134 ドンガという男
――はぁはぁはぁ……
まだ心臓がバクバクと脈打っている。
纏雷、神槌、監獄施錠と大技を連発して、揺り返しがかなりきつい。
薄暗い小屋の中で、俺とばあちゃん、そしてヴィヴィが追っ手に見つからないよう、弾む息を必死で押さえている。
――ザザァン……ザザァン……
どのくらい逃げてきただろうか……港が近い。
磯の匂いと波の音が聞こえる。
「はぁはぁ……蓮ちゃん……あんた、こりゃ一体どういうことね?! ちゃんと説明してくれんと、ばあちゃん、何がどげんなっとうか全然分からんばい」
「そうです! 蓮さま! ドンガさんはなんであんな……あんな裏切るようなことを」
俺たちはイゾーノ邸から命からがら逃げてきた。
ばあちゃんもヴィヴィも事態を掴めず、混乱している。
「それに蓮ちゃん……あの魔法はなんね?! あんた雷属性以外にあんな魔法使えたと?!」
「す、すごかったです……聖騎士団の武器や鎧があんな風に崩れるなんて!」
「しーーー。声が大きい……今から説明するから、落ち着いて聞いてくれ……」
何故俺たちが今こんな状況になっているか。
ばあちゃんたちに説明する必要があるが――
その前に、俺が使った魔法『金喰い虫の鈍色吐息』について話そう。
◇ ◇ ◇
「蓮さま~! ついに酒が出来やした! 味見をしていただけやせんか?」
ばあちゃんとローニャが『森具智秘露呼』を発動させ、サリサが大狸商店街を去った直後――
俺はサリサが引き継いでくれた事務作業に没頭していた。
そんな折、ドンガが酒の試飲を頼みに来た。
「え、いいけど……ばあちゃんの方が桜ヶ谷酒店の味を知ってるんじゃないか?」
「そうなんでやすが、伊織さまはローニャさまの様子を見ていらっしゃっていて……」
「あぁ、そうだね……分かった! 俺でよければ是非」
「お願いしやす!」
ドンガが作った桜ヶ谷酒店の日本酒は最高の出来だった。
キリッとした辛口の酒で、香りは果物を連想させるようなフルーティさがある。
キレのある口あたりの後には、ホシノエの米のうま味がしっかりと感じられた。
これは……ばあちゃんに飲ませたらいつまでも飲んでしまうぞ。
「しかし、醸神の力って、本当便利だよな。菌を使役できるなんてさ」
「へい、それもこれも蓮さまのお陰でやす」
ここで俺は、ふとあることに気がついた。
「あのさ、これ……酵母菌とか以外も沢山菌がいるじゃない?」
「ええ、俺っちも醸神を手に入れてたお陰で、色んな菌がいることを知りました。普段見えなくても、こんなにいるんでやすね」
「なぁドンガ……醸神って、発酵菌とか以外も使役できるのかな?」
「え? どうなんでやしょう。今まで食品を作るためにしか使ったことがないので」
《蓮さま、ドンガさま。醸神の使役範囲は菌全般に及ぶはずですので、他の菌も操れると予想されます》
「だよね……ねぇチエちゃん……それってさ……とんでもないことなんじゃない?」
《といいますと?》
「だからさ……人に害のある菌だって沢山あるだろ? それを……何て言うのかな……攻撃の為に使うとしたら……」
《……ッ! それは……恐ろしい力になるかもしれません》
「な、なぁ、ドンガ。試しにさ――」
俺たちは醸神で様々な菌を操ってみた。
結果、『発酵食品などを作るのに便利』くらいに思っていた醸神の力は――
使いようによっては『最凶最悪』の力だった。
まず、人体にとって不利益な効果を生み出す菌……
例えば――
――――――――――――――
・ボツリヌス菌:自然界最強クラスの毒素を持つと知られる細菌。その毒力はたった1グラムで1,000万人以上の命を奪うことも可能とされ恐れられている。
・ペスト菌:過去『黒死病』として大流行し、多くの死者を出した細菌。現在では治療薬の発達により、大規模な流行は抑えられているが、肺ペストなどでは飛沫・空気感染が起こり、その伝播率は他の追随を許さない。
――――――――――――――
この様な有害な菌でさえ、醸神にかかれば、目視、使役ができた。
つまりドンガがその気になれば――最悪の事態を意図的に作ることが可能なのだ。
うま味調味料の素、グルタミン酸生産菌を作った時に、醸神の汎用性に気付くべきだったが、あの時の俺たちの頭の中にはラーメンを作ることしかなかった……
この時ばかりは、俺は自分たちの呑気さに呆れてしまった。
《ドンガさま……あなたの力……使いようによっては街、いや国ひとつ滅ぼすことだって可能でしょう》
チエちゃんのとんでもない発言に、ドンガは首がもげるのではないかと思うほど横に振り否定した。
「いやいやいや!!! 何てことをおっしゃるんですかチエさま!!! お、俺っちは、こ、こんな恐ろしい菌、関わりたくないでやす! それに……蓮さまから頂いた大切なお力、そんなことには絶対に使えないでやす!!!」
ドンガは――優しい。
まだ桜ヶ谷酒店とドンガが契約を結ぶ前、一度だけサリサがドンガを連れて狩りに出かけたことがあった。
ドンガは乗り気じゃなかったが、サリサが猪族の狩りの方法を知りたいからという理由で、ドンガを狩りのリーダーに据え、俺たちはサポートに回った。
ようやく追い詰めたカリブロス(鹿の魔物)に、とどめを刺そうとした時のことだ。
――
――――
――――――
「おい! ドンガ! 奴はもう瀕死だ! ひと思いに楽にしてやれ!」
「ひぃぃ……で、ですがサリサさま……俺っちにはそんなこと……」
「言ってる場合か! 喰うか喰われるかの世界だぞ! 喰うために殺せ! 躊躇うな! それが奴への礼儀だぞ!」
「わ、分かりやした……じゃあ、い、石の神のお祈りをさせて下せい! 石の神よ、悠久の時を生きる神よ――」
「はぁ?! そんなもの奴を楽にしてからに――」
ドンガはそれから涙を流しながらブツブツと長い間祈り続けた。
「……駄目だこいつ……圧倒的に狩りに向いてない!!! 蓮! やるぞ!」
「え?! でも、まだドンガが祈りを……」
はぁはぁとカリブロスの呼吸が辛そうだった。
「うん……だね……わかった」
――ブスッ! ゴキッ!
「嗚呼! 石の神よ! 彼の魂をどうかお導きくだせい!」
ドンガはぶるぶると震え、泣いていた。
「馬鹿!!! 祈ることも大切だが、まず行動だ! チンタラしているから余計に苦しませたじゃないか! お前、逆の立場だったらどう思うんだ! 甘ったれるな!」
「ひいぃぃ……すみやせん! サリサさま……ッ!!!」
――――――
――――
――
この後、サリサはドンガを狩りに連れていくことはなくなった。
後で同じ猪族の仲間に聞いたところ、ドンガは今まで一度も狩りで獲物を殺したことが無いそうだ。
その代わり、木の実や野草を誰よりも採ってくるので、誰も文句は言わなかったみたいだ。
――『ふん……人には向き不向きがあるからな。あいつに合う仕事をしたらいい……蓮、ドンガ好きな食べ物はなんだ? 今度狩りに行ったとき、採ってきてやる。教えてくれ』――
ドンガに無理をさせたことを、サリサは気にしていた様子だった。
その後、ドンガは桜ヶ谷酒店と契約して店主となった。
穀類と菌のみを相手とする桜ヶ谷酒店の業務は、彼に向いていた。
獲物にも涙を流し、とどめも刺せないような男……
彼が醸神を悪用しないことは、俺もチエちゃんも重々分かっていた。
《しかしですよ、ドンガさま……裏を返せば、あなたのお力、こういった菌がもたらす病、疫病などを封じ込めるのに、これ以上ない素晴らしいお力です》
「へ? あ、そ、そうでやすね……悪さする菌を大人しくさせれば……」
そうだ……チエちゃんの言う通りだ。
ドンガの醸神は、悪用すれば『最凶』にもなりうるが、感染症や疫病などの治療として使えば、『最強』の回復手段となる。
《ええ。間違いなくどんな力より『優しい力』になりますよ。あなたのように……》
「チエさま……あ、ありがとうございやす……」
《ドンガさま、少し別の菌を試してみてもいいですか? もしかしたらあなたの力、『護る力』としても使えるかもしれません。大丈夫です。相手を直接傷つけるようなことを、あなたにはさせませんので……》
それから俺たちはどんな菌が『護る為』に有用なのか、色々調べた。
その中でも、特に有用だったのが――
◇ ◇ ◇
「じゃあ、さっき蓮ちゃんが使った『金喰い虫の鈍色吐息』っち……ドンガちゃんの魔法なん?!」
「ああ、そうだ。ドンガが醸神で、聖騎士団の武器を腐らせたんだ」
そう、チエちゃんが敵の無力化に選んだのは『金属腐食菌』、金属の天敵と言われる菌だった。
これなら、相手を傷つけず『武装だけ』を無効化することが出来る。
「あの詠唱は?! なんかゴニョニョいいよったやん!」
「ゴニョニョって……あれは俺が使っているように見せかけるための適当な詠唱だよ」
「はぁ~そげんこつね……あ! じゃあドンちゃんの裏切りって――」
「あのなぁ、ばあちゃん。あのドンガが俺たちを裏切ると思うか?」
「冷静に考えると……そうやね、思わんね……ばってんちかっぱ驚いたんよ! 何でドンちゃんあんなこと言い出したん?」
「これは……俺とチエちゃんが『万が一』の為に練っていた作戦なんだ」
「作戦?」
俺とチエちゃんはファクタに出発前、作戦を立てていた。
万が一、俺たちの素性がバレるようなこと……
つまり――
・ローニャが街にいることがばれ、俺達が魔族と繋がっているとされた場合。
・俺とばあちゃんが転生人と知られ、大狸商店街自体を危険視された場合。
・俺の雷属性の魔法がばれて、異端教徒と認定された場合。
それ以外にも、カデンや隷属の紋の強制上書きなどがばれて、大狸商店街、ひいてはツクシャナ共和国に嫌疑が掛けられ、粛清の対象になりそうな場合。
俺達がとる行動は――
・街の人々は、『俺とばあちゃん』に無理やり脅され支配されていたようにすること。
・『俺とばあちゃん』に全ての罪があるとし、『俺とばあちゃん』は街を出ていくこと。
・そして、その後の街の護りは、ドンガに任せること。
・『俺とばあちゃん』がいなくなった後のツクシャナ共和国の全権は、ヒーゴ王に任せること。
これが『醸神』の真の力に気付いた俺とチエちゃんが考えた、『万が一』の為の作戦だった。
「ぜ、全部、蓮ちゃんと『私』になっとるやんねぇ~~~!!! 私なんも教えられとらんのにいぃぃぃ!!! なんで私たちには教えてくれんやったんね?!」
ばあちゃんは声を殺しながらも、尻尾を膨らませ目くじらを立てている。
お怒りはごもっとも……だけど――
「ばあちゃんさ……ドンガがわざと裏切るって知ってたら、上手く立ち回れた? 絶対ソワソワするんじゃない?」
「うっ……それはぁ~……するかもしれん……」
「だろ? だからばあちゃんには黙ってたんだ。俺自身も演技は苦手だけど……今回はドンガが主に演技する立場だったから、本当に助かったよ」
《ですね。蓮さまも伊織さまも壊滅的に演技が下手ですからね。今回は蓮さま、頑張った方だと思います》
「う、うん……壊滅的にね……うん、ありがとう。あと……ヴィヴィには料理勝負に集中して欲しかったから、余計なことは言わないでおこうって決めてたんだ……ごめんなヴィヴィ」
――ザザァン……ザザァン……
沈黙の隙間に波の音が静かに漂っていた。
俯き俺の話を黙って聞いていたヴィヴィが、静かに口を開いた。
⛩――【大狸商店街へお越しの皆様へ】――⛩
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また、江藤書店の目安箱(感想、レビュー)にご意見いただけますと、ばあちゃんが泣いて喜びます!
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ぜひ、またのご来街をお待ちしております!
大狸商工会・青年部 田中蓮(独身)
⛩――「素敵だね きみに寄り添う 街の店」――⛩




