132 赤札~裏クエスト~
「ホセ司祭長……勝負が無効とはどういうことですか?」
俺の問いかけにホセ司祭長は、騎士団を背に悠々と椅子に腰を掛け答えた。
「田中さま……この料理勝負、素晴らしい余興で御座いました。いやはや、これほど素晴らしい料理を堪能できるとは思ってもおりませんでした。審査員の判定も疑いようのないものでしょう。ですが――それはあくまで互いに潔白の身であることが前提……異端の信徒となると話は別です」
「……異端の信徒? ホセ司祭長は私共の事を異端と申されますか? 私たちは共和国と言う名の通り、それぞれの信仰や文化を重んじているだけです。中にはエストキオ教会を信仰していないものも御座いましょう。ですが信仰が違うと言うだけで、異端扱いされるのですか?」
静まり返った会場に語気の強まった俺の言葉が響く。
俺、今……イラついているな。
イゾーノ伯爵はホセ司祭長の脇に立ち、先ほどとは打って変わって、余裕の笑みをたたえている。
他の貴族たちは、期待を込めた目で事の成り行きを見守っている。
この胸のざわつき――この会場に入ってからずっとだ。
常に相手の腹を探り、少しでも自分の立場を優位にしようとする、貴族たちの空気……
俺はそれにイラついているんだ。
「いえいえ、もちろんそのような想いで建国されたのは重々理解しております。我らエストキオ教会も他宗教に対し、謂れなき弾圧をするつもりは毛頭御座いません。ですが……ツクシャナ共和国、特に大狸商店街には、良からぬ噂が立っておりましてな。この勝負が成立する前に、いくつか確認させて頂ければと」
「噂? どんな噂ですか?」
「我ら教会はエストキオ神話からなる教義に基づいて行動をしております。その事はご存知か?」
「ええ」
「では……魔族が人類の敵であることも承知のはず。これはエストキオ教会に限らず、宗派を超えた絶対の認識で御座います。事実、魔族に滅ぼされた街や国が数多くありますからの。そして1000年前より続く亜人の贖罪もその為です」
こいつ……回りくどい喋り方を……何が言いたいんだ。
そもそも、その神話が本当に正しいのかどうかが怪しいんじゃないか!
誰が1000年前の歴史の真実を知っているっていうんだ。
いや――1000年……前……?
「そして私どもが耳にした噂とは、『大狸という街が魔族と通じている』というもの」
魔族……ッ?! もしかしてこいつ――
「もしその噂が本当であれば、それは異端教徒の街……粛清の対象になりましょうぞ。田中さま……『国落としのローニャ』……この名に聞き覚えは?」
ここで……ローニャか……ッ!
まずいぞ……司祭長がこの場でローニャの名前を出したって事は、確実に裏は取られているはずだ。
《蓮さま……》
(ああ……)
司祭長の口から発せられたローニャの名前に、俺とチエちゃんに緊張が走る。
ばあちゃんはソワソワと視線を泳がせている。ばあちゃん落ち着け……それじゃ知っているって言っているようなもんだぞ!
「田中さま。お答えいただけますか?」
最悪のシナリオを想像しろ……
下手したらこいつら、すでに大狸商店街に聖騎士団を向かわせているかもしれない。
この場合の最悪は――
大狸商店街が『異端の街』と認定され、粛清の対象になること!
いや、それだけじゃない。ツクシャナ全体にその疑惑は及ぶかもしれない。
それだけは――絶対に避けなくてはならない!
「国落としの……何でございますか? 聞いたことがありませんね」
「そうですか。ご存知ないと……では、もう一つお聞きしたい。この者に見覚えはおありか?」
そう言うと、ホセ司祭長は聖騎士団に目配せをした。
聖騎士団の後ろから、一人の男がおずおずと前へ進み出てきた。
「へへ……」
冒険者風のなりをしている。
……誰だ? どこかで見たことがあるような……
「おい。お前は田中さまが禁忌の術……神の鉄槌『神槌』を使う場を見たと申したな? 誠か?」
「へえ……本当です。私どもがツクシャナの森の魔物調査のクエストに出ていた折、偶然お会いしまして……その時に」
「もしそれが真であれば、かつての魔王……『神槌の雷帝』以来、決して犯されなかった禁忌が破られたということ。教会としては絶対に看過できない由々しき事態でございますなぁ」
魔物調査のクエスト? 神槌が……魔王の術?
《あ……蓮さま! この冒険者! あの時の盗賊ですよ! ノコノコくんを奪おうとした!》
こいつ……あいつか!
エリカと初めて会った時、森で盗賊まがいのことをやっていた冒険者!
「お前……あの時、俺の連れの道具を奪おうとした――」
《確かヘッケルと呼ばれていたはずです》
「ヘッケルってやつか」
「え、えへへぇ……その節はどうも……」
「連れの道具を奪う? 王さま、どういう事だ?」
マウマ氏が鋭い視線をヘッケルに向けた。
「マウマさん、こいつはツクシャナの森で盗賊まがいのことをやっていたんだが……ギルドってのはそんなことを黙認してるのか?」
「いや……そんなことはねぇが……おい、お前、ヘッケルとか言ったか……王さまが言ったことは本当か?」
「いえ~! とんでもない! 私どもはそんなことは致しません! 真面目に魔物調査のクエストをやっていただけです! そ、それにその道具も見たことも無い面妖な道具でして、今思えば……あれも異教の道具かもしれません!」
こいつ……ッ! いけしゃあしゃあと!
しかし、他に証人もいないし……ここで言い合いをしても水掛け論か……
「それよりマウマ副長! ツクシャナの王には『赤札』が出てるんですよ!」と、ヘッケルはマウマ氏に書簡を渡した。
「赤札?」
マウマ氏は書簡に目を通し、驚いた表情で続けた。
「おいおい……マジか王さま……あんた赤札の対象になってたのか」
赤札? なんだそれ……
「マウマ……お主、副長就任の折、裏クエストの申し送りを見とらんかったのか?」ドラゴ氏は呆れたように頭を掻いた。
「いや、一応全部のクエストに目は通したが……赤札案件なんてひとつもなかったぜ?」
「……お前のことだ、大方見落としたんじゃろう」
「ねぇもんはねぇよ! この書簡も初めて見たぜ。ちっ! なんだ? 『特級事案、ツクシャナの王を……』――」
マウマ氏が書簡を読み上げようとしたところをホセ司祭長が遮った。
「マウマどの! 赤札の内容をこのような場で漏らすおつもりですかな? ギルドの信用に関わりますぞ」
「けっ……わぁってるよ」
特級事案、裏クエストとか言ったな……
今のやりとりから察するに、恐らく赤札とは秘匿かつ最上級のクエスト。
つまり発注元は相当な権力を持つ、国や教会の上層部しか発令できないものなんだろう。
「しっかし赤札か……王さま、あんた魔族とつながりがあるって本当か? 禁術を使うのか?」
「いえ……心当たりは何も……」
マウマさん、ごめん……
心当たりは――無茶苦茶あります。
ローニャの事もそうだし、雷属性の事も、カデンに、隷属の紋の上書きも。
そもそも俺たちが大狸商店街ごと転生していることだってそうだ。
俺たちは秘密のオンパレードだよ。
「ふん、ツクシャナの王よ、口では何とでも言えますぞ? こちらには証人もおります故、申し開きは法廷でされるがよろしかろう」
ホセ司祭長の言葉を受けて、ヘッケルがこそこそと聖騎士団の後ろへ隠れた。
法廷――裁判か。
この感じでまともな裁判をして貰えるとは思えない。
「しかし、な~んか気にくわねぇな。何から何まで仕組まれたようなタイミングじゃねぇか。貴族主催の祝賀会に、副長に就任したての俺なんかが呼ばれるのも変だと思ってたんだが――もしかして俺に……ギルドにこの仕事をさせたかったからじゃねぇのか?」
そうだ。このタイミング――
俺もばあちゃんも大狸商店街にいない、最悪のタイミング。
この祝賀会……商店街の最高戦力であるばあちゃんを街から引き剥がすために、最初から仕組まれていたんじゃないのか。
「あとよ~、料理勝負の件だがよ~。ギルドとしちゃ、一度成立したクエストの報酬は何が何でも払わなきゃならねぇ。それこそ『ホセ司祭長どのの言うように』ギルドの信用に関わる問題だ。そうだろう? じっちゃん」
「うむ。『クエストの大小、良し悪し、依頼人の素性を問わず、報酬は必ず払う』これはギルド絶対の掟。それを守らねば、ギルドはただのお飾りになってしまうからの」とドラゴ氏は、鋭い視線をイゾーノ伯爵やホセ司祭長に向けながら言った。
「王さま、安心しな……あんたが何者で何をしてようが、ギルドは報酬を必ず払う。貴族たちには後できっちり誓約書にサインさせてやる」
「な?! マウマどの! 赤札を無視するというのか!」とイゾーノ伯爵は当てが外れたように声を荒げた。
「だ~か~ら、料理勝負は料理勝負、赤札は赤札、どっちもやるんだよ。金魚の糞は黙ってろ!」
「な?! 金魚の糞?!」
「王さま、『約束通り』報酬は払う――だが『仕事』としてあんたはとっ捕まえる。悪りぃな」
ホセ司祭長は「マウマどの……此度の事、教会からギルド本部に厳しく報告させてもらいますぞ」と苛立ちを隠せないようだ。
「おうおう、好きにしてくれや」
「ふん……ツクシャナの王の捕縛はマウマどのに任せよ。お前たちは入り口を押さえておけ」
――はっ! ガシャガシャガシャ!
「王さま、抵抗するなよ……赤札は対象の生死を問わないようになってんだ。料理人の嬢ちゃん、それに他の連れも、死にたくなければ大人しくしてな」
聖騎士団が入り口を塞ぎ、マウマ氏がゴキゴキと拳を鳴らしながら近づいてくる。
(チエちゃん……裁判にかけられた場合、俺たちの勝ち筋は?)
《……過去の魔女裁判、異端審問などの例から見ても――ほぼないと断言します。ここで拘束され裁判にかかれば、間違いなく我々は異教徒として粛清の対象にされるでしょう。蓮さま……これはもはや――》
(ああ……来る時が来た。今捕まるわけにはいかない。やるしか……ないか)
俺とばあちゃんだけなら、この場から強引に逃げるのは多分可能だ。
だが、ヴィヴィやキュリーネさん、ドンガはそうはいかない……
「ひ、ひぃぃ……ぶ、ぶふぅ……」
視界の端に青ざめたドンガがうつった。
ドンガの様子がおかしい……
視線は泳ぎ、息は浅く、肩が小刻みに震えている。
「おい、ドンガ……大丈夫か」
「ひ……れ、蓮さま、伊織さま……お、俺っち……」
「ドンガちゃん?」
「も、申し訳ありません!!!」
ドンガはマウマ氏と俺との間に飛び出し、頭を地面にこすりつけながら言い放った。
「マウマさま! 皆々様! お待ちくだせい! 俺っちの話をお聞きくだせい! れ、蓮さまと伊織さまが魔族と繋がっているという噂……本当なんでやす! それに、俺っちたちが今日ここへ来たのも……このお二人に脅されて、仕方なく連れられたんでやす!」
「は……はぁ?! ドンガちゃん……なんばいいよっとね!」
「な?! ドンガさん?!」
ばあちゃんもヴィヴィも訳が分からず、その場に立ち尽くしている。
「おい……猪族の兄ちゃん、そりゃ本当か?」
「へ、へい! 街の者たちも同じでやす! 亜人もドワーフも蓮さまに脅されて働かされているんでやす! 逆らおうにも伊織さまがいらっしゃるので……誰も逆らえなかったんでやす! ですから、どうか……どうか私どもはお見逃しを!!!」
「――ッ!!! ドンちゃん!!! あんた!!!」
――バチチチチチッ!!!
ドンガの突然の裏切りに、ばあちゃんの毛は逆立ち、魔力が迸った。




