148 チエちゃんの考察。ヴィヴィの工作。
――ガラガラガラガラ……
俺たちは『本山盆地』を目指し、ヨツシア大陸西岸を北へと馬車を走らせた。
本山盆地は、ヨツシア大陸のど真ん中、最奥の盆地だ。
まずは街で情報収集をする必要がある。
帝国が支配しているという街は、マーサさんがくれた地図によると、場所的には四国最大都市である愛媛県の松山市あたりで、街の名前は――
「へひゃひゃ~! 『マツィーヨ』っちばい! 蓮ちゃん、マツィーヨっちたい! ちょっと蓮ちゃん『待つぃ~よ!』 なんつって! へは~!」
ばあちゃんの地名いじりが激しい。
しかしこの地名……伊予松山だからか。
うん、分かりやすい。
じゃあ備中松山の場合は――
「じゃあさ、じゃあさ、備中松山は~『マツビチュ』やったりして! うひひぃ!」
「チエさま……伊織さまは何を言ってるんですか?」
《えっとこれは~、何と言うか……単なる言葉遊びです。お気になさらず》
備中松山もマチュピチュも、異世界人のヴィヴィにとっては何がなんだかわからないだろう。
マツビチュか……本当にそうだったりして。
行く機会があったら期待しておこう。
それはそうと、俺は今――
「見える? 蓮ちゃん」
揺れる馬車の上で、ばあちゃんの手で作った輪っかから、西に見える九島を覗き込んでいる。
ばあちゃんのスキル『エルフの眼』(望遠鏡みたいなスキル)でメカゴジラ岩を見ようとしたが――
「いや……拡大されない。ただばあちゃんに手のメガネかけられてるだけだ」
「やっぱり『森林探索』のスキルと同じで、森の中やないと使えんみたいやねぇ」
「エルフは森の守り人だからなぁ。仕方ないな」
見たかったんだけどなぁ、メカゴジラ岩。
《お見せしましょうか?》
「え? 出来るの?」
《ヒズリアにメカゴジラ岩があるかどうかは分かりませんが、現世のメカゴジラ岩なら旅行雑誌の中に写真があったはずですので、『記憶再生』で共有しましょう》
そうか!
チエちゃんなら、念話の応用で俺たちに映像を見せることが出来るんだ。
「ほんと?! みたいみたい!」
《かしこまりました。少々お待ちを……ん? これは……んん……???》
ところが、途中でチエちゃんがふいに黙り込んだ。
なにか不具合でもあったのか……
「どうしたの? チエちゃん」
《蓮さま……『私自身』について、大変なことに気付いてしまいました。私、今……オフラインです》
「え? オフライン??? どういうこと?」
《メカゴジラ岩の写真を探そうと江藤書店にアクセスを試みましたが、書店とのネットワークが切断されています。つまり新たな情報を本棚から出せない状態です》
「出せないって……さっき日本地図は見れたじゃない」
《日本地図は、私の一時記憶の中に格納していたので、そこから参照しました。私自身の『記憶の容量』にも限りがあります。ですので今までは、『ある程度の知識を一時記憶に格納し、必要が生まれた際に本棚から知識を取り出す』、という作業を行っていたのです》
「なんか……パソコンみたいだね」
《その通りです。私の記憶保管方法はパソコンのキャッシュ機能と同じようなやり方を取り入れています。それが一番合理的ですので。つまり現在の私は、いわば『ダウンロード済みのデータ』だけを参照している状態です》
「そうだったんだ……なんかチエちゃんのことだから、全ての知識を記憶しているのかと思ったよ」
《それが出来ればこの上ないのですが……》
チエちゃんは何かを思い出すように言葉を一瞬詰まらせ、また続けた。
《蓮さまも仰っていたじゃないですか。キンジュさまが前世の記憶を無くされた際、『忘却は魂の安全装置』だと……それは私にも言えることです。過度な情報の記憶は、私の魂を焼き切ってしまいます》
「なるほどね……全てを記憶するなんてそんな都合のいい事はないか……でもなんで江藤書店とのネットワークが切れたんだろう」
《稲荷神の加護範囲が関係しているんじゃないでしょうか。状況から察するに、ヨツシアに入ってから江藤書店との繋がりが切れたんだと思います》
それは考えられる。
というか、そう考えるのが一番理にかなっている。
稲荷神の加護範囲はヒズリアの人々の『信仰心』で拡張されるからな。
ヨツシアではその『範囲外』という事なのだろう。
《付け加えて申すなら、これまでと違い、今現在、大狸商店街で起こりうる全てを私に知り得る術は無いということです》
「あ……そうか。江藤書店と繋がってないんだもんね……あ~そっか~、そうなんだ~……へぇ~」
《どうされました?》
「いや、チエちゃんってさ、バルトやアポロみたいな、店主と従業員と自由に念話してたじゃない?」
《ええ》
「だからさ、何というか、それぞれの場所にチエちゃんがいるっていうか~、全部一緒に対応っていうか~、そんな感じだと思ってたからさ……違うんだ」
《違いますね。『私』という存在、つまり『魂』は一つなのです。同時他所に存在することは出来ません。一つの存在が江藤書店の恩恵、稲荷神の恩恵の範囲内を自由に行き来していたに過ぎません。店主や従業員の皆様との念話も、個別に対応していますし、多数で話す場合はチャットルームを開いて対応しています》
「はぁ~! そうだったんだ! 結構忙しくしてくれてたんだね」
《そうですよ。最初は慣れるまで大変だったんですから》
「いや……マジで本当にありがとう」
《いいえ……お礼には及びません。私は、江藤書店の魂は――伊織さまと蓮さまの為に存在するのですから》
チエちゃんの声が、優しい。
《ですから――今、私の魂は、江藤書店の店主、伊織さまと管理人である蓮さまの中に存在しています。ここが私の居場所ですので……初めからずっと》
それは初めて出会った時から変わらず、ばあちゃんと俺に対する感謝と――いや……何といったらいいのか……家族に対する想いのようなものを感じさせた。
「ゔぉへぇ!!! チ゛エ゛ち゛ゃん゛~! あんたって子は~もう~!!!」
うん。泣くと思ったが、やっぱりばあちゃんは号泣した。
それはそうと……もう手眼鏡をはずして欲しいんだが……
お願いした手前、言い出せなかったが、チエちゃんと話している間ずっと邪魔で仕方なかった。
いつものように涙と鼻水とよだれが俺の肩を濡らす。
そしてなにより、酒と吐しゃ物の匂いが凄まじい。
もう九島も見えなくなった。いい加減離れて欲しい。
《逆に言えばです。ここヨツシアで稲荷神に対するヨツシアの人々の信仰心を獲得できれば、加護範囲が拡張され、ネットワークも復旧されるはずです》
「そうか……おい、ばあちゃん、聞いたか? こっちでもなるべく人助けをしよう。そうすれば、大狸商店街とも連絡が取れるかもしれない」
「おお……そうやね……『救い主さま』の出番っちゅう訳やね! 分かった! ガンガン人助けしながら行くばい! へはは! なんか世直しの旅みたいになってきたねぇ! 水戸黄門ばい!」
「み、見て……こうも――ッ?! チエさま……伊織さまはなぜあのような下ネタを??? なぜそのような恥部を見せようと――」
《ああ! ヴィヴィさま! これは下ネタではなくて――》
嗚呼……最悪の聞き違いだ。なんか一気に感動が冷めた。
それからマツィーヨに向かうしばらくの間、チエちゃんはヴィヴィに水戸黄門について延々と解説していた。
文化の……世界線の違いだねぇ。
◇ ◇ ◇
それから数時間、俺たちは海岸沿いを北上した。
テンマは手綱をひかずとも、勝手にマツィーヨに向けて馬車を牽いてくれた。
最初は、みすぼらしいちょっと不細工な馬だと思っていた(ごめんねテンマ)。
いざという時、くさコプターを飛ばすのはテンマがいないとできないし……
相当に賢くて、頼りになる馬だ。
――ガラガラガラガラ……
地図を見る限り、九島からマツィーヨまで直線距離にしておよそ70㎞。
だが、ヨツシアの西海岸はリアス海岸になっていて、かなり入り組んでいる。
内陸には道が通っておらず、海岸沿いを進むしかない。
チエちゃんが計算してくれたが、その距離はざっと150㎞もあり、勾配もかなりきつい道のりだ。
《急げば4日ほどで着くとは思いますが……土地勘のないヨツシアを、辺りを警戒しながら休憩なども挟むとなると……およそ6日……1週間は見ていた方がいいでしょう》
「そうだね。随分寒いし、あまりテンマに負担をかけても悪い。ゆっくり安全に行こう」
「蓮さま、そろそろ、夕飯にしませんか? 陽も随分と傾いてきましたし……この辺りで野営の準備をしないと」
俺たちは見晴らしのいい切り立った崖を野営地に選んだ。
冬の風が強く、波しぶきが潮の香りを余計に運んでくる。
海を背にして内陸側は、ぐねぐねと曲がった大きな大木が密集している。
きっとヒズリアの松の木だ。
日本の松の木より太く、高さも倍以上だ……
ツクシャナの森の木も相当大きかった。
何か関係があるのかな。
――ガチャガチャガチャッ!
ヴィヴィが馬車の中で何やら調理器具を組み立てている。
「ヴィヴィ、何してんの……って! うわ……これ……」
「ふふ、これで食事には困りませんよ~」
そこには、湯煎機や鉄板が機能的に馬車に組み込まれていた。
「こ、これは……屋台じゃないか!」
「屋台……? ですか?」
「ああ! 俺たちの生まれ故郷の福岡県じゃ、まさにこんな感じの移動式食堂があるんだ! え? 知らなくてやったのか?」
「そうなんですね! それは知りませんでした。それでですね、私、ヒゼデジールにいた時から考えてたんですが……旅の間、路銀も稼がなきゃいけないじゃないですか。だからこの屋台? ですか? これで路銀を稼ぎながら移動したらどうかと」
さすがヴィヴィだ……ここの所ずっと馬車の中で何か工作しているなとは思ったが……
まさか屋台とは!
「ヴィヴィ……そのプラン、完璧だよ!」
「へへ、まあここじゃお客がいませんから、本格的に稼働するのは街に入ってからですけどね。とりあえず――お客様第一号は、蓮さまと伊織さまです!」
「ひゃ~! じゃあ私はラーメンセットでお願いします! 豚骨の! やわ麺で!」
「え、じゃあ俺は、料理勝負の時の海鮮豚骨にしようかなぁ……あれ美味かったもんなぁ……出来る?」
「食材はゴドーさんから沢山頂いていますから、しばらくは安心してください! お任せください!」
――ジャア~! チャッチャッチャッ! カンカンカンッ! パッカ~~~ン!
ラードの甘い香り、海鮮の香り、そしてほんのり鼻を突く豚骨の香りが辺りに漂い、何とも食欲がそそられる。
なんだなんだ……
赤札が出され、見知らぬ土地での逃避行だったのに――
――ズルルルゥゥゥ!!!
――カチャカチャ、ハフハフッ!
――「「美ん味ぁ~い!!!」」――
沈む夕日を見ながら、屋台でチャーハンを頬張り、ラーメンをすすれるなんて……
「ヴィヴィちゃん! 替え玉! 今度はカタ麺で!」
「はい!」
最高じゃないか!
質の高い食事がこうも心にゆとりを持たせるとは……
この逃避行――ヴィヴィが同行を申し出てくれて本当に良かった!!!
などと、俺たちは呑気にヴィヴィの料理に舌鼓を打っていたのだが……
――ブヒヒィン?!
テンマが落ち着きなく、巨大な松の木の陰をしきりに気にし始めた。
夕日はいつの間にかとっぷりと沈み、辺りは闇に包まれている。
冬の雲が厚く垂れこみ、月灯りも届かない。
馬車の灯りだけが崖の上に浮かんでいる。
――ガサッ……ガサガサッ……
「……ばあちゃん……何かいるぞ……」
「うん……いつでもくさ矢ぶっぱなせるばい……」
松林の方から何か近づいてくる音がして、俺たちは警戒態勢に入った。




