143 強襲~郷愁
「おおお、おぉい! ソニン!!! おま! お前! 何やってんだ?!」
俺は甲板に転がったまま、ずぶ濡れでソニンに問いただす。
「はぁあ? 何って……『海賊の仕事』に決まってんだろうが!」
「か、海賊の仕事って――」
「おい! 野郎ども! 派手にやりやがれぇ!!!」
――「「「おお~!!!」」」――
ソニンの号令と共に、海賊たちが船になだれ込んできた。
「金目の物! 食料! 片っ端からもってけぇ! 逆らう奴は……簀巻でその辺に転がしとけ!」
――「「「アイサァ! かしらぁ!」」」――
海賊たちは手あたり次第に積み荷を略奪し始めた。
他の海賊船も、ノルドクシュ湾に停泊している貨物船に横付けして襲っている。
「いいい?! ソ、ソニンちゃんがご乱心ばい!!! どげんすっと?! 蓮ちゃん!」
「ど、どうもこうも……何が何だか……」
闇夜に乗じた海賊たちの突然の奇襲に湾内は大混乱だ。
逃げ出す者、応戦しようとする者が入り乱れて、統制がとれていない。
「まったく……蓮さまよぅ。あんたの弟、無茶苦茶だねぇ。わたしゃ、静かに受け渡すつもりだったのに。これじゃ、何のために大枚はたいたのかわからないじゃないか」
キンジュもこの騒ぎは想定外だったのか……
「でもまあ、始まっちまったものは仕方ない……私はここでお役御免だ。引き上げるよ。お前たち!」
――「「「へい!」」」――
キンジュがそう言うと、手下たちは腕を組みキンジュを担ぎ上げた。
その姿はまるで騎馬戦の馬のようだ。
「じゃあな、蓮さま。うまくやるんだよ……進め~!」
――「「「へい!!!」」」――
担がれたキンジュは手下たちの上で腕を組み、騒ぎをものともせず船を降りていった。
「総大将かよ、お前は……」
キンジュの悠々とした姿に目を奪われていると、キュリーネさんが話しかけてきた。
「蓮…ま……わ……も…………し…す」
一生懸命何か喋りかけてくるが、周囲の怒号で聞き取れない。
だが恐らく、キュリーネさんもここで離脱すると言ってるんだろう。
「ど…かご無……。では……」
キュリーネさんはニコリと笑うと両手を広げ、夜の空に消えていった。
海賊たちと船員たちの小競り合いは激しさを増し、港のあちこちから怒号が聞こえる。
――「うわぁああ! なんだこいつ! 逃げろ~~~!!!」――
隣の船の甲板から悲鳴が聞こえた。
そこでは、一人の海賊が次から次へ投網を投げ、抵抗する船員を簀巻にしている。
あ、あの技は――
「大人しくしていれば危害は加えない!!! 黙って……簀巻になりやがりなさい!!!」
マーサさんだ!!!
「おい! あのデカいケツの女ヤバいぞ! 逃げろ!!!」
「な?! お……まえ~~~!!! いま何と言った!!!」
――バサッ! シュルルル!
マーサさんは『ケツがデカい』と言った船員を一瞬で簀巻にして……
――ドスンッ!
「ぐえっ!」
船員の顔面に腰かけ……
「んん~? 貴様、レディに向かって何と言った? んん~?」
――グリグリグリ~~~!
「いだだだだだ! す、すみません! 何も言っておりません!!!」
剣の鞘を船員の太ももにグリグリと押し付けている。
マーサさんは甲板を見渡し、隅の方に固まり震えている船員たちに目をやった。
その船員たちは……まだあどけなさが残る少年や少女で、首には隷属の紋が刻まれていた。
「おい……この船……ファクタの船か? 結構な数の奴隷がいるな」
「はい? え、ええ……貴族の皆様専用の船ですので……」
「ふふ、そうか。お前は――」
マーサさんは尻に敷いた船員の首元を確認した。
「違うか……なら、いらないな」
「はい?」
「おい、持ち主の貴族たちに伝えろ……『奴隷たちはソニン海賊団が預かる。こっちの言い値で買い取ってやるから、連絡を待て』とな」
「ええ?! そんな!」
「お前たち! 奴隷がいたら攫っていけ! 丁寧に扱えよ! 私たちの仲間になるんだからな!」
――「「「へい!!!」」」――
奴隷をさらうのが目的なのか?
いずれにしても……
マーサさんまでこの騒ぎに便乗しているという事は――
ソニン……何か考えがあるんだな?!
「お頭! 『例のブツ』……見つけやした!」
海賊たちがローニャの入った箱を荷室から運び出している。
「……よ~し。じゃあ、あとは適当にかっぱらって、引くぞ!」
――「「「アイサァ!!!」」」――
「兄弟!!! お前たちも……『攫う』ぞ! クロージャー号に乗り込め! 詳しい話はあとだ!!!」
「……わ、分かった! ばあちゃん! ヴィヴィ! 馬車とテンマを!」
――「は、はいよぅ!」「はい!」――
俺たちは荷室に向かおうとしたが――
「蓮さまぁ! へへ! ご心配なく! ぜ~んぶ俺らが『奪い』ましたんで!」
「ブヒヒン?」
海賊たちが満面の笑みで、馬車とテンマを運んでいた。
「ささ! クロージャー号に!」
「あ、ああ……」
俺たちは訳も分からずクロージャー号に乗り込んだ。
「おい! マーサ!!! そろそろ保安隊がくる! 俺は先に出る! しんがりは任せた!」
「かしこまりました。こちらも適当に奪ったら、『遊んで』後を追います」
「頼む! おい! 引き上げだ! 全速前進だ!!!」
クロージャー号は略奪と混乱が続くノルドクシュ港を後にした。
かがり火に照らされた港が離れていく。
《ジジッ……蓮さま!!!》
「どうしたチエちゃん?! そんなに慌てて!」
《念話が――あそこをご覧ください!!! 港の外、右手前方の海岸! キンジュさまがいるところです!》
チエちゃんの指示した場所を見ると、そこには人力騎馬に乗ったキンジュが手下の掲げるかがり火に照らされこちらを見ている。
あいつ……逃げたんじゃなかったのか? あんなところで何をしてるんだ?
《よく目を凝らして下さい! キンジュさまの後ろ!》
暗闇の中、炎の揺らめきに照らされ、キンジュの後ろにフードを被った人影が視えた。
一人じゃない……誰だ?
《……念話を繋ぎます。距離が離れているので、いつまで持つか分かりませんが……》
念話? こんなところで俺たち以外に、誰と念話が出来るって言うんだ……
一人の大柄なフードが一歩前に歩み出た。
(ジジッ……蓮さま……)
この声――まさか……ッ!
(蓮さま、伊織さま……本当に申し訳ありません……俺っちは……大狸商店街は無事でやす!)
(ド……ドンガ……ドンガか?!)
(はい! 蓮さま、伊織さま! お二人に全て背負ってもらったおかげで……みんないつものように暮らせているでやす! 本当にありがとうごぜいやす!)
(そうか……そうか!)
(ドンちゃん……あんた無事やったんやね……よ、良かったばい~!!! ぶへぇえぇ~!!!)
ばあちゃんはドンガの無事を知り、号泣している。
(伊織さま! 泣かないで下さい! 俺たちは大丈夫です!)
ドンガの横に、小さなフードが二人並び念話してきた……この声……
(ぐすぅ……ア……ポちゃん? アポちゃんやないね!)
(しおり、無事届いたみたいですね。丹精込めて折りました! 本当は俺も付いていきたいですけど……街の事も心配だし、ディアナもいるんで……今こいつがヴィヴィ食堂から離れるわけにはいかないんで)
じゃあ隣の小さなフードは――
(ヴィヴィさま! 私、みんなに手伝ってもらいながら、なんとかやってます!)
(ディアナちゃん?! どうしてあなたまで?!)
ヴィヴィは尻尾と頭を膨らませ驚いている。
(キンジュさまが連れてきてくれたんです……先日ヤバい粉をクラーヅカに持ってきたとき、今日の事を聞きました。話せるとしたらこのタイミングしかないって……みんなもいますよ!)
ディアナが後ろを指し示すと、暗がりから更に人影が現れた。
みな一様にフードを被り、目立たないようにしている。
フードの中から覗く瞳と、その立ち姿しか分からないが――
不思議だな……分かるよ……
俺には分かる。
ドンガ、アポロ、ディアナ……
バルト、ウォルフ、エリカ……
大狸商店街の店主や従業員たちだ。
あ……キュリーネさんもいる。
良かった、みんなと合流出来たんだ。
(みんな……見送りに来てくれたのか……)
(ほぅほぅ! 蓮さ~ん、チエさ~ん、今、エリカちゃんと凄いの作ってるからねぇ。楽しみにしててねぇ!)
あの更に小さいフードはバルトだ。
その横にいるのが……エリカだな。
(お~い! 蓮く~ん! 出来上がったら、小村電器店に来てくれ! ボクの理導士としての知識をありったけぶち込んだ、カワイ子ちゃんをお見せするぞ!)
(いやエリカ、残念だけど……しばらくはいけないよ。追われる身だからね)
(はぁ?! な……な ん で だ よ!!! 追われてたっていいじゃないか! せっかくボクとバルっちが作ってるんだぞ! 見に来ないなんて……ボカァ許さないぞ!)
いや、良くないって。
相変わらず話の通じないやつだ……
え? 誰もエリカに説明してないの?
いや――エリカのことだ。
きっと、みんな説明したんだろうが、全く興味を持たなかったに違いない。
(まぁまぁ、エリカちゃん、まだ出来てないから、怒るのは出来上がってからにしようよぅ、ほうほう)
(んん……バルっちがそういうならそうしよう。じゃあな、蓮くん! バルっち、帰ろう! 帰って早く作業の続きをやろう! もういいだろ?)
(いや……もうちょっとだから、待とうよぅ)
相変わらず理導まっしぐらだな……
まあ、元気そうでよかった。
(蓮さま、伊織さま! 俺っす! ウォルフっす!)
(ウォルフ! 元気そうだな!)
(うっす! たぬきつねの湯、旅人たちに人気で大繁盛っすよ! 今度、ドンガと一緒に風呂上がりに飲む酒の開発を考えてるっすよ! なぁ! ドンガ!)
(う、うん……)
(おいおい~、元気ないっすねぇ!)
ドンガのやつ……まだ俺たちの事を気にしているのか。
これは俺たちが選んだ作戦なんだ。
お前が気にすることはないのに……
(こいつ……あれから落ち込んでて、桜ヶ谷酒店に引きこもってたんすけど……大丈夫っす! ドンガには俺がついてるっす! 落ち込む暇もないジジ――二人で働くっす!)
(ウォルフ……ありがとう! 頼んだよ。あ、風呂上がりにはビールがいいと思うぞ)
(ビール? なんジジ――それ?)
(江藤書店に本があると思うから、調べてみて)
(分ジジ――っす!)
何だ? 念話が聞き取りづらいな……
《蓮さま……もう距離が離れすぎました……しおりの加護ではこの距離が限界です。間もなく念話は通じなくなるでしょう》
「そうか……」
(れジジ――ま! 伊織さジジ――!)
ドンガがフードを外し、拳を高くつきあげ、俺たちに向けて念話を続けた。
(ジジ――き! やジジ――! おおジジ――き!!!)
……何だ? 何て言った?
(元ジジ――! やジジ―き! ジジ――ぬき!!!)
これは……ばあちゃんの――ッ!
ドンガに倣い、みんなも拳を突き上げ、念話を続けた。
――(((元気! やる気! おおだぬき!!!)))――
みんな、俺たちとの接触を知られないよう、身を隠して来ている。
声を出すと、港の人間に感づかれる。
声には出せない。
声には出せないが……
――(((元気!!! やる気!!! おおだぬき!!!)))――
今……俺たちの頭の中に……
俺たちにしか通じない、心の声が響いていた。
「ぼへぇぇぇ~~~! みんなぁ~~~!!!」
ばあちゃんの顔は涙と鼻水とよだれでぐしゃぐしゃだ。
そのあらゆる水分が、抱き着かれているヴィヴィに零れ落ち……
「お、おお……い、伊織さま……」
やっぱりぐしゃぐしゃだ。
――(((……ジジ………ジ………)))――
かがり火が遠ざかり、念話も途切れてしまった。
――ザァァァァァ……
波を切る船の音だけが辺りに漂っていた。
俺たちはいつまでも海岸の拳を見つめていた。




