167 フロスキーとメシスキー
マツィーヨ滞在3日目。
今日もヴィヴィの屋台は大盛況だ。
屋台の前には行列ができ、多くの旅人や帝国魔導士試験の受験者たちで賑わっている。
そして――
新生ヘイルの宿、開店1日目。
「あの~、この宿……一泊、大銀貨1枚(1万円程度)って書いてあるけど……ほんと? 他の宿と比べても滅茶苦茶安いんだけど」
――「「…………ええ…………本当です…………」」――
俺とばあちゃんは『カリスとタリナ』の顔で受付に立っていた。
というのも、昨日ポッコに説教喰らってヘイルさんを起こしたあと……
――
――――
――――――
「はぁ~あんたら、たった一日で風呂の改修と……なんだ? 洗濯サービス? 出来るようにしちまったのか……」
ヘイルさんは昨日は部屋で安酒をかなり飲んだらしく、非常に酒臭かった。
起きてきたのもお昼を随分と過ぎた頃だった。
「これで沢山のお客が来ると思います」
「しかし……なんだよこの風呂……うへぇ~、間仕切りがねえじゃねえか……これ……真っ裸でみんな入るのか?」
「ええ。ツクシャナ共和国のオーダヌキという街のやり方なんです」
ヘイルさんは浴場の美しさに感嘆しながらも、そのシステムに戸惑っているようだった。
「あのさ、これ――客にどう説明すんの? 俺……嫌だよ、他の客とマッパで入ってくれなんて言えないよ」
「え……でも! こうすることで、きっとみんな浴場を綺麗に使ってくれると思うんです! 衣類の洗濯サービスもつけてますから、湯船で服や靴を洗う事もなくなるし、ケメンボも放ってますから、お湯の交換もそこまで頻繁にしなくても大丈夫なので、税金も抑えられるかと――」
「――タリナの旦那ぁ。どこからその熱意がくるのか知んねぇけど……俺はそんなの面倒くさくて説明出来ねぇって」
「で、では……どうすれば……」
「そうだなぁ……」
ヘイルさんはまだ眠そうに煙草に火をつけながら、答えた。
「ふぅ~……約束の1週間まで、あと5日か……じゃあ、こうしねぇか? あと5日、あんたらでこの宿、回してくれよ。売り上げはそうだな……折半でいいや。半分あんたらにやるよ」
「え――いいんですか?!」
「いいよ。だってよぅ、今日の屋台の売り上げ聞いたか? 大銀貨30枚(30万円相当)だぜ? 俺、何にもしてねぇのに大銀貨15枚貰っちまった。あんたらが泊っている間、売り上げの半分貰えるし……これ以上は欲張りすぎだ。どうせならよ……全ぇ~部、折半といこうぜ」
「え……私たちも半分頂けるんですか?」
「おうよ。あんたらに任せといたら悪いようにならなそうだし……好きにやってみなよ。どうだ?」
「そ、それは願っても無い申し出です! 必ず繁盛させてみせます!」
「よ~し、じゃあ決まりだな。じゃあ今から頼むわ。俺は悠々自適なオーナー生活ってことで――さぁ~て! 寝るぞ~!」
――――――
――――
――
というわけで、俺たちが宿を回すことになり、ヘイルさんは今日も自室で大いびきをかき鳴らしている。
「……一泊、大銀貨1枚(1万円程度)、衣類のクリーニングも付いています……入浴のみは小銀貨1枚(1000円程度)、クリーニングのみも小銀貨1枚で承っております……」
俺は出来る限りタリナの声色を真似て、地を這うような声で接客している。
「へぇ~、風呂だけでも随分と安いなぁ」
「……いえ……これが適正価格だと……我々は思っております……」
「まあ、確かに最近はどこの宿も風呂屋も高くなってるからなぁ」
「……ばってん……お風呂の入り方は『オーダヌキ式』やけん……絶対に守ってください……」
ばあちゃんも低い声でカリスに寄せているが……どうしても方言がでてしまう。
なんで俺たちがメイジシルクで『カリスとタリナの顔』で受付に立っているのかというと、少しややこしいが――
・ヘイルさんは俺たちの顔は知っているが、名前はカリスとタリナだと思っている。
・赤札である俺たちは、客に顔バレしたくない。
・メイジシルクで顔をいくら変えようとしても、どうしてもカリスとタリナの顔が出てしまう。
つまりヘイルさんから見ると、今、俺たちは――
『カリスとタリナ(俺たちの顔)に雇われたバイト、フロスキー(ばあちゃん)とメシスキー(俺)姉妹(顔はカリスとタリナ)』
なんじゃそりゃ……
という、世にもややこし~い状況なのだ。
はぁ……こんなことになるなら、宿の受付の時に、カリスとタリナの名前を使わなければ良かった。
「クリーニングまでついて大銀貨1枚……他の店の入湯料と同じか……そりゃありがたいけど~、他の客に裸が見られるのはちょっとなぁ~……あのさ、これ……服着て入っちゃダメ――」
――「ダ メ で す……ッ!!!」――
――「 ダ メ ば い……ッ!!!」――
「で、ですよね……」
カリスとタリナの顔で念押しされて、無理を通す人間はまず居ないだろう。
俺が客でも、この二人の目を盗んでルールを破ろうとは思わない……
怖すぎる。
「分かったよ。安いし……泊まるよ」
――「「ありがとうございます」」――
その後も、屋台の客が価格表を見て、そのまま宿泊するケースが増えてきた。
その都度、俺たちはルールを説明して納得の上で宿泊してもらった。
――「「……絶対にルールは……守ってください……」」――
「は、はい……」
非常にややこしい状況ではあるが、この顔のW圧力は効果てきめんだった。
新生ヘイルの宿の初日は、20室中7部屋ほど埋まり大銀貨7枚、入浴のみで小銀貨5枚、クリーニングの持ち込み小銀貨5枚、都合大銀貨8枚(8万円ほど)の売り上げが出た。
初日としては上出来だ。
だが……
驚くことに、ヴィヴィの屋台は大銀貨40枚(40万円!)を売り上げたそうだ。
この寒さでは、ラーメンの人気に火がつくのは目に見えていた。
噂が噂を呼び、昨日の倍ほどの行列が出来ていた。
何より流石だと思ったのは――
――ジャッジャッジャ! パッカ~~~ン!
――グツグツグツ……チャッチャッチャッ!
「は~いお待たせしました~。ラーメンバリカタ3にやわ1、普通1、チャーハン5皿ですね~。替え玉やわ2にバリカタ1のカタ4で~す。あ、串焼きも始めたので、よかったらそちらもどうぞ~。そうそう、それと宿の中に持ち帰れる携行食も売ってますので、覗いてみて下さ~い。は~いチャーハンセット3つですね~、少々お待ちを~」
――ズガガガガ……
この嵐のような忙しさを、ワンオペで、苦情の一つもなく捌けるヴィヴィの料理人としての手腕だ。
しかもメニューを増やして、宿の中に導線まで敷いている。
昨日の時点で、すでに完璧と思っていたが、このホスピタリティよ……
天才の進化が止まらないな。
いや……こういう人たちは――
進化を止めないから、天才と呼ばれるんだろう。
これは――
キング・オブ・ヘイボーンと呼ばれた凡人代表として……
負けてられない。
凡夫には凡夫の戦い方がある……
コツコツと行かせて貰うぞ。
◇ ◇ ◇
マツィーヨ滞在5日目。ヘイルの宿屋を任されて3日目。
「ねえ蓮ちゃん……さすがに受付にカリちゃんタリちゃんの顔、二人っちゅうのは……怖すぎんかね?」
「…………だね。何人か入ろうとしてやめたもんな」
というわけで、俺とばあちゃんは相談して、少しでも顔面圧を下げる為、交代制で受付に立つことにした。
宿泊客は徐々に増え、客室も20室中、15室まで埋まってきた。
やはりヴィヴィの屋台からの導線と口コミが効いているのだろう。
あ、そうそう。
宿泊客だけでなくお風呂だけに入る客も増えてきたが、その客層に変化があった。
最初は魔導士試験の受験者たちや旅人ばかりだったが、徐々に街の人たち……
つまり、元々マツィーヨに住んでいる人たちがお風呂に入りに来るようになったのだ。
数はそこまでないが小さな子供……特に亜人の子供を連れた親が来るようになった。
「あ、あの――」
子連れの母親と思わしき犬狼族の女性が、入湯後に話しかけてきた。
「…………なにか?」
「とても素敵なお風呂でした……こんなに綺麗なお風呂に入ったのは初めてです」
「…………それはどうも…………」
「料金も安いし……何より私たちみたいな亜人が気兼ねなく入れるのは……本当に嬉しいです」
「…………入浴ルールさえ守って頂ければ、どなたでも」
「ま、また来ます。ありがとうございました。ほら、あなたもご挨拶して」
犬狼族の小さな男の子が、母親の後ろから顔を出してもじもじとしている。
照れてるのか?
湯上りで髪の毛がふわっふわしてる。
可愛いな……
俺は出来る限り柔らかく微笑んで見せた。
――ビキビキッ……にちゃぁああ……ッ!
なんだこの音は?! タリナが笑うとこんな音がするのか?!
どんな顔になってる?! 今俺どんな顔で笑ってる?!
「ひ…………」
男の子は一瞬怯えたようだったが、すぐに笑顔になった。
良かった……ちゃんと笑えてるよ! タリナ!
「おじちゃん! ありがとう!」
「おじ――――ッ!」
「ありがとうございました。また来ます」
「またのご利用……お待ちしております……」
タリナ……おじちゃんって言われちゃったよ……
ほんとごめんねぇ!
「メシスキーさん! 今の子連れのお客様で、お昼の部は終わりでございます」
ミルカが交換した客室のシーツを両手に、こちらに向かって話しかけている……
「あれ……? フロスキーさんでございましたか??? お顔がそっくりですので間違っていたら申し訳ありません」
…………あ! メシスキー(飯好き)は俺か!
タリナじゃなかった!
あ~! 頭が混乱する!
「ああ、ごめんごめん、メシスキーです。じゃあ、夕方の部に備えて休憩に入ろうか」
「はい! シーツをコヤネさんにお願いして、それから休憩いたします」
「そっか。どう? コヤネさんの様子は?」
「ふふ……大好評でございますよ! さすがコヤネさんでございます。どんな汚れも合った溶剤で綺麗に落とされております。しかもサービスで『蟲避け』の効果まで付与されておりますので、冒険者に大人気でございます! すごいですねぇ、コヤネさん!」
ミルカは出会った時からコヤネさんに非常に好意的だ。
「コヤネさぁ~ん、客室のシーツを取り換えてまいりました!」
「あらぁ、こんなに沢山! 重かったでしょう~? ありがとうございますぅ」
確かにコヤネさんはいい人だが……
「へへっ……この位、平気でございます! あ、コヤネさん、さっきお客様がクリーニングの事をお褒めになられてましたよ!」
「あらあらぁ、それは嬉しいですねぇ。それじゃあ頑張って、丁寧にお仕事しなくてはなりませんねぇ」
「はい!」
それにしてもこの懐きようはなんだろう。
明らかにコヤネさんと話すミルカの表情が明るい。
――『実は……私は――』――
そうだ……あの時、ミルカはなんて言おうとしていたんだ?
「ねえミルカ……そう言えばさ、あの時――帝国魔導士になりたい理由を教えてくれた時、最後の方で何を言おうとしてたの?」
「あ――あれはですね……」
ミルカは一度周囲に客がいないのを確認し、声を潜めて答えた。
「実は……私の先祖もヒュブリダなのでございます。亡くなった両親から教わったのですが、1000年前の先祖がそうであったと」
「え……そうなの? でもミルカ、四つ耳じゃないじゃん」
「今は亜人の血は薄まり、見た目は人族のそれと変わらないようになったそうです」
ミルカは染み抜き作業をしているコヤネさんに視線を向け、言葉を続けた。
「ですから私……嬉しかったんです。ヒュブリダであるコヤネさんとお仲間に慣れたことが……」
そうか……
それでミルカは帝国魔導士になって、ヒュブリダに対する扱いを帝国内部から変えようとしてたのか。
やっぱり凄い子じゃないか。
「ふあ~あ……今までもコヤネの嬢ちゃんはよく頑張ってたぜ? マツィーヨでもヒュブリダはコヤネの嬢ちゃんしかいなかったからな」
背後からヘイルさんの声がして、俺たちは一瞬硬直してしまった。
今の話……聞かれてたのか……
「ヒュブリダっつーのはどこに行っても風当たりが強いからなぁ。しかし、田中の旦那、あんたやるなぁ。部屋、かなり埋まってきたじゃない」
「いえ、凄いのはお風呂を作ったカリスさん(ばあちゃん)とコヤネさ――――え?」
「ん?」
「い、いま……私の事をなんと?」
「あ…………やべ、つい出ちまった」
「へ、ヘイルさん……も、もしかして……私たちのこと……」
ヘイルさんは煙草に火をつけ、だるそうに頭を掻きながら答えた。
「ふぅ~~~……うん。知ってたよ」
な…………
なぁ~~~にぃ~~~?!
ば~~~れ~~~て~~~る~~~?!




