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142 ノルドクシュ

 翌日、俺たちはノルドクシュ行きの貨物船に乗り込んだ。


 冬の朝日が波間をキラキラと照らし、極彩色の渡り鳥が帆柱で羽を休めている。



「あれは……北から来た……ニジイロカモメです……ノルドクシュの今日の天気は……うん……うん……いいそうです」



 キュリーネさんは鳥の言葉が少しだが分かるらしく、何やら頷きながら鳥たちと話している。


 キュリーネさんもノルドクシュまで一緒に行くらしい。


 ヒゼデジールまでの飛行が相当疲れたんだろう。



 ――「おおい! 急げ! 間に合わなくなるぞ!」――



 船員たちが忙しく荷物を積み込んでいる。


 荷室はヒゼデジールの海の幸で溢れかえっている。



「お気をつけて……」



 ゴドーさんは俺たちの為に、荷室の一番奥に隠し部屋のようなスペースを空けてくれた。



「ゴドーさん、沢山の食材まで……本当に何から何までありがとうございます」



「何を仰いますか。これは料理技術との引き換えの約束ですので。お礼には及びません。それより、ノルドクシュまでしかお送り出来ず申し訳ありません」



 ゴドーさん以外にも、ヴィヴィの指導を受けたコックたちが見送りに来てくれた。


 みんな、腰には『丸に勝』の文字が躍るふんどし――


 もとい、前掛けを巻いている。



「いえ! こちらこそ長い間かくまってもらって……ご迷惑をおかけしました」


「田中さま。向かわれる先はヨツシアだとお伺いしました」


「ええ。ちょっと調べたいことがありまして」



 ローニャが100年前に滅ぼしたとされるヨツシア大陸。


 きっとそこに、ヒズリアの歴史……エストキオ神話に関するヒントがあるはずだ。



「ヨツシアはヒゼデジールと同じように大小の島々からなる国です。聖騎士団から逃れるには絶好の地形でしょう。ですが――」



 ゴドーさんは少し声を潜め、ヨツシア王国について語り出した。



「あの大陸は、魔人ローニャが現れて以降、文字通り魔族と魔物の巣窟となりました。大陸中から人が消え、呪われた地として70年もの間、誰も近寄ることが出来なかったのです」


「70年? 今は人が住めるようになっているんですか?」


「ええ。今から30年ほど前、聖騎士団が艦隊を率いて、大規模な殲滅作戦を行いました。作戦は20年に及び、ようやく周辺の島々の半数近くを奪還できたのです。今では、海賊が隠れ島として使うなど、少しずつ人の気配が戻りつつあるそうです」



 海賊たちの隠れ島……なるほどね。


 その海賊、ソニンたちだな。


 だからローニャはソニンのクロージャー号に密航したんだ。


 そして、ソニン海賊団を壊滅寸前まで追い詰め……ソニンはローニャに惚れた。(ここが意味わからない!)



「……ですが、それも海岸沿いまでの話です。大陸の内陸部分は、今なお奪還できていません」


「そんなに抵抗が激しいんですか?」


「抵抗というより、ヨツシアの魔物は、何故か他の地域に比べて異常に個体が大きく、強いのだそうです。さらに内陸奥地は深い森となっていて、ぐるりと取り囲む山脈が自然の要塞の役割をしています」



 個体が大きく、強い魔物?


 ぐるりと取り囲む山脈って――


 それって、まるでツクシャナの森と同じじゃないか。



「結局、聖騎士団は内陸へ踏み込むことは出来ず、10年前、帝国は作戦を凍結いたしました。ですから、現在は聖騎士団は駐留していないはずです」


「なるほど……聖騎士団の心配はないけど、魔族や魔物に気をつけろ。という事ですね」


「ええ」



 ――「出港するぞ~! 持ち場につけ~!!!」――



 タラップがあげられ、貨物船が桟橋から離れていく。


 ゴドーさんをはじめ、コックたちも桟橋に並ぶ。



 ――「「「ヴィヴィさま~!!! ありがとうございました~!」」」――



 コックたちはふんど――もとい、前掛けを手に取り振っている。


 港には、丸に勝勝……勝勝の文字が並び――



「コックのみなさ~ん! 練習~続けて下さいねぇ~!!!」



 ――「「「おお~~~!!! ご無事で~~~!!!」」」――



 その風景はまるで、東北地方で航海の安全を祈願する『出船送(しゅっせんおく)り』の様だった。



「蓮ちゃん、なんか私たち……漁に行くみたいやね」


「うん。でも……丸に勝って縁起いいから……いいんじゃない?」


「へは! そうやね」


「ヨツシア大陸か……でもその前に――」


「ノルドクシュでローニャちゃんと合流やね!」


「ああ!」



 桟橋には、いつまでも丸に勝の文字が揺れていた。




 ◇     ◇     ◇




 ノルドクシュに着くころには陽は傾き始め、港にはかがり火が焚かれていた。


 そして、俺たちは無事キンジュと接触することが出来たのだが……



「下っっっ手くそだねぇ……あんた、今じゃ有名なお尋ね者だよ。表はあんた、裏は私――そういう話だったのに……このトロ助が!」



 薄暗い船室の一番奥で、俺は開口一番にキンジュに罵られた。



「まぁ、大狸商店街はバルトの旦那が仕切ってるから、こっちの表のしのぎには特に影響ないし、別にいいんだけどね」



 キンジュと落ち合う前、俺たちは船から港の様子をこっそりと覗いていた。



 ――「おい! またネズミがいたぞ! こっちに来い!」――

 ――「ひいぃぃ!」――

 ――「密航とは太え奴だ! ギルドに突き出してやる!」――



 港では密航者が入港保安官に捕まり、連れられて行く。


 保安官の言動から察するに、どうやら密航は日常茶飯事のようだ。



「か、勘弁してください! ちょろっとファクタまで行こうと思ったんです!」


「何がちょろっとだ! ファクタまでだったら、がっつりだろうが! へへ……ギルドに突き出したら、密航者は大銀貨5枚(およそ5万円)だからなぁ」


「ギ、ギルドだけは勘弁してください!」


「知るか! 密航したお前が悪いんだろう! でもまあ、そうだなぁ。見逃して欲しかったらそれ以上の……分かるだろう?」


「だ、旦那ぁ! せめてこれで見逃してください!」


「あ~ん? なんだぁ? 中銀貨3枚(およそ1万5千円)だぁ? チッ! しけてんんなぁ……まあ、いいや。ギルドまで行ってたら日が暮れるな。おら! とっとと行きな!」


「あ、ありがとうございます!」



 保安官からしてこの感じだ。


 ノルドクシュの治安もいいとは言えなさそうだな。


 キンジュたち……上手く港に入ってこれるだろうか。


 だが――


 その心配も完全に杞憂に終わった。


 俺たちの船が港についてすぐ、キンジュは現れた。



「ドルク商会の皆さんですね……へへっ……毎度……」



 ノルドクシュでもキンジュの力は絶大だった。


 キンジュは子分に命じ、保安官に小さな包み(恐らく金銭)を渡させ、堂々と入港を済ませた。


 そして、まるで自分の庭のように子分を引き連れ、ノルドクシュ港の真ん中を歩いてきた。


 その様子を見ていた、他の保安官たちの話し声が聞こえてきた。



「おい……ドルク一家だ」


「本当だ……あの真ん中にいる小さいのがキンジュ親分か?」


「ああ……商会を立ち上げてから、表にも顔を出すようになったらしい」


「へぇ……あんな小娘が親分とは……ドルク一家も落ちたんじゃないのか?」


「バカ!!! キンジュさまは先代よりさらに武闘派で知られてるんだぞ! 聞こえたらどうする!」


「そ、そうなのか……じゃ、じゃあ、お、俺もお目通りしとこうかな」


「あ、待て! お、俺もいく!」



 これは――


 相当に顔が効いている。


 むしろ、治安が不安定な中では、キンジュのような裏の人間の方が上手くやっていけるのかもしれない。



「チッ! 今日のヤマはでかかったから、ちとばかし痛い出費だったね。こりゃ今月は子分たちに、もう少し気張ってしのぎをしてもらわないとねぇ……スゥ~ハァ~」



 そう言うと、キンジュは『大狸印のヤバい粉』と書かれた『例の積み荷』に腰かけ、煙管をふかした。


 その見た目でそれはダメだって……


 それにしても、この眼光の鋭さときたら――


 相変わらずの迫力だな。



「はは……しのぎ、上手くいってる?」


「ああ、子供たちのラーメンは評判だよ。先日――ディアナちゃんかい? 彼女が兄貴のアポロって子と『白い粉』(うま味調味料)を納品しに来たんだ。そんときに褒めてたよ。ヴィヴィの嬢ちゃんの味に引けをとらないって」



 アポロとディアナ!


 急にこんなことになったから、心配してたが……


 そうか……あいつら元気にやってるのか。



「良かったなヴィヴィ。クラーヅカの子供たちも頑張ってるみたいだぞ」


「ええ! 私もうかうかしてられません!」


「それより……積み荷を確認しな」



 キンジュはぽんぽんと『大狸印のヤバい粉』の箱を叩き――



「んっ……!」



 という声と共に両手を広げると、手下から抱え上げられ床に降りた。


 ……こうやって見ると、ただの小学生1年生なんだけどなぁ。



 ――ギィィィ……



 箱の中には、うま味調味料の袋と共に、幼女姿のローニャがすやすやと眠っていた。



「ローニャちゃん……まだ眠ったまんまなんやね……」



 ばあちゃんの表情に影が落ちる。


 やっぱり気にしているみたいだな……


 不可抗力とはいえ、ローニャはばあちゃんの魔力の暴走を止め、この状態になったんだ。



《恐らく未だ精神世界で情報の分析をされているのでしょう。ゴドー氏が言うには、ヨツシアにはローニャさまの同族……魔族がいるとのこと……目覚めるための手掛かりがきっとあるはずです》


「だってさ……ヨツシアに行けば、何かわかるさ」


「そうやね……」


「蓮さまよぅ、あたしらが出来るのはここまでだ。ここから先はあれだろ? ブンゴルドの海賊が手引きしてくれるんだろう?」


「ああ、そうなってる……そろそろソニンの船も来るはずなんだけど……」



 そんな話をしていると、船の外がにわかに騒がしくなった。



 ――「おい!!! 何だあの船!!!」――



 俺たちは何事かと思い、甲板に出た。



「ものすごいスピードだ! このままじゃぶつかるぞ!」


「お~い!!! 止まれ~~~!!!」


「おい……一隻じゃないぞ! なんだあの船団!」


「あの海賊旗……ブンゴルドのソニン海賊団だ!!!」



 かがり火に照らされ、10数隻の船団がノルドクシュ港に向かってきている。


 船団の先頭の船は物凄い速度で、俺たちが乗っているヒゼデジールの船に近づいてきた。


 こ、これは――


 ぶつかるぞ……ッ!!!



 ――「取舵(とりかじ)~~~!!!」――



 先頭の海賊船の船首に立つ人影が視えた……ッ!


 こ、この声……あの姿は――



 ――ザザザザザザァァァァ!!! ゴッ……ゴゴ~~~ン!!!



 海賊船は船首が俺たちの船にぶつかる直前、急激に進路を左に変え、激しい音をたてて、船腹同士をこすり合わせて横付けした!


 貨物船と海賊船に挟まれた海水は行き場を無くし、巨大な水柱となって宙を舞う。


 激しい衝撃が船を揺らし、俺たちはまるで足元をすくわれたかのように甲板に転がった!



 ――ザッパ~~~ン!!!



 激しい水しぶきが甲板に降り注ぎ、虫のようにひっくり返った俺たちはずぶ濡れになってしまった……



「よお~~~う!!! 待たせたな! 兄弟!!!」



 海賊船の船首でソニンが不敵な笑みを浮かべていた。



「ど、ど派手な登場だね……あれがブンゴルドのソニンかい……」



 流石のキンジュも、この『バカ弟』の登場に目を白黒させていた……











挿絵(By みてみん)

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