしようや。ふへへぇ~。蓮ちゃんになんか考えがあるみたいやし」



 ばあちゃんはゲスい顔で笑っている。


 良い感じの雰囲気だったのに……


 続かないんだよなぁ。


 でも――



「ふっ……分かったよ……これも何かの縁ってこったな……乗り掛かった舟だ……あんたらの好きにしな」



 パクった台詞がヘイルさんの心に響いたようだ。


 ポッコ……お前のお陰だ。



「だけど、田中の旦那――1週間は1週間だ。あと4日で結果出してみな。それでこの街が変わんなかったら……出てってもらう。それでいいか?」


「へ、ヘイルさん! も、もちろんです! ありがとうございます!」


「良かったねぇ! 蓮ちゃん!」


「あ、ああ」


「ヘイルちゃん、私らもあんたに迷惑かけんように、より一層完璧に世を忍ぶ(・・・・・・・)けん! 心配せんどきぃ!」


「いやいや、今までのどこが完璧なのよ……ったく……おい、嬢ちゃん。ミルカちゃんとか言ったか。田中の旦那と伊織さんのこれ……メイジシルクだろ? まじないかけただけか?」


「え……ええ、そうでございますが」


「それじゃあ、定着しねぇよ。刻印しねぇと。ちょっと待ってな」



 そう言うとヘイルさんは本棚から、黒い霧を使い一冊の本をミルカに手渡した。


 本当に凄い魔法だ……


 ヘイルさん、ベッドから一歩も動いていない。


 こういうのって『空間転移』って言うんだよな……


 後でチエちゃんに聞いてみよう。



「ここにまじないを固着させる刻印式が書いてあるから、やってみな」


「そ、そんなものがあるのですか?」


「裏技だよ裏技。変装ってのは隠密の基本だからな。その本やるよ。俺には必要ねぇ。頭ん中入っているし」


「あ、ありがとうございます」



 頭に入っている……


 やっぱり、あの本棚……


 この神聖なまで汚れ切った部屋で、唯一埃を被っていなかった場所。


 そういうことか……



「あと、刻印式が消えないようにコヤネの嬢ちゃんに染めて貰うといい。出来んだろ?」


「え? えぇ。刻印式さえ分かれば出来ますぅ」


「よし。田中の旦那、伊織さん……この宿にいるときは、メシスキーとフロスキーだっけか? それで通しな。あんたら自分で偽名使ってて混乱してんじゃない」



 ――「「す、すみません」」――



「あと――俺の事は絶対に漏らすなよ? 殺る気はないっつったけど……殺れないわけ(・・・・・・)じゃないんだからな?」



 そう言うとヘイルさんはベッドから一歩も動かず、俺とばあちゃんの肩に両手を乗せ念押しした。



 ――「「は、はいぃぃぃ!」」――



 怖えぇぇぇ!


 水牛のガリルもそうだったけど……聖騎士団ってみんなこんな化け物みたいな人ばかりなのか?


 こんなの、予備知識なしでぶち当たったら、即終了だぞ……


 今までが運が良すぎたのかもしれない。 



「じゃ、そういうことで……それじゃあ引き続き宿、頼むわ。邪魔だから出てってくれ。俺は忙しいんだ。ぐびび~」



 そう言うとヘイルさんは、また腑抜けた顔で酒を煽りだした。



 ――((((( ど こ が ? )))))――



 多分俺たち全員、同じ突っ込みを心の中でしたと思う。



 ――「あの~、すみませ~ん! 今日、泊まりたいんですけど~!」――



 ロビーからお客の声がした。



「ほらぁ、早く行った行った。客が待ってるよ~」



 残り4日か。


 今日もお客は来てる。


 何とかなるだろう。



「じゃあ、みんな……残り4日、頑張ろう!」



 ――「「「「はい!!!」」」」――



 それと並行して情報収集もしなきゃな。


 忙しくなるぞ~~~!







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