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156 死神と精霊さん

挿絵(By みてみん)

《まずは今できる対策をすぐに実行しましょう。伊織さま、私の指示通り植物を展開させて下さい》


「わ、わかった!」



 ――ガラガラ、ゴロゴロ、ボフフ……



 急いで荷造りをして、俺たちはマツィーヨに向けて馬車を走らせている。


 雪は降り続き、地面を白に染め始めた。


 このまま降り続けると、明日にはかなりの積雪になるだろう。



 『銃を使う光の死神に、どこからか狙われているかもしれない』



 これはこちら側の圧倒的不利な状況を意味していた。


 チエちゃんの指示により、馬車全体――『テンマごと』植物で覆い、外から馬車の姿を見えないようにした。


 まるで茂みか藪が、そのまま移動しているような形だ。



 ――ガサササ……バキバキバキ



 覆ったと言ったが――


 厳密には馬車を中心に、前後10メートルほどの範囲で『馬車の移動に合わせて、植物を生やし続ける』と言った方がいい。


 食材の重量や雪が積もり始めた今では、馬車にくさ手を生やしては重すぎる。


 テンマの負担を減らすにはこの方がいい。



《伊織さま、魔力の消費量はどうですか? どのくらい持ちますか?》


「ん、こんくらいやったら全く問題ないばい。どんだけでもいけるんやない?」



 つまり前後10メートルの範囲で『一時的な強制進化』を常に発動し続けているわけだが……ばあちゃんはケロリとこたつでまどろんでいる。


 この人はそもそもの魔力量が尋常じゃないからな。


 その上、『(もり)(わき)(けん)()』発動以降、放っておいても魔力が溢れるようになった。


 オーティスやローニャが言っていた『魔力のインフレーション』というやつだろう。



「むしろ、こうやって魔力を使いよった方が、私としては楽やんね。なんかスッキリするばい。へはは」



 チエちゃんの心配をよそに、ばあちゃんはひょうひょうとこたつでみかんの様な果物を食べはじめた。



「何故このようなことが出来るのでございましょうか……さすが伊織さまでございます!」



 ミルカは羨望の眼差しでばあちゃんの一挙手一投足を見つめ、手帳にメモをしている。


 俺やヴィヴィはばあちゃんの『規格外』には慣れっこなので、まあそんなもんか、ぐらいにしか思っていないが、確かに――



「ん~。このみかん甘くて美味しいばい~ヴィヴィちゃん~」



 常に魔法を発動し続けるなんて、この人にしか出来ない芸当だな。


 ミルカ……参考になるかな。



《これで現状出来る対策は施しました。仮に狙撃されたとしても、致命傷になる確率は――ゼロではありませんが格段に減りました。次の対策に移りましょう》


「次の対策か……どうすんの?」


《まず大前提として、狙撃手の最大の武器は『弾の威力』でも『射程距離』でもありません。狙撃戦において最も重要かつ警戒しなくてはならないのは――『情報の非対称性』です》


「情報の非対称性?」


《ええ。『自分は相手を見ているが、相手は自分を見えない』という状況を作ることが狙撃戦を制するカギとなります。蓮さまは死神が銃を使うと認識した時点で、すぐさま身を隠すことと移動することを指示されましたね。これは対応としては大正解です》


「おお……うん、ありがとう」



 何だか自衛隊の講習を受けているようだな。


 日本の一般市民は『狙撃戦の戦い方』を考えることなんてまずない。


 俺は何となく身を隠したけど、こうやって言語化されると腑に落ちる。



《したがって、狙撃戦で一番大事なのは、いかにしてこの非対称性を崩すか……『相手の目から逃れ、相手の位置を暴くか』に尽きます。つまり次のフェーズというのは――》


「死神の位置の特定か」


《はい。ですが、これは現状かなり難しい状況にあります。ここはツクシャナではありません。つまり稲荷神の加護範囲外。私の危機感知能力はほぼ0に近い状態です》


「加護の拡張も出来てないしね……」


《ええ。現在、私たちは海岸沿いを進んでいます。そして死神は森の中にいると思われます。こちらから死神を捕捉するのは……至難の技でしょう》



 いち早く敵を見つけやすいよう、見通しの良い海岸沿いを選んだが――


 狙撃手相手には格好の的……最悪の位置取りってことか。



「俺たちも森の中に入った方がいいのかな?」


《いえ……森の中を馬車で進むというのは、現実的ではありません。まともに進むことすらままならないでしょう。そして恐らく森は死神のテリトリーです。さらに不利な状況になるのは目に見えています。つまり『捕捉されていようと、海岸沿いを進むしかない』というのが現状です》


「そうだね……で、どうやって死神の場所を特定するの?」


《ポッコさまです。精神干渉の才能のあるポッコさまなら、銃を打つ際の死神の『殺意』を感知できるのではないか、と私は考えています》


「ワ、ワシが?」



 なるほど……目視ではなく、精神の揺らぎを捉えるってことか。



《失礼ですがポッコさま……お尋ねしてもよろしいですか?》


「ん? なんな?」


《ヨツシアの魔物は、ツクシャナの森に劣らず強力なものが多いように見受けられます。ですがあなたは見たところ……戦闘能力が高いようではありません。今までどのようにして――生きてこられたのですか?》



 確かに……


 くさトラにかかった魔物はどれも大きな固体が多かった。



「今は何となくっちゅうか……最初は、危ない時は教えて貰ってたぜよ」



 教えてもらう? 誰に?



《……やはり……変だとは思っていたんです。ポッコさまは生まれてから『ずっと独り』だと仰いましたが……『どこで言葉を覚えたのか』と疑問に思っていました》



 あ……そうか!


 生まれてずっと独りなら、言葉を覚えることも出来ないじゃないか!



「ああ、それはのぅ――」


《――精霊さん……ですか?》



 食い気味にチエちゃんが言葉を被せる。


 もはや何かを確信しているかのようだ。



「おお! そうぜよ」


《やはり……私の声を聞いたとき、ポッコさまは私のことを『精霊さん』とおっしゃった。つまり、あなたは精霊と話したことがあるということ……》



 ああ、確かに言っていた。


 あまり深く考えなかったが、この世界……本当に精霊が存在するのか?


 チエちゃんは『自分と同じような精神体』の事を精霊と表現していたな。



《その精霊さんについて、お聞かせいただけますか?》


「うん。姿は見えんやったけど、ワシが生まれたての頃は、よう声が聞こえちょった。それで言葉を覚えたがぜよ。他にも敵がおる時は教えてくれたりしちょった。『ビビビッ』っとするがよ。危ない時は」


《なるほど、ビビビですか……生まれたての頃、という事は……精霊さんの声は――今は聞こえなくなったんですね?》


「……うん……聞こえんなったぜよ。それに何を話しよったかも、ほとんど忘れてしもうた……」



 ポッコは寂しそうに耳を後ろに倒した。


 何を話したか忘れる――?


 それってもしかして……



「ほんじゃけんど、『ビビビッ』は覚えちゅーき、今は自分で何とかしちゅーぜよ。精霊さん、元気にしちゅーかなぁ……そう考えたら、精霊さんがおったき、ワシ、独りじゃなかったがかもな……」


《なるほど……そうですか……因みに、ポッコさまはなぜ魔人になりたいのですか? お仲間が欲しかったから、だけですか?》


「そりゃそうやろう。魔人やないと内陸に入れんきねや。ワシは生まれた時から魔人に――んん? 生まれた時から? 魔人になりたい思いよったような……んん? なんでやろう……」



 ポッコは首を傾げ、自分の頭をポフポフと叩いた。



「よう分からんけんど……魔人になって、なんか『やらんとならんこと』があったような……んん~~~? ええい、忘れた! かっこえいき。これじゃいかんか?」



 生まれた時から『魔人になりたい』と思っていた?


 それは変だ――


 生まれた時から『憧れ』なんて持つはずがない。


 それに『やらなきゃならないこと』ってなんだ?


 何だか……ポッコの言っていることが要領を得ない。



《……いいえ。かっこいいから。それでいいと思いますよ。『魔人パンチ』も精霊さんに教わったのですか?》


「そうちや! ヨツシアの魔物は魔法を使う奴が多いきねや。そがな魔物には魔人パンチを喰らわしちゃればえいと教わった。魔人パンチいう名前はワシがつけたけど。ちなみに『魔人パンチ腹』以外にも『肩』や『腿』もあるぜよ」


《それは素晴らしいですね。どれも強そうですし、バリエーションに富んでいます》


「うはは! そうやろう?!」


《ポッコさまは、その精霊さんを……いえ――》



 そこまで言って、チエちゃんは一瞬言葉を呑んだ。



「あのさ、俺思うんだけど……もしかしてポッコって、キンジュと同じように――」


《蓮さま、その話はいいじゃないですか。また今度にしましょう》



 チエちゃんがあきらかに俺の言葉を遮った。


 チエちゃんが俺の心が分かるように、俺もチエちゃんの心が――少しだけ感じられるようになった。


 理由は分からないが……


 今、彼女は――


 ポッコの事を気遣っている。



《今大事なことは、ポッコさまはその『精霊さん』から危ない時の感じ――つまり危機感知能力を教わっています。これは光の死神に対抗する有効な力です》


「ワシが光の死神の場所を探るがか?! ワシのビビビッはそこまで強うないぜよ?!」


《いえ、私の演算能力と組み合わせれば、死神の位置を特定することが出来るかもしれません。多少、訓練が必要かと思いますが》


「なるほどね。それが出来れば、この圧倒的不利な状況が随分覆せるな」


《ええ。ポッコさまのビビビに期待しましょう。あ、ポッコさま――精霊さん、きっと元気にされていますよ》


「……そうやねや!」



 光の死神への対抗策が見えてきたところで、俺たちの会話を聞いていたばあちゃんが、みかん的なものを頬張りながら口を開いた。



「ばってんがくさ……そもそもばい? その光の死神っちゃ、敵なんやろか?」



 ――「え?」《え?》「ん?」――



 そうだよ――!!!


 なんと初歩的な事を忘れていたんだ。


 銃を使うからと言って『敵』とは限らないじゃないか!


 勝手に敵だと決めつけていた。



「そもそも近くにおるん? 撃たれたウサギだって、ヘビのお腹からでてきたんやろ? どっか遠くでウサギを食べた後にヘビが移動しただけかもしれんやん?」


《そ、それはそうですね……》


「ウサギを撃ったのも、自分が生きるために撃ったのかもしれんやん? 食べるために。私たちと同じやん。パクッ」



 ばあちゃんはみかんをすでに5個ほど食べている。


 冬、こたつ、みかん、ばあちゃん。


 銃弾とは真反対の、その何とものどかな光景が、俺たちの張り詰めていた緊張感を解いていく。



「確かに鉄砲の弾には驚いたけど……そんなに心配することじゃないんやないやろか? 今だって撃たれてないやん? 撃とうと思ったら――いつでも撃てたんやない?」


《そうかもしれませんね……私たちは『銃弾という異物』に過剰に反応しすぎたかもしれません》


「あんま心配せんでよかっちゃない? それよかとっととマツィーヨに行って、魔族のおる盆地目指そうや――パクッ」


「そうだな。だけど用心するに越したことはないよ。チエちゃん、ポッコ、今日からでも『ビビビの連携』の訓練、できる?」


《ええ、もちろんです》


「が、がんばるぜよ……」



 こうして俺たちは光の死神に怯えながらも、海岸沿いを北上していった。


 俺たちの光の死神に対する『対策』は、概ね当たっていた。


 しかし――


 光の死神に対する『認識』は、大きく外れていたことを……


 後に俺たちは『戦場』という狙撃手がもっとも輝く場において、戦慄と共に知る。


 そして――



「ヴィヴィ、俺にもみかんちょーだい」


「はい! どうぞ!」



 これから暫くののち、ヨツシアが凄惨な戦場と化すことを……


 俺たちはまだ知らない。







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