146 合流~上陸
次の朝、クロージャー号はヨツシア西部の隠れ島にいた。
マーサさんが率いる本隊と合流し、船員たちは慌ただしく、ノルドクシュで略奪した金品や食料などの仕分けをしている。
仕分けが終わったら、俺たちを小舟でヨツシア本島まで送ってくれるそうだ。
ばあちゃんは昨日海賊たちと遅くまで飲んでいたようで、まだ起きてきていない。
ヴィヴィは朝から、馬車の中で何やら旅支度をしているようだ。
そう言えば、ヒゼデジールで何か色々買いこんでいたな……
まあ、ヴィヴィは元々ギルドが派遣する料理担当だ。あいつの方が旅慣れているので、変に口出しせずに任せておいた方がいいだろう。
ローニャが入った箱を馬車に積もうとしていたところ、マーサさんが声をかけてきた。
「ふ~ん……聞いた通りですね。子供の姿で眠ったまま、だと……ふむ」
マーサさんは、箱の中で眠るローニャに鋭い視線を投げかけていた。
「田中さま……こいつ、このまま海に沈めては? 目覚めたところでどうせ碌なことになりませんよ?」
ローニャに艦隊を壊滅させられたことを、いまだに恨んでいるみたいだな……
「うん、それがいい。お前に沈められた我が船たちとともに、水底で永遠に眠らせてやろう。この性悪魔人め」
「マーサさん! だから、本当にすみませんって! こいつも大狸商店街に来てからは、随分と大人しくなりましたから……沈めるのは勘弁してあげて!」
「……ふん。冗談ですよ。その件については、話はついてますからね……」
とは言っているが、まるで虫でも見るような冷ややかな視線をローニャから外さない……
冗談に聞こえないんだよなぁ、この人。
「田中さま、ツクシャナの材木……ありがとうございます。おかげで素晴らしい船が出来上がりました。まるで羽が生えたかのような船足です。ノルドクシュの保安艦隊など全く相手になりませんでしたよ」
「そ、そうですか。それはよかった」
「引き続き、提供のほどよろしくお願いします。材木費はあなたの借金から相殺させて頂きます。随分と……『お支払い』して頂きましたよ」
「え? 本当ですか! あ~、よかったぁ。ずっと気になってたんですよ」
「因みに、残りの額ですが――」
――サラサラサラ……ビリッ!
マーサさんは紙に残りの借金額を書いて、俺に手渡した。
「……え? いち、じゅう、ひゃく、せん……百万、千万、億……じゅうお……え? え、え? これ、減るどころか逆に増えてませんか?! 計算あってます?!」
「あってますよ? 『お支払い』して頂いたとは言いましたが、減ったとは言っていません。あ、因みに最初にみせた額は、材料費のみです」
「材料費……のみ???」
「は? まさか材木だけ渡せばチャラになるとでもお思いですか? 船は材料だけでは出来ませんよ? 運搬から職人の手配、賃金……その他もろもろの費用が掛かります。大丈夫ですか? 頭の中、お花畑ですか?」
お花畑……相変わらず皮肉が凄いな。
ローニャを見てから、相当に怒りがぶり返してるとみえる。
俺、今……八つ当たりされてる?
「で、でも、そんなこと一言も言ってなかったじゃないですか!」
「いえ。契約書には『その後、造船に発生しうる経費も含む』と記載しています」
「え?! うそ?!」
「本当です。ほら」
そう言うと、マーサさんは書類入れから契約書の写しを取り出して、俺にみせた。
契約の文書は俺に渡されたものと同じだ……写しには俺のサインもある。
上から確認していくが――
「そんな文言、どこにもないですが……」
困惑する俺に、マーサさんはこれ以上ないくらい穏やかな笑顔で、掌を表から裏に返す仕草をみせた。
え……?
なに? 裏???
俺はまさかと思い、契約書の裏側を見ると――
一番下の方に小さく……本当に小さく『なお、その後、造船に発生しうる経費も含む』と書いてあった。
「え? え、え? うそ……そんな……裏面って……」
さらにマーサさんは笑顔のまま、表面のある部分を指さした。
それは、契約書のふちに描かれた『飾り囲い』の一番下の部分だった。
よく目を凝らして見てみると、飾り囲いの中に紛れて『裏面約款あり』と――
書いてあるぅ!!!
や……
やられた……!!!
「い、いくら何でもこれは、狡いですよマーサさん! こんなの誰も気づきませんって! マナー違反です!」
「狡い? マナー違反? 田中さま、あなた……誰を相手にしていると思っているのですか? 海のならず者、海賊ですよ? そのどちらも誉め言葉です」
「そ、そんなぁ!」
「むしろ、こうやって契約書を作っているだけでも、感謝して欲しいものです。あなたがたの街が、我々海賊の苦手な山の中でなければ――ねぇ?」
マーサさんは変わらず笑顔だが、瞳の奥は笑っていない。
やっぱりこの人は恐ろしい……
「へはぁ~、蓮ちゃんやられたねぇ~。こりゃ、マーサちゃんの方が一枚上手やったね。うっぷ……昨日は飲み過ぎたばい」
ばあちゃんがへらへらと二日酔いの足取りでようやく起きてきた。
「ばあちゃん、笑い事じゃない。これは洒落にならんよ……こうなったらばあちゃんのへそくり……クマロクからの奉納金も返済に充てて貰うからな!」
「はいぃ?! 何でね?! 蓮ちゃんの借金やろ? もとはローニャちゃんのばってん……」
「あのなぁ、俺とばあちゃんは一蓮托生なんだ。俺が潰れたら、きっとこの人、ばあちゃんに借金背負わせるぞ?」
「ええ?! 私は関係ないやん! そうやろ?! マーサちゃん!」
マーサさんはにっこりと笑顔のまま首を横に振った。
「ひい……こん人……目が本気ばい……」
「しかもな……これ、分割にしてるから利息がかかってる。それだけでも相当な額だ。このままじゃ永遠に返済が終わらない」
「相当ってどんくらい???」
「目も眩むような額だから、あまり口にしたくないけど……月の利息だけで郊外の中古の家一軒買えそうだ」
「いい?! 家一軒?!」
「これ放っておくと……下手したら街ごと借金のかたに持ってかれるぞ」
「うっぷ! おえぇぇぇ!!!」
あまりの衝撃に、ばあちゃんは昨日飲んだ酒を海に吐いてしまった。
「ぐへぇぇ……ど、どげんすると?」
「繰り上げ返済にして、なるべく早めに清算しよう。それしかない……それでいいですか? マーサさん」
「ふん。まあ、こっちとしては長く払ってもらった方が、実入りがいいのですが……団も復活したてで、懐が寂しいところではありますからね。新しく連れてきた奴隷の支払いもありますし――」
ソニンたちがノルドクシュから連れ去ってきた奴隷たちは、手厚く迎えられ、昨日は風呂にまで入ったそうだ。
垢で真っ黒に汚れていた奴隷たちは、見違えるように綺麗になっていた。
船乗りにとって水は『命に等しい』ほど貴重だ。
それはノルドクシュの船で働かされていた奴隷たちも重々分かっていた。
ソニンたちはその貴重な水を『新たな仲間』を迎え入れるのに惜しみなく使ったのだ。
言葉以上に雄弁な行為だったはずだ。
昨日までの怯えた表情はなく、みな安心しているようだ。
――「早速だが、これから教えることを覚えてくれ」――
――「「「はい!!!」」」――
海賊として迎え入れる説明があったのだろう。
船員としての指導を、みな目を輝かせて受けている。
それはそうと……俺たちには風呂、なかったぞ。
海水でずぶ濡れのべとべとだったのに……
借金か?
借金がこの待遇の差なのか?
「――分かりました。分割の回数を減らしましょう」
「よ、よろしくお願いします……」
こうして、ばあちゃんのへそくりはソニン海賊団への借金返済に充てられることになった。
「結構な額、貯まっとったんに……」
「どの道、今は大狸商店街に帰れないんだ。使い道がないだろ」
「……そうやねぇ。ATMがあるわけやないし、どこでもお金下ろせるわけやないもんねぇ。そう考えるとコンビニってヤバいねぇ。なんでんあるやん。基本的に24時間営業やし」
今までの常識でヒズリアで過ごしていると、ときどき痛い目に遭うことがある。
現代日本で海賊から借金することはまず無いし、コンビニなどのインフラが無い世界なのだ。
一応、ギルドが冒険者相手に『素材の換金』や『貨幣の預かり』など、銀行の様なことは行っているそうだが――
俺たちには赤札が出ているので使えない。
つまりだ――
これからの逃亡生活の路銀は、その都度『何か』で稼ぐ必要があるってことだ。
先が思いやられるな……
《コンビニは『小売・金融・物流』というインフラの集大成ですからね。コンビニ一軒であらゆることをカバーしてしまいます。ですが伊織さま……コンビニとモールは商店街の敵でございます。そのことをお忘れなきよう……》
「ご、ごめんばい、チエちゃん……」
ばあちゃんの不用意な発言にチエちゃんが不機嫌になった。
実際――大狸商店街にコンビニはなかったが、隣町にコンビニが出来た時、売り上げが下がったと店主たちが相談に来ていた。
そのくらいコンビニは便利で……小さな個人商店にとっては脅威なのだ。
まるで諸刃の剣だな。
「田中さま、それはそうとサリサは? 田中さまに赤札が出たとお聞きし、ご一緒かと思っていましたが……」
「うん……なんか、アマゾネスの身体強化の刻印が消えたみたいで、トトゾリアに帰ってるよ。俺も心配なんだけど……」
俺はサリサが大狸商店街を後にした経緯を説明した。
「そうですか……あのバカ女、田中さまが大変な時に何をやっているんだ。これは副官対決……『スモー』で決めるまでもなく、私の方が一歩リードしたな……ふん! つまらん」
マーサさんは口では悪態をついていたが、どことなく寂しそうな表情だった。
「トトゾリアか……田中さま、ヨツシア大陸の北側は海を挟んではいますが、比較的トトゾリア領と近いです。トトゾリアに向けての船もあるはず。ここはヨツシアの西端ですから、そのまま北上してその後トトゾリアに入られては?」
チエちゃん曰く、どうやらこの海賊の隠れ島は、現代日本に置き換えると愛媛県の九島あたりらしい。
現世では九島には『メカゴジラ岩』があるそうだ。
なんだそれは……めちゃくちゃそそられるんだけど……
ここにもあるかな。
――「マーサさま! お待たせしました! 仕分けが終わりましたので、本島までお送りいたします!」――
「分かった! では田中さま、馬車を船に」
「ああ、ありがとう。ヴィヴィ! 馬車、小舟に乗せるよ!」
「は、は~い! そのままどうぞ!」
ヴィヴィのやつ、まだ何かやってるのか……ちゃんと寝たのかな。
さて……いよいよヨツシア大陸か……
気を引き締めていかないとな。
――「おい! 兄貴!」――
頭上から声をかけられ、俺はガレオン船を見上げた。
甲板からソニンが顔を出して、こちらを覗き込んでいる。
まだ眠り足りないのか、寝ぼけまなこであくびをしている。
「ふあ~ぁ……久しぶりに会えて、楽しかったぜ。またな」
「ああ。またな」
小舟がガレオン船から離れてすぐに、ソニンが再び声を上げた。
――「兄貴! これ、ローニャに頼むわ!」――
そう叫ぶとソニンは何かをこっちに向かって放り投げた。
――パシィッ……
「……なんだこれ?」
それは紐で編まれた首飾りのようだった。
《これは……海賊のお守りですね。一緒に編み込まれた宝石はガーネットにアクアマリン……どちらも航海の安全を願う宝石です》
振り返るともう甲板にはソニンはいなかった。
あいつ――
ローニャの為に、徹夜でこれを……
《ちなみにガーネットの石言葉は『真実の愛』、アクアマリンは『幸福な結婚』です》
「うわぁ~、ド直球じゃん……まあ仕方ないか、あいつ嘘つけないもんなぁ」
《……いいじゃないですか。あなたもこのくらい積極的であるべきです。少しは弟を見習ってください》
「え?! いや……それは……うん……」
《あと、これから契約書を交わすときは、必ず私にも相談してください》
「は、はい……」
《そもそも蓮さまは――》
チエちゃんに説教されつつも、俺は首飾りをローニャにつけてあげた。
ローニャの魔力に照らされて、キラキラと石が輝いていた。




