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159 メイジシルク~好きな子当てっこ~

「皆さま! ご覧くださいまし! マツィーヨが見えてまいりましたよ!」

(※マツィーヨ:現世での四国・松山市辺り)



 ミルカの声に、俺たちは馬車から顔を出した。


 馬車は海岸沿いの小高い丘の上で止まっている。


 ミルカが指さす方を見下ろすと、その先には大きな平野が広がっていた。


 平野の中央には大小様々な建物が連なり、屋根には雪が積もっている。


 朝日を受けた雪が、街全体をキラキラと輝く白銀に染めていた。



「あれ?! 思ったよりちゃんとした街じゃない! っていうか、これ……大狸商店街より断然栄えてるじゃん……ヨツシアってもっと、何と言うか……魔族との争いで廃れていると勝手に想像してたよ。ねえ、チエちゃん――」



 チエちゃんからの返答がない。


 ポッコとの『ビビビ』訓練で、魔力演算をしすぎてチエちゃんも疲れたのか、休んでいるようだ。


 ポッコもミニこたつの中で『溶けたアイス饅頭』のように眠っている。



「あ、そうか。昨日も遅くまでビビビしてたもんな」



 精神干渉系って相当疲れるんだろうな。


 ローニャもずっと眠り続けているし……


 身体の傷より、心の傷の方が治りが悪いって言うからな。


 いや……チエちゃんのことだ。もしかしたら今も演算中かもしれない。


 どっちにしても、今はそっとしておこう。



「マツィーヨは帝国の拠点でございますからね。モトス大陸との玄関口でもありますので、それなりに人の出入りは多いのでございます。それに100年前の国落としがあるまでは、ここは温泉を中心に栄えた街でございました。当時の建物は残っていて、そのまま使われております」


「温泉?! 温泉があると?!」



 温泉の二文字を聞いてばあちゃんが喰いついた。


 ばあちゃんのやつ……


 普段はものぐさで風呂に入らなかったりするのに、温泉は好きなんだよな。



「はい! マツィーヨの温泉は魔力回復の効能があり、特に魔導士たちが好んで利用しております」


「聞いたねヴィヴィちゃん! 温泉あるっちばい! 魔力も回復するっち!」



 なんか『温泉に入る』というイベント感が好きなのかな。


 あと、あなたは魔力回復する必要ありません。


 売るほどあります。



「ええ、それは楽しみですね! ですが伊織さま……」



 ヴィヴィが少し心配そうに続けた。



「伊織さまも蓮さまも、赤札なので……入れるでしょうか? そもそも街に入れるかどうかも怪しくないですか?」


「はうあ!!! そ、そうやった……どげんしようか! 蓮ちゃん!」



 そうなんだよなぁ……それだよ。


 俺たちは絶賛指名手配中……



 ――ガサッ



 俺はコートの胸ポケットから、帝国が張り出した俺たちの人相書きを取り出した。



「これ、二人とも似てないんだけどなぁ……でも似てないとはいえ、このままマツィーヨに入っていいのか?」


「……大丈夫っちゃない? 似てないし……あれやったら、マフラーかなんかで顔、隠す? 冬やし自然やん」


「まあねぇ~。マフラーかぁ……でもさ、検問とかあったらどうする? 『顔を見せろ』とか言われたらアウトだろ。言っちゃなんだけど、今の俺たち――結構目立つんじゃない?」



 狐エルフに黒スーツ、猫っ娘、魔女っ娘、喋るタヌキ。


 そして大荷物の屋台馬車。


 いや~、これはどう贔屓目に見ても変なパーティーだ。


 絶対に怪しまれる。



「それは~、そうやね……」


「ふ~、どうしたもんかな」



 俺がため息交じりで人相書きを胸ポケットにしまおうとした時――



「あ…………」



 ミルカが俺をまじまじと見つめている。


 ん? なんだ?


 俺……なんか変な事した?



「あの……蓮さま、お伺いしてもよろしいですか?」


「うん、なに?」


「蓮さまのお召し物……もしかして、メイジシルクで仕立てられたものでございますか?」


「え? ああ、そうだけど……」


「やっぱり……凄いでございます! メイジシルクといえば、かなり高級な素材でございますよ!」


「あ~、サリサが――仲間が作ってくれたんだけど、そんなこと言ってたな」


「蓮さま……ちょっと見せて頂いてもよろしいでしょうか?」


「いいけど……」



 俺はコートを脱ぎ、ミルカに手渡した。


 ミルカは眼鏡越しに、しげしげとコートを見つめている。



「これは……メイジシルクの中でも一番上等なものを使われておりますね。これは使えますね」


「どういうこと?」



 ミルカはコートを手にニコリと笑ってみせて、言葉を続けた。



「蓮さま、メイジシルクを使った『好きな子当てっこ』って遊び……ご存知でございますか?」


「え? 好きな子? 何それ……知らない」


「メイジシルクはその魔力伝導率の高さから、簡単な魔法をかけると『心に思ったものを投影する』という性質があるのでございます」


「へぇ、そうなんだ」


「好きな子当てっこはその名の通り、攻撃側と防御側にわかれ『防御側の好きな人を当てる』というゲームでございます」


「はは、子供たちが好きそうな遊びだな」


「まずメイジシルクのハンカチや袋を用意して、簡単なまじないをかけます。防御側はメイジシルクを頭に被り、『好きな子しか思い浮かべません』と口に出して誓約します。そして攻撃側は、10の短い質問のうちに防御側の好きな子を当てる、というものです」



 何だかアレだな……インディアンポーカーみたいだな。


 自分の手札は見えなくて、相手にはみえている。


 あの感じに似てる。



「面白いやん~、でもさぁ? そんなん『あなたの好きな人は誰ですか?』って聞けば一発やん」



 おお、ばあちゃん鋭いな。


 そうだよ。その質問一発で顔が投影されてしまうじゃないか。



「いえ、別に構いません。心の防御が強ければ顔は投影されませんし、むしろその質問は『防御側の心の強さを知るため』の一手目のセオリーと言えます。それで好きな人の顔が出なかった場合は、他の質問でじわじわと追い詰めていく、というわけでございます」


「追い詰めるって?」


「質問が具体的になるほど、防御側の頭の中の顔がはっきりしてきます。つまり攻撃側は『昨日誰と帰ったか、誰に何かを借りたか』——そういった細かい情報を事前に知っていればいるほど、鋭利な質問が作れるのでございます。ですから追い詰めるにも、普段からよく周りを観察する必要があるのでございます」


「あ~、なるほどね。でも、これ、防御側……たまったもんじゃないな。恥ずかしいだけじゃない」


「いえいえ、これは心の修行も兼ねた遊びなのです」


「心の修行?」


「はい。防御側は質問に気を取られて心の中を相手に悟られないよう、精神を集中する必要があるのです」


「……じゃあさ、防御側は『最初から別の人の顔』を思い浮かべればいいじゃん」


「そこで『最初の誓約』なんでございます。口に出して誓約することで、どうしてもその事が心の中心に居座ります。『考えないようにすること』も『考えること』と同じですから。これがなかなか難しいのでございます」


「は~、結構奥が深いゲームなんだな。で? その『好きなこ当てっこ』がなんなの?」


「ですから、このコートでございますよ」



 ミルカはコートを掲げ、ニカっと微笑んだ。


 この笑顔……ど~こかで見た事あるんだよなぁ。



「このコートを薄く袋状にして頭から被って、どなたかの事を思い浮かべれば――」


「あ……顔を変えられるってことか!」


「その通りでございます。蓮さま、このコート、裏地だけでも頂けませんか?」


「いいけど……どうするの?」


「私がマツィーヨに行って、仕立屋に頼んでメイジシルクの覆面を作ってまいります。この裏地でしたら……二人分くらいでしょうか……ヴィヴィさまの分まではとれないかもしれません」


「まあ、赤札が出ているのは俺とばあちゃんだけだから……うん。俺たち二人分でいいと思う。一人で大丈夫? あ、お金渡すよ」


「大丈夫でございます。マツィーヨには受験者用の宿もありますし、お金はヴィヴィさまとポッコさんが採取してくださった素材が沢山ありますので、それをギルドで換金いたします」


「あ……マツィーヨにはギルドもあるんだ」



 ギルドと言えば、マウマさんやドラゴさんだ。


 二人ともノルドクシュのギルド関係者だから……


 ここには居ないよな……いや、居ないで欲しい!



「はい。受験者の安否確認のための札はギルドが発行しておりますので」


「あれか、クエストに出る冒険者に渡す奴?」


「そうでございます、それと同じ仕組みでございますね。元より冒険者の安否管理や冒険者支援はギルドの専門でございます。帝国もそこを見込んで今回の受験者の管理を委託したのでございましょうね。では、早速行ってまいります。夕方には戻ってこれると思います!」


「ああ、分かった。頼むよ。気を付けて!」


「はい!」



 ミルカは両手いっぱいの素材とコートを手にマツィーヨに向かった。




 ◇     ◇     ◇




 夕方と言っていたが、昼過ぎにはミルカは戻ってきた。



「お待たせいたしました! 無事、メイジシルクの覆面が出来上がりました!」


「早かったね」


「腕のいい職人さんがいらしたので、思ったより早く仕上がりました。あ、蓮さま、コートの裏地は別の素材で新たに塞いでいますので、お召しくださいませ」


「ああ、ありがとう」


「そしてこれが――メイジシルクの覆面でございます」


「おお! これか……思ってたよりスケスケだね」



 覆面は反対側が透けており、頭から被れるように袋状になっている。


 これだったら、被っていても視界が塞がれることがないので安心だ。



「ミルちゃん、これを被ればいいん?」


「そうでございます。すでにまじないはかけてありますので、どうぞお被りくださいまし」



 俺とばあちゃんは頭からすっぽりと覆面を被った。


 かなり薄いし、素材がいいのかまったく息苦しさや圧迫感などの違和感がない。


 まるで薄い空気の膜が張っているくらいのものだ。


 俺から見てもばあちゃんが覆面を被っているのかどうか、目を凝らさないと分からないレベルだ。



「お二人にご注意いただきたいことがございます」


「なに?」「なんね?」


「今被られて分かる通り、メイジシルクの意識の投影は、常時されるものではございません」


「あ、そうだね。今はばあちゃんの顔はばあちゃんのままだ」


「メイジシルクは無意識を反映します。ばれたくないと咄嗟に思った瞬間、別の顔が投影されるとお思いくださいませ」


「はえ~、なるほどねぇ~。無意識にねぇ……じゃあ、どんな顔になるか私らも分からんちゅうこっちゃね」


「そうでございます。そしてこれもメイジシルクの魔力伝導率の特性上、仕方ないのですが……顔が投影されている間、動くとその投影は消えてしまいます。投影されている間は動かないようにして下さいまし」



 要するにあれか……


 顔が変わっている間――


 つまり『疑われている状況』で、動いてはいけないと。



「なんだか……だるまさんが転んだ、みたいだな」


「そうやね……動くとすぐばれるってことやもんね」


「以上の事を気を付けて頂ければ、かなり有効な変装手段になるかと思います」


「わ、わかった」


「よっしゃ! これで温泉入れるばい! しゅっぱ~つ!」



 なんだか心配な仕様の覆面だが……


 今はこれで何とかするしかない。


 温泉か……


 久しぶりの街だな。


 何だかんだで俺もワクワクしてきた。



 ――スサササァ



 馬車は丘を下り、街並みが近づいてくる。


 街からは湯気が立ち昇り、温泉特有の匂いが微かに鼻をかすめた。


 マツィーヨ、どんな街なんだろう。







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