135 救援か~ら~の~?
「そんなことも知らず……私! ドンガさんをぶってしまいました……なんてことを……謝らないと……」
ヴィヴィは声を殺しながらも、大粒の涙をポロポロとこぼしている。
やっぱりヴィヴィには言っておけばよかったか……
でも、料理勝負に集中して欲しかったのは本当だし、ヴィヴィは誰よりも俺とばあちゃんとの付き合いが長い。
こんな作戦……きっと反対するに違いないと、俺とチエちゃんは判断した。
「大丈夫だよ。ドンガは気にしてないさ……それよりあいつに謝るのは俺の方だ。この作戦で一番辛いのはあいつなんだから」
「私は? 何も知らんのにいつの間にか悪者になっとるんやけど。結構きつい現実なんやけど」
ばあちゃんは尻尾をもじもじ弄りながら湿った視線を投げる。
「ごめんごめん。でもこうでもしないと、街や住人に被害が及ぶと思ってさ」
《伊織さま、申し訳ございません。どう考えても、大狸商店街が教会や帝国から目をつけられるのは避けられません。ですので一旦、蓮さまと伊織さまが全ての嫌疑を引き受けるのがよいと、私が蓮さまに提案いたしました……》
俺も最初チエちゃんからこの作戦を聞いたときは驚いたが、大狸商店街はあまりにも秘密が多すぎる。
現段階で、街と住人を守るにはそれが一番だと俺もすぐに納得した。
「あ~いや! 別に怒っとるわけじゃないばい。ただちょっと驚いてしまってね……うん! チエちゃんと蓮ちゃんが考えてやったんなら、私もそれに従うばい!」
《ご理解、ありがとうございます……》
「ドンガさん泣いてました……あの涙は……蓮さまと伊織さまを貶めることへの罪悪感だったんですね」
ヴィヴィが涙を拭いながら、ドンガのことを心配している。
「ドンちゃん……あのまま残しておいて大丈夫やろか?」
「多分……ね。悪いのは俺とばあちゃんになってるから、いろいろ話は聞かれるだろうけど、恐らく解放されるんじゃないかな」
「完全に私たち悪もんやったもんね……」
「それにドンガは、間違いなくツクシャナ最強の戦士だよ。あいつの醸神は、本当に強い。使い方を間違えば本当に街ひとつ、国ひとつ落とせるような力だ」
「そ、そうやね……菌を自在に操れるって、恐ろしい力ばい」
「だけど、ドンガは使い方を間違えない。ヴィヴィも言ってたじゃないか」
「え?」
――『私、思うんです。優しいって……最強だって』――
ウキヤグラでヴィヴィが言ってくれた言葉は、まるで暗い海に浮かぶ灯台のように、進むべき道を照らしてくれている。
困ったときはこの灯りを手掛かりに進めば……
俺たちはきっと迷わない。
「『優しいは最強』なんだろう? まさにあいつにぴったりの言葉だよ」
あいつの醸神は大狸商店街を守る最強の盾になる。
それにあいつがその気になれば、『金属腐食菌』以外にも、非殺傷で相手を無力化する菌なんて……この世にごまんとあるのだ。
ドンガのことは心配ない。
問題はヴィヴィだ。あの場の成り行きで、さらった形になってしまった。
「なぁ、ヴィヴィも俺たちにっていうか、ローニャに洗脳されていることになってるから……街に戻ろうと思えば戻れるはずだけど……どうする?」
「お二人はこれからどうされるのですか?」
こうなった以上、街に戻るのは無理だ。
出来る限り街から離れ、接触も秘密裏に行わなければならない。
「ばあちゃん……悪いけど作戦通り、しばらく街を離れる。お尋ね者生活になると思うんだ」
「いい?! お尋ね者?! そっか……そうやね……あ、でもローニャちゃんはどうするん? 江藤書店で眠ったままやないと?!」
「いや……それも作戦は立ててある。実はバルトとエリカに――シッ! 誰か来た……」
――ガラガラ……ブヒヒヒンッ……
小屋の前に馬車が停まったような物音がした。
立て付けの悪い壁の隙間から、人影が馬車から降り、小屋の様子を伺っているのが見える……
聖騎士団か? しかし鎧の音がしない。
《蓮さま……まだ肉体に揺り返しが御座います……神槌は使わない方がいいかもしれません。ここでの行動不能は避けなければ》
(うん……施錠と纏雷で対処する……)
「この小屋だべかぁ? 鳥のチャンネーが言ってた小屋は……」
鳥のチャンネー? この喋り方は……
人影はがたがたと扉を開け、ゆっくりと中へ入ってきた。
「おお! やっぱりこの小屋だったべかぁ! 王さまぁ、あんた何やったんだべぇ? 街中、聖騎士団のやつらが王さま探してるべぇ」
――「「「タクロス会長?!」」」――
「どうしてここに?!」
「いんやぁ、奴隷牧場の子供たちに冬服届けて、帰ろうかしてたらよぅ。鳥のチャンネーがすんごい勢いで飛んできてよぅ――」
聞けばタクロス会長はキュリーネさんに言われ、俺たちを助けに来たらしい。
キュリーネさんは伝令役として『有事の際』、大狸商店街にその事を伝える作戦だった。
手信号では『大狸商店街に向かう』と言っていたはずだが……
「あんたらが港付近の小屋で身を隠してるから、逃げる手助けをしてやって欲しいって頼まれてよぅ」
そうか……キュリーネさん、俺達が心配で戻ってきたのか。そしてタクロス会長に――
「ここから移動するなら、おらの馬車にのるといいだぁ。だけんど、王さまぁ、これからどこに向かうんだぁ?」
「とりあえず、ファクタから出たいです……あ、でも――」
俺達は祝賀会での経緯をタクロス会長に説明した。
そして……
『俺達の全て』を話すか迷ったが、ここで彼に手助けして貰うなら、筋を通すべきだと俺とばあちゃんは判断した。
「――と言うわけなんです」
「ほえ~、にわかに信じられねぇが……あんたら転生人だったんかぁ。しかも街ごとたぁ、とんでもねぇなぁ」
「ですから、来て頂けて本当に嬉しいんですが……ここから先、俺達を助けるのであれば……その……タクロス会長も巻き添えにしてしまう可能性があります」
「なるほどねぇ」
タクロス会長は一瞬考えるようなそぶりを見せたが、すぐに続けた。
「王さまぁ、どう考えてもあんたら悪くねぇよぅ。そういう事だったら、おらもとことん付き合うべ」
「タクロス会長!」
「それに、どうせおらたちは業務提携を結ぶつもりだったんだぁ。いいでねぇか、『あんたらを無事にファクタから逃がす』、それが最初の仕事だべぇ~、えへっへへぇ~」
「あ、ありがとうございます!」
「へははぁ。なんかあれやね、タクロスちゃんタクシーみたいやね。ほら、名前も。タクシーって英語でTAXIやろ? TAXI。へははぁ」
またばあちゃんが変な事を言い出した。この非常事態だってのに。
いや、非常事態だからか……
マンイーターと闘った時に決めたもんな、ばあちゃん。
俺達はどんな時でも笑って乗り越えていくって。
「うん、ばあちゃん、今はそんなことどうでもいい。本当にどうでもいい」
「はぅあ! そりゃないばい蓮ちゃん! 暗くならんようにしとるんに!」
「うん、それより今はどうやってファクタから逃げ出すか考えよう」
「つれない! チエちゃん! 蓮ちゃんつれないばい~!」
《今のは伊織さまが悪いです。真面目にやる時は真面目にやってください》
「チエちゃんまで?!」
タクロス会長もヴィヴィも意味は分かってないが、俺達のやりとりにつられて笑みがこぼれた。
張り詰めていた空気が解けていく。
そうだ。俺たちはとことん呑気に行くんだ。
「タクロス会長、関所は……ダメですよね?」
「恐らくなぁ。ん~……ここからだと港で船を使って出るのが一番早いべ。タクロス商会も船はよく使うんで、荷物に紛れて乗り込むといいべ」
「船か。分かりました、そうしましょう! あ、そうだ……ヴィヴィはどうしよう……」
「王さまたちを港に送った後、おらが迎えにくるだぁよ。それまでここで待っとくといいべ」
さっきまで暗い顔をしていたヴィヴィは、どこか吹っ切れたような笑顔で切り出した。
「私も一緒に参ります。食堂はディアナがいますし、他の子たちもしっかりしていますので。どうか私も一緒に!」
「でも……本当にいいの? 下手したら俺たちと同じようにお尋ね者になるかもしれない。今戻れば言い訳だって立つと思うんだけど」
「そうばいそうばい。なんもヴィヴィちゃんまで追われる身にならんでよか!」
ヴィヴィはあきれ顔で一つため息をついて続けた。
「あのですねぇ……これから蓮さま達は、旅に出るんですよね? お食事はどうされるつもりですか? お尋ね者なんですよね? こそこそお店で顔を隠しながら食事をするんですか? そうだとしても、お金かかりますよ? 路銀にだって限りがあります。自分たちで自炊しないと。お二人……自炊されますか? 出来ますか?」
――「「うっ……で、出来ません……」」――
そうなのだ……俺もばあちゃんも舌は肥えているが、料理はからっきしだ。
いつの間にか俺たちは、ヴィヴィ無しではこのヒズリアで生きていけない身体になってしまっていた。
「あの……ヴィヴィさん……誠に申し訳ないのですが……一緒についてきてもらっていいですか?」
「だから、そう言ってます。お二人の胃袋は……私にお任せください!」
「ヴィヴィちゅわぁ~ん!!!」
こうして俺たちは、タクロス会長の馬車の荷台に身を隠し、港へ向かう事になった。
外に出て、荷台に乗り込もうとすると、遠くから呼ぶ声が聞こえた。
――「お~い。お~い。待ってくれ~」――
なんだ? 少女が俺たちに向かって駆けてくる。
いや、少女じゃないな……小柄な女性だ……
その体躯に不釣り合いな大きな斧を背に駆けてくる。
といっても……かなり足が遅い。
追っ手か?
いや……どう見てもそんな風にはみえない。
「はぁはぁはぁ……やっと追いついたぁ~」
冒険者だろうか? 仰々しい斧とは裏腹に、目ぼしい装備は軽装の胸当てくらいしかない。
あとはいたって普通の服を身に着けている。
「あの……どちら様ですか? 私たち、先を急いでいまして……」
「え?! わ、私を覚えてないの? ほら! 祝賀会にいたじゃん!」
え? 祝賀会? 記憶にない……
「部下たちに隠れて見えなかったのかなぁ……あいつら私よりずんずん前にでるもんなぁ。そして私を置いて捜索にでちゃうし……あとで説教だ!」
部下? 説教?
もしかしてこの人……聖騎士団の……
よく見ると――胸当てには聖騎士団と同じ紋章が刻まれていた!
「でもまあ、いいや。遅れたおかげであんたらを見つけられたし。申し遅れました。私は聖騎士団、副団長のガリル・リリルと申します。え~、今からぁ~あんたらをぶっ捕まえますのでぇ~、観念しろやコラ」
――「「「いいぃ?!」」」――
追っ手だった!!!
しかも聖騎士団の副団長?! 見た目に騙された!
「会長! 馬車出して! みんな乗り込め!」
――「おうさぁ!」「はいよぅ!」「はいぃ!」――
俺達は急いで馬車に乗り、港に向け発車した。
「あ、ちょっと待ってよ~! 折角追いついたのに~!」
――ガラガラガラッ!
ガリルが遠ざかっていく。
彼女はその場で立ちすくみ、追いかけてくる様子はない。
が、離れ際にポツリと呟いた。
「……ったく、仕方ないなぁ。もう遅いよ……射程範囲内だ」
その余裕の表情に、俺は寒気を覚えた。




