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144 水やりの木~5000万円の価値~

挿絵(By みてみん)

 クロージャー号は追っ手が現れることもなく、無事ノルドクシュ東の沖合にいた。



「だから、悪かったって言ってるだろ。そう怒んなよ、兄弟」



 ソニンはそう言うと、酒樽の上で足を組み、酒を煽った。


 言葉とは裏腹に、ソニンには悪びれた様子は全くない。



「俺らはよぅ、どう足掻いたって海賊なんだ。どんなに大人しく港に入っても、警戒の対象なんだよ……ううっ! 今日はちっと冷えるな。悪いな。荷室はもういっぱいなんだよ。ここで勘弁してくれ」



 ずぶ濡れになった俺たちは、甲板でかがり火に当たりながら、服を乾かしている。


 冬の海風が濡れた身体をさらに冷やし、相当に寒い。



「酒、飲むか? 安酒だけどよぅ。温まるぜ?」


「いや……酒はいい。温かいお茶か何かあるか?」


「あるぜ。おめさんらは?」


「わ、私は、おおお酒がいいばいぃぃぃ……」


「わわわ私はお茶を……」



 クロージャー号の甲板も、略奪した金品や食料で溢れかえっている。



 ――「おい! 本体と合流したら、すぐに積み替えだ! 今のうちに整理しとくぞ!」――



 甲板では海賊たちが声を上げ、仕分けをしている。


 そして――


 隅の方では奴隷たちが身体を震わせ、肩を寄せ合い、これから自分たちがどうなるのか分からずに怯えている。


 若い子たちが多いな……



「おい! 連れてきた奴隷たちにも、まずは何か温かいものでも飲ませてやれ! 誰がどこの貴族に仕えていたか、リストにしておけよ! 『ナシ』がついたら、後で俺が『名前』をつけてやる!」



 ――「「「アイサァ!!!」」」――



 屈強な海賊たちが、いかつい笑顔で、毛布や上着、スープを手に奴隷たちに近づいていく。



「ほぅ~ら……暖かいぞおぅ~……」

「そぅ~れ……風邪を引いたら……駄目だからなぁ~」

「よぅ~し……美味しいスープも……あるぞぉぅぅぅ」



 ――「「「うふふふふぅ~~~」」」――



 ごつい見た目と親切な言動が全く一致しないので、奴隷の子たちは混乱しながらもその好意を受けている。



「一隻で近づいたら確実に怪しまれるだろう? だったら――全船でごっそりってわけよ! くっはは~!」



 こいつ……相変わらず無茶苦茶だな。


 だが――


 実際俺たちは、無事にノルドクシュから出ることができた。



「マーサさんたちは? 大丈夫なのか?」


「な~に、心配いらねぇ。適当に遊んだら、ヨツシアのアジトで落ち合う予定だ」


「遊ぶって……俺たちを運ぶために、何もあそこまでやる必要なかったんじゃないのか?」


「いや、どうせ近々ノルドクシュは襲うつもりだったんだ。ほら……俺ら、休業中だっただろ?」



 ソニン海賊団は、ローニャにほぼ全ての船を沈められ、壊滅寸前まで追い込まれていた。


 何の因果か、ローニャの『お兄ちゃん』になってしまった俺が、その借金を肩代わりしている。


 目も眩むような額だったが、ツクシャナの森の木をソニンたちに売り渡し、随分相殺できたはずだ。



「ツクシャナの木は最高だぜぇ~。軽い、強い、腐らない! おまけに加工しやすいと来た。俺らの船にうってつけってわけよ~。船体が軽くてしなるから、進む進む。これならしんがりを務めるマーサたちが追っ手に捕まる心配はねぇよ! 感謝するぜ~兄弟! ぐびびぃ!」



 ソニンはやたら上機嫌で酒を煽った。


 ばあちゃんの『(もり)()()()()()』も……悪いことばかりじゃなかったってことか。



「ファクタの貴族連中、俺らがいないもんで、最近調子にのってたからな。船団が復活したら『ひと狩り』するつもりだったんだ。案の定、ま~た奴隷をため込んでやがった」



 そういえば、隷属の紋は場所を特定する『発信機』の役割をもっていると、以前マーサさんが言っていたが……



「奴隷を連れてきたら、場所を特定されるんじゃなかったのか?」


「あ~、それな。船で動いている以上、それは無いな。そもそも隷属の紋の魔力は、奴隷本人の魔力に依存しているんだ。ギルドの『札』に似た仕組みだ」


「あ……48時間魔力が込められなかったら『死亡、失敗扱い』ってやつか」


「そうだ。だが、何の訓練も受けてない奴隷が持つ魔力なんて、ごく僅かだからな。場所の特定には時間が掛かるんだ。船の速度で移動したら、なおさらだ。動き続けてりゃ見つかりっこないぜ」



 そうか……大狸商店街にいる奴隷たちは、ツクシャナの森の屈強な魔物から逃れながら、這う這う(ほうほう)の体で街にたどり着いてる。


 移動速度はかなり遅いはずだ。


 ということは……貴族も教会も、はなから大狸商店街に奴隷が集まっていることは知っていたのか。



「まあ、奴隷の中に、魔導の素質をもった天才でもいない限り心配ねぇよ。しかし……やるなぁ兄弟! 今じゃおめさん、俺なんかより有名な極悪人だぜ。何たって『赤札』だからよぅ!」


「ん~……別になりたくてなったわけじゃないよ。仕方なかったんだ。街を護るためさ」


「……事情はおおかた聞いてるぜ。ローニャとヨツシアに行くんだろ?」


「ああ。そこにローニャを目覚めさせるヒントがあると思うんだ。ソニンは聞いてないかもしれないけど――」



 俺はソニンに、ばあちゃんの『(もり)()()()()()』の強制進化の件や、ローニャがなんでこんな状態になったのか説明した。



「なるほどな……強制進化と国落としか……だったら、まあ、ヨツシアの魔族に聞くのが手っ取り早いか」


「うん。ヒズリアの大使さんもヨツシアには魔族が沢山いるって言ってたし……」



 俺はオーティスが残した絵については言わなかった。


 彼がどんなつもりであの絵を残したか分からなかったし――



 ――「何だか君とは、初めてあった気がしないな」――

 ――「よろしく、蓮くん」――



 何となく、オーティスの事は心の中に留めておきたかった。


 オーティス……元気かな……



「おう! そうだそうだ! 強制進化と言えば、兄貴とヒーゴのじいさんが依頼してたあれ、分かったぜ」


「あれって?」


「ウキヤグラの水やりの木だよ! 金貨500枚の!」


「あ、ああ! そうだったね。完全に忘れてた」


「わす……忘れるかよ普通?! 金貨500枚だぞ?!」


「ごめんごめん。本当にあれから色んなことが起こり過ぎてね。それどころじゃなかったんだ。豚に殺されかけたり、ラーメン作ったり、豚に助けられたり、ラーメン作ったり、指名手配されたり」


「豚とラーメンばっかりじゃねぇか。なんだよ豚って」


「まあ、いろいろだよ。それで? 水やりの木について何がわかったの?」


「おう、やっぱり俺の見立て通り、ありゃぁとんでもねぇ代物だったぜ。金貨500枚なんて吹っ飛ぶ価値だ」


「そんなに?!」


「ああ。結論から言う。あれは水やりの木であって、水やりの木じゃねぇ」


「どういうこと? やっぱり進化してたってこと?」



 ソニンは酒を置き、真面目な顔で声を潜めた。



「そうだ。こういうのに詳しい知り合いの学者に聞いたんだが――」



 ソニンが言うには、本来生物には、『魂の設計図』があるそうだ。


 それはどの生物にも――動物であれ植物であれ、例外はなくその設計図はあるという。


 鳥からは鳥が生まれるし、植物からは植物が生まれるようにされている。



《蓮さま……》


(うん……チエちゃん。これって……)


《これは現世で言うところのゲノム情報……つまりDNA配列のことを指しているのだと思います》


(だね)



 しかし……


 現世でもDNAの発見、特定から100年もたっていない。近代の学問と言っていいだろう。


 この世界にも――そこまで分かる学者がいるのか。



「学者が言うには、魂の設計図にも年輪……つまり『世代』があるらしく、おめさんらから預かった『進化した水やりの木』なんだが……おおよそ、10000年ほど先の種にあたるそうだ……」


「い……いちまんねん?!」



 じゃあ……あの時、ウキヤグラでばあちゃんがやったあの適当な詠唱で――



 ――「じゃあいくばい! お稲荷さま! どうかよろしくお願いします! 元気! やる気! おおだぬき! はい~!」――



 10000年も水やりの木が進化したってことか?!



「ぶへぇ~。ヴィヴィちゅわん~、お酒ば飲まんとにぇ~? こりぇ、なきゃなきゃいいお酒ばい~」


「い、いえ、私は本当にお茶で十分です……」



 ばあちゃん……もう酔っぱらってやがる。


 あんたも関係することなんだぞ?



「お兄しゃん! みょ~いっぴゃい!(もう一杯)」


「へ、へい……」



 飲み過ぎだ。


 頼むからもう少し緊張感を持ってくれ……



「驚くのはそれだけじゃない。この水やりの木……混ざってるんだ」


「え……混ざる??? 何が?」


「見せた方が早いか……おい! あれを持ってきてくれ!」



 ソニンは船員に指示し、水やりの木を持ってこさせた。


 水やりの木は植え替えられ、ドーム状のガラスを被せてある。



「おい! 速度を緩めて灯りを消せ。進路はしっかり見張っとけよ」



 ――「「「アイサァ!!!」」」――



「よく見ときな」



 かがり火が消され、月明りだけが照らす中、俺たちは水やりの木を見つめた。



 ――ホワ……ホワ……ホワン……



 なんと水やりの木は、淡く青白い光で明滅し始めた。



「綺麗ですね。まるでウキヤグラのホタルみたいです」



 そうだ。ヴィヴィの言う通り、その輝きはまるでホタルのようだった。



「正解だ。水やりの木の設計図に混ざったのは……ウキヤグラのホタルだ」


「え?!」



 ちょっと待ってくれ。


 強制的に進化させられたってのは、まだ分かるが……


 植物と動物が――


 混ざる?



(チエちゃん……そんなことってあるの?)


《確率的には非常に稀ではありますが……実例が無いわけではありません。コナジラミやワムシなどは、植物由来の遺伝子を自身のゲノムに取り込んでいるそうです》



 実際にありうるって事か……



「そしてだなぁ。ウキヤグラのホタルはウキヤグラにしか生息しない特有の種類なんだ」


「うえぇぇ……ばあちゃん思い出したばいぃ……あそこのホタルはものっすごデカかったもんねぇ……うひぃ! 思い出しただけで気持ちわる! 酔いが醒めたばい!」



 ばあちゃん、捕まえた後、速攻リリースしてたもんなぁ。


 良い感じの空気を台無しにしてヒーゴ王に怒られてたっけ。



「そして、特有ってことは、一番その環境に適しているといってもいい。つまりだ、この木はより適した設計図を自分に取り込んだんだ。」



 そこまで言って、ソニンの表情に僅かな緊張が走った。



「俺にも『真眼の天秤』があるからな……人に魂ってのがあるのはわかる。でも、まさか植物がなぁ……学者が言うには――」



 雲間から月明かりが覗き、ソニンの顔を淡く照らした。



「この木の『魂』が進化の先に……このホタルを『選んだ』んだとよ」



 自分で可笑しなことを言っているのを自覚しているのか、ソニンは自嘲的に笑い、酒を煽った。


 魂が……進化の先を……選ぶ?


 ばあちゃんがやった強制進化は――


 ただの進化じゃないのか?







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