155 意外に、意外な、才能、あるかもよ?
――「「「光の死神???」」」――
「そうや……ちっくと見してくれ」
ポッコが険しい表情でアルミラージの傷口を見つめる。
「この傷は――恐らく、光の死神の仕業ちや」
「その光の死神って……どんな奴なの?」
ポッコはごくりと唾をのみ、緊張の面持ちで続けた。
「詳しいことは分からん……誰っちゃあその姿を見たことが無いがや。やけんど確実に奴はおる。光の死神に取りつかれたら、どこへ逃げても無駄や。どこまでも追い詰められて、殺される……と、動物たちが言いよった」
こいつ、動物の言葉が分かるのか。
まあ、ほぼ――タヌキだからな。
分からない方が不自然か。
「……見たことないのに、なんで光の死神の仕業ってわかるんだよ」
「この傷ぜよ。奴に殺された者は、みんなあ、このこんまい傷が出来るらしい。やけんど、その姿は見えんがじゃ……ただ、この傷ができるとき、光の筋のようなもんが見えるゆうがじゃ。そんで『光の死神』いう名前がついたがじゃ」
光の筋?
……そういう魔法を使う奴なのか?
「へぇ~……ヨツシアには恐ろしいものがいるんですねぇ」
――ザスッ!
ヴィヴィはポッコの話に耳を傾けつつも、平然な顔をしてアルミラージを解体し始めた。
「うえ?! ちょっとヴィヴィ! 今の話、聞いてた?! このウサギ、死神に殺されたって……」
「ええ、聞いてましたよ。光の正体が何かは分かりませんが――傷口があるんです。だったら解体して原因を調べないとですよ」
「た、確かに……」
「ミルカさん、魔法で光を放ち、このような傷を作る攻撃魔法はあるんですか?」
ヴィヴィとミルカは、ウサギの胸の傷をまじまじと観察している。
俺とポッコはどうしても慣れずに、少しだけ距離をとってしまう。
辺りには血の匂いが立ち込め、俺なんかは今にも吐き出しそうなのに……
「どうでしょうか……ご存知かもしれませんが、ヒズリアの魔法体系は『木火土金水』と『神聖と闇』の7つの分類でございます。攻撃によく使われるものは火の属性魔法ですが――火の魔法で攻撃したのならば、傷口が熱によって焦げるはずです。この傷はそのような痕はございませんね」
「じゃあ、火の属性魔法ではないんですね?」
「恐らくは。他に考えられるのは……水の属性――氷結させた水を突き刺すとか……いえ、それだったら他の属性にも言えることでございます。しかし一番の問題は、光の筋、ということです。光の反射――ということでございましょうか? それでしたらやはり水属性か、金属性……ヴィヴィさま、いずれにしても、解体してみませんか?」
「そうですね。その方が早いですね、では――」
――ズババババ!
見る間にアルミラージは皮をはがされ、次々と解体されていく。
《ジジッ――ふむ……これは『解体』というより……現代で言うところの『解剖学』といったほうがいいかもしれませんね。実に興味深い》
どうやらヴィヴィとミルカのやり取りが、チエちゃんの知識欲に火をつけたようだ。
《よくよく考えると、この世界では料理人ほど魔物や動物の身体の構造に詳しい職業はありませんからね》
「確かに……毎日のように魔物や動物を捌いているからな……」
《ヒズリアでは、現代の西洋医学のような学問は殆ど発達していませんからね。やはり魔法があるのが大きな要因でしょう》
「それって――魔法が便利すぎるから?」
《はい。いわゆる『技術的ロックイン』ですね。怪我や病気が神聖魔法で治療できてしまうため、他の医療技術を発展させる必要性が社会から失われているんです。しかし、このヴィヴィさまの的確なナイフ捌き……今度、ヴィヴィさまに現世の医学書を読んでもらいましょうか?》
「ヴィヴィに医者の才能があるってこと?」
《案外……良い外科医になるかもしれませんよ》
――スパパパ~ッ!
こんなに大きな魔物を流れるように切り刻んでいく……
チエちゃんは外科医に向いてると言ったが、俺にはこの刃捌きがなんだか剣の達人のように見えた。
「ヴィヴィってさ……もしかして、本当は強かったりするんじゃない?」
「え? 私がですか? いえ~ご存知の通り、私は戦闘はからっきしですよ。どうしてですか?」
「いや……その、刃物の使い方とか、凄いから……」
ヴィヴィは手を止め、「あ~そうですね~」と、ナイフをぺちぺちと掌に軽く打ち据えている。
「私は戦闘の才能はありませんが、料理人の中にも剣技に優れた冒険者は確かにいますね。有名な人で言えば――あ、ファクタで料理勝負したワッキャメさんなんかも、剣士として相当な腕前だそうですよ」
あのおじさん、凄腕剣士でもあったのか……
人は見かけによらないな。
まぁ……それに関しては、こたつの中でひっくり返ってるばあちゃんもそうか。
あんな見た目と言動でぶっ壊れ性能の魔法を使うからな。
「そうかそうか……言われれば確かにそうですね……逆に言えば、優秀な剣士ほど案外料理が上手だったりしますからねっ――と……おや? 傷口の奥に何かありますね……取り出します」
――カランッ……
ヴィヴィがウサギの胸の奥から、鈍く光るものを器に取り出した。
「これは――何でしょう……何やら金属のようなものが出てきましたね。硬貨でもないようですし……」
金属?
光の筋……小さな傷……見えない姿……
それってもしかして――
「ねえ、ヴィヴィ、ちょっと見せて」
「ええ、どうぞ……」
その金属片はぐにゃりと変形していたが、元の形を想像するに――
「チエちゃん……これって――」
《ええ。恐らく……伊織さまにお聞きしてみましょう。学徒動員されていましたから、きっと目にする機会はあったかと……》
「ばあちゃん!!! ちょっと来てくれ!!!」
「うぃ~……なんねぇ~蓮ちゃん……大きな声出して……解体終わったん? 寒いけん、扉閉めてよ~」
ばあちゃんはこたつから頭だけ出して、こっちの様子を伺っている。
「いつまで寝てるんだ! いいから早く来てくれ!」
「い~~~、行くけん、大きな声出さんで~……頭に響くんよ~」
ばあちゃんはヨタヨタとこたつから面倒くさそうに這いずり出てきたが、俺が金属片を見せると、その表情は一変した。
「蓮ちゃん……これ――鉄砲の弾やんね。なんでこんなもんがあるとね……」
「やっぱり……弾丸か……」
ヒズリアには銃火器がない。
攻撃するにも剣や魔法がある。
チエちゃん流にいうなら『技術的ロックイン』が起きているからだ。
つまりこの銃弾は……
ヒズリアのものじゃない?
いや、エリカのような『理導』を使う者がいれば話は別か?
――『改めて自己紹介しておくね。ボクはエリカ・シノザキ・ハーマイン。たぶんこのヒズリアで唯一の……理導士だ!』――
『たぶん』で『唯一』かぁ……
エリカは思い込みの激しいところがあるからな。
光の死神の正体は、恐らく『銃火器を持った転生人』か『銃火器を発明した理導士』のどちらか。
いずれにしても、銃を使う事には違いない。
「みんな……急いでここから移動するぞ。詳しい話はあとでするから、ヴィヴィ、ミルカ、急いで旅支度を頼む。そうだな……なるべく森の方から姿が見えないよう、小屋の中で作業してくれ」
今現在、俺たちが狙われているかは分からないが……
用心するに越したことはない。
「わ、わかりました。ミルカさん、捌いた魔物を馬車に積み込みましょう」
「は、はい!」
「ばあちゃん、チエちゃん、あとポッコもちょっと話がある。光の死神の対策を練りたい」
「うん……」
《はい》
「わかったぜよ」
ヴィヴィたちが移動の準備をしている間、俺たちは『光の死神』について話し合うことにした。
「ポッコ、光の死神はきっと銃を使うやつだ」
「じゅうってなんな?」
「……人殺しの道具たい……」
変形した銃弾を見てから、ばあちゃんの表情が険しい。
そうだな……戦争を経験した人からすると、TVや映画の中の話じゃない。
それぞれに思うところがあるだろう。
そのほとんどが――悪い思い出に違いない。
「私も戦時中は学徒動員で工場で働いとったけんね。ぎょうさん鉄砲の弾は作ったよ……その弾で――人が撃たれたかとおもうと……はぁ……戦争はいかんよ……いかん……」
ばあちゃんは銃弾を見つめているが、その視線はどこか別のものを見ているようだった。
「その『じゅう』というがは……そがに恐ろしいものかえ?」
「うん。俺たちが元いた世界で、最も恐ろしい武器の一つだよ」
《銃の代表格といえば、『1947年式カラシニコフ自動小銃』――通称AK-47は、子供でも扱えるほど単純で、壊れにくく、安い――武器としてはこれ以上ない傑作ともいえるでしょう。それゆえに世界中で量産され……『人類史上、最も多くの人を殺した武器』と言われています》
「……恐ろしい武器やねや」
「俺、これまでいくつか魔法を見てきたけど、大抵の魔法は詠唱が必要だし、こと殺傷という点においては銃に勝るものはない。照準を合わせて引き金を引くだけでいいからね……」
「子供らあでも扱えるゆうて、声の人が言ったのう」
「そうなんだ。攻撃までの時間と威力が魔法よりもずっと――え?」
《え?》
俺とチエちゃんは思わず同時に声を上げてしまった。
ポッコのやつ……チエちゃんの声が聞こえてる?!
従業員の契約もしてないのに――
「ポッコ、おまえ……チエちゃんの声が聞こえるのか?」
「おうぜよ。姿は見えんけんど、仲間にして貰うてからかな? 声が聞こえるようになったぜよ。チエさんいうがか? もしかしておまさん――精霊さんなが?」
「チエちゃん! これどういうこと?!」
《私に聞かれても困りますが――ポッコさまは『魅惑』、精神干渉の片鱗がありますので……それが関係しているのではないでしょうか》
このタヌキ……本当に落ちこぼれか?
見た目はタヌキだが、本当はローニャのような魔人に近いんじゃないか?
《そうですね……少なくともただの喋る動物や亜人ではないですよ。私が言うのもなんですが、精神干渉というのは相当高度な技術――というか『魂の感度』が必要ですから。ローニャさまは1000年生きてらっしゃいますから納得できます。ですが、ポッコさまは動物年齢は置いたとして……実際は5歳なわけでしょう?》
「うん。ワシ、5歳よ」
《……もしかしたら、本当にそういった魔人の才能がおありかもしれませんね》
「ワシに……魔人の才能……あるがか?!」
《少なくとも、『契約なし』で私の念話が聞けたのは、魔人であるローニャさまと『大地の律耳』という固有スキルをもつドワーフの王、ヒーゴさまのみですから。そう考えるとポッコさまは――落ちこぼれどころか、特別と言わざるを得ません》
「ワ、ワシ……褒められたがか? 伊織さん」
「うん。ポコちゃんめっちゃ褒められたばい」
――ボンッ!
ポッコはよほど嬉しかったのか、全身の毛を逆立たせ、完全な丸になった。
「ワシ……生まれて初めて褒められたぜよ……そうかぁ……こがな気持ちか……こりゃ……たまらんぜよ……」
「はわぁ~、ポコちゃんフワフワやんねぇ~。ちょっと触らせてん!」
――ぼふぅ~
ばあちゃんはさっきまでの深刻な表情から一変して、ポッコをメロメロに愛ではじめた。
ばあちゃんのこの切り替えの速さも……ある種の才能だな。
《蓮さま。対策を練ると仰いましたが、何か具体策はあるのですか?》
「いや、それをみんなで相談したいな、と……いや、ごめん、偉そうに言ったけど、主にチエちゃんに考えて欲しいです……銃に対抗するにはどうすればいいんでしょうか」
《そうですね――少し訓練が必要かもしれませんが、ポッコさまのこの『魂の感度』……使えるかもしれません》
「え? ポッコが?」
――ぼふふふぅ~
「はう~ん、モフモフ温かくて気持ちよか~。ありゃ? 何やろか? このコロコロは……」
「や、やめてくれぃ伊織さん! そこは触ったらいかんとこぜよ~!!!」
「ん?! チエちゃん――あんた、さっきなんち言うた? 『なんの感度』ち言うた? たま――」
「やめろ! ばあちゃん! 下品だぞ!!!」
「へはぁ~、冗談、冗談やがぁ~」
最っっっ悪だ!!!
今にも銃で狙撃されるかもしれないというのに、この人ときたら……
戦時中の事を思い出して落ち込んでいたのかと思ったが――
「ポコちゃん~もうコロコロせんけん、モフモフさせてばい~」
「やめてくれいぃぃぃ!!!」
少しでも心配した俺がバカだった。
何だか涙が出てきた……
先が思いやられる。




