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147 ぼーいずびーあんびしゃす

 俺たちが上陸したのは、ヨツシア大陸西端の海岸沿いだった。


 辺りには人気(ひとけ)はなく、街がある様子もない。



「田中さま……すみません、こんな所までしかお送り出来なくて」



 馬車を降ろした後、船員さんが申し訳なさそうにいった。



「もう少し北に行けば帝国が治める街があるんですが、あまり近づくと馬車もありますし、人目に付きます。ここが限界です」


「いえ! ここまで十分です。本当にお世話になりました」


「あ、そうだ。これ、副船長からです」



 そう言って船員さんは、何かが描かれた一枚の革をくれた。



「ヨツシアの地図です」


「え?! 地図って――」


「100年前のヨツシア王国の地図を基に、ソニンさまとマーサさまが探索し、沿岸部を中心に現在の状況に書き換えたものです。内陸部は100年前のままなので、あてにしないで下さい」



 地図の中心には大きな島が描かれていて、その周りには大小さまざまな島が無数にあった。


 この中心の島がヨツシア本島か。


 それ以外にも色々と描きこまれている。



《おお……! 蓮さま、これは非常に有益な情報ですよ。ヒズリアではどの国でも地形情報は最重要機密とされていますから。これほど全体を俯瞰できる地図は出回っていません!》



 チエちゃんが興奮している。


 たしかに、こっちに来てからこんなにしっかりとした地図を見るのは初めてだ。



「こんな貴重なもの、貰っちゃっていいんですか?」


「もちろんです。先日、材木の取引の際、アポロさまがツクシャナの森の安全なルートを記した地図を提供してくれたので、そのお礼だと」


「ん? なんでアポちゃんが材木の取引を? バルちゃんがやっとるんじゃないん?」



 ばあちゃんが目を丸くし、驚きの表情で俺と船員さんを交互に見た。



「あれ? ご存知ないんですか? 田中さまと江藤さまが街を離れた後、バルトさまがお二人の業務を引き継いでたんですが……」


「ええ、そのつもりでしたが」


「しかし、バルトさまはあまりにも多忙なため、その後、アポロさまが自ら後任を名乗り出たんですよ」


「あいつが……俺たちの業務を引き継いでるんですか?」


「ええ。多少、不慣れな部分もあるみたいですが、なんでしたっけ? あの建物、石造りの……」


「……商工会議所?」


「それですそれ。ショーコーカイギショ。そこと江藤書店を行き来しながら、頑張っていらっしゃいますよ。あ、俺、ツクシャナとの取引担当なんで、よくショーコーカイギショにいくんですわ」



 なんてこった……


 あのアポロが……


 仕事ができる妹ディアナに嫉妬して、十円ハゲまでこさえた、あのアポロが……


 俺たちの代わりを?



「しかも、昼の業務が終わった後は、毎晩その地下でエリカさまに怒鳴られながら、なんか光る箱に向かってカタカタしてるみたいですね。この間、夜尋ねた時も丁度怒鳴られてました。あの箱……何なんですかね?」



 うそだろ……パソコンまで?!


 いや……もともと勉強家なのは知っていたけど……


 あいつ――ッ!



「ば……ばあちゃん!」


「蓮ちゃん!」



 ――

 ――――

 ――――――


「おいアポロくん! 何度言ったら分かるんだ! そこの足し算は『SUM関数』を使うんだ! 一つ一つやってたら時間がかかるだろ! 何のためのパソコンだと思ってるんだ! ああ~! 違う違う! アホか君は! ショートカットの表を書いてあげてたろ! いい加減覚えろ! ボクだって忙しいんだぞ! このスカタン!!! あ~~~もう! ノコノコ君でバラしてやろうか!!! ブイィィィン!!!」


「ひいぃぃ!!! ごめんなさい! エリカさん!!!」


 ――――――

 ――――

 ――



 ――「「くうぅ!!!」」――



 俺たちはエリカに罵られながら奮闘するアポロの姿を想像して、つい、むせび泣いてしまった。(さすがのエリカも、ここまで口も性格も悪くないだろうが……ごめんねエリカ)



「え?! ええ?! 俺、なんか変なこと言いました?!」


「ぐすっ……いえ! 何と言うか……嬉しいお報せでした……なぁ! ばあちゃん!」


「ほんなこつばい……ありがとうね! 船員さん!」


「はぁ……じゃ、じゃあ、俺はこれで失礼します。道中、お気をつけて」



 ――「「ありがとうございました!!!」」――



 俺とばあちゃんは小舟で戻っていく船員さんが見えなくなるまで、直角の姿勢のまま頭を下げ続けた。


 二人の足元には小さな黒いしみがいくつもついていた。



「ぐずぅ……あたしゃ、感動したばい……」


「ああ、アポロのやつ……立派だよ……ぐすっ」


「あのですねぇ……お二人ともどんな想像をしてるか知りませんが、多分違いますよ、それ。みんな優しくサポートしてくれてますって」



 俺たちの『親ばか』ならぬ『アポロばか』に、ヴィヴィはあきれ顔だ。


 でも――



 ――

 ――――

 ――――――


「おいら……どんなに虐められたって……へこたれないんだい! みんなが大好きなこの街を……大狸商店街を……おいらが守るんだい!!!」


 ――――――

 ――――

 ――



 まだ年端もいかない少年が、過酷ないびりに負けずに頑張っている……


 頑張れ……アポロ!


 お前なら出来る!!!



 ――「「くうぅ!!!」」――



「またなんか勝手に想像して……お二人ともいい加減にして下さい。ヨツシアに上陸したんですよ。蓮さま、これからどうするんですか?」


「ぐすっ、そうだね……まずは、ローニャを目覚めさせる。強制進化や豚のこと……えっと……チエちゃん、ローニャは豚のことなんて言ってたっけ?」


《ローニャさまはグランボアを原魔……『均衡の調停者』とおっしゃっていましたね。元は人間で、魔族より上の存在とも》


「そうだね。魔族や原魔と呼ばれる存在が、エストキオ神話やヒズリアの歴史に深く関わっているのは間違いない。100年前のヨツシア――『国落とし』の際、ローニャはここに居た。そしてヨツシアは滅びた……教会はこいつを国落としの魔人だと言ってる。でもそれは……きっと違う」



 俺たちは箱の中で眠り続けるローニャに視線を落とした。


 ばあちゃんもヴィヴィも、大狸商店街でこいつと一緒に暮らして分かっていた。


 こいつは人々が噂するような……教会が流布するような奴じゃない。


 そして、あの時……


 『(もり)()()()()()』発動時、ローニャはこう言った。



 ――『国落としは絶対にさせない……今度こそ、私が止めてみせるから』――



 間違いない。


 ローニャはきっと――



「こいつは100年前、ヨツシアを助けようとしてたんだ。でもそれが出来なかった……ローニャは知ってたんだ。最初から全てを」


「ええ……でも、どうやって目覚めさせるんですか?」


「それは分からないけど……ヨツシアの魔族ならきっと何か知ってるはずだ」


「内陸の奥地におるってゴドーちゃん言いよったよね?」


「うん。とりあえず地図を確認してみよう」



 地図には三つのルートが描かれていた。


 一つ目は海岸沿いを北側に向かい、モトス大陸とヨツシア大陸に挟まれた内海側をぐるりと迂回するルート。


 帝国が治める大きな街があり、その周辺にもいくつかの小さな集落が描かれている。



「一つ目は内海側……つまり現世では瀬戸内海側のルートだな」



 二つ目は海岸沿いを南に下り、外洋側をぐるりと迂回するルート。


 こちらのルートには主だった街は描かれておらず、沿岸沿いの島々に、ところどころ、ドクロが描かれた旗が描いてある。



「これ……海賊旗だな」



 ソニンたちの海賊旗とは違う模様だ……


 恐らく別勢力の海賊たちだろう。



「内海は帝国の影響が強く、外海は海賊たちの縄張りってことだろうね」


 

 この南北二つのルートは、大陸沿岸部を一周していて、最終的に繋がっている。


 そして三つめは、ぐねぐねと内陸に向かって進む東側ルートだ。


 ただし、このルートはすぐにいくつも枝分かれし、短く途切れていて、内陸が未踏の地だという事が容易にうかがえた。



「安全に行くなら、南北どちらかの沿岸沿いルートがいいだろうね。内陸を東に突っ切るのは恐ろしすぎるよ」


「ですね。北か南か……地図を見る限り、北側ルートの方が人も多くて情報が得られやすそうですが、帝国の街があります。蓮さまと伊織さまは赤札でお顔もバレていますし……ああ~、でも南側のルートは海賊だらけなんでしょう? それもかなり危険な匂いがしますね」


「どっちのルートを選ぶにしても、奥地っちゃどこね? 四国全体ちなると相当広いばい? どこに行けばローニャちゃんの仲間? 魔族にあえると?」


「ゴドーさんが言ってたじゃないか、ツクシャナの森に似た地形――盆地を探せばいいんだ」


「盆地? ああ~、別れ際になんか言いよったね……私はあん時、『ふんどし暖簾』のことで頭がいっぱいやったばい。ゴドーちゃん、出来る男風なのにうっかりしとるんやけん。まったく」



 ばあちゃん……まだ根に持ってる……


 こういう所はしつこいんだよなぁ。



《蓮さま……少し話はそれますが、この地図を見て分かったことが一つあります。いいですか?》


「うん、なに?」


《このヨツシアの地図、細かな違いはありますが、現代日本の四国とほぼ一致します》


「そう……だね。他県の形なんてあまり覚えてないけど……うん。確かに四国ってこんな形だったと思うよ。それがどうしたの?」


《この地図を見て確信が持てました。ここヒズリアは、生物や文化の違いはあれど、地形に関してはほぼ同じ姿の世界です。つまりです……江藤書店にある日本地図と、この頂いた地図を照らし合わせれば――》


「そうか! 内陸の地形も分かるってことか!」


《ええ。これは大きな収穫ですよ。ヒズリアの人々でさえ分からない地形を、我々は把握できるということです。これはあらゆる点で大きなアドバンテージになります》



 これは……本当に大きな発見だ。


 地形が分かれば、むやみに移動で浪費することもなくなるし、計画も立てやすくなる。



「チエちゃん、ここから一番近い四国の盆地ってどこになる?」


《ここからだと、愛媛県の宇和(うわ)盆地、大洲(おおす)盆地あたりが北側ルート。南側ルートだと高知県の窪川(くぼかわ)盆地、佐川(さがわ)盆地あたりがあります》


「あ……思ったよりあるんだな……」


《これを全て回っていたら、大変なことになりますね》


「香川や徳島は?」


《その二県に関しては、平野か山脈地帯が占めていますので、盆地という盆地はほぼ存在しません。あったとしても『内陸に近い盆地』という条件に当てはまるものはありませんね。こうやって見てみると……四国の盆地は愛媛と高知に集中しているんですね》


「いや、逆に助かるよ。盆地だらけだったら、探すの大変だもん」


《ですね。しかし、先ほど挙げた盆地に関してもそうですが、『内陸奥地の盆地』となると限られてきます。比較的奥地にあるのは……愛媛の久万(くま)盆地に、高知県の本山(もとやま)盆地。あ……この本山盆地、四国のど真ん中にありますね》


「ど真ん中……『本山盆地』か。魔族たちの住処である可能性が、今のところいちばん高そうだ……北から行っても南から行っても、同じくらいの距離だな」


「やったら北がいいんやない?」


「なんで? 帝国の街があるんだぞ? 俺ら顔バレしてるんだぞ?」


「いや、顔バレっちいうばってん……」



 ばあちゃんはそう言うと、俺たちの人相書きを取り出し、広げてみせた。



「これ……全然似てなくない? 私のも大概ばってん、蓮ちゃんとか全く特徴無いやん。絶対ばれんって」


「……うん。だね……北に向かおう……」



 こうして俺たちは北に向けて歩き出した。


 この時ばかりは自分の地味顔に感謝した……


 目指すは四国のど真ん中、本山盆地だ。


 それはそうと――


 ヒズリアの地形が現代日本とほぼ同じなら……


 もしかしたら、さっきの島には『メカゴジラ岩』があったかもしれない!


 メカゴジラ岩……なんて少年心をくすぐる岩なんだ……


 見ておけばよかったぁ~!!!







挿絵(By みてみん)

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