168 ヤルキ ト ヤルキ
「ふぅ~~~……うん。知ってたよ」
ヘイルさんはロビーにある、木造りの上に布をかけただけのベンチに腰掛け、煙草をふかしている。
ミルカは突然の告白に、どうしていいか分からずにあわあわと俺の隣で控えている。
まずいな……バレてたのか……
うまくやっているつもりだったが……
「あ、あの……い、いつからですか?」
「あのさぁ――」
ヘイルさんは懐から小さな酒瓶を取り出し、煽りだした。
――キュポンッ……ぐびびっ
「ぶはぁ……あんたらもしかしてさぁ……俺のこと、やる気のないただのバカな店主だって思ってるだろ? げふぅ~」
……思ってます、ました。
加えて言えば、だらしのない酒のみだとも。
「んなもん、最初から気づいてたよ」
「さ、最初から?!」
「だって変じゃねぇか。風呂にお湯張れとか改修の代金を持つとか、洗濯サービスつけるとか……普通の旅人じゃねえって」
「た、確かに……」
「何より俺が名前聞いたとき、あんた自分の名前……言い淀んだだろ? あれじゃ誤魔化せないって」
ヘイルさんはロビーを見渡し、宿泊客がいないのを確認して言葉を続けた。
「ツクシャナ共和国の田中蓮と江藤伊織――久しぶりの赤札だぁ。俺が言うのもなんだけど……あんたらちょっと緊張感ねぇんじゃねえの? 赤札の意味、分かってる? 生死不問の最上級裏クエストだぜ? いや……あんたらの場合、裏も表もないか……帝国が発表してんもんな。それを――なんでこんなボロ宿屋を再生しようとしてんのよ。死にたいの?」
「いえ……死にたくはないです……すみません」
「まぁ、俺は金が貰えれば別にいいし、儲かるってんなら宿に何されようが構いやしなぇけどな。こんな宿、別に愛着があるわけじゃねぇし」
――ガラララッ
「おい、客……」
「え? あ――」
浴場の扉をあけ、よろよろと一人の老人がロビーに出てきた。
「ふい~いい湯じゃったぁ~。みんな真っ裸ちゅうのも、慣れりゃあいいもんじゃのう~」
老人はコヤネさんが仕立てた浴衣を身にまとい満足げだ。
この姿だけみると、ここが異世界だとは誰も思わないだろう。
完全に日本宿の宿泊客に見える。
「ごめん、ミルカ……対応お願い……」
「か、かしこまりました! お客様~、お召し物のお洗濯が終わっております。こちらへどうぞ~。コヤネさん、こちらのお客様のお召し物、お願いいたします!」
ミルカはロビー奥、浴場の横の部屋、コヤネさんのクリーニングルームに老人を案内してくれた。
「へやぁ~、こりゃまたえろう綺麗になっとるじゃないのぅ~! やるのぅ~四つ耳の嬢ちゃん~」
などと言いながら、老人はすぐに着替えてクリーニングルームから出てきた。
「ありがとうございますぅ。サービスで蟲避け効果も付与してますぅ。今後ともよろしくお願いしますぅ」
「おい、顔……」
ヘイルさんが煙草をもった指で、俺の顔を指した。
「え? あ――!」
顔――
俺はいつのまにか自分の顔に戻っていたらしく、慌ててメイジシルクでタリナの顔に変えた。
「おお~、受付の強そうな嬢ちゃん~。ここの風呂は本当に綺麗じゃのう」
「……ありがとうございます……」
「こりゃいい宿を見つけたわい。また風呂入りに来るぞい~」
老人は上機嫌で帰っていった。
「危なっかしいなぁ……ったく。隠す気があんのか、無えのか」
「い、一応これでも、隠す気満々のつもりなんですが……」
「はあ?! それで?! マジかよ……すでに俺に顔見られてんじゃない」
ヘイルさんはあきれた風に、また大きく煙草をふかし、ベンチにゴロンと身を投げ出した。
懐から今度はヒマワリの種のようなものを取り出し、口に放り入れた。
――ポリポリッ
「これがまた酒にあうんだ。プッ! ぐびっぐびっ」
あ~あ……種の皮をそのまま床に吐き出してる……
一応ここ、ロビーなんだけどな。
折角掃除したのに……
「ぷはぁ~、まっずいなぁこの酒……へへ、安酒だかんな」
この人……どんな人なんだ……
俺たちが赤札だと知った上で、どうするつもりなんだ。
「あの……俺たちを聖騎士団に引き渡すつもりは……ないんですか?」
「あん? なぁ~いない。そんな面倒くせえことするかよ。赤札となりゃ、突き出した奴も長々と取り調べ受けるし……下手したら仲間じゃないかと疑われる。そうなったらこれまた面倒だぜ。連中の取り調べはしつこいからなぁ……俺だって忙しいんだよ――プッ!」
ど こ が。
浴場やクリーニングルームの改装以外にも、客室の清掃もやったが――
どの部屋もとんでもなく汚かったぞ!
コヤネさんやミルカがいなかったら、ぞっとするレベルでしたよ!
やる気出してくださいよ! 店主なら!
もう! 殻を床に吐くな!
……と、今にも喉から出そうになったが、グッとこらえた。
「や、やけに、聖騎士団について詳しいですね……」
「ふん……当たり前だろ」
そう言うとヘイルさんは、種を一気に口に放り込んだ。
――ザザァ……ボ~リボリボリ……
嗚呼……そんな一気に……
まるでリスのように頬を膨らましている。
「んむんむ……おりゃ……んむ……元……んむ……聖騎士団だからな」
「………………ええぇ~~~?!」
も、元聖騎士団?!
この怠惰を絵にかいたようなリスみたいな人が?!
「んむんむ……顔、戻ってるぜ」
◇ ◇ ◇
「え……顔変えんでいいって……バレとるん? い、いつから?」
「最初からみたい」
「がび~ん!!!」
ヘイルさんは俺たちの正体に気付いていた……
俺とばあちゃんは今、ヘイルさんの自室にいる。
「なんでぇ?! 私ら完璧に世を忍んどったよねぇ?」
ヘイルさんの自室は、客室とは比べられないほど凄まじい散らかりようだった。
無数の酒瓶が床やテーブルに転がり、まさにゴミ屋敷のようだった。
いや……この部屋は――
ゴミ屋敷なんてものじゃない……
「完璧って……マジであんたら呑気すぎるって」
床は、埃や塵が積もり過ぎて層を作り、まるでフェルト――
いや……もはや、土のようになっている。
一瞬、屋外に出たのかと勘違いしたくらいだ。
そして、恐らくヘイルさんがこぼした種だろう……
まさかの話だが……
芽を出していた。
中には胸辺りまで伸び、小さな木みたいになっているものすらある。
その木には小さな虫がとまっていて、その虫をトカゲみたいなのがパクリと食べた。
――パクッ! クェッ!
さらには小さなネズミのような動物が足元を走り回り、そのトカゲに噛みつき、ベッドの下に連れ去った。
――ガブゥ! チュチュウ!
何だこの部屋……
これは……汚いと言っていいのか?
もはや『散らかる』という概念を通り越して――
一つの生態系を作っているじゃないか!
ただ、ひとつ気になったのが――
壁の棚には年季の入った多くの書物が並んでいたのだが……
そのどれもが……埃をかぶっていなかった。
「で? あんたらの狙いはなんなんだ? この宿で何をしようとしてんの?」
「え……いえ……ただ、綺麗なお風呂に入りたいなと……なあ、ばあちゃん」
「うん。だってマツィーヨのお風呂、汚いんやもん」
「はあ? それだけ?」
ヘイルさんはどす黒く汚れたベッドに横になったまま喋っている。
ベッドの上にも新聞や酒瓶が転がっている。
なんとだらしない……
「あ、いえ、それだけじゃないです! このマツィーヨの物価……それを何とかしようと思いまして……」
「なんで?」
「何でと言われましても……成り行きと言いますか……放っておけないというか……商工会職員の――ああ~、まあ、前職の性と申しますか……みんなが住みやすい街の方が……いいですよね?」
「…………はぁ???」
ヘイルさんはぽかんと口を開け、全く意味が分からないという風だった。
だが、その開かれた口はすぐに形を変え、声をあげ笑い始めた。
「えっはっはっは!!! マジでいってんの田中の旦那?! ぶっ飛んでんなぁ!」
いいえ、あなたのこの部屋の方がぶっ飛んでいます。
「あんた赤札なんだぜ? すげえな……流石、噂の新興国の王というか……行動基準の意味がわからねぇ」
いいえ、あなたのこの部屋の方が意味が分かりません。
「そりゃ聖騎士団も捕まえらんねぇわけだ」
そういうと、ヘイルさんは枕元の新聞を広げてみせた。
それは帝国が発行する新聞のようで、一面には俺とばあちゃんの人相書きが載っており、引き続き目撃情報を募っていた。
「あんたら……何しにヨツシアに来たの?」
「それは…………」
ローニャを――
魔族を目覚めさせる為……
などと言えるはずもなく、俺は言葉に詰まってしまった。
「はぁ~、旦那、そこは適当に嘘つけばいいじゃねぇか。沈黙がやましいって語ってるよ…………あの箱の中身と関係あんだろ? あれ……もしかして魔人――『国落とし』か?」
「――――ッ! それも気付いてたんですか……」
「あのなぁ」
ヘイルさんはあきれ顔で新聞を指さした。
そこには『国落としこと、魔人ローニャと結託し、恐怖政治でツクシャナを混乱に陥れた、稀代の極悪人、田中蓮と江藤伊織はファクタ逃亡後――』などと俺たちへの嫌疑が長々と書かれている。
「まだ俺のことバカだと思ってんのか?」
「……ちょっとだけ……究極にだらしないとも……」
「えはは! そりゃ当たりだ。正直でいいや」
「あと……本当に元聖騎士団なのかとも……」
「まぁな~、そう思われても仕方ねぇかぁ……そうだな……言葉で説明するより、身体で分かってもらった方がいいか……」
――「「え……?」」――
「田中の旦那、伊織さん……危ないから――動くなよ?」
ヘイルさんがそう言った直後――
背筋に何か寒いものを感じ、振り返ろうとしたが……
――ひたっ……
首筋に冷たい感触を感じ、俺は動きを止めた。
恐らく――刃物が当てられている。
「れ、蓮ちゃん……この冷やっこいの……」
俺はばあちゃんに視線だけを向けたが、ばあちゃんの首にも小さなナイフが当てられていた。
この手……誰の手だ……
背後から人の気配はしない。
再びヘイルさんに視線を戻す。
変だ……
ヘイルさんの両手が何か黒い霧のようなものに包まれ、肘から先が見えない。
「半径10メートル……空間を捻じ曲げ、目の届く範囲なら自由に四肢を移動できる」
この手! ヘイルさんの手か!
――ズズズ……
ヘイルさんはナイフを俺たちの首筋から離し、霧の中から腕を戻した。
「す、凄い技ですね……」
「闇属性とその他もろもろの術式を組み合わせた、聖騎士団暗部に伝わる、大昔の天才魔導士が編み出した秘技だよ」
「暗部……」
「汚れ切った聖騎士団の中でも、さらに汚れ役ってこったな」
などと言いながら、ヘイルさんは両手に持ったナイフを――
あれ? どうした?
しまうというより……消えた……
直前まで俺はナイフから目を離さなかったが、その動作は全く見えなかった。
聖騎士団暗部――
恐らく今見せた技は、極上の暗殺スキル……
つまり、ヘイルさんは俺たちを殺す事なんて、いつでも出来たという事。
「旦那……さっきも言ったように、俺はあんたらを帝国に引き渡すつもりはねぇよ。というより、俺も帝国とは関わりたくないんだ。俺はもう……誰も殺る気はねぇんだ」
そうだ……
もし本当に今ヘイルさんが俺たちを殺すつもりなら、その殺気にポッコが反応していたはずだ。
「と、まあ、俺の事はこれくらいにして……俺も自分の隠し事を喋ったんだ。あんたらの事も聞かせてくれよ――っと!」
そう言うとヘイルさんは再び黒い霧を出し、壁際の戸棚にある酒瓶を手に取った。
「あ~、やっぱこの使い方がいいな。さいこ~。ぐびび~」
何という――
何という自堕落な技の使い方だ。
極上の暗殺スキルが、極上のダメ人間製造技スキルになっている。
「……わかりました。少し長くなりますが、お話します。いいよね? ばあちゃん」
「うん」
「ついでに、みんなも呼んでこよう。情報は共有してた方がいい。いいですか? ヘイルさん」
「おうおう、別に俺は構わないぜ~。あ、確か引き出しに芋マンドラゴラのチップスがあったな――っと!」
ヘイルさんは黒い霧を使い戸棚の引き出しから、チップスを取り出した。
「へへ……あったあった」
――バリッバリッ……
ベッドから一歩も動かずに……
この人……本当に『殺る気もやる気』もないんだ……
「うぇ、ちょっと湿気ってらぁ……」
でもこれは確かに――
めっちゃ理にかなった使い方かも。
ちょっとだけ……
いや、かなり羨ましいと思ってしまった。




