139 冬の訪れ~ヒゼデジール~
ヒゼデジールに着いてから10日ほどたった。
色づいていた木々も赤い衣を脱ぎ捨て、すっかりと冬の景色となった。
ゴドーさんは港のはずれにある厩舎付きの古家を与えてくれ、俺たちはそこで生活している。
「テンちゃん~! ご飯ば~い」
「ブヒヒィィン!」
ばあちゃんは馬に『テンマ』と名付け、毎日世話をしている。
テンマはばあちゃんに懐いてしまい、挨拶なのか、餌をやるたび狐耳をはむはむしている。
――『この馬と馬車、王さまたちにやんべぇ』――
タクロス会長が、これからの逃亡生活に必要だろうと、馬と馬車を俺たちにくれた。
本当に太っ腹な人だ。
会長は仕事があるので、ヒゼデジールに着いてから、次の日にはすぐに帰っていった。
「うぇへへ~、くすぐったいがぁ~へははぁ! お返し~! がぶぅ!」
「ヴォヒン?!」
テンマはまさかお返しで自分の耳を噛まれるとは思ってなかったらしく、目を丸くしている。
仲良すぎだろ、ばあちゃん。
そしてテンマには悪いが……汚いって。
馬の耳をはむな。
「おはようございます! 蓮さま! 伊織さま!」
ヴィヴィが寝ぐせで倍ほど伸びた頭を揺らしながら起きてきた。
「ヴィヴィ、今日も料理教室?」
「ええ、みなさん随分と腕を上げられましたよ」
「ヴィヴィちゃん、昨日も遅かったやろ~? 大丈夫なん?」
「大丈夫です! 今日は最終試験なので、皆さん張り切っているはずですから。私も頑張らないと! それより伊織さま……合格者に渡す『暖簾』は大丈夫ですか?」
「もっちろん! ゴドーちゃんにお願いして、準備して貰っとるばい!」
「ありがとうございます!」
揺れるヴィヴィの頭を見つめながら、俺はここ10日間の騒がしさを思い出していた。
あれからヴィヴィはヒゼデジールのコックたち相手に、連日連夜、料理教室を開いている。
しかし――
――『ゴドーさまの仰ることはわかりますけど、俺たちだってちゃんと料理してますよ』――
――『そーだそーだ!』――
最初はコックたちの反感が強かった。
そりゃそうだろう。
突然やってきた亜人の小娘に料理を教われ、と言われても納得できないだろう。
彼らだってプライドを持って仕事に取り組んでいるのだ。
とはいえ……ゴドーさんが言っていたように、調理方法はというと――
――『どうよこの焼き加減! お嬢ちゃんにこの焼き目は出来ないだろう?』――
本当に魚の塩焼きだけで、プライドと調理技術のバランスがとれていなかった。
「ええ、素晴らしい焼き加減ですね。皮目はパリッと、身はふっくらと。これ以上ない火入れです」
「だろうだろう! これが俺たちヒゼデジールの料理人の腕ってもんよ!」
「ですが……全て焼きだけというのはちょっと……焼いてしまうと壊れる栄養素もありますので、お刺身などの生食も取り入れたらいかがですか?」
「生で?! ダメダメ! 中には虫のついてる魚もあるから、腹を壊しちまうよ!」
「そうですね……でしたら、こういった火入れの方法もありますよ?」
ヴィヴィはコックたちを前に、魚の切り身を藁であぶって見せた。
「この様に高火力で表面のみをあぶれば、寄生虫対策にもなりますし、中はレアなので、栄養素も壊れません。薬味などと一緒に食べると更に栄養価もあがり、生臭さも抑えられます。漬けダレにつけて、食べてみてください」
「おお……これは……美味いなぁ! 魚は焼くもんとばかり思ってたが……」
「これ、タレや薬味を変えたら、色んな味が楽しめるんじゃないか?」
ヴィヴィは『焼き』に異常なプライドを持つコックたちにも馴染みやすいよう、たたき調理から教えていった。
なぜここまで彼らが『焼き』にこだわるのか――
答えは船にあった。
長い船上生活では『水』は貴重なため、必然的に『水を使う調理方法』が選ばれなかったのだ。
《ヴィヴィさま、少々いいですか?》
「ん? どうされましたチエさま?」
《寄生虫対策でしたら、こういったことも考えられますが……》
「へぇ~! そうなんですね。さすがチエさま! ちょっと皆さんに聞いてみます!」
何やらチエちゃんがヴィヴィに助言をしているようだ。
「えっと、皆さんの中に氷結系の魔法を使える方はいらっしゃいますか?」
「そんなに強くないけど、俺、使えるよ?」
「よかった! でしたら、魚を凍らせると虫は死ぬので、生でもいけるそうです」
なるほど……これは商工会の衛生講習で聞いたことがある。
というのも、大狸商店街で行うイベントや祭りで屋台を出す際、保健所から指導を受ける必要がある。
この冷凍法は、厚生労働省も推奨する予防策の一つで、アニサキスみたいな寄生虫は冷凍で死滅するらしい。
まあ、屋台で出すものは衛生上、基本的に火を入れたものばかりだから、刺身を出すなんてことはないが。
「でも、凍らすと味が落ちるんじゃないか?」
「ああ、俺も一度凍らした魚を食べたことがあるが、喰えたもんじゃなかったぞ」
コックたちも経験上、凍った魚を食べたことがあるようだ。
たしかに刺身を普通の冷蔵庫で凍らせたものは、ドリップが出て食べられたもんじゃないからな。
《それはそうですね……でしたらヴィヴィさま――》
「なるほど……分かりました。皆さ~ん、今は冬なので、氷結系の魔法の効きが強いと思います。採りたての新鮮な魚を、『可能な限り素早く』凍らしてください。そうすれば解凍しても美味しく頂けるはずです。ゆっくり凍らせると、中の水分が膨らんで身が壊れてしまうんです」
――「「「な、なるほど~……」」」――
この辺りから、コックたちのヴィヴィを見る目が変わってきたようだった。
「焼きと生食だけでは、やはり楽しみが少ないですね……せっかくですから――」
その後、ヴィヴィは『水が補給できる環境下』、つまり寄港した際などのために、煮物や蒸し料理の手ほどきを続けた。
初日の講習の評判はコックの間で瞬く間に広がり、次の日には多くの料理人が詰めかけた。
中には、ヴィヴィの腕に惚れ込んで、弟子入りを志願する者もいたが、俺たちは追われる身……全て丁寧にお断りした。
のだが……
「そ、そこをなんとか! ゴドーさまからお聞きしました。ファクタであのストンブリッヂ三つ星シェフ『ウェッソン・ワッキャメ』に料理勝負で圧勝されたとか……ヴィヴィさまほどの料理人に教えを請うたとなれば、我らの誉れになります! ぜひ、何か証を!」
――「「「お願いします! 師匠!!!」」」――
それでも皆、引き下がらず、料理人としてヴィヴィとの繋がりを持ちたがった。
すでに師匠呼ばわりだし……
「ど、どうしましょう……蓮さま」
「う~ん、俺たちの今の状況じゃ弟子にするわけにもいかないし……証って言われても……参ったな……」
俺たちが頭を抱えていると、ばあちゃんが嬉々として声を上げた。
「あ! そうやん! テストに合格した人には、ヴィヴィ食堂の暖簾分けしたらいいんやない?」
「あ~、暖簾分けか……いや、でもヴィヴィの名前は使えないよ。ゴドーさんにも迷惑かかるよ」
「そっか……ん? ヴィヴィちゃんの名前やなかったらいいんよね?」
「そりゃそうだけど……どうすんの? 暖簾分けなんだから、ちゃんとした料理人の名前か店の名前がいるだろう?」
「へははぁ~、ひとり適任がおるや~ん。ヴィヴィちゃんの名前が使えんなら、『あの人』の名前で暖簾分けしたらいいとよ~」
「あの人??? 誰?」
「うひひ~、ないしょ~。そうと決まれば、早速暖簾の用意ばせな! 私、ゴドーちゃんの所いってくる! テンちゃん! 一緒にいこ!」
「ブヒヒン!」
と、ばあちゃんは張り切ってゴドーさんの所へ駆けて行った。
そして――
「皆さん、全員合格です! これで基本的な調理技術は全てお教えいたしました。あとはそれぞれの現場に合ったやり方で、応用してください! お疲れ様でした!」
――「「「ありがとうございます! 師匠!!!」」」――
もとより、こだわりのある料理人たち(焼き限定)だったので、スポンジのようにヴィヴィの技術を吸収し、皆、無事試験に合格した。
「え~、では皆さんには合格の証明として、暖簾分けをしたいと思いますが……伊織さま、よろしいですか?」
「はいはいは~い!!! ゴドーちゃんのご厚意で、私が! わ~た~し~がデザインした暖簾を皆さんに贈呈いたしま~す!」
ばあちゃんは暖簾が入っている箱を開け、目を輝かせた。
「そうそう! これこれ! このマークよ! みてん! 蓮ちゃん、ヴィヴィちゃん!」
ばあちゃんが取り出した暖簾は、綺麗に折りたたまれ、そこには『丸に勝』の文字が大きく描かれていた。
「これって……先代の――」
ヴィヴィの表情が緩み、少しだけ頭が伸びた。
「ばあちゃん、丸に勝って……勝っちゃんか!」
「そうたい! 暖簾分けにヴィヴィちゃんの名前が使えんなら、勝っちゃん以外おらんめえもん!」
「そうですね! もとよりヴィヴィ食堂も先代より頂いたもの……これ以上ない素敵な暖簾です!」
これなら、俺たちがヒゼデジールに関与したことも誤魔化せるし、なにより……異世界で『勝っちゃん食堂』の名が広まるのは、俺としても嬉しい。
やるなぁ、ばあちゃん。
「へははぁ~そうやろそうやろ~! ゴドーちゃん! ありがとう!」
「いえいえ、こちらこそでございます。貴重な知識を分けて頂き、感謝しかありません。これで船上の食事がより豊かになり、船員の士気も向上致しましょう。さすれば、仕事の効率もあがり、国力にも大きく寄与――」
「ちょ! ちょっと待ってん!!!」
暖簾を広げたばあちゃんが震えながら声を上げた。
「ど、どうされましたか? 伊織さま。何か間違いがございましたでしょうか?」
「ゴ、ゴドーちゃん! これ! お願いしとった暖簾の形やないやないね!」
「え?」
ゴドーさんが用意した暖簾は、60センチほどの布に丸に勝の文字が書かれ、左右に細長い紐がついていた。暖簾にしては短い……
それは暖簾というより――
「これじゃ……ふんどしやないね!!!」
「ふん、どし……とは?」
「古の下着たい!」
「下着?! す、すみません。私としたことが、とんだ間違いを……」
ふんどし……そう、そのフォルムは完全にふんどしそのものだった。
「嗚呼! これ全部ふんどしやないね!!! ゴドーちゃんあんた勝っちゃんの晴れ舞台になんばしてくれよっと~!」
「本当に申し訳ございません! 今すぐ作り変えさせます!」
ばあちゃんとゴドーさんは二人とも涙目で狼狽えている。
「まあまあ伊織さま! 落ち着いて下さい。こ、これ……この形、エプロンに使えないこともないし、いいじゃないですか! ねぇ蓮さま!」
「う、うん! ほら、ばあちゃん! こうやってあてれば……ああ! 完全にエプロンじゃん! ね?! ゴドーさんもありがとう!」
ばあちゃんとゴドーさんは目を合わせ、一瞬の沈黙の後――
「…………本当にそう思っとる?」「思ってますか?」
「思ってる!」「思ってます!」
かくして、俺とヴィヴィの必死のフォローもあって……
ヒゼデジールの料理人たちは、丸に勝の文字が書かれた、暖簾のような、エプロンのような、まるでふんどしを腰に巻くことになった。
――「「「ありがとうございました! 師匠!!!」」」――
まぁ……みんな喜んでるから……いいか。
⛩――【大狸商店街へお越しの皆様へ】――⛩
本日は、数ある商店街の中から大狸商店街へお越しいただき、誠にありがとうございます!
第四章「第四章~望郷篇・冬~」が始まりました!
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大狸商工会・青年部 田中蓮(独身)
⛩――「冬空に 映ゆる誉れの 下暖簾」――⛩




