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161 マツィーヨ

 ちかいチカイ近い!!!


 どアップのカリスが物凄く渋い顔で俺を見つめている。


 眉間にはマリアナ海溝ばりの皺が深く刻まれ、口は名峰富士のごとくへの字に曲がっている。


 門番の検問にばあちゃんが無意識に選んだ顔は、歴戦の女戦士――カリスだった。


 さっき『身体強化』の話をしたのが影響したのかもしれない。



 ――グゴゴゴゴ……



 久しぶりに見る、カリスのどアップ。


 凄まじい迫力だ。



「ひぃぃ……は……あわわわ……」



 門番はばあちゃんの顔を見た途端、そのあまりの迫力に悲鳴を漏らし、固まってしまった。


 そりゃそうだ。


 幌を開けたらこの顔だ。


 大抵の人間は悲鳴を漏らすに決まっている。


 しかしなんだ……ばあちゃん……


 なぜそんな険しい顔で、俺を見つめている?


 この表情は――怒っているのか?


 いや……これは……我慢している???


 この時、俺はばあちゃんの顔に気を取られて、自分の変化に気付いていなかった。


 そう――


 俺が『無意識に選んだ顔』は……



(れ……蓮ちゃん……あ、あんた……なんちゅう顔でこっち見とんね!!!)


(え? 俺?)



 最も『怖い人』として無意識に刷り込まれていた――



 タリナだった。



(ちかいチカイ近い! 顔近いばい! タリちゃんのどアップ、きっつ~~~!!!)



 俺もばあちゃんも無意識にあの二人を『最恐認定』していたのだ。



 ――ズゴゴゴゴゴ……ッ!!!



 俺たちは互いに意表を突かれ、カリスとタリナの顔で見合ったまま、険しい表情を崩せずにいた……



「あ、あの……お、お二人は……ミルカちゃんの用心棒で?」



《お二人とも! 急に振り向いてはダメです! 顔が消えてしまいます! ゆっくり! ゆっく~~~り……》


(あ、ああ)(わ、わかっとうばい)



 俺たちは険しい表情のまま『ゆっく~~~り』と門番の方を見直った。



「「そ う だ が――

  そ う だ が――」」



 極度に緊張した俺とばあちゃんの波長はピタリと合い、二人の声は見事にユニゾンしていた。



「「何 か 問 題 で も?

  何 か 問 題 で も?」」



 二人ともカリスとタリナの口調と声色を真似ようと、最大限低い声を出している。



「い、いや! 別に問題があるわけでは無いんですが……」



 暫しの間。


 互いが互いに相手がどう出るか探り合っている。



「「……………………

  ……………………」」



 歴戦の筋顔が微動だにせず、無言で門番を見つめる。


 その緊張に耐えられず、門番は言葉を探し、視線は宙を舞う。


 冷や汗をかきながら、救いを求めるようにある一点に視線を留めた。



「あ……『ソレ』は……何ですか? ま……魔物ですか?」



 門番はばあちゃんの腕の中にいるポッコを震える指で示した。


 さっきのわたわたの時、ばあちゃんは咄嗟にポッコを抱きかかえたようだ……


 ばあちゃんはゆっくりとポッコを撫でながら、続けた。



「こ、この子は……私のペットだ……ただのタヌキだ――」


「「何 か 問 題 で も ?

  何 か 問 題 で も ?」」



 俺はばあちゃんをフォローしようと再びユニゾンした。



「ぺ、ペットですか……魔物じゃないんですね?」


「「ち が う……ペ ッ ト だ……

  ち が う……ペ ッ ト だ……」」



 ポッコは可能な限り目を丸くして、可愛さ全開で門番を見つめる。


 昔チワワを主役としたこんなCMがあったな……



「……でしたら、何も問題はありません」



 門番はそう言うと、荷台から後ずさりしながら、ミルカの方へ行った。


 俺たちは急に動かないよう、ゆっくりと門番を見続ける。


 門番からしたら、たまったもんじゃないだろう――


 馬車の幌の隙間から『カリスとタリナ』が険しい表情で凝視してくるのだから……



「ミ、ミルカちゃん……何だか怖そ――いや! 強そうな人たちが仲間になってくれて良かったな」


「え、ええ! それはもう! 心強い限りでございます!」



 よかった……何とか切り抜けられそうだ。



「あの~、猫族の方、マツィーヨに入るのは初めてでしょう?」


「はい」


「暫く滞在するのかい?」


「えっと……そのつもりです」


「あ~それだったら、滞在許可証がいるから、ギルドには顔を出しておいた方がいいよ。これ、入街許可証。これを渡せばスムーズにいくから」


「ありがとうございます」


「じゃあ、くれぐれも……」



 門番は再び俺たちの方へちらりと視線をやり、ヴィヴィに話しかけた。



「街の中で問題を起こさないようにね。なんかあんたら……とんでもなく強そうだから……」


「も、もちろんです! で、では……ミルカさん! 参りましょう!」


「はい」



 こうして何とか俺たちはマツィーヨの中に入ることが出来た。




 ◇     ◇     ◇




「「ぷはぁっ!!!」」



 門から暫く離れ、俺とばあちゃんはようやく緊張を解いた。


 途端、メイジシルクに投影されたカリスとタリナの顔は霧のように消え、元の俺たちの顔に戻った。



「あっっっせった~~~~!!! ばあちゃんカリスの顔になってるんだもん!」


「蓮ちゃんこそ!!! タリちゃんは無いやろ! わたしゃ、おしっこちびるかと思うたばい! いや……少しちび……いや……蓮ちゃん……はよ温泉行かん?」



 ちびったのか?


 汚いなぁ……



「しかし――このメイジシルク、便利だな……これなら顔バレせずに行動できる。まあ、どんな顔が出るのか分からないところが少し怖いけど」


《しかし、あのお二人が出るとは……大狸商店街『最恐』の象徴ですからね。納得です》


「だね……ねぇミルカ、さっき門番が滞在許可証がどうのって言ってたけど。ギルドに行かなくちゃいけないの? また色々聞かれる?」



 幌を少し開け、俺は御者台を覗いた。


 街は多くの人で賑わっており、様々な店が大通り沿いに立ち並んでいる。


 これは――


 まるで温泉観光地だ。


 建物は和風のようであり、洋風のようであり、アジアン風でもあり……


 色んな要素がちりばめられた、何とも不思議な街並みだ。



「いえ、入街許可証を頂いておりますので、問題ございませんし……今は帝国魔導士試験で多くの人がマツィーヨに集まっております。ギルドもバタついていると思われますので、心配はございません。手続きはヴィヴィさまが代表でやって頂き、お二人は後ろで控えて頂ければ大丈夫でございましょう。蓮さまのメイジシルクは上等なので、ゆっくり動けば顔も消えないはずでございます」


「あ、一応同行しないと駄目なのね……じゃあ、ヴィヴィ、手続き頼むよ」


「かしこまりました」



 その後、俺たちはギルドへ向かい無事、滞在許可証を発行してもらった。


 ヴィヴィが手続きをしている間、またカリスとタリナの顔が出たので、俺たちはそろりそろりと動きながら、手続きの様子を後ろでじっと見ていた。



「なに者だ……あいつら……」

「物凄い覇気だ……」

「きっと名のある冒険者に違いない……」



 異様な緊張感がギルドの中に充満し、他の冒険者も俺たちと目を合わせないように……いや、合わせられなかったので助かった。


 ギルドの建物から出ると、改めて街の賑わいに驚かされた。


 これだけの人出なら、もう変装も必要ないかもしれない。



「ふう……これでマツィーヨに滞在できるな。あとは――宿か。ミルカは受験者用の宿があるんだろ?」


「ええ。マツィーヨは宿は沢山ございますので、どこか適当に探しましょう」


「馬車が止められるところがいいな。あと……大通り沿いじゃなくて、少し奥まったところを探そう」


「かしこまりました」



 宿はすぐに見つかると思ったが……



「悪いね、今、いっぱいだ」

「暫く満室だねぇ」

「魔導士試験が終わるまで無理だね」



 どの宿も満室で門前払いだった。


 その後もグルグルと裏通りを探し回り、ようやく空室のあるボロ宿を見つけた。



「へ~い……何あんたら? 客かい? 部屋? 空いてるよ?」



 店主は番台でだるそうに煙草をふかしている。


 木造の床は、いたるところが抜けていて、蜘蛛の巣があちこちに張っている……


 汚い宿だ……



「部屋は空いてるんだけどよ~。今、多くの冒険者がマツィーヨに押しかけててねぇ。知ってるだろう? 宿代も上がってるんだ。三人と馬車と馬……そんでそのタヌキを合わせて……一泊、大銀貨10枚だな」


「ええ?! 大銀貨10枚?!」



 大銀貨10枚って事は……一泊10万円か!


 それはいくら何でも高すぎないか……


 このボロ宿で……


 そしてポッコの分まで料金とるのか。



「別にうちじゃなくてもいいんだよ? よその宿だって似たようなもんだ」


「どうするね蓮ちゃん……街の外で野宿する?」


「う~ん……大銀貨10枚はなぁ……」


「野宿だって? あは~! やめときな! これから寒さが厳しくなる……見たところ、あんたらヨツシアの人間じゃないだろう?」


「え、ええ」


「ヨツシアの冬は海風と相まって地獄だよ。凍え死んじまうぞ。街の中なら安心だ。マツィーヨは温泉街だからな。地熱で随分と温かいんだ」



 そう言えば、街に入ってからというものさほど寒さを感じない。


 むしろ、いたるところから吹き出す湯気で、肌もしっとりと保湿されている感じだ。



「それに魔物たちも暖を取ろうとマツィーヨに集まってくるからな。外で野宿なんてもってのほかだ」



 なるほど……だから俺たちの野営にあれだけの魔物が集まってきてたのか。


 ばあちゃんの『くさトラ』があれば、しのげなくはないが……


 毎朝、魔物の処理に追われるのは良くない。


 しかもきっと目立つ……



「そんなもんで、これから堀の外では夜通し魔物との戦闘がドンパチってなわけよ。マツィーヨ名物『湯気合わせ』の時期だな」


「湯気合わせ???」


「そうよ。夜の湯気の向こうにいきなり魔物と鉢合わせるから『湯気合わせ』ってんだ。100年前から続く風習だな」



 100年前……


 ローニャの国落としの時代からか。



《たしか松山には『鉢合わせ』という神事がありますね。神輿同士を激しくぶつけ合い、五穀豊穣や商売繁盛を祈願する秋祭りです。それのヒズリア冬版でしょう》


(やっぱ少しリンクしてるんだな。内容は随分違うみたいだけど)



 店主は番台に頬杖をついてボロボロの宿帳をいじっている。


 宿帳はボロボロの割に、中はまっさらだ……

 


「まあ、『湯気合わせ』の魔物たちは、な~んでか人と鉢合わせるとすぐに逃げ出すんで、血生臭いことにはあんまりならないけどよ。どうする? うちに泊まるかい? こんなボロ宿でも野宿よりましだぜ?」



 かなり高額だが、他に空いてそうな宿は無いし仕方ないか。


 ただ、このまま一泊10万を呑むのもな……


 そう言えば、この宿の前……スペースがあったな…… 



「わかりました。ちょっと高いですが、ここに泊まることにします」


「おお! そうかいそうかい。それがいい。この時期に空いてる宿なんて、うちぐらいのもんだ! えっはっは!」



 それは自慢になりません。


 しかし――


 これでようやく事情がつかめてきた。


 要するにこの宿は、誰も寄り付かない最低ランクの宿ってことだ。


 しかも宿代をふっかけてくる。


 そりゃなおさら客が寄り付かなくなるって……



「ですが、ひとつお願いがあります」


「ん~? なんだい?」


「この宿の前……少しスペースがありますよね? あれはこの宿の土地ですか?」


「あん? いや~誰のものってわけじゃないけど、まあうちの前だから俺が掃除したりしてるよ? なんで?」


「宿泊している間、貸してくれませんか?」


「別にいいけど、なんで?」


「馬車をそこに置いて『屋台』を出したいんです。あ、屋台ってのは――移動式の食堂みたいなものです」



 持ち合わせがないわけではないが、一日10万円の出費はかなり痛い。


 だが、ここでヴィヴィが屋台で稼いでくれれば、どうにかなるだろう。



「あ~、宿代さえ払ってくれりゃ別にいいよ。好きにしてくれ。あ、荷物は自分たちで部屋に運んでくれな。うちはそういうサービス『一切しない』から。飯ナシ風呂ナシ屋根はアリ、っと。えっはっは! よろしくな」



 ん~~~……


 何とも清々しいくらい最低の宿だ。


 逆に先が楽しみになってきた。


 とりあえず、荷物を部屋に運んで、温泉にでも行くか。


 風呂はないみたいだし、ばあちゃんもちびったみたいだし……


 一泊10万か……きっついなぁ。


 あ……ローニャの分の宿代――


 まあ、いいか。


 十分払ってるし、ローニャは眠ってるだけだからな。


 負けて貰おう。







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