131 料理勝負(7)~決着~
――カチャカチャカチャ!
――ズルザザザッ……はふはふ!
無言。
あまりの美味さに、みな夢中で海鮮雑炊をかき込んでいる。
お、俺も早く食べなければ!
――ぽよんっ……
チャーハンの上に煮卵を乗せる。
ラーメンの時は麺に気を取られて、煮卵には手を付けてなかった。
卵は包丁を入れられておらず、丸いままだが……弾む卵の弾力が茹で加減を想像させる。
これ、絶対に『半熟煮卵』だ……
そして、その上から海老のうま味たっぷりのスープをかけ入れ――
煮卵をスプーンで割ると、中から黄身がトロっと流れ出してきた。
ほんのり出汁醤油の色がついた黄身が、米とスープの間にじわりと溶け広がる。
くあぁぁぁ!
何て美味そうなビジュアルなんだ。
おい、ヴィヴィ……これはもう、卵と米とスープを一緒に食べろって事だよな?
では……一口。
――パクンッ……ぷるんッ!
ぐ! ぐうぅぅぅ……!!! う、美味いッッッ!!!!!
とろりと溶け出た黄身とは対照的に、白身のぷるんとした食感が舌の上で弾ける!
予感は――当たっていた!!! 俺たちの本能は正しかった!
海老! タコ! 貝! 磯の風味が一気に口に広がる!
矢継ぎ早に次の味が押し寄せる。
さらりと、しかし力強いすまし豚骨。
そして驚くほど柔らかいのに、程よく噛み応えのあるチャーシューが『豚骨ラーメン』のどっしりとした骨太さを感じさせる。
まさに味の絨毯爆撃!!!
だが、どの食材も『主役級』の強さだ。
本来ならそれらが喧嘩し合って食べられたものじゃないだろう。
しかし――
この煮卵だ。
どんな食材にも合う、この卵という食材の『安心感』が全てを包んでいるんだ。
こいつが、この煮卵が喧嘩の仲裁役――!!!
ほんのり甘じょっぱく味付けされた半熟煮卵が、それらを包み込み一つの複雑な味へと進化させて、最高の雑炊に……いやぁ~? 待て!
最高の『雑炊』――『一つの味』?
本当に……そうか?
ヴィヴィが俺たちに食べさせたかったのは……本当に雑炊か?
もう一口……
――かぷっ……ごっくん……
やっぱりそうだ。
際立つ……あらゆるうま味の中で、煮卵のシンプルな味付けがほんの少しだけ一段上。僅かに濃く、深く、そして前に押し出してある。
これは、ひょっとすると――
「ヴィヴィ、違ってたらごめん……」
「なんでしょう? 蓮さま」
「これさ、もしかして……卵の……料理なのか?」
俺がそう問いかけるとヴィヴィは思わず口に手を当て驚いた。
「……ッ!!! 蓮さま……あなたというお方は……本当にどれだけ……どれだけ料理人を喜ばせるつもりですか!」
ヴィヴィは少し困ったような、嬉しいような表情で頬を赤らめた。
「やっぱりそうか……これ……『雑炊の為』の煮卵じゃなくて……『煮卵の為』の雑炊なんだ!」
――「「「煮卵の為の雑炊?! どういうことだ?!」」」――
――カチャチャチャチャ!!!
みな俺の言葉を確かめようと、一斉に雑炊を口に運んだ。
ザイアン会長が皿に穴が開くんじゃないかと思うほどに見つめながら呟いた。
「ほ、本当ですな……田中さまのおっしゃる通り、そう意識して食べるとどの食材のうま味よりも、この煮卵のうま味が一段前にあるように感じますぞ」
続いてゴドー氏は目を閉じて味のみに集中しながら――
「ええ……海老のうま味のある『卵』、タコのうま味がある『卵』、他の具材もそうですな……モグモグ……全ての食材がこの卵に彩りを与えているように感じます……この美味さ……嚥下するのも憚られます……マムマム……」といつまでも咀嚼している。
「そうです。蓮さまのご指摘の通り、この三品目は卵を主役とした料理にしました」
――カチャン……
雑炊を食べ終わったワッキャメ氏がスプーンを置く音が響いた。
彼は無言でコック帽を外し、ヴィヴィの前に歩み寄った。
「ヴィヴィさん……一品目のチャーハン、二品目のラーメン……どちらも卵を使っていますが、あくまで『繋ぎ』や『わき役』としてで御座いましたぁん。ですがこの最後の品――雑炊は何故卵を『主役』として据えたのか……お話をお聞かせ頂けますかぁん」
「そうですね……私も何故、卵をこの様に使ったのか……ひらめきと言ってしまえばそれまでかもしれませんが……ここにある沢山の食材をアレンジの材料として使っているうちに、『ある想い』がそうさせたのかもしれません」
「……ある想いとは? 是非、このワッキャメにお教えくださぁい」
ワッキャメさんの目は真剣だ。
不思議な空気が漂っていた。
誰一人、横やりを入れようとしない。
二人の会話がどうなるのか、みなが見守っていた。
一流の職人がもつ独特の空気――
技を磨くことそれ以外を一切認めないような、混じりけのない探求心。
今、その只中である二人の間に、割って入れるものは誰一人いなかった。
「それは……友和です」
「友和?」
「ワッキャメさんが選んだファクタの素晴らしい食材、ツクシャナで磨き上げたレシピ、それらを常にわき役として支えてきた卵……癖の強い主役を繋ぎとめてきた卵……」
ヴィヴィの視線が、俺とばあちゃんに向けられた。
秋空の夕日が窓から差し込み、彼女の顔を照らす。
この光景……どこかで見た。
「味もまろやかで、どんな食材も包み込み、その美味さを引き出す……その性質はまさに『友和』。このような素晴らしい席で、その卵こそ、三品目の主役がふさわしい、と思ったのかもしれません……」
そうだ。
あの日……奴隷23号に『ヴィクトリア』と名付けたあの日も、夕日の中で彼女は笑っていた。
「素晴らしいお料理でございましたぁん。本当にありがとうございまぁす」
ワッキャメ氏は帽子を胸に当て、ヴィヴィに跪いた。
あの時のように照らす夕日の中で、彼女は優しく微笑んでいた。
「田中さま、伊織さま……食事を始める際は『頂きます』でしたね。食事が終わった際の作法はどうなさるのですか? 私に教えて下さいまし」とワッキャメ氏は穏やかな表情で問いかけてきた。
「……ばあちゃん」
「……ん。ワッキャメちゃん、ご飯食べ終わった後はこうするったい」
ばあちゃんが全て綺麗に食べられた皿の前に手を合わせた。
「ご馳走様でした」
「なるほど……そうやるのですねぇん。ヴィヴィどの……本当に……ごちそうさまでした」
ワッキャメさんはそれに倣い、両手を合わせばあちゃんに続いた。
それを見て使用人の女の子とノルシュケさんも続き、周りの使用人たちも同じように倣った。
――「「「ご馳走様でした」」」――
頂きますと同じようにその合唱……いや『合掌』が広がっていく。
その姿を見た時――
――『偉いぞ……蓮……』――
不意にいつかのサリサの言葉が脳裏をよぎった。
初めてツクシャナの森でカリブロスを狩った時……血まみれの手でサリサが俺の頭を撫でてくれた。
――『ありがとう。大切に……頂きます』――
あの時、俺の頭に浮かんだ――いや、胸の奥の方から沸き起こった気持ち。
他者から奪い、そして他者から生かされているという根源的な気付き。
『食』という、より本能的な原初の暴力の中に生まれる、最も深く美しい『祈り』の儀式。
『信仰』の雛型――
―― 感 謝 ――
この会場に今、あの時と同じ空気が満ちていた。
サリサは……今頃どこにいるんだろう。
あいつに食べさせてやりたかったな。
きっと目を輝かせてモリモリ食べるに違いない。
「よお~し! 料理は全て終わった! 見たところ……まあ、審査をするまでもないかもしれないが、一応、決をとるぞ!」
マウマ氏はパンパンのお腹をボタンの取れたベストから覗かせている。
「ここにワッキャメの皿と嬢ちゃんの皿がある。審査員の連中は美味いと思った方にコインを入れてくれ!」
――パチンッ、カチャン、チャリン……
ザイアン会長、ドラゴ氏、ゴドー氏がコインを入れたのは同じ皿だった。
結果は……火を見るよりも明らかだった。
「私の完敗ですわねぇん……しかし、お互いが全力を出し合った末の結果――悔いは御座いませんわ」とワッキャメ氏がヴィヴィに握手を求めた。
ヴィヴィはそれに応え「ワッキャメさんのお陰で、私も料理人として一歩前へ進めた気がします……本当にありがとうございました」と涙ぐんでいる。
「勝者は嬢ちゃん!!! この料理勝負、ツクシャナ共和国の勝ちとする!」
――パチ……パチパチ……パチパチパチ……
使用人たちから自然と拍手が沸き起こった。
貴族たちは互いに目を見合わせながら、または下を俯き、仕方なしにその拍手の波に乗った。
よし、これで……この場の貴族たちに、亜人の雇用を認めさせることが出来る。
ヴィヴィ――本当によくやった!!!
「ヴィヴィ、お疲れ様。最高の料理だったよ」
「……いえ、今回はワッキャメさんが食材の利用を認めてくれたので」
「それでも、料理人の腕が無いと、どんな食材でも意味が無いよ」
「ありがとうございます……でも、まだまだです。結局、蓮さまと伊織さまの舌を超えることは出来ませんでした。さすが先代ですね……次はお二人でも分からないような工夫を凝らします!」
「ふふ……楽しみにしているよ」
俺はふとイゾーノ伯爵の様子が気になり、視線を走らせた。
皆が拍手をしている間、ホセ司祭長がイゾーノ伯爵に何やら耳打ちをしている。
イゾーノ伯爵は驚いたように目を見開き、使用人を呼びつけ何か指示を出した。
なんだ? イゾーノ伯爵のあの表情――
先ほどまで勝負に負け、暗く沈んでいたのに、急に表情が明るくなったぞ。
「さて! 勝負も決した! 賭けの条件は『亜人の雇用』だ! ここに誓約書を用意した。この場にいる貴族たちは一人一人サインをしろ! 全員だぞ! 逃げてもみろ! このターロ・マウマが地獄の果てまで追いかけて、サインさせてやる! 血染めのな!!! がっはっは~!」
マウマ氏が真っ青に青ざめた貴族の肩を掴み笑っている。
「冗談だよ冗談。ほら、早くサインしな!」
いや、この人ならやりかねない……俺とばあちゃんは同じ思いで目を見合わせた。
最初の貴族がサインをしようとした、その時――
――ガチャン! ギイィィ……
「イゾーノさま! ホセ司祭長!」
来賓室の扉が開き、一人の男が駆け込んできた。
あの人は……カッツォーネさん?!
姿が見えないと思っていたが……
カッツォーネさんはイゾーノ伯爵とホセ司祭長に耳打ちをしている。
そしてホセ司祭長がニヤリと笑い、声をあげた。
「マウマどの! その誓約、しばし待たれよ」
「なんだ? 勝負は決まっただろうが」
「確かにそうであるが……田中さまにいくつか確認したいことがある。その返答次第では……この勝負の無効を申し立てる!」
俺に確認したいこと……?
勝負の無効ってどういうことだ!
――ガシャ、ガシャ、ガシャ……
物々しい音をたて、鎧で身を固めた騎士たちが来賓室に入ってきた。
「おうおう、なんだよ。聖騎士団じゃねぇか……司祭長……こんなやつら呼びつけて何をやろうってんだ?」
マウマ氏の表情が少し曇り、僅かに緊張の色が見えた。
これがエストキオ帝国が誇る最強の部隊、聖騎士団……
ホセ司祭長の後ろに控えるイゾーノ伯爵の顔が、ニヤニヤとしたあの貴族特有の笑みに戻っていた。
こいつら……
何を企んでいる?




