136 鈍牛のガリル
――ガラガラガラッ!
「王さまぁ! 聞いたことがあるべぇ! 聖騎士団の副団長ゆうたら、『鈍牛のガリル』と呼ばれる凄腕の斧使いだってぇ! 鈍牛って言うくらいだから、おらぁ牛みたいな大男だとばかり思ってたけんど……あんなちっこい女とは思わなかったべぇ!」
タクロス会長が青い顔で馬車を走らせる。
鈍牛のガリル? 足が遅いからついた異名か?
しかし、小柄な体格に似つかわしくない両刃の大斧。あんな武器、使いこなせるのか? タリナが使っているのと同じくらいの大きさだぞ。
それにあいつ……離れ際に何て言った?
射程範囲内っていったか? ってことは……
ガリルは何やらぶつぶつと呟いているように見える。
あれは――詠唱!!!
「会長! 急いで!!! あいつ……なんか仕掛けてくる!!!」
「おほぅ?! これ以上け?!」
「ばあちゃん! くさ手でいつでも護れるように――」
ばあちゃんに守備を指示しようとしたその時……
――ガラガラ……バシャシャシャ……
車輪の音が水たまりを走る様な音に変わった。
――ガクンッ……ジャブジャブジャブ!
「あんれまぁ~?! 車輪がぬかるみに取られただかぁ?!」
馬車はバランスを崩して、斜めに傾いた。
「蓮ちゃん! あの女の人! 追いかけてくるばい!」
ガリルはトテトテと遅い足取りでこちらに向かってくる。
俺たちとの距離は、50メートルくらいだが……
なんだ?
風景がさっきと……違う……
ガリルの周囲がやけにすっきりと見える。
「はっはっほっ、お~い、待てってばぁ~!」
この街道……こんなに見晴らしがよかったか?
いや……ッ! 明らかにおかしい!!!
さっきまで俺たちが隠れていたボロ小屋がない?!
――ズブズブ……ズブブブブ!
「王さまぁ! 馬車がぁ! し、沈んどるべぇ!」
荷台から身を乗り出し地面を見ると、硬いはずの地面がまるで沼のようにドロドロになり、車輪が沈みつつあった。
――バサササァ!
街道脇の林の方から音が聞こえ、思わず視線を送る。
俺は目を疑った。
ガリルを中心に林の木々が地面に沈んでいく!
「これは……地面が……液状化してるのか?!」
《蓮さま! これは土属性の範囲攻撃です! 早く範囲外に逃げないと!》
駄目だ! もう車輪がほとんど地面に沈んでいる!
「はっふっはっ……待てぇ~! そこのおっさん、鈍牛っていったなぁ~! 私は鈍牛じゃないぞ~! 私の異名は~『水牛のガリル』だぁ~!」
ガリルだけは液状化した地面の上をペタペタと走っている!
「お前らは~、し~ず~め~るぅ~!」
斧を構えた彼女が、じわじわ迫ってくる。
このビジュアル……シチュエーション……足が遅いのが逆に怖いんですけど~!!!
「ほっふっほっ……よ~し! この距離なら~届くぞ~! とぉ~う!!!」
――バッシャーン!!!
ガリルは両刃の大斧を横にして、刃ではなく面の部分を激しく地面に打ちつけた!
衝撃で地面は大きく波打ち、土の波紋が大きく広がってく!
あの大斧……そうやって使うのか!
波が馬車に着いた瞬間――
――ドッボンッ……ズボボボボッ!
馬車は波にのまれるように、すっぽりと地中に沈んでしまった!
まずい……ッ! 馬車ごと、どんどん『落ちていく』!
俺たちは沈みゆく馬車から慌てて飛び出し、手足を必死にばたつかせ、水面――じゃなくて、地面から顔を出した。
「がはぁ! ばあちゃん! ヴィヴィ! タクロス会長! 無事か!」
「ぶへぇ! 蓮ちゃん! 目に土がぁ! いだだだだぁ!」
ドロドロの土がばあちゃんの顔に張り付いている。
分かるぞ、ばあちゃん……俺もエリカに生き埋めにされた時にその痛さを知った!
「ゲホッゲホッ! 蓮さま! 私は大丈夫です! タクロスさまは?!」
「お、おらも、大丈夫だぁ~……口ん中に泥が……うぇ! うぉ! うおぇ!」
タクロス会長が完全に志村のお師匠だ! 前々から志村っぽいと思っていたが、完全にシンクロしてる!
俺たちはジャブジャブと泥をかき分け、地面から顔を出して、息をするので精一杯だ。
「ああ! 馬ぁ! おらの馬がぁ! 馬車と一緒に沈んじまったままだべぇ! おお~い! 馬ぁ~! どこだぁ~!」
まずいぞ……今、馬車という絶好の隠れ蓑を失うわけにはいかない。
何とかしないと!
でも……こんな状態……どうすれば……ッ!
「はわぁ! 蓮ちゃん! 後ろ後ろ!」
「え?」
両手両足をばたつかせながら振り返ると、すでに俺の頭上にはガリルが余裕の表情で立っていた。
「よ~し、いい感じじゃん。そのままそのまま~。『水牛の泥遊び』……解除」
――ズズズズ……
魔法の解除と共に、液状化した地面が元の硬さに戻っていく。
「こ、これは……! 身動きが――」
俺たちは頭だけ地面から出した状態で生き埋めにされてしまった!
「はい~。拘束完了~。さてと……あれ? これどうするんだっけ? 赤札だから死んでてもいいんだっけ? じゃあ~、このまま首を刎ねた方が……楽じゃんね?」
――「「「いいぃ?!」」」――
「うんうん。良い感じに生えてるじゃん。これだったら一振りで刈れちゃうね。よかったねぇ、一人ずつだと……怖いもんねぇ」
ガリルは頭が地面につくほどに態勢を低くし、斧を構えた。
「痛いのは一瞬だよ~。あとは真っ暗、意識は地の底……」
ゆっくりと身体を捩じり、斧を水平に振りかぶる。
どうするっ! 俺はまだ体力が戻ってない……
俺一人ならまだしも、全員を守るには纏雷も施錠も役に立ちそうにない!
俺じゃこの状況をひっくり返せない……
だったら――
「ばあちゃん! 略式でいい! アレをやれ!」
《伊織さま! 対象をしっかり意識して!》
「アレっち?! いいと?!」
低く構えたガリルの太ももとふくらはぎが膨れ上がり、今にも大斧の斬撃が飛んできそうだ!
「早く!!!」《正面へ!!!》
焦る俺たちを前に、ガリルはニコリと笑った。
これが――今から人の首を刈ろうとする人間の顔か?!
「じゃあねぇ~。バイ……バァ~~~イッ!!!」
――ドヒュンッ!!!
「森湧――!!!」
ばあちゃんが魔法を放つより早く、ガリルは斬撃を放った。
まずい……俺が一番手前……これは……俺の首が真っ先に飛んでしまう!!!
いけるか……いや、迷ってる暇は――
「神槌!!!」
――バリィッ!!!
思考が加速する……が! 頭が割れるように痛い!
これ――絶対鼻血出てるぞ!!!
斧の刃がもう目の前、顔の左側、ほんの数センチの所まで来ている!
《蓮さま! 抜け出して!》
俺は超速で全身を捩じらせ、地中から出ようとするが――
斧が俺の首に到達する方が……早い……ッ!!!
咄嗟に地中の左拳を繰り出し、斧めがけて真下から突き上げる!
音を置き去りにした俺の拳は地表を突き破り、僅かに斧の側面をとらえた!
斧の軌道は僅かにずれ、思いきり右に傾けた俺の左側頭部をかすめ、髪の毛を刈り上げた。
や……ばい……
ほんの少しかすっただけなのに……意識がとぶ……
神槌が解けると同時に、時間間隔が元に戻る。
「――顕地!!!」
――ズッ……バルルルルルッ!!!!!
ばあちゃんが放った略式の森湧顕地の触手は、瞬時に俺たちと馬車を地中から引きずり上げ、同時にガリルめがけて飛び出した!
――ズッ……ドンッ!!!
「な――に?! これ!!!」
まるで巨大な掌の様な触手は、ガリルを鷲掴みにし、グングン伸びていく!
――ドガンッ……
ガリルは俺たちが隠れていたボロ小屋あたりで、触手に激しく押さえつけられた。
「蓮ちゃん! 大丈夫ね?!」
ばあちゃんは触手を操り、俺たちと馬車を地面に降ろした。
「いや……かなり……きつい……動けない……」
チエちゃんからの念話が無い。魔力演算中か……
「タクちゃん! 馬車! お馬さんは?!」
――ブヒヒヒン!
「だ、大丈夫だぁ! 馬ぁ! よく頑張ったべぇ!」
「はぁ~ん! 馬ちゃあ~ん、怖かったねぇ~!」
良かった……馬は何が起こったか分からず、混乱しているが、無事のようだ……
「おい~! これからどうすべぇ?! 王さまぁ!」
「み……港へ急ごう……ばあちゃん、ガリルは?」
「いま触手で押さえつけとる!」
「よし、そのまま押さえててくれ……」
この距離なら、あいつの射程範囲外だろう……
「ヴィヴィちゃんも乗って!!!」
「は、はい!」
ばあちゃんはくさ手で俺を抱え上げ、馬車に放り込んだ。
「タクちゃん!!! 出して!」
「おうよぅ!」
タクロス会長が馬車を出そうとした瞬間――
――ズブブブブッ……
またもや地面が液状化し始めた!
嘘だろう?! 結構な距離をとっているのに!
《――ジジッ! 蓮さま! 戻りました!》
「チ、チエちゃん……」
《恐らくこの範囲攻撃……伊織さまの森湧顕地の触手に本人が『直接』触れています……だから、ここまで範囲が伸びているのではないでしょうか! 触手を切り離してください!》
「わ、わかったぁ!」
ばあちゃんはチエちゃんの指示に従い触手を切り離したが、すでに遅かった。
馬車は再び沈み始め、ガリルは触手の先端に立っていた。
おもむろに斧を振りかぶると、そのまま前方へ振り下ろし――
――ブンッ!!! ドギャギャギャ!!!
なんとその慣性で、触手の上をまるでギロチンの車輪のようにこちらに向かってきた!!!
「あんれまぁ~!!! 馬ぁ! 急げぇ!!!」
もはや馬に泥沼から抜け出す体力はなく、ガリルは触手を削りながら迫ってくる!
「私は足は遅いけどねぇ~! こうすれば~速いよねぇ~! 丁度いい足場……あ~り~が~と~ねぇ~~~!!!」
もうあの人……こ、怖い!!!
何なんだ! 聖騎士団って!
全っ然! 聖なる感じがしないんだけど!
めっちゃ邪悪な感じなんだけど!
「う、馬ぁ! 踏ん張らんかぁ! 跳べぇ!」
「ブヒンッ?!」
タクロス会長が馬に無茶ぶりをするが、馬は沈まないようにするので精一杯だ。
「と……ぶ???」
ばあちゃんが何か思いついたように人差し指を口に当てた。
「みんな! 馬車にしっかり捕まっときいよ!!! 馬ちゃん! もう少し頑張って!」
「ブヒヒン?!」
ばあちゃんは意識を集中すると、魔力を高め始めた。
「ばあちゃん……どうするんだ……」
「伊織さま! ガリルが……もうそこまで!」
「分かっとる! やれるかどうか分からんばってん――と、飛ぶったい!」
え――飛ぶ?
「え~っと……くさ神輿ん時が、あんな感じやけん、この場合はぁ~う~ん!」
ばあちゃんの背中から触手が生え、馬車を包んでいく。何だかわからないが……ばあちゃん急げ……ガリルがもう数メートルの所に!
いや――もう……
「お~い~つ~い~たぁ~……ッ!!!」
とうとうガリルが馬車の所まで来てしまった……
彼女は最後の一振りを馬車めがけて振り下ろした。
その瞬間――
「馬ちゃん!!! いけぇ~~~!!!」
「ブッヒィィィン!!!」
ばあちゃんのとんでもない『新技』が発動した。




