141 行き先
「135! 136! 138! ふっふっ!」
――チュンチュン! パタパタッ!
遅い朝日が昇り、小鳥たちが地面を啄んでいる。
身体の大きさや形はスズメとほぼ同じだが、羽の色は赤や青、黄色などポップアートのように鮮やかで、肌寒い灰色の風景に色を添えていた。
俺はスクワットをしながら、横目でその極彩色のスズメたちを眺めている。
キンジュに協力を仰ぐと決めて、大狸商店街に手紙を出してから、はや5日。
そろそろ何かしらの返答があるはずだ。
それまでの間、俺たちはヒゼデジールでそれぞれの時間を過ごしていた。
「……149! 150! たはぁ! よし! おしまい!」
俺はカリスとタリナに命じられた日課の腕立て、腹筋、背筋、スクワットをやっている。以前は1セット100回やるのもきつかったが、今じゃ150回は出来るようになった。
各種目、朝昼晩3セットで450回!
ふふ……少しはマシになってきたかな。
《蓮さま、毎日欠かさずに素晴らしいですね。今の蓮さまの素の強さは『ちびっこ相撲全国大会の上位』に食い込めそうです》
「おお! 初戦敗退だったのに! 全国大会上位かぁ~! なんでもコツコツとやるのが一番だね。はぁ~疲れた」
《この調子でちびっこ横綱を目指しましょう。その為には、飛ばしたスクワットの137回目をやって下さい》
「え、そう?!」
《はい、149回しかしてません。あと一回》
大狸商店街からの返事を待つ間、俺は特にすることが無いので、日課の筋トレと魔法の基礎訓練をやっている。
「137!」
ヴィヴィはこれからの旅路に備えて、何か考えがあるらしく、港の雑貨屋に買い物に行った。
ばあちゃんはテンマと朝の散歩だ。
といってもただの散歩じゃない……
――ヒュンヒュンヒュンヒュン!
――ヴォフッ! ブヒヒン!
《あ、伊織さまが帰ってきましたね》
ばあちゃんはテンマにまたがり、くさコプターを発動してくさペラを頭上で回している。
テンマは、くさ手でばあちゃんと身体を固定されたまま、空中で足をバタつかせてバランスをとっているが……
その飛行姿勢はかなり不安定だ。
「テンちゃん! ゆっくり! ゆっくり降りるよ!!!」
「ヴォヴォヴォヒン!!!」
――ヒュンヒュン……ズザァァァ!
ばあちゃんとテンマはガリルとの戦闘の反省から、毎朝の散歩を兼ねて、くさコプターの練習をしている。
これは……テンマの散歩になるんだろうか。
ただ吊られているように見えるが――
「ヴォハァ! ヴォフゥ! フゥ~フゥ~」
あ……かなりきついんだね。
テンマは目を見開き、激しく息切れをしている。
《まだまだ、空中での制御が難しいみたいですね。ですが、テンマさんがいないとくさコプターは成立しないので、頑張って貰わないと》
あれから、ばあちゃんは一人でくさコプターを発動できるか試してみたが、バランスをとるのが非常に難しく――
――ズガガガガガ!!!
「あばばばば!!! 誰か! と、とめてぇぇぇ!!!」
体勢を崩したばあちゃんは、まるで暴れ独楽のように地面をえぐりながら、暴走した。
「ば、ばあちゃん! うわぁ! こ、こわ!!! 施錠!!!」
とてもじゃないが、こんな危なくて恐ろしい技、おいそれと使えない。
色々試した結果、やはりテンマが一緒だと、何とかバランスをとれることが分かった。
それ以降、二人はくさコプターの練習に励んでいる。
「よぉ~しよしよし! はぁ~いテンマちゃん、よう頑張りましたぁ~!」
「フゥ~フゥ~、ヒヒィン……」
「朝ごはんば、やりましょうねぇ~」
ばあちゃんはまるでムツ〇ロウさんのように、テンマを撫でまわし、ニンジン型のマンドラゴラを与えている。
テンマは相当疲れているんだろう。
息を切らして、朝ご飯どころじゃない。
「ほら! テンちゃん! 食べんね! ほらほら! 好きやろが! 入れちゃろ。ズボッ!」
「ヴォヘェ!!!」
少し待ってやれよばあちゃん……くさコプターの実用はもう少し先だな。
「蓮ちゃん、大狸商店街からなんか連絡来た?」
「いや、まだだな。そろそろだとは思うんだけど――」
――蓮さま~! ガッシャガッシャ!
ヴィヴィが大きな荷物を背負い、港側から帰ってきた。
「どうしたのヴィヴィ、そんなに慌てて」
「来ましたよ! 連絡!」
そういうと、ヴィヴィは空を指さした。
――バサッバサッ!
朝日の中から羽ばたく音がした。
この音は――ッ!
「はぁ! はぁ! ……んッ!!!」
――バサッ! クルン! パンパンッ!
冬の乾いた空気の中、キュリーネさんの決めポーズの手を打つ音が響いた。
◇ ◇ ◇
キュリーネさんは大狸商店街からの返答を持って、たった3時間でここまで飛んできてくれたそうだ。
3時間?! 待て待て!
大狸商店街(福岡県中央部)からヒゼデジール(五島列島南西部)といえば――
《相当な距離ですね。200キロメートル以上はあるかと思います。一般的な翼人族ですと、一日に50キロメートル飛べれば上出来と言われています》
チエちゃんが言うには、身体の小さな鳥ならいざ知らず、人の大きさで空を飛ぶこと自体が航空力学的に相当な負担があるそうだ。
トビメス空輸でも、通常は翼人族がリレー形式で荷物を空輸している。彼女はその4倍もの距離を、たった3時間で……
《キュリーネさまは本当に素晴らしい飛び手ですね》
そんなわけで、今はキュリーネさんはこたつに入り、翼を休めている。
のだが……
――ずずぅ……パリパリッ……モグモグ……
隠れ家についてからというもの、キュリーネさんはヴィヴィの用意していたお茶菓子をずっと食べ続けている。
「あ、あの……キュリーネさん、まだお菓子ありますが……食べられますか?」
「た……ます」
相変わらず声が小さいな。
それにしても、物凄い食べっぷりだ……
この人こんなに大食いだったのか?
いや……たった3時間でここまで来たんだ。
休まず飛び続けたに違いない。
恐らく相当なカロリーを消費したんだろう。
《彼女の体重を40キログラムとして、200キロメートルの距離を重力に逆らいながら飛んだとするなら、そのカロリーはざっと計算しても1万カロリー……フルマラソン4~5回分に匹敵する……いえ、それ以上のエネルギーを消費されたのでは》
フルマラソン5回分?! そりゃお腹もへるわ!
その後キュリーネさんは、高カロリーな携行食をいくつも平らげ――
「ふぅ……ごち……さ……した……」
――パタン……すやすや……
「あ……キュリちゃん、寝てしもうたばい……」
え……寝た?!
お……おぉい! 大狸商店街からの連絡は?!
――ぷぅ~すぴ~……
しかし、むにゃむにゃと満足そうに眠るキュリーネさんの姿を見て、起こすのは忍びないので、そのまま眠らせることにした。
結局、彼女は丸一日眠り続け、起きたのは次の日のお昼過ぎだった。
急いで来た意味……とは……
◇ ◇ ◇
「みんな、静かにね」
キュリーネさんが目覚め、俺たちはこたつを囲み、彼女の声に耳をすました。
翼人族は声が極端に小さいからな。
「皆さま……昨日は眠り呆けてしまって申し訳ございません。お会いしたい一心で全力で飛んできたのですが、思った以上に疲れが出てしまいました」
「いや、こちらこそ……ありがとうございます……遠いところ大変でしたね……」
何故かつられて、こっちまで小声になってしまう。
「それで……ローニャの受け渡しはどうなりました?」
「3日後、あ、私……一日寝てたんですね……すみません」
確かに『寝たら意味なくね?』とは一瞬思ったが――
キュリーネさんじゃなかったら、もっと時間が掛かってただろう。
一日寝てもお釣りがくるくらいだ。
「2日後、ノルドクシュ港でキンジュさまが手引きして頂けます。『大狸印のヤバい粉』に紛らせてローニャさまをお連れするそうです」
なるほど……
キンジュは最近『うま味調味料』を、近隣地域の食堂に卸売りを始めた。
その積み荷にローニャを潜ませるってことか。
「ノルドクシュでローニャさまと合流されたら、船の乗り換えをして下さい」
「船の乗り換え?」
「ええ。ヒゼデジールの船はノルドクシュまでしか航行できません。ノルドクシュより東側はブンゴルドが治める海域ですので……」
そうか。ノルドクシュ(北九州辺り)を境に、西はヒゼデジール、東はブンゴルドが統治しているのか。
あ……ブンゴルドという事は――
「じゃあ、乗り換える船は……」
「ソニン海賊団の船です」
「ソニンちゃんとこの船ね!」
ローニャの受け渡しにソニンか。
何だか嫌な組み合わせだな……
ソニンと言えば――
――「お前が1000年人を愛せなかったんなら、それは出会ってなかっただけだ……今から俺がお前の……1000年目の男だ!!!」――
ローニャにぞっこんだからなぁ。
歯の浮くようなセリフを平然と言ってのける愛すべきバカだ。
でも――
「そうか……ソニンが迎えに来てくれるなら心強いよ。一応あいつ、俺の弟ってことになってるし、海賊だから裏のルートに詳しいだろうし」
「じゃあ、次の行き先はブンゴルドなん?」
ばあちゃんの問いかけにキュリーネさんの表情が曇った。
「いえ……ブンゴルドもかなり警戒されているようで、聖騎士団が張っています。ブンゴルドに入港するのは難しいかと……」
それはそうか……ブンゴルドは大狸商店街と兄弟同盟を組んでいるからな。
「ブンゴルドが駄目やったら……どこ行くん?」
「そうだな……とりあえず、大狸商店街に迷惑が掛からないよう、ローニャと合流することしか考えてなかったからな」
――「「「う~ん」」」――
皆、行く当てが思いつかずこたつに突っ伏してぬくぬくしている。
例のごとくヴィヴィだけはこたつの中だけど。
「あ、そうです……アポロさまから荷物を預かっていたんです」
「アポロから?」
「なんやろか?」
キュリーネさんは腰に巻いたポーチから包みを取り出した。
包みを開くとその中には、アポロのしおりが入っていた。
「お守りか!」
「こりゃ助かるばい! もう手持ちが無くなっとったけんねぇ」
「本当はもっと物資を持ってきたかったのですが、それだとかなり時間がかかるので……」
いや……どの道、多くの物資を空輸しようとしても、翼人族数人で運ばなければならない。そうなると地上からも目立ってしまい、聖騎士団から警戒されるだろう。
キュリーネさん単独で来てくれて助かった。
「あ、それと……これを」
そう言うとキュリーネさんは紐で巻かれた紙をこたつの上に差し出した。
「これは……」
紐を解き中を確認すると、それはオーティスが残したばあちゃんの絵だった。
森具智秘露呼を発動したときの、天使のような姿の絵だ。
「江藤書店に置いてあったので、そのままにしておくのはどうかと思いまして……」
「うん。これは……教会側に見られない方がいいと思う」
「私、こん時の記憶あんまりないんよねぇ。なんで見せん方がいいと?」
「だって貴族や聖騎士団って天使の末裔ってことになってるんだろう? 絶対まずいって」
「あ~そっか……」
そういえば……絵の裏にはメッセージが書いてあったな。
――ヨツシアへ――
「チエちゃん……」
《……そうですね。行く当てがないのなら、このタイミングがいいかもしれません。ローニャさまもソニンさまも縁がある場所みたいですし》
あの時……
ばあちゃんの魔力が『臨界点』を越えた時、オーティスはこう呟いていた。
――「臨界突破なんて、そうそう見れるもんじゃない。ヨツシアの時は見れなかったからな……こんなチャンスに巡り合えるとは……」――
きっとヨツシアに何かヒントがあるんだ。
ローニャが『国落とし』をしたとされる国――
「だね。ばあちゃん、行き先決まったよ」
「ん? どこ?」
「ヨツシア大陸。現世でいうところの……四国だ」
俺たちはオーティスの書き残した言葉を頼りに、ヨツシア大陸に向かうことにした。




