145 月灯りに照らされて
「おい! もういいぞ! 灯りをつけろ!」
――「「「アイサァ!!!」」」――
かがり火が焚かれると、淡く輝いていた水やりの木は、静かにその明滅をやめた。
その様子は、まるで眠りにつくかのようだった。
「はぁ~、ウキヤグラのホタルを思い出したら酔いが醒めたばい! ヴィヴィちゃん、向こうで飲みなおそうや~。蓮ちゃんたちなんか難しい話ばしよんしゃあけん。お兄さ~ん、お酒ばくっださ~い!」
ばあちゃんは酒を貰いに船員の元へ走っていった。
「俺も酒が切れた。貰ってくるわ。ほら、いくぞ嬢ちゃん。伊織のばあさんが呼んでるぜ」
「蓮さま……すみません」
そう言うとソニンとヴィヴィも席を立った。
パチパチと燃えるかがり火と、船が波をかき分ける音だけが静かに響いている。
海賊たちはその豪快な見た目とは裏腹に、みな恐ろしく静かにそれぞれの持ち場で仕事をしている。
ソニン海賊団……よく訓練されているな。
さて――
木の魂が、ホタルを選ぶ……か。
(チエちゃん、どう思う?)
《植物の……魂ですか。そうですね……さすがに魂という『内因的』なものについては、私にも分かりませんが――遺伝子操作という『外因的』なものについては、実例を交えてお話しできるかと》
(実例? なに?)
《現代でも、遺伝子組み換えにより作られた『ホタルペチュニア』という光る花は存在します》
(え……そうなんだ!)
《ええ。ホタルと名前が付きますが、『シロヒカリタケ』という光るキノコの遺伝子情報を、ペチュニアに組み込んだものです。ご存知の通り、キノコは植物ではありません》
(ご存知の通りって――あ、そうか。キノコは菌類だったね)
《ええ。菌類は遺伝子的には植物というより、動物寄りとされています》
(へぇ~。動物寄りなんだ……ホタルペチュニアか。知らなかったな)
《そうでしょうね。現在ではまだ日本で販売されていませんから。ああ……『現在』とはいっても、キンジュさまの件もあります。今、このヒズリアが――『どの時代の日本』か実際のところ分かりません》
あ、そうか……
キンジュにとっては、俺たちは未来人だし、俺たちにとっては、ここは過去の可能性もあるもんな。
いや? 待て待て。
そもそも、ここを『現代日本』と同じ時系列として考えていいものなのか?
全く独立した別次元の世界かもしれないし、同じ時系列をもつ世界の可能性も……って――
なんだか頭がごちゃごちゃするな。
考えだしたらキリがない。
《蓮さまが混乱するのも無理ありません。次元などという概念は、通常、意識することはありませんから》
(うん。考えないね。俺なんか前の世界では、大狸商店街を復興させることばかり考えてたし。まあ、今もだけど)
《ただ、ヒズリアが日本のパラレルワールドの可能性は非常に高いです。ですが『向こうの世界』との接触が出来ない限り、本当の所はなんとも……せめてもっと多くの転生人に会えれば、さらに深く検証できるのですが》
転生人か……
エストキオには転生人の研究施設があるという噂だ。
もしそれが本当なら、エストキオの王も転生人に興味があるってことだ。
エストキオ王か。
どんな人なんだろう。
会ってみたいが――
なんたって俺たち今、『絶賛、指名手配中』だからなぁ……
ん~厳しいか。
《いずれにしても――伊織さまの魔力が、植物を強制的に進化させ、その遺伝子に影響を与えていることが分かりましたね》
(うん、そうだね)
「おい兄貴。これで金貨500枚の仕事は果たしただろ?」
ソニンは酒を煽りながら戻ってきた。
「ああ、ありがとう。参考になった」
「へへ……まあ、光る植物なんてヒズリアじゃ別に珍しくもないんだがな。だけどよぅ、こいつは別だ。学者は譲ってくれといったが、さっすがになぁ~。なんたって金貨500枚! 『1万年後の水やりの木』だぜぇ~! ふへへぇ~」
ソニンはさっきまでの雰囲気とは打って変わって、だらしない表情でガラス鉢ごしに水やりの木に頬ずりしている。
「可っ愛いなぁ~、おまえ~。1万年先の未来から来たのか~? ええ? ぬへへぇ~」
普通にしていればいい男なのに、残念過ぎる。
しかし――
未来から来た、か……
「なぁ、ソニン。エストキオの王さまってどんな人か知ってる?」
「あん? エストキオ王? そりゃおめさん、ヒズリアで一番の権力者に決まってるだろ。モトス大陸のほとんどを支配下に置いてるからな。エストキオ領じゃない国なんて片手で数えるほどしかないぜ」
「数えるほどって……例えば?」
「北の蛮族が治める、エミシールだろ? エストキオから更に南に下って、商人の街ツノニワ。西のアマゾネスのトトゾリアなんかがその代表例だな。他にあったかな? まあ、国単位じゃなくても、属国になるのを拒む、小さな街や部族はいるだろうがな」
トトゾリア――
サリサの国か。
以前サリサが言っていた場所と地名から察するに、恐らく日本で言うところの山陰地方、鳥取県あたりだろう。
ふふ、鳥取県でトトゾリアか。
結構まんまだな。
あいつ……今頃どうしてんだろう……
――《蓮さまに必要なのは一歩踏み出す勇気だと……私は思います》――
あれ……なんで今、チエちゃんの言葉が思い浮かんだんだ?
ん? なんだ? この感じ――
俺、いま……あいつに会いたいって思ってる?
いや……いやいや! そりゃそうだろう!
あいつは大切な仲間だ。
会いたいと思うのは当たり前だ……
――『蓮、大好きだぞ』――
だよ、な……?
「しかし、ほとんどの国はエストキオに属しているぜ。帝国相手に気張っても生き辛いだけだからな……って、おい! 聞いてんのか?」
「あ、ああ……ごめんごめん」
「あん? なんで、顔が赤くなってんだ?」
「ち、違うよ! そんなんじゃないよ!」
「はぁ? どんなんだよ? 何言ってんだおめさん」
《………………》
「ソ、ソニンはエストキオ王に会ったことあるの?」
「あるわけねぇだろ、俺みたいな田舎海賊が。そもそも、そんな権力者が簡単に人前に出てくるわけないだろ」
「そうなんだ」
「……なんだよ?」
「いや……別に」
「別に……?」
ソニンは俺の受け答えが気に入らなかったのか、左目の眼帯をめくりあげ続けた。
「おい、蓮。俺たちは兄弟の契りを交わしたんだ。隠し事は無しだぜ。お前が沈むときは俺も沈む。俺が沈むときはお前も沈む。そうならねぇように助け合うのが兄弟だろうが。まあ、俺に隠し事は意味ねぇけどなぁ~。俺には『真眼の天秤』があっからよぅ~」
そう言うと、ソニンは左目を輝かせ、瞳の奥の天秤を揺らし始めた。
「やめろ! それで覗くな! それ、ぞわってするんだよ!」
サリサの『仕立屋の眼』もそうだが、人の内側を探る系のスキルは発動されると、異様な感覚に襲われる。
何なんだろうこれ。
《恐らく……魂に触れる感覚なんでしょうね。『森具智秘露呼』の発動時に蓮さまが感じた、あの『精霊が通り過ぎる』感覚に似たものでしょう》
(ああ! それ! あの感覚だ! すんごい気持ち悪いんだ! 触れられてないのに触れられてる感じ! ざらっというか、ぬらっというか、ひやっというか、ぺとっというか、あ~~~、形容できない!)
《きっと『魂に触れられる感覚を、身体が知覚している状態』が不快感を生んでいるんでしょうね》
(……何か分かんないけど、とにかく気持ち悪いってことは確かだよ)
ソニンがニヤニヤと真眼の天秤を光らせ近づいてくる。
「へへへぇ~、ぞわぞわするぞ~、言え~、何考えてるか言え~」
「分かった! 言うから! 言うからその眼で視るな!」
「……おうよ。言いな。何考えてんだ?」
「いや……その……エストキオ王に、会えないかなぁ~って」
「はぁ?!」
ソニンの左目が輝き、天秤が右に傾いた。
――ぞわわ~~~~!!!
「やめろ! 覗くなって言っただろう! うげぇ~気持ちわる!」
「おめさん、なに考えてんだ?! 無理に決まってるだろう! 赤札だぞ?! そんなやつ、王に会うどころか、エストキオ内に入れるわけないだろうが! 死ににいくようなもんだ!」
「やっぱそうだよね……」
「……会ってどうすんだよ」
「いや、色々と話を聞きたいなと思って。転生人の事もそうだし……亜人たちの奴隷制度を……やめて貰えないか聞いてみようかと……話し合い? みたいな……」
「かぁ~、相変わらず甘っちょろい男だなおめさんは。話して済むんなら、とっくの昔にそうなってるよ。赤札が出た以上、エストキオには関わんな。今はヨツシア! ローニャを目覚めさせるんだろ?」
「あ、ああ……そうだね」
ソニンの言う通りだ。
今はツクシャナのみんなに迷惑をかけないよう、姿をくらますのが最優先だ。
まずはヨツシアに行こう。
分からない事だらけだからな。
帝国の事はそれからだ。
「おい、それはそうと……もういいだろう?」
「ん? 何が?」
「いい加減、会わせろよ」
「会わせる??? 誰と???」
「ふざけんな! 決まってんだろうが! ローニャだよローニャ! 俺の愛しのマイハニーだ!」
「あ、ああ、そうだね。この箱の中だよ」
「じゃあ早速ご対面といこうぜぇ~! うえへへへぇ! これアレかな?! 王子のキスで目覚めさせるって、おとぎ話のアレじゃねぇか?!」
「違うと思うよ」
ソニンは気持ち悪い笑みを浮かべ、ローニャの入った箱を開けた。
幼女姿のローニャは瞳を閉じたまま眠っている。
魔力が溢れているのか、身体の輪郭がぼんやりと輝いていた。
「あ……あれ? お、おい! ローニャのやつ、ガキんちょの姿じゃねぇか!」
「そうだよ。ずっとこの姿で眠ってるんだ」
「うわぁ~、俺が王子様の口づけで目覚めさせようと思ってたのに……ガキの姿じゃそれも出来ねえじゃねぇか!」
「お前、王子様じゃなくて海賊のおじさまだろ。そして、大人の姿でもそれやっちゃダメだからな?」
「なんだよ! もう! せっかくマーサがいないからチャンスだと思ったのによ~」
「お前、またマーサさんに簀巻にされるぞ?」
「バカ! アレはアレでいいもんなんだよぅ。簀巻にされてマーサのでけぇケツに敷かれる感じがよぅ~、たまんねぇんだへへぇ~」
嗚呼……本当に残念な男だ。
「しかしローニャのやつ……姿は変わっちまってるが……」
ソニンは真眼の天秤でローニャを見つめた。
「相変わらず……綺麗な魂だ」
瞳の奥で揺れる天秤と、月灯りに照らされた、少し寂しそうなソニンの表情が印象的だった。
こいつ、こんな顔もするのか……
でも――
「愛してるぜ、ローニャ」
なんだかなぁ……
変態のおじさまと少女(中身は1000歳だけど)って絵面がなぁ。
このシチュエーションで発していい言葉じゃないんだよなぁ。
「チッ、目覚めの口づけはお預けだな……じゃあ俺、寝るわ。ブンゴルドからすっ飛ばしてきたからよ~、寝てねぇんだ」
「あ、そうか……うん……あ! ソニン!」
「なんだぁ?」
「ありがとうな……来てくれて」
「……おう。俺たちゃ、兄弟だからな……当り前だ。じゃあな」
そう言うと、ソニンはとぼとぼと船長室に帰っていった。
俺たちの様子を見ていた近くの船員が、申し訳なさそうに声をかけてきた。
「蓮さま、すみません。船長、マーサ副船長がいないと、すぐ羽を伸ばすもんで……」
「いえ……いや……はい。大変ですね」
「悪気もやらしい気持ちも無いんですが、船長……あの眼、『真眼の天秤』で嘘つけないし、相手の魂が見えちゃうもんですから、外見に頓着がないんですよね。ローニャに会うまでは、人妻から老婆まで、もう本当に見境がなくて……」
そうか、あいつにとっては魂の美しさ……内面の美しさが全てなのか。
なんか……固有スキルってのも、便利な事ばかりじゃないな。
でも――
人妻から老婆って。船員さん……
悪気はないかもしれないけど――
あいつは結構スケベ――というか、完全に変態ではあると思います。
ごめんなさい。
「朝にはヨツシアの隠れ家に着くと思います。それまでごゆっくり……かがり火、寄せておきますね」
「ありがとうございます」
静かに寝息をたてるローニャを見て……
もし――
俺に妹がいたらこんな感じだったんだろうか……
などと考えてしまった。
そっとローニャの頭を撫でると、少しだけローニャが笑ったように見えた。
「へひゃひゃ~! しゃ~、みんにゃも飲みゃんねぇ! よりゅは始みゃったびゃかりびゃい~!」
「「「へ、へい」」」
賑やかで――
静かな夜だな。
待ってろよ、ローニャ。
必ず目覚めさせてやるからな。




