153 ふたつのまる、その決意。
冬の冷たい空気が、小屋の隙間から吹き込み、瞼を撫でる。
こたつの火は消えているが、昨日は遅くまで起きていたからな……
まだほんのりと俺の身体を温めてくれている。
俺は冷えた腕を掛布団に潜り込ませた。
温い。
まだ目は開けない。
何とも心地よいまどろみの時間だ……
僅かに聞こえるのは波の音だろうか?
規則的にざあざあと心地よいリズムを奏で、ほんのりと潮の香りを運んでくる。
――チュンチュン
外では小鳥が可愛らしい声で鳴いている。どうやら今日は晴れだな。
いいね。
冬はいい。
冬生まれだからだろうか、俺は冬の空気が好きだ。
ひやりとしたこの空気が、自分と世界の境界線――
その輪郭を際立たせてくれる。
――『ん。俺はここにいる。生きてる』――
って感じがするんだ。
うすく瞳をあけ、息を大きく吸い、横になったままひと伸び。
「ん~~~……」
伸びながらぐるりと部屋を見回すが、壁の隅に布団を被って転がっているばあちゃん以外、誰もいない。
ヴィヴィはいつも朝早いから、いないのはいつものことだが――
ポッコとミルカはどうした?
ミルカの杖が……まだ置いてある。
という事はまだ近くにいるな。
「~~~ん! ふぅ~……」
見慣れた江藤書店の天井。(コピーだけど)
俺にとっての田舎の風景。(本当の実家じゃないけど)
朝だ。
俺の好きな冬の爽やかな朝――
のはずなのに……
――ギャワッ! グエッ! ピギギィ!
そんな素敵な朝をぶち壊すように、けたたましい鳴き声が響いている。
「はっ……!」
昨夜の記憶が蘇り、俺はこたつから跳び起き、外の様子を見に扉を開けた。
――ダダッ! ガラッ……
ばあちゃんのくさ手が何本も空に向かって生えている。
昨日の夜からさらに本数を増やし、魔物を釣り上げていた。
優に20~30匹は捕獲しているんじゃないだろうか。
まるで魔物を吊るした、小さな雑木林のようだった。
「はぁ……どうすんだよ、この魔物」
どうにかしてもらおうと、ばあちゃんを起こそうとしたが――
「蓮ちゃん……わたしゃ今日はダメびゃい……『くさトラ』使い過ぎた……」
くさトラって……
あ~、くさトラップね。
「ダメって――それこそダメだよ! マツィーヨに向かわなきゃいけないんだぞ?」
「移動はテンちゃんがおるけん、よかろうもん~。わたしゃ寝とくぅ」
どうやらばあちゃんは、魔力の使い過ぎで完全にポンコツのようだ。
「あ~、頭ガンガンするばい~」
いや~……これはただの飲み過ぎのような気がする……
こんな時に、もし強い魔物や聖騎士団――
グランボアのようなやつとか、ガリルのようなやつと遭遇するかもしれないと思うと……
ぞっとするな。
マジで酒を控えて貰わないと……
もっと自覚して欲しい。
ばあちゃんはこのパーティーの最高戦力なんだから。
《ジジッ――おはようございます。蓮さま》
「あ、おはよう。チエちゃん」
《伊織さまの新技――相当な魔力を消費するようですね。張り巡らされたくさ手に触れると、触れた対象に巻き付き釣り上げる。このようなオートメーションを広範囲に展開していましたから……さすがの伊織さまでも疲れて当然でしょう》
「そうかな……ただの二日酔いのような気もするけど」
《昨日は随分ご機嫌でしたからね……いずれにしても、『くさトラ』は森の中や足場の限定されるところで、局所的に使う方が効率的ですね。まあ、何度か使えば伊織さまの事ですから、すぐに慣れて、魔力消費量を抑えられるでしょう。そうなれば夜の護りにいいのでは?》
「いやいや、見てよチエちゃん……このありさま……」
――ギャワッ! グエッ! ピギギィ!
大半の魔物はぐったりと吊るされているが、まだ力の残った魔物たちが何とか逃れようともがいている。
「この新技、護りは完璧かもしれないけどさ……毎日こんな風に魔物の林が出来たら、怖いって。絶対人から怪しまれるって。なるべく目立ちたくないんだよ」
《確かに……野営時の魔物の対処は『捕獲』より、『追い払う方』が効率的かもしれませんね。後々の手間が省けますし》
「そうだよ。どうすんのさ、この魔物たち。リバース? 放置?」
――「何言ってるんですか~。そんな勿体ないことしませんよ~。貴重な食材なんですから」――
ヴィヴィが籠を手に戻ってきた。
籠の中には、何やら葉や芋のようなものが山盛りに入っている。
ヴィヴィの後ろにはミルカとポッコがついてきている。
食材って――
こいつら……喰うのか……
まあ、ヴィヴィがそう言うのなら、そうなんだろう。
ヴィヴィが作ったもので不味いものなんてひとつもないからな。
「おはようございます、蓮さま。思ったよりお早いお目覚めでしたね」
「おはよう、ヴィヴィ。ミルカもポッコもおはよう」
「おはようございます」
「おはようぜよ」
「蓮さま! ポッコさんから沢山お野菜頂きましたよ! ポッコさんの畑、凄いんですよ! 丁寧に手入れされて色んなお野菜が立派に育ってるんです! ポッコさん、栽培の才能がおありなんですね~」
「いや~、そがな~、なんちゃあないぜよ。あんまり褒められると照れるぜよ~」
タヌキが野菜を育てるか……
元いた世界ではタヌキと言えば、害獣として有名なんだがな。
大狸商店街があるK市は農村も多く、農作物の被害も多かったが、ポッコの場合は完全に逆だな。
野菜を育てて、綺麗好きで、マナーもよくて、人生相談にも乗ってくれるナイスミドルなタヌキだ。
こんなタヌキなら農家さんたちも大歓迎だったろうに。
「ついでにミルカさんの試験の素材集めもしてきたんですよね~」
「はい! おかげさまで植物に関しては、ほぼ集まりました。ヴィヴィさまもポッコさんも本当にお詳しくて大変助かりました。ありがとうございます!」
ミルカも両手いっぱいに木の根や花などを抱えている。
「素材集めってそんなに沢山集めるんだ。大変だね……それ、みんな移動はどうしてんの? 引きずりながら移動してんの?」
「いえいえ! 基本的にはみなさんある程度素材を集めたら、マツィーヨに戻って、試験本部に提出するのでございます。それからまた、次の素材を探しにゆくのでございます」
「そうなんだ。じゃあ、マツィーヨを起点にみんな動いてるんだね」
「はい! ですが、中には『浮遊系の魔法』や『身体強化系の魔法』が得意な方もいらっしゃいますので、そのような方々はいちいち戻らずに、そのまま素材集めをされることもあるみたいです。私はどちらも使えないので、一度マツィーヨに戻ります」
「じゃあ、ミルカは俺たちと同じ方向に行くのか」
俺がそう言うと、三人は顔を見合わせ、ヴィヴィが口を開いた。
「あ――そのことなんですが……蓮さま、ミルカさんとポッコさんもマツィーヨに同行しては……ダメ、でしょうか……」
「は? 二人も一緒に? いや、それはまあ……行くだけなら別にいいけど……ミルカはともかく、ポッコはマツィーヨに用事があるの?」
「蓮さん……ヴィヴィさんから聞いたがじゃ。おまさんたちの目的地……魔族の集落らしいやないか。水臭いやいか! なんでもっと早う言うてくれざったがや。いったやないか、ワシは魔人になりたいちゅーって」
「え?! ちょっと……ヴィヴィ?!」
「す、すみません、蓮さま! 先ほど、お二人とお野菜や素材を集めている最中、色々お話をしていたんですが、魔族の集落を目指していることをつい、口にしてしまいまして……本当にごめんなさい!」
言ってしまったのか。
まあ、昨日から一晩一緒にいたからな……つい気を許してしまったんだろう。
「……ローニャや俺たちのことは?」
「それは……まだ」
ヴィヴィは申し訳なさそうに唇をかみしめている。
「蓮さん……ワシ決めたぜよ。ワシはあんたたちについていく。伊織さんはワシの事……仲間言うてくれた。こがな事、生まれて初めてや。言われたこと何でも手伝うき、ワシにお供させてくれ!」
ポッコは地面に両手両膝をつき、深々と頭を下げた。
厳密に言うと――
毛に埋もれて、膝をついたのかも頭を下げたのかも実のところ分からず、その場でただの丸い毛玉と化した。
それに倣い、ミルカも同じような所作で横に並んだ。
ただ……この子が社会通念に乏しいのは織り込み済み……
ポッコの所作を『見たまま』真似ているのだろう。
両手で膝を抱え、背中を丸め、まるでうなだれた体育座りの格好になっている。
そのなんとも不格好な姿のまま、モゴモゴとミルカは続けた。
「私も……ご一緒させて頂けませんか? 伊織さまの魔法……見たことも聞いたことも無い魔法でございます。もしお許しを頂けるのであれば――私を伊織さまの弟子にして頂きたく存じます!」
仲間に弟子?!
参ったな……
俺たちには赤札が出ているし、これ以上人数を増やして目立ちたくない。
――ガタンッ……ガラララッ!!!
「ううぅ……ミルカちゃん……」
コピー書店の扉が勢いよく開かれ、そこにはヘロヘロのばあちゃんが転がっていた。
ばあちゃんは這いずりながらこちらに近づいてくる。
「お話……聞こえとったばい……よう分かった……ミ、ミルカちゃんの弟子入り……認めます……」
「え?! 本当でございますか?!」
「ちょ、ばあちゃん?! なに勝手に決めてんの?!」
「私も……弟子……欲しい……」
「も、ってなんだよ?!」
「ヴィヴィちゃんだって……ヒゼデジールで弟子とったやん……ずるい……私、ミルカちゃん好き……弟子にする……ミルカチャンデシ!」
「なんで片言だよ。ダメダメ! いいかミルカ、この人は直感だけで魔法を使ってるから、人に教えるのは絶対に向いてないって! ミルカは帝国魔導士を目指してるんだろう? もっと他にいい人いるって! 絶対にやめといた方がいいって!」
「ナンデソンナコトイウ……」
ミルカは丸まったまま、びっと人差し指を立てて続けた。
お前……その恰好きつくないのか?
「そこでございます……高度な詠唱などは魔導書を読めば学べます。ですが、直感だけであのような魔法を無詠唱で使える方など、帝国魔導士と言えども聞いたことが御座いません……弟子になるなら伊織さま以外に考えられません! よろしくお願い致します!!!」
「ヨクゾイッタミルカチャン」
「片言やめろ!」
ポッコもミルカも丸くなったまま動かない。
何これ。何の絵面?
ただ――
そのどう見ても間抜けな二つの〇からは、絶対に退かない断固たる決意が見てとれた……
「はぁ~……ミルカ……どうしてもばあちゃんがいいのか?」
「はい!!!」
「ポッコ……どうしてもついてくるのか?」
「うん!!!」
〇は微動だにせず、意志を発し続ける。
孤独なタヌキと魔女っ娘か……
何だかこの二人……
地面にうずくまる二つの〇が、ヒズリアに来たばかりの時の俺とばあちゃんにだぶって見えた。
「……分かった……でも、まずは俺の話……『俺たちのこと』について聞いてくれ。二人が俺たちと行動を共にするかは、それから決めて欲しい。いいか?」
「はい!!!」
「うん!!!」
「じゃあ、とりあえず家の中に入ろう。ばあちゃん! ほら! 起きて! 邪魔!」
俺は二人にこれまでの事情――
俺たちが赤札であること。その経緯。
何故、魔族の集落を目指すのか。ローニャについて。
その全てを話すことにした。
「オコシテレンチャン……」
全く……ばあちゃんもヴィヴィも……このメンバー、隠し事が壊滅的に苦手なパーティーなんじゃないか?
まあ……俺も人のことは言えないが。
これ……この旅――
この先、どうするんだ?
こんなんでマツィーヨに入って大丈夫なのだろうか……
さっきまで晴れていた空がどんよりと垂れこみ、灰色の雲からチラリと白い点が降ってきた。




