130 料理勝負(6)~ヘビー級~
「お待たせいたしました~! 大狸商店街名物、豚骨ラーメン……ファクタ風です!」
冷えた会場に湯気が立ち昇る。
来賓の貴族や審査員、使用人の前に次々と熱々のラーメンが配膳された。
ファクタ風――
ヴィヴィのやつ……やっぱりラーメンもアレンジしているのか。
「おい、ばあちゃん……」
「うん……これも全然違うばい」
俺たちがまず違いに気付いたのは、『香り』だった。
いつもなら調理段階で福岡ラーメン特有の鼻を突く『豚骨臭』が匂ってくるはずだが、今日はそれが……ほとんどなかった。
代わりに鼻をくすぐったのは、何とも高級感漂う、磯の香りだった。
「これはもうすぐに分かったよ……この香り……海老だ。シュリンピケっていうやつか? 絶対にそうだ」
「なんやろね、この蟹とか海老の『はよ喰わんとなくなるよ』って思わせる香り……たまらんばい!」
「いや、それは……人それぞれじゃないか? とにかく食べてみよう」
まずはスープを一口――
――スゥ……ゴクン………………
ドッッッ……カン!!!!!!
――俺が最初に抱いた感想は『ドッカン』だった。
なんだ……なんだなんだ?!
口に入れた途端、濃厚な海老のうま味と香ばしさが口内を……いや! 顔面をぶっ叩いた!
なんと濃厚でなんと鮮烈……いや! 苛烈!!!
あまりの美味さに俺の顔は今きっと、まるで海老のように真っ赤に紅潮しているだろう。
『殴られた』と錯覚するほど瞬間的に身体が反応してしまったのだ。
まさに……エビー(ヘビー)級のハードパンチ!!!
「ぐぅぅぅ!!! うっっっんめぇぇぇぇ……」
俺は意識が飛びそうになるのを必死でこらえた。
もっと味わわなければ! この美味さの正体を暴かなければ!
その一心で俺は続けてスープを啜った。
――ズルッ……
うおぉぉぉ……あまりの美味さにぶっ飛びそうだ。
だが、いや待て……これ、海老だけじゃない……この風味……そうだ! これ、さっきチャーハンで使った貝の出汁だ!
海老のうま味を補強するように絶妙なバランスで貝の出汁を合わせてるんだ!!!
そして――
居た…………豚骨!!!
貝で補強された強烈な海老の後ろに……豚の影!!!
爆発的な海老の主張を、豚骨スープのまろやかさと力強さが支えている!
しかも、海老の風味を殺さないよう、極限にまで匂いを――
抑えてある!!!
聞いたことがあるぞ……これは『すまし豚骨』ってやつか?!
豚骨スープと言えば、極限まで強火で豚の骨を煮込んで、白濁したスープが特徴だが、それに伴いあの強烈な『豚骨臭』も生まれる。
だが『すまし豚骨』は、長時間ゆっくりと煮込み、豚骨のうま味だけを抽出する和食由来の技法だとかなんとか――ん~~~! 詳しい事はよく分からんが、とにかく!
癖の強い豚骨をあえて後ろにやることで、海老を前面に押し出してるんだ!
そうか……あの時――
――『祝賀会に出席される方々は国の重鎮や貴族の皆さまです。このように下卑た――あ! いえ! その……個性的な香りのするものは馴染みのない方も多いかと……もっと別のメニューにされるのが賢明でしょう』――
カッツォーネさんはそう言っていた。
俺は豚骨ラーメンを下卑たと侮辱され、そのままの美味さで押し切ってやろうと考えたが……
ヴィヴィはファクタの好みに合わせてきたんだ。
しかも、豚骨ラーメンの良さを損なわずに!!!
高級感漂う海老と、野性味あふれる豚骨のハーモニー!
うま味の相乗効果が半端ない!
こんなの耐性が無い奴が喰ったら、美味すぎて気絶するぞ!
――バチッ! バチチチチッ!!!
ばあちゃんに至っては、魔力が迸り、目から火花が出てるみたいになっている!
「ほあぁぁぁぁぁ!!! なんねぇ~~~! これはぁ~~~!!! ヴィヴィちゃん、あんた何てことをしてくれるんね! こんなん食べたら、他のもんが喰えんごとなろうがははは~ん……!!!」
ばあちゃんは泣いた。
あまりの美味さに泣いた。
――「ひいぃぃ!!! おいし、過ぎる……ドサッ……」――
スープを啜った貴族が悲鳴をあげ、倒れ込んだ。
ほ、本当に気絶者が出た?!
――バタッ……ドサッ……
ええぇ?! スープを啜って気絶する人がどんどん……
みんな味のハードパンチにノックアウトされてる!
おい~! ヴィヴィ! お前、なんてものを作りやがったんだ!!!
俺の目にはヴィヴィの姿が、海老のコスプレをしたハードパンチャーに見えた。
「め、麺も喰おう……ばあちゃん……ばあちゃん!!!」
「はっ! いかんばい……なんか私、今、どっか遠いところに行っとった! め、麺ばい!!!」
――フゥ~フゥ~……ズルルルル……ハフハフッ……ゴックン……
麺が……!!!
ぷりっぷりだ! 麺もこれまでと全然違う!!!
今までのサクサクと歯切れのよい、どちらかというと淡白なストレートの細麺じゃなく……
中太の弾力ある力強い麺!!!
これは――
――
――――
――――――
『ヴィヴィ、この麺、もしかして手打ち?』
『はい。本を参考にどの工程も手抜きなくやっていますが……ダメでしょうか?』
『これさ……手打ちじゃなくて製麺機を使った方がいいんじゃないかな?』
『う~ん……麺があまりに美味すぎて、何と言うか……スープと喧嘩する感じ? 言い方悪いかもだけど、もっと雑というか、ざっくりした味わいの方がスープが活きるとおもうんだよね』
――――――
――――
――
この麺……スープに合わせて、手打ちに戻してる!!!
スープのうま味が爆上がりしてるから、それに負けない手打ちに戻したんだ!!!
しかもこの麺……小麦だけじゃ――ない?!
「さすが蓮さま……その目、お気づきになられましたね」
「ヴィヴィ……何をいれた? 麺からも海老のうま味が出てるぞ……どういうことだ!」
「それは――海老の卵を練り込んであるからです」
――「「「海老の卵?!」」」――
俺だけじゃない、会場中がヴィヴィの解説に夢中だ。
「以前、チエさまから勧められた料理本に『蝦子麺』なる、海老の卵を用いた麺があると書いてありました。破棄された食材の中に卵があったので、これはと思い急遽手打ちの蝦子麺に変えてみました……いかがでしょうか?」
――ズルルルゥッ!!!
――チュルルンルン!!
――ゾバーーーッ!!!
みな一斉に麺を啜り、その大合唱が会場に響き渡る。
いかがだって?!
イカがもタコもあるかぁ!!!
エビだぁ!!!
海老のスープに海老の麺が合わないわけねぇだろ!!!
ぷりんぷりんの麺を噛めば海老! スープを飲めば海老! 海老のハードパンチが迸る!!!
かと思えば淡い貝のジャブ! 力強い豚骨のボディブロー!
どこにいてもパンチが飛んでくる……
味のヒットアンドアウェイだ!!!
このラーメン……死角がない!!!
「おいいいい! おかわりをくれぇ!!!」
マウマ氏が額に汗をかき声をあげた。
「じっちゃんも喰うだろ?!」
マウマ氏はすでにスープまで平らげ、二杯目を要求している。
ドラゴ氏は麺を啜りながら答えた。
「ずるるる……長く生きてきたが……食にこれほどの衝撃を受けたのは……ずるるる……初めてだ……ぐすっ」
「あん?! じっちゃん……泣いてんのか?!」
「泣いてなどおらんわい! 湯気が目に入っただけじゃ! それはそうと……ヴィヴィどの……ワシ……麺……無くなってしもうたわい……ワシ……どうすればいい?」
あまりの美味さにドラゴ氏の威厳がぶっ飛んでいる。
まるでおねだりをする子供のようだ。
「ドラちゃん! 心配せんでよか! 替え玉があるけん! 替え玉ばしんしゃい!」
ばあちゃんがぐじゅぐじゅの顔で声をあげた。
その略し方はやめておいた方がいいぞ、ばあちゃん。
「ド、ドラちゃん……救い主どの……替え玉とは?」
「麺だけ何度でもおかわり出来るったい! このスープはバリバリ濃厚やけん、歳喰ったあんたは替え玉がよか! 少し味が薄まって、また違った味が楽しめるはずばい! マウちゃんは――普通に二杯目貰いんしゃい!!!」
「おうよ! 嬢ちゃん! 二杯目頼む!」
「違った味……ヴィヴィどの! 替え玉と言うものをお頼み申す!」
その後は記憶がうっすら飛んでいた。
皆、ラーメンに夢中になり、替え玉の大合唱だった。
もう来賓も貴族も使用人も何もなかった。
皆、ヴィヴィの前に列を成し、我先にと替え玉を求めた。
結果、みな一巡替え玉を頼んだくらいで麺が尽きてしまった。
「おい……嬢ちゃん……もう、麺、無いのか!」
「申し訳ございません……これほど皆さま食べて頂けるとは思いませんでしたので……」
――はぁ~~~……
まるでTVのスタジオ客の大袈裟なリアクションのように、わっかりやすいため息が皆の口から零れた。
「本当に申し訳ありません。もう少し用意しておけばよかったですね……ですが――」
ですが?
俺たちは替え玉が無いと聞き、明らかにしょんぼりしていた。
皆、俯き、麺のないスープのみのどんぶりをただじっと見つめていた。
だが……『ですが』?
今、ヴィヴィは『ですが』といったのか?
『ですが』ってなに??? もしかして……他に何かあるの?
皆同じ気持ちで一斉にヴィヴィに視線を送った。
「お忘れですか? 半分残して頂いたチャーハン」
あ……そうだ……
チャーハン……半分残してたんだ。
「そのチャーハンの上に、煮卵を乗せて、レンゲでスープを掬ってかけて下さい。そうすれば、また違った味わいの……何でしょうか……えっと確か……ぞう、すい? になるはずです」
……なんだって?
この半分残った海鮮チャーハンに……煮卵を乗せて……スープをかける???
「ワッキャメさんは三品出されたので……少し狡いかもしれませんが……それが私の三品目です。ちょっとお行儀が悪いように見えますが……きっと美味しいはずですよ! お好みでスープの量を調整してください。あ、煮卵を食べてしまった人は、こちらにあります。おかわりをどうぞ!」
――カチャカチャカチャ! チョロロロロ~!
――ガタンッ! ダダダッ!
皆……無言で動き出していた。
すぐさま言われた通りスープをかける者。煮卵を貰いに走る者。
その表情は真剣だった。
……確かめたかったのだ。
――『このバカうまチャーハンに、このバカうまスープをかける?! そんなの……味がごちゃついて、くどくなるんじゃないか?!』――
会場にいる全員が、『理性的』にそう思ったはずだ。
だが――
予感があった。
チャーハンもラーメンもどちらも主張の強い味だったが……脳に、舌に鮮烈に残る二つの味の記憶……それらが脳の中で激しく引き合い、火花を散らしていた。
――「「「多分……いや……絶対に……」」」――
この二つが最早食べずして最強の掛け合わせであることを『本能』が予感させていたのだ。
――ゾゾゾゾゾォ~~~! はふはふぅぅぅ~!!!
みな答え合わせを急いだ。
自分の『理性』と『本能』……どちらが正しいのかと。
――バクバクバクゥ………………ゴックン……
予感は――
当たっていた。




