138 旅立ち~秋の終わり~
まずい……非常にまずい展開だ……
乗船の交渉に名乗り出たのは、よりにもよって俺たちの素性を知っている、ヒゼデジールの大使、カイドウ・ゴドー氏だった。
「本当に助かるべぇ。どの船も荷室がいっぱいだって断られてよぅ」
「先ほどから随分とお困りの様子でしたので。困ったときはお互い様です」
俺は布の隙間から、馬車前方の様子を伺った。
間違いない……ゴドー氏だ。
ゴドー氏は、料理勝負中、ほとんど喋らなかった。
だから、彼がファクタや教会とどのような繋がりなのか分からない。
もし、彼がイゾーノ伯爵やホセ司祭長と懇意だとしたら……
きっと俺たちを聖騎士団につきだすに違いない。
俺が前方のゴドー氏に気を取られていると――
「お~い! お前ら~! 勝手に先に行くな~!」
後方から覚えのある声が聞こえてきた。
こ、この声は――ッ!!!
「私を置いていくとは何事だぁ~!」
俺はゴドー氏にバレないように、布の中からそろりと馬車の後方を覗いた。
「お言葉ですが……副団長のペースに合わせていると、追跡などできませんので」
「うるさぁ~い! 説教だ! 説教! そこに並べ~!」
ガ、ガリルだ――ッ!!!
俺たちがもたもたしている間に追い付かれてしまった!
だが……
ガリルも聖騎士団も港の入り口付近にいる。
ここからはかなり距離があって、まだ俺たち――この馬車を認識していない。
「いいかぁ~。副団長というのはだなぁ~。団長の次に偉いんだぞ~。お前らはヒラの団員だろうがぁ~。お前も、お前もお前もヒラヒラ! もっと私を敬え~!」
ガリルは団員たちに説教という名のダル絡みをしている。
今のうちに早く……船に乗らないと!
ばあちゃんもヴィヴィもガリルに気付いたらしく、青ざめた顔をしている。
ばあちゃんは尻尾を膨らまし、ヴィヴィは猫族特有のアレ、頭を伸ばして……って――
尻尾と頭が布から出ている!!!
「ばあちゃん……ッ! 尻尾! ヴィヴィ……ッ! 頭伸びてる! 隠せ……ッ!」
「ご、ごめん!」「すみません……ッ!」
――ガサガサッ……!!!
慌てて二人は布の中に尻尾と頭を隠したが――
ゴドー氏に見られたか?!
「じゃ、じゃあ! さっそく馬車を船に乗せるだぁ! 船員さん、船橋降ろしてくれぇ!」
タクロス会長が俺たちの物音を誤魔化すように話を進めた。
会長が必死で俺に目配せをしてくる。
会長もガリルに気付いたようだ。
「分かったよ。ちょっと待ってな」
船員はそう言うと船に戻っていったが、ゴドー氏の表情は明らかに曇っていた。
「……タクロス会長……大変不躾で申し訳ありませんが……乗船の前に、馬車の荷台を確認させて頂いてもよろしいですか?」
「いい?! 荷台を……だべか?」
今ここで――
俺たちが荷台に潜んでいることがバレたら、また、ガリルに……
それは絶対に避けなければならない!
馬ももうボロボロだし、『馬なし』では、くさコプターはまともな発動ができない。
となると、あいつと戦うことに……
いやいやいや! 勝てる気がしない!
あいつの『水牛の泥遊び』は、俺たちと相性が悪すぎる!
そもそも地面の液状化なんて、チートすぎるんだよ!
タクロス会長!!!
頼む! 何とか誤魔化してくれ!!!
「ん~~~、おらの荷物は大したもんねぇべよ~。奴隷牧場の子供たちに配る服やお菓子やらばっかりだぁ~。さっきも子供たちが楽しそうに選んでてよ~、中がわやくちゃだぁ……散らかってて見せるのも恥ずかしいべよ~」
「……左様でございますか……会長の慈善活動は聞き及んでおります。さすが亜人の希望の星……敬服いたします」
「いやいや! そんな大層なもんでねえだぁ。な、なんか気になることでもあるだべか?」
タクロス会長が話題を逸らそうと必死だ。
「ええ……実は先ほど、イゾーノ邸にて捕り物がありまして」
「と、捕り物? そういや、聖騎士団の連中がうろうろしてるなぁ」
「ツクシャナ共和国の王と救い主と呼ばれる巫女が、魔族との繋がりを疑われましてね……人質を取り、逃走したのです」
「へ、へぇ~! 人質を……恐ろしいこともあるもんだべなぁ!」
「その人質というのが、ツクシャナの料理人で、素晴らしい腕を持つ人物でありまして」
「はぁ……」
「あの料理人は本当に素晴らしい。腕もさることながら、料理人としての矜持といいますか……『食べる者を楽しませよう、食材に報いよう』そんな心づもりに、私は大変感銘を受けました」
ゴドー氏の意識がこちらに向いているような気がする。
これは――
俺たちに向かって喋っているのか?
「我が国は西のブンゴルドと同様、海洋国です。国民のほとんどが船舶関連の仕事に従事しており、その航海術はブンゴルドに引けを取らないと自負しております。ただ……突出した操船技術とは裏腹に、調理技術に難がありましてね……船乗りたちの食事といえば、釣り上げた魚を焼くばかり……国民性というか、あまり食事に頓着を持たない者たちばかりで」
「はぁ……」
タクロス会長は何の話か分からず、困り果てている。
「長い船旅で、航海術に次いで重要になってくるのが食事です。味もさることながら、栄養面にも気を配らなければならないと、私は考えます。我が国にもあのような料理人がいればいいのですが」
「あの~、何が言いたいんだべ? おら達、急いでるんだけんども」
「……たち? 会長お一人では?」
「いいい?! いや! ほら! 馬! この馬の事だべぇ!」
「ああ、なるほど、馬の事ですか。まあ、それはいいとして……タクロス会長……私は、あの料理人にもう一度会いたいと思っております。もし――何かご存知であれば、お教えいただきたい」
ゴドー氏は視線を馬車の荷台――俺たちの方に向け、続けた。
「レシピとまでは言いません……我がヒゼデジール船団のコックに彼女の料理技術の手ほどきをして頂ければと。もし……それが叶うのであれば、私の積み荷の食材は全て差し上げますし、馬車の乗船運賃と……『お連れの方々』の乗船運賃も――こちらで持ちます。いかがでしょう?」
――ジジッ……
成り行きを見ていたチエちゃんが、念話で話しかけてきた。
《蓮さま。この方……もう完全に私たちの事に気付いてらっしゃいますね。これはタクロス会長というよりも――蓮さまに交渉を持ち掛けてらっしゃいます》
(やっぱり……そうだよね)
タクロス会長が困った顔でこちらを窺う。
どうするか……
ゴドー氏の真意が分からないまま、この交渉に乗るのはリスクがあるが――
「おい! お前ら! 何で私を見下ろしてるんだ! 私が説教しているのに!」
「いや……副団長が小さいから……仕方ないでしょう」
「うるさい! 言い訳するな! 沈め!!!」
――ぎゃあ~~~!!!
ガリルは部下の騎士たちを身体半分ほど地中に埋めた。
どの道、ここで乗船しなければ……
俺たちもあの部下たちと同じ目に合ってしまう。
――「お~い! タクロス会長~! 馬車、のれるぞ~! 急いでくれ~!」――
船橋が降りている。
……迷っている時間はないな。
俺はタクロス会長に、その交渉を受けると首を縦に振った。
「……いい料理人なら知ってるべぇ。紹介すっからよぅ、馬車……乗せていいかぁ?」
「そうですか……ッ! それは大変ありがたい。では、交渉成立ですね!」
二人は握手を交わした。
「……荷台の確認はしなくていいんだべか?」
タクロス会長が荷台に目をやり、ゴドー氏に確認した。
「……ふふ、確認ならもう十分です……さあ。急いで船に!」
タクロス会長はゴドー氏に促され、馬車を船に進めた。
◇ ◇ ◇
――「お~し! 船橋をあげろ~! 出港準備~!!!」――
船の荷室に着くと、俺たちはそろりと馬車の荷台から降り、ゴドー氏と向き合った。
彼はニコリと笑顔をみせ、頭を下げた。
柔らかい表情、敬意ある所作……
敵意も、俺たちを聖騎士団に突き出す気もないのが、その振舞いから伝わってくる。
「ゴドーさん……どうして俺たちを助けるような真似を?」
「……はて? 私はただ積み荷をタクロス会長に譲っただけですが? 素晴らしい料理の手ほどきと引き換えにね」
ゴドー氏は何食わぬ顔でひょうひょうと答えた。
「……田中さま、私は国益を優先しただけです。彼女――ヴィヴィどのの料理の腕は本当に素晴らしい。彼女から手ほどきをして頂ければ、我が国の大きな利益になりましょう」
なるほどね……建前はきっちりと、利益はしっかりと……か。
さすが大使って役職なだけはあるな。
「それに――祝賀会での田中さまや伊織さまのお言葉や振舞いを見て、私にはお二方がどうにも悪い人たちではないように思えまして……恐らく何か事情があると判断いたしました。ただそれだけのことです」
と、ゴドー氏は爽やかに笑う――だがどこか地味な、その笑顔が親近感を持たせた。
この人……なんか……俺に似てるな。
特に地味な感じが。
「あと付け加えるなら、ヒズリア最大級の運送商会の会長、タクロスさまに恩を売れるとなれば、この絶好の機会、見逃すはずが御座いません。ふふふ」
「あいや~、こりゃ一本取られたべぇ、なあ? 王さま」
「ええ……」
この人……祝賀会じゃ地味で影が薄かったが――
一番の曲者じゃないか。
――「出港~~~!!!」――
船員の声と共に、船が桟橋から離れ、海へと向かう。
幸い、出航するまでガリルは俺たちに気付かず――
「これからは私のペースに合わせろ~!」
「だからそれだと、仕事になりませんって」
「何を~~~!!! このまま真っ二つにしてやろうか~!」
地中に埋まった部下たちに絡み続けていた。
はぁ……なんとか……無事逃げられた。
「ほとぼりが冷めるまで、我がヒゼデジールで過ごされるといいでしょう。その間、ヴィヴィどのには料理の手ほどきを」
「は、はい……ッ! い、一生懸命、頑張ります!」
こうして俺たちは、聖騎士団とギルドから追われる身となり、ヒゼデジールに身を寄せることになった。
ファクタ港が……もうあんなに小さく見える。
「暫く……大狸商店街ともお別れだな」
「そうやねぇ~。まあ……あんまりくよくよしても仕方ないばい! 元気出していこうや! ね! ヴィヴィちゃん」
「そ、そうですよ! ヒゼデジールでも美味しいものを作りますから!」
「それは楽しみだな」
俺たちは離れていくクシュ大陸を惜しむように眺めていた。
「えっきし! ふうぅぅ! 寒いばい! 蓮ちゃん、荷室に戻ろうや!」
「ああ」
「馬ちゃ~ん! 野菜ば、貰ったけん、食べりんしゃ~い!」
「ブヒヒィィン!」
冷たい海風が、秋の終わりと波乱の冬の幕開けを告げているようだった。
【第三章~外交篇・秋~】 完
【第四章~望郷篇・冬~】へ続く
⛩――【大狸商店街へお越しの皆様へ】――⛩
本日は、数ある商店街の中から大狸商店街へお越しいただき、誠にありがとうございます!
これにて、第三章「外交篇~秋~」は無事、完結を迎えました。
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次は、第四章「望郷篇~冬~」でお会いしましょう!
大狸商工会・青年部 田中蓮(独身)
⛩――「遠ざかる 街の灯恋し 冬の風」――⛩




