137 MVP~UMA~
くさ手で覆われた馬車にはくさ足が生えている。
まるで馬車ごと、くさ神輿にしたような形だ。
さっきから『くさくさ』言っていて自分でもおかしいと思うが、実際そうなんだから仕方ない……
くさ足はドボドボと泥を掻き分けているが、思うように前に進まない!
きらりと光が俺の目を刺す――
大きく構えたガリルの斧が、秋の西日を反射していた。
「馬ちゃん!!! いけぇ~~~!!!」
「ブッヒィィィン!!!」
ばあちゃんの掛け声の意味が分かっているのか、馬は最後の力を振り絞り、ぬかるんだ地面を蹴った!
――ドヒュン!!!
ガリルの斬撃が放たれた瞬間――
馬車はふわりと宙に浮かび、間一髪で斬撃を交わした!
ガリルの斧はぬかるんだ地面を真っ二つに割り、激しい泥飛沫が左右に飛び散った。
――ヒュンヒュンヒュン!!!
馬車の上部から、切り裂くような回転音がする……
「おいおいお~い……そんなことまでできるの~? ちょっと反則じゃない~?」
ガリルは地中に埋まった斧をズブズブと引き抜き、馬車を見上げている。
「ば、ばあちゃん……な、なにした?」
「く、くさペラ……」
「くさペラ??? 何だそれ?! これ以上『くさ』を増やすな!」
「くさペラはくさペラたい! よう見んしゃい! こ、これが……く、くさコプターたい!!!」
――「「「くさコプター?!」」」――
そう……
ばあちゃんはくさ手を高速回転させ、まるでヘリコプターのように馬車を飛ばしたのだ。
だが、馬車が重いのか、くさペラの揚力が足りないのか、くさコプターの高度は徐々に下がっていく。
馬はパニックを起こし、バタバタと暴れ、激しく馬車を揺らす!
「い、伊織さま! 落ちてる! 落ちてますよ! くさペラもっと回してください! あと、お馬さん! 落ち着いて!」
ヴィヴィがバンバンと馬車を叩き、焦りの声をあげるが、もう地面はすぐそこだ。
「お~い! 待てぇ~! 待てってばぁ~! はっはっはっ」
「王さまぁ! 鈍牛がまだついてくるべぇ! お、おっかねぇ~!」
タクロス会長はガリルのしつこさに半泣きだ。
「鈍牛いうなぁ~! 私は水牛だっていってるだろ~! 待てってばぁ~!」
ガリルは鈍足で泥沼の上をペタペタと追ってくる。
こいつ……ずっと『待て待て』と一辺倒に……本当にしつこい!
その表情は子供が鬼ごっこをしている時の様に楽しげでもある……
こ、怖いんだよ!!!
斧を振り回しながら、笑顔でじわじわ来る奴に『待て』と言われて待つ奴がいるか!
捕まったら即『首刎ね』の鬼ごっこだろう!!!
「伊織さま!!! つくつく! 地面ついちゃいます!!!」
「ヴィヴィちゃん、わ、分かっとるんやけど! これ以上は――無理ばいぃぃ!」
「ば、ばあちゃん……くさコプターは魔力の消費が激しいのか?!」
「魔力は問題ないんやけどッ! これッ! 物っ凄く難しいんよッ! あ、頭がごちゃごちゃするぅぅぅ!!!」
「あああ! 伊織さま! 落ちます!!!」
――バシャァン!!!
くさコプターは一度地面についたが……
暴れる馬の脚が地面を蹴り、僅かだが再び浮かび上がった!
《それはそうです! ヘリコプターの制御は航空力学の中でも難しいとされています! 揚力の非対称性による傾きや回転翼特有の歳差運動など、複雑な姿勢の補正制御が必要となり――》
「チエちゃん! 今は詳しい講義はいい! 飛ぶための打開策、結論を!!!」
くさコプターは地面すれすれの高度を何とか保ちながら進んでいる。
そうだ……くさ神輿じゃ足場が無くて逃げられない。
仮にくさ手で船を作ったとしても、水牛の泥遊びか?
あれを解除されたら、きっと固定されて詰んでしまう。
無茶苦茶だが、このくさコプターが――
最適解!
俺たちには今、飛ぶしか道はない!
《そ、そうですね! しかし……テールローターも無い今、なぜ直進しているのか……》
――バシャンッ! バシャシャンッ!
馬が必死にぬかるんだ地面を横向きに蹴っている。
《はっ……ッ!!! こ、これは、まさか――》
そのたび馬は、馬車と自身を繋ぐ板に身体を打ちつけた。横腹に赤黒い筋が滲んでいる。
「ブヒンッ! ブフゥ! ブホフゥ!」
《お、お馬さんが……くさコプターの横回転を相殺している……? まさか! ジャイロ機構の代わりを?!》
――「「「え?!」」」――
この馬……パニックに陥ってただ暴れているのかと思ったが――
こ、こいつ!
身体全体を使って必死に立て直そうとしていたのか……ッ!!!
――「「「う、馬ぁぁぁぁ!!!!!」」」――
俺たちは思わず口に手を当て、震えながら叫んでしまった。
「おい~! 馬ぁ~! おめぇ~やるでねぇかぁ~! 売れ残りの格安だったのによぅ~! ケチっておいて良かったべぇ~!」
さらりとタクロス会長が酷いことを言ったが――
この逃走劇のMVPがいるとしたら……
間違いなくこの『名もなき馬』だ!!!
《伊織さま! テールローターを作ってください! 少しでもお馬さんの負担を減らしましょう!!!》
「いいい?! テール?! なんて?!」
《ほら! ヘリコプターのお尻についてる、横向きの小さなプロペラです!》
「あああああれね! や、やってみるぅ~~~!!!」
ばあちゃんはくさコプターの後方に小さなくさペラを生やし回転させた。
途端に挙動は安定し、くさコプターは直進し始めた!
「ブヒヒィィン!!!」
馬が力強く地面を蹴り、くさコプターはふわりと宙に舞い上がる。
揚力の足りないくさコプターは何度も地面につきそうになるが、そのたび馬が地面を蹴り、速度を上げていく。
「伊織さま! 蓮さま! 飛んでます! いや……跳んでる?! う~ん……とにかく浮いてます!!!」
ヴィヴィは興奮気味に馬車を叩き続けている。
そりゃそうだ。
ヒズリアじゃ空を飛ぶなんて、翼人族でもない限り考えられないだろう。
「はっはっはっ……うわ~……そんな感じでいくんだぁ~。これは私の水牛の泥遊びじゃあ、無理だなぁ~」
くさコプターは跳ねながらガリルから離れていく。
まるで雲の上をジャンプしているみたいな……
雲の上を……
――バシャン!
馬が泥を蹴るたびに、くさコプターは上昇と下降を繰り返し、激しく揺れる……
――ドシャ!
こ、これは……ひ、非常に……酔う!!!
最悪の乗り心地だ!!!
「おえぇ……き、気持ち悪い……世界が……揺れる!」
だが、ガリルとの距離はかなり開いた!
「はっはっ……あ~、疲れた。もういいや……バイバ~イ、ま~た~ねぇ~……」
ガリルは斧を肩に乗せ、笑顔のまま手を振っている。
あ、諦めたのか……?
――ダダンッ!
あ……馬が地面を蹴る音が変わった!
水牛の泥遊びの範囲外に出たんだ!
いける!!!
「おえぇ! ば、ばあちゃん……このまま港に行くぞ! す、進めおえぇぇぇ!」
「は、はいよう! 馬ちゃん! バランス頼むばい~!」
「ブヒヒィン!!!」
俺たちは馬のお陰で、何とかガリルから逃げだすことができた。
◇ ◇ ◇
命からがら港に辿りついたが、やはりここにも聖騎士団が張っていた。
「みんな荷台に隠れててくれぇ。船に乗れるか交渉してくるべ」
俺たちは荷台の荷物に紛れ、タクロス会長から布を被せられた。
「タクロス会長、お疲れ様です。今日は海路ですか?」
「そうそう。ち~とばかし遠出でよぅ~」
タクロス会長は港でも顔なじみらしく、船員や他の商人たちから次々と声をかけられた。
会長……やっぱり有名な人だったんだ。
そのおかげか、張っていた聖騎士団にも特に怪しまれることもなく、無事港に入ることができた。
港にはいくつかの貨物船が停泊している。
会長が船員に乗船の交渉をするが――
「馬車一台ですかぁ~。いや~、もう荷室は食材やらなんやらでパンパンですよ。いくらタクロス会長の頼みでも、スペースがないとどうにもならないですよ」
「そうかぁ~……分かったべ」
「それより……その馬……大丈夫ですか? なんかボロボロですけど」
「ああ~。こいつは見た目はこんなだけど、とんでもねぇ――いや! 飛んだ名馬さぁ! なぁ~馬ぁ~!」
「ブ、ブヒヒン……」
飛んだ名馬か。ふふ、言い得て妙だ――
実際あの後、馬は何度も馬車に身体を打ちつけながらも、数キロにわたり沿岸の街道を飛んだ。
「蓮ちゃん! なんか……くさコプター飛ばすの……楽になってきたかも!」
《……お馬さんの姿勢制御が良くなってきているからかもしれませんね》
「それになんかねぇ~、くさペラの角度? 方向? そんなのをお馬さんが教えてくれるような気がするばい!」
《ふむ。まさに人馬一体。くさコプターは伊織さまとこのお馬さんでなければ、不可能な技ですね》
港につく頃には、まだまだ不安定ながらも滞空時間は伸びていた。
まさに飛んだ名馬なのだ。
格安の売れ残りらしいけど……
――「お~い! 出港するぞ~!」――
停泊した船が出港する中、会長は次々と乗船の交渉をするが――
どの船も荷積みが終わっているらしく、なかなか首を縦に振ってくれなかった。
「頼むべぇ! あんたんとこが最後の船なんだぁ」
「そうは言ってもなぁ。この船、ヒゼデジール行きだぜ? 会長、ヒゼデジールに用とかあんの? あそこは小島だらけで、陸送の出番ないでしょう」
「ば、場所はどこでもいいんだぁ。荷室の食材を言い値で買うからよぅ、何とか乗せてくんねぇべか? 買った食材はおらの馬車に積めば、その分スペースが空くべ?」
タクロス会長は粘り強く交渉する。
「言い値で?! それだったら確かにスペースは確保できるけどよぅ……荷主が売ってくれるかどうかだねぇ……もう、出航時間も近づいてるんで、勘弁してもらえないか?」
「頼むからよぅ、荷主に相談してくれねぇか? これからもあんたんとこ贔屓にするからさぁ。な? こん通りだべ!」
布の隙間から、タクロス会長が若い船員に手を合わせ、深々と頭を下げているのが見える。
「参ったなぁ。どうしたの会長……普段のあんたなら、こんな無茶な交渉してこないのに……何かわけがあるの?」
「わ、わけは言えねぇが……おらぁ、この馬車をなんとしても船に乗せたいんだぁ。頼む!」
「わけが言えないって……ますます会長らしくないじゃないか。それじゃあ、荷主に説明もできないよ」
無理か……
会長も俺たちも諦めかけたその時――
――「私の荷物をお売りいたしましょう……」――
角度が悪く、顔は見えないが、身なりのいい男がタクロス会長に歩み寄ってきた。
「ほ、本当だべか?! 助かるべぇ!」
「ええ……お見受けしたところ、タクロス商会の会長さまでいらっしゃいますよね?」
ん……この声……どこかで聞いたような……
「んだんだ。おたくは?」
「私はカイドウ・ゴドーと申します。ファクタで、ヒゼデジールの大使をしております」
カイドウ・ゴドー?! ヒゼデジール大使って……
――『この美味さ……嚥下するのも憚られます……マムマム……』――
ヴィヴィの料理をいつまでも咀嚼していた、審査員のあの人か!!!
まずいまずいまずい!
料理勝負の場にいた人間じゃないか!!!
ヴィヴィもばあちゃんもゴドー氏のことに気づき、毛を逆立てた。
俺たちは互いに目を合わせ、荷台で身を寄せ合い息を殺した。




