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160 門番、ビビる。

 マツィーヨに近づき、改めてその規模の大きさに驚いた。


 街の周りは堀が掘られており、堀の内側には丸太の柵がぐるりと立ち並んでいる。


 柵の上には、いくつかの見張り台が等間隔で立っていた。



「ほへぇ~、立派な街やねぇ」


「ミルカ……これ、街全部取り囲んでるの?」


「はい。温泉街といえど、魔族との戦闘の拠点でありますし、モトス大陸との要衝でございますからね」



 堀は水堀だが、濛々と湯気が立ち込めている。


 遠目からでも凄い湯気だと思っていたが……


 この水は――やっぱり温泉か!


 物凄い湧出量だな。



「ふひひ! はよ温泉入りたいねぇ! 今日は一段と冷えるばい」


「では、門に参りましょう。皆さま――『設定』通りお願いいたします。蓮さまと伊織さまはそのまま馬車の中に。私とヴィヴィさまが門番と話します」


「わ、わかった」


「ポッコさんは……魔人と思われてはいけませんので――喋らないで下さいまし」


「魔人に?! そ、そうか……そうやねや!」



 ポッコはようやくさっき起きたところで、寝ぼけまなこをこすりながらも……


 ミルカの『気遣い』にどこか嬉しそうに答えた。


 チエちゃんはまだ眠って……いや、多分演算中だな。


 『設定』というのは――



 ・俺たちはミルカが雇った『用心棒』である。


 ・門番や警備兵の相手は、ミルカとヴィヴィが行う。


 ・俺とばあちゃんはなるべく馬車の中で待機。


 ・様子を探られたらメイジシルクで顔を変える。


 ・顔が消えないようになるべく動かない。



 ――というものだった。


 魔導士試験に用心棒を雇ってもいいのかとミルカに聞くと、素材集めなど試験の内容さえクリアしていれば、単独でなくてもいいそうだ。


 中には受験者同士でパーティーを組んでいる者もいるらしい。


 なぜミルカは単独行動を選んだのかと続けて聞いたが、複数人で試験に挑めば確かに効率はあがるが、仲間割れの危険もあるので、ミルカはおすすめしないと言っていた。


 そして、なにより――



「パーティーに入れてもらうためには、それ相応の実力が求められますので……落第続きの私は……それはもう……ええ……はい……そんなに見つめないで下さいまし……」



 ……それ以上の質問はやめておいた。



「門番がいるとはいえ、そこまで厳しい立ち入り検査ではございませんので、大丈夫だと思います」



 門の前まで来ると、多くの人が入街の為に並んでいた。


 身なりから察するに、船乗りや魔導士が多いようだ。


 船乗りは恐らくモトス大陸との海路を繋ぐ船乗りたちなんだろう。


 魔導士たちはほとんどが受験者なのだろうが、少し魔導士のイメージが俺の思っていたのと違った。


 魔導士と言えば魔導帽をかぶり、ローブを身に着け、杖や魔導書を持っている。みたいな、いわゆるテンプレートな魔導士を想像していたが(ミルカは想像の通り)、中には――



 ――「ようぅし。この素材を荷台に乗せればいいんじゃろう? よっこらせっと!」――



 ひとりの小柄な魔導士が、仲間の荷台に重そうな荷物を積んでいる。


 様々な植物や魔物の死体などが、どの箱にも入っている。


 魔導帽やローブを身に着けてはいるが、ローブから覗くその胸板は厚く盛り上がり、まるで戦士のような風体だ。



「すっげ……なにあの人……」


「あの方は、『身体強化術』の有名な使い手でございます。お若く見えますが、かなりのご高齢かと。確かお名前は、プライ・サンドハイムさんと仰いますね」



 身体強化――


 サリサやカリスとタリナ、アマゾネスが使う魔法か。



《ジジッ――そうですね。サリサさまたちが使われているものと同系統の魔法でしょう》


(チエちゃん! 起きたんだ。おはよう)


《おはようございます――と言いたいところですが、もうお昼過ぎですか。少し演算に手間取ってしまいました。もはや『おそようございます』ですね》


(はは、だね)



 チエちゃんと出会って――


 いや、本当は前の世界からずっと一緒にいたんだろうけど……一年近く。


 こんな冗談を言うようになった。

 


《身体強化。辞書の切れ端にも書いてありましたが、魔術としては割と一般的のようですね。ただ普通は『少しだけ力が強くなる』とか『少し防御力が上がる』程度らしいですが――あの方の身体強化は、ミルカさまの仰る通り、相当の熟練度でしょう》


(アマゾネスの身体強化と何が違うの? 辞書に書いてある?)


《同じ項目にありますね――ああ、なるほど……アマゾネスの身体強化は『特殊な刻印』によるもので、一般的な身体強化術と違い、常時身体を強化するようです。この『刻印術』がアマゾネスの強さの秘密だと書かれています》


(発動の仕組み自体が違うのか)


《そのようです。しかしあのプライという方……相当の魔力量です。ふふ……これは丁度いいですね》



 あ、この声は何か企んでいる時の声だ。



《ポッコさま、私たちの念話、聞こえているのでしょう?》



 ――ぎくぅ!



 ポッコは全身の毛を逆立たせ真ん丸に膨れ上がった。



「うん……聞こえてたぜよ……」


《あの方の魔力、感じ取れますか? 魔力探知をやってみて下さい》


「ええ~! 昨日も遅うまで訓練したやないか~! ワシ、さっき起きたばっかりなんやぞ? 頭がダルダルちや」


《私だってそうです。これから先、本山盆地に向かうためには、森の中を通らなければなりません。光の死神の探知は、あなたの『ビビビ』にかかってるんですからね?》


「分かっちゅーぜよ。やけんど、もうちっと休んでからじゃだめか?」


《ダメです。正式にお仲間になったのですから、ちゃんと働いてください。お荷物になりたくないでしょう? それともあなたは、ただの毛玉なのですか?》



 うわ~辛辣。


 これは~……ポッコを煽っているのか?



「な?! なにおう?! そがなんないで! 魔力探知のコツもこじゃんと掴んできたがや! 毛玉なんて言われてたまるか! 見ちょり! ムムム~!」



 なるほどね……ポッコは煽った方がいいのね。



「ム~…………ム~~~…………」



 ポッコは毛を逆立たせうなっている。


 逆立った毛はざわざわと波打ち、毛の流れが頭部に集中していく。


 そして頭部の毛がまるでモヒカンのように立ち、ポッコのフォルムが『雫型』に見える。


 こいつは本当に……何やっても可愛いなぁ。



「3時の方向……距離20メートル……魔力密度、強……殺気、無し……ぷはぁ!!! ふぃ〜〜〜、こがなとこかな……どうぜよ?」



 へぇ! 凄いな。


 たった数日でここまで出来るようになったのか。


 最初は『何となくこっちの方は危ない』くらいの精度だったが……


 結構チエちゃんにしごかれてるんだな。



《素晴らしい。ですが、時間が掛かりすぎです。もっと素早く探知できるようにしないと、緊急の際、後手に回ってしまいます》


「ふぃ~……わかったぜよ」


《あと――魔力の強さの伝え方がいまいちです。『密度、強』だけではどのくらいの脅威か分かりません》


「んん? どう言うたらえいがや?」


《ふふ、蓮さまや伊織さまにも分かりやすいように伝えないと》


「はあ」


《私の見立てではあの方は――『汗ひとつ掻かず軽トラを抱える象のような馬力を持つ大関5人分』と言ったところでしょうか》



 もうそれ『力の強い象』でいいじゃん……


 こっちの人には相撲の例え、分からないって。


 いや、俺も分かりづらいけど。



「ゾウ? ケートラ? 馬力……ウマ? ゾウはウマか? んん??? オーゼキはケートラか??? あんた――何を言うとるがよ? わけわからん」



 ほんとだよ。


 ポッコのツッコミは正しい。



《ふふ、こういうのは慣れです、慣れ。まあ、相撲については、これから私がお教えいたしま……あ――」


「あ――」



 チエちゃんとポッコが何かを察知し、同時に声を漏らした。



《……覗かれましたね……》


「ん? 覗かれたって?」


「あん魔導士……ワシの『探り』に気付いたぜよ……」


「え、マジ?」



 俺は馬車の幌の隙間から魔導士のいる方向をそっと覗いた。


 この距離だ……幌の隙間の俺は見えないはずだが――


 プライと呼ばれる魔導士はこちらに視線を向けると、ニコリと笑ってみせた。


 あの人、俺の事にまで……気づいている?



「よし、爺さん! 荷台を押してくれ!」


「はいよう〜」



 プライは笑った後、そのまま他の魔導士たちと門をくぐり街の中に入っていった。



《身体強化……あれほどの熟練度になると『ただ力が強い』というわけではないのでしょうね。サリサさまやカリスさま、タリナさまも『魔力の流れ』がよく見えてらっしゃいましたし――シンプルな術ほどその汎用性は高いのかもしれませんね》


「ワシ――ひやっとしたぜよ。『覗かれる』のって、なんとも言えん気持ち悪さがあるんやねや……後ろから冷たい手で肩を触られたような感じがしたぜよ」


《あれは……わざとでしょうね……あの笑顔から察するに『そんな探知じゃバレバレだ』と教えてくれたのかもしれません。蓮さま、魔導士プライ……覚えておいて損はない人物かと」


「うん……そうだね。何となくだけど悪い人じゃなさそうだし、もし折があったら話してみてもいいかも」


《ええ》



 ――「お~い! そこの馬車! 次はあんたらだ! 前に進んでくれ!」――



 門番が俺たちの馬車に声をかけた。



「皆さま――参ります……お静かに……」



 御者台のミルカとヴィヴィも少し緊張しているのがわかる。



「あら? あんたミルカちゃんじゃないの。どうしたの馬車なんか乗って」



 ん? この門番、ミルカと顔見知りか?


 まあそりゃそうか……ひと月も街を出入りしていたら顔も覚えられるか。



「え、ええ。少し前からこちらの方々に用心棒を頼みまして……」


「へぇ、この馬車、あんたのかい? みたところ、猫族だね?」



 門番は軽い声色でヴィヴィに問いかけた。


 よし……ヴィヴィを御者台に残しておいてよかった。


 ヴィヴィの見た目ならそこまで怪しまれない。



「はい。私どもは馬車で移動しながらお食事を提供しています。『屋台』というのですよ」


「ほ~、ヤタイ? 初めて聞いたな。マツィーヨから入港した? それともツノニワ(※現世でいう大阪あたり)方面から?」


「え、ええ……ツノニワからアワシマール(※現世でいう徳島あたり)経由で参りました。今、ヨツシアでは帝国魔導士の大規模な試験があるとお聞きしたので、これは稼ぎ時だと思いやってまいりました」


「そうかいそうかい。ツノニワは商人の街だからな。色んな商売があるんだなぁ。今度俺もヤタイで食べさせてもらうよ」


「ええ! 是非!」



 おお……ヴィヴィのやつ……上手いな。


 俺とばあちゃんだったら、馴染みのない地名が出た時点で完全に挙動不審になってしまうぞ。



「あと~、中に人――乗っているよね?」



 ――ぎっくぅぅぅ~~~!!!



「いやぁ、さっきちらっと見えたからさ。ちょっと馬車の中、見せて貰っていいかな?」



 この門番! 急に切り込んできたな! 和やかな空気に完全に油断してたぞ!



「え、ええ! もちろん大丈夫です、よ~~~? ど~~~う~~~ぞ~~~?」



 ヴィヴィがこっちを気にしながら、尺を稼いでいる……


 えっとえっと……どうするんだっけ!


 俺もばあちゃんもポッコも無言でワタワタと馬車の中で狼狽えている。



《蓮さま伊織さま! メイジシルク! 動かないで! ポッコさま! 喋らないで!》



 ――(ああ!)(はいよう!)(分かったぜよ!)――



 ――ジャアッ!



 門番が馬車の幌を勢いよく開け、冷たい空気が馬車の中に流れ込む――



「ひぃっ!!!」



 門番は俺たちの顔を見て、怯えた声を上げた。


 なんだ……?


 何に怯えている?


 俺たちの顔?


 今、俺たちの顔、どうなっているんだ……


 俺はばあちゃんの顔がどうなっているのか、そっと視線をやった。



「――――ッ!!!」



 そこには物凄い形相――


 ごりっごりの筋顔の『カリス』がいた……







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