133 裏切り、闘争、逃走
「ドンちゃん!!! あんたって人は――ッ!!!」
「ひいぃぃぃ! 伊織さま! ど、どうかお許しを……!!!」
ばあちゃんは怒りに震え、今にも魔力を解き放ちそうだ。
「ばあちゃん! 落ち着け!」
「ふぅ~! ふぅ~! ばってん――」
「いいから! 今ここでばあちゃんが暴れたら……それこそ取り返しがつかなくなる……頼むから落ち着いてくれ……」
こんなところで森湧顕地や森具智秘露呼を発動したら、本当に死人が出てしまう。
「おいおい、何だか王さまの話と違ってきたじゃねぇか……ホセさんよ、これ、どうすんだ?」とマウマ氏は困惑気味で首を鳴らしている。
「ふむ……ドンガとやら。国落としのローニャが大狸商店街にいるという噂は誠であるのだな?」
ホセ司祭長はニヤリと口の端をあげ、ドンガに問いただした。
「へ、へい! 蓮さまと伊織さまは……憎き魔族であるローニャと結託して、ツクシャナの森を我が物にしようとしてたんでやす!」
「……!!! ドンガさん! あなた……何を言っているんですか!」
ヴィヴィの肩は怒りで震え、瞳からは大粒の涙が零れている。
「ヴィ、ヴィヴィさまも、操られているんでやす! 国落としのローニャは人をかどわかす術を使うんでやす!」
ドンガは自責の念からか、もう俺の目すら見ない……
「ふむ、国落としが人心を操る魔人であることは聞き及んでおる……友好国であるクマロクとブンゴルドの海賊団はその事を知っているのか?」
「りょ、両国との友好協定も、形ばかりでやす! ヒーゴ王はドワーフを人質に取られて脅されていたんでやす!」
「ほう、脅されていたとな?」
「へい! ヒーゴ王もソニン船長も囚われたドワーフや奴隷たちを、何とか解放して貰えないかと粘り強く交渉していたんでやすが……お二人は聞く耳を持たず……悪いのはこのお二人とローニャでやす!」
ドンガはぶるぶると身体を震わせながら、まるで地面を舐めるかのように頭を下げ続けている……
ドンガは――優しい。
大狸商店街に難民が押し寄せた時、最初に『相互理解』の精神を見せてくれたのはドンガとウォルフだった。
「で、ですから、街への粛清はどうかご勘弁を! 街にいるのは脅された無実の民なんでやす! ぶひぃぃぃ……ッ!!!」
その優しいドンガを……ここまで追い詰めてしまった。
怖かったな……ドンガ……ごめんな……こんな思いをさせて……
「ドンガさん……あなたって人は!!!」
――バシィッ!!!
ヴィヴィが涙を流しながら、ドンガの頬をはたいた。
「我が身可愛さに……なんてことを……蓮さまや伊織さまが、どれだけ私たちの為にしてきてくださったのか! あなた、お忘れですか!」
「ヴィヴィさま……う、ううう……す、すいやせん!!! ですが――」
ドンガの目が怒りに燃え、俺を見据えた――!
「いつまで操られてるんでやすか! 目を覚ますのは……ヴィヴィさまです! うごぉぉぉ!!!」
ドンガの巨大な拳がヴィヴィ目掛けて襲い掛かる!
(チエちゃん!!!)《はい!!!》
「神槌!!!」
――バリッ!!! ドッ……ヒュンッ!!!
俺は神槌を発動し、高速でヴィヴィをドンガから引き離した。
――ズザザザァ……
「な?! 何がどうなった?!」
「ツクシャナの王が今一瞬消えたぞ!」
神槌の速さに、会場のほとんどの人間が俺の姿を見失った。
その中でただ二人。
マウマ氏とドラゴ氏だけが俺を目で追っていた。
「おい、じっちゃん……見たか?」
「うむ……とんでもない速さじゃ」
「これが雷属性の力、神槌か……バケモンじゃねぇか」
「こりゃ、教会が禁忌とするのもうなづけるの」
この二人……実力のほどは解らないが、確実に俺の動きを見ていた。
最悪のケースを想定して、カリスとタリナくらい強いと思っておいた方がいいかもしれない。
「じっちゃん、こりゃ俺一人じゃやべえかもしれん。手を貸してくれるか?」
「はぁ……仕方ないのぅ。まあ、たまには現場にでらんと身体がなまるからのぅ」
カリスとタリナか……
自分で想定して言うのもなんだが……それはすっごく嫌だなぁ……
「蓮ちゃん! どどど、どげんすっと?! ドンガちゃんもヴィヴィちゃんも……みんな何ばしよっとね!!!」
「ばあちゃん……俺たちだけでも逃げるぞ。ヴィヴィをくさ神輿で守ってくれ」
「に、逃げるっち言うばってん、取り囲んどる人たち……みんな武器ば持っとんしゃあよ?!」
「いいから! 頼む!」
「ういぃぃ……は、はいよう!」
――バキバキッ! シュルルル!
「きゃあ!」
ばあちゃんはくさ神輿を発動し、ヴィヴィをくさ手で囲い神輿に乗せた。
「うお?! なんだなんだ?! 詠唱無しで魔法が発動したぞ?! じっちゃん!」
「なんと面妖な……蓮王といい、江藤どのといい……やはり魔族と繋がっているというのは本当らしいのう」
よし……ばあちゃんのくさ神輿にマウマ氏とドラゴ氏が気を取られている……今のうちに――
「チエちゃん! 聖騎士団の武器が邪魔だ! あれ……やるぞ!!!」
《ええ……うまくいきますよう……ドンガさま……》
俺は纏雷を発動しながらも、詠唱を始めた。
――「我が名は田中蓮……眼に映らぬ小さき者よ……我に向かう矛、その災禍を地に落とせ……」――
「蓮ちゃんが詠唱?! チエちゃん! こりゃどげんことね?!」
《伊織さま、今から敵の武器を無効化します! その隙にここから脱出しましょう!》
「うぇ?! 無効化?!」
俺の周りに黒い影の様な霧が集まってくる。
いいぞ……以前練習したとおりだ。
あとは最後の詠唱――頼むぞ!!!
――「金喰い虫の鈍色吐息」――
――ズゾゾゾゾゾォォォ……
黒い霧は辺り一面に広がったかと思うと、ズルズルと聖騎士団目掛けて地を這って行く。
「な、なんだこの霧は!」
「ぶ、武器にまとわりつくぞ!」
「払え! 払いのけろ!」
「くそ! 視界が悪い! な?! 何だこれは?!」
金喰い虫の鈍色吐息が呼び出した黒い霧は、聖騎士団の武器にまとわりつき、恐ろしい速度でその表面を赤黒く染め、腐食させ始めた。
「おいおい……じっちゃん! なんだこの術は!」
「分からん! 初めて見る魔法じゃが……恐らく闇属性じゃろう!」
「雷属性に闇属性ってか?! 無茶苦茶じゃねぇか! 王さま!」
黒い霧に包まれた武器はボロボロと崩れ落ちていく。それどころか、その範囲は騎士団の鎧にまで及び、美しく白銀に光る鎧の群れは、瞬く間に赤褐色になり、ギシギシとその動きを鈍らせた。
「よし……成功だ!」
あとは――
「いくぞ! じっちゃん! 挟み撃ちだ!」
「馬鹿たれ……行動を口に出すな。そんなもんお前如きに言われんでもそうするわい!」
左からマウマ氏、右からドラゴ氏が俺を目掛けて駆け出した!
あとはこの二人の無力化――って……速い!!!
これは……速さだけならカリスとタリナ以上!!! 二人の拳が一瞬で目の前まで迫ってくる!
間に合うか――
「神槌!!!」
雷撃が俺の脳を駆け巡る……刹那、周りの全ての動きがスローに視える……だが、神槌の発動が遅かった――!
すでに俺の顔面にマウマ氏の拳と、腹部にドラゴ氏の拳がめり込み始めていた。
もう被弾は免れない!
カウンターで相打ち、威力の相殺を狙うしか……ない!!!
俺は身をよじりながら、マウマ氏の腹部に左拳とドラゴ氏の顔面に右膝蹴りを放った!
――ズガガガンッ!!!
三人の打撃はそれぞれに当たり、その場から弾け飛んだ。
「ぐへぇ!!!」
左頬と右わき腹に衝撃が走る。
この人たち……やっぱり強い。あと一瞬、神槌の発動が遅かったら、今頃俺は二人の打撃で空中を何回転もしていただろう。
だがこの打撃――
強烈ではあるが……カリスとタリナほどじゃない!!!
俺、とんでもない奴らに鍛えられてたのかもしれないな。
とにかく、マウマ氏とドラゴ氏の動きを止めなければ――
「チエちゃん! 手加減! 30%!!!」
《はい!!!》
――「監獄施錠!!!」――
――ガキガキガキン!!! バリリリッ!!! ブゥーーーンッジジッ!!!
施錠で中空に張り巡らされた鎖が、マウマ氏とドラゴ氏を取り囲み、雷撃を纏わせた。
「ぐおおお?! し、痺れる!!! なんだこりゃぁぁぁぁ!!!」
「ぬうぅぅぅ! つ、次から次へと……」
よし……一番厄介な二人を拘束した! あんたらに何の恨みも無いが……そのまま大人しくしていてくれ!
「ばあちゃん! 突破だ!!!」
「あいぃぃぃ!!!」
――バキバキッ、ガサガサガサッ!!!
金喰い虫の鈍色吐息の霧が都合よく、視界を遮っている! 聖騎士団は俺たちの姿を一瞬見失ったが、こっちは出口の場所を把握している。
ばあちゃんはくさ神輿で聖騎士団を払いのけ、そのまま会場から飛び出し、霧と共にエントランスに躍り出た。
あとはあのデカい玄関を出れば外に――
誰だ? 誰かいる……
エントランスにも霧が充満し、視界が悪い。
霧の中、その影は俺たちに歩み寄ってきた。
「田中さま……こちらへ……」
そこにいたのは――
「ノルシュケさん?!」
「表は聖騎士団が固めています。裏口をお使いください。そのまま丘の林を抜ければ港側へ出れます」
「あ、ありがとう……でも、なんで?」
ノルシュケさんは何も言わず、胸に手を当て、微笑んだ。
「ノルシュケさん……」
彼はイゾーノ家の執事……
言えない。言わない。
霧の中、ただ彼のその行動のみが残った。
「……ありがとう!」
「蓮ちゃん! 乗って!」
ばあちゃんのくさ神輿に飛び乗り、裏口から飛び出すと、ノルシュケさんの言った通り、目の前には海に続く林が広がっていた。
「ばあちゃん! このまま林に逃げ込め! 港に向かうぞ!」
「ば、ばってん、ドンガちゃんはどうすると?!」
「あいつは……残念だけど置いていく……」
「……キュリちゃんは?! まだ中に居るよね?!」
――パリンッ……
イゾーノ邸の方からガラスが割れるような音が響き、俺たちは思わずそちらを振り返った。
イゾーノ邸の上層部の窓から黒い霧が吹きあがり、その中からキュリーネさんが飛び出してきた。
「あれは……キュリちゃんじゃないと?!」
「ああ……」
キュリーネさんは上空から一瞬辺りを見回し、俺たちを見つけた。
そして――
――バサッバサッ! ハッ! ギュルン! パンパパン!
俺たちに向け謎の手信号をしたかと思うと、凄まじい速度でその場を離れていった。
「チエちゃん、手信号、見えた?」
《ええ……》
「よし……ばあちゃん! キュリーネさんは無事逃げられたようだ……いくぞ!」
「もう~~~! 何がなんか分からんけど……分かったはぁあ~ん! ヴィヴィちゃん! ちゃんと捕まっときいよ~~~!」
「は、はい! ……ドンガさん……」
――ガサササガサササア~~~!!!
俺たちは港に向け、林の中を進むことにした。




