129 料理勝負(5)~天才~
ヴィヴィのチャーハンが、今まで作っていたものとは完全に別物だ。
「おい! ヴィヴィ! これはどういう事――」と俺がヴィヴィに問いただそうとするとザイアン会長が割って入った。
「――ヴィヴィどの! この料理、チャーハンと申されたか?! 詳しく解説をお願いします!」
ザイアン会長は額に汗を浮かばせ、手に持った匙を震わせている。
「では、料理の説明を致しますね」とヴィヴィはニコリと笑って続けた。
「これは大狸商店街の名物でチャーハンと申します。主な食材であるお米は、簡単に申しますと、稲と言う植物の種子です。そのお米を炊き上げ、様々な具材と炒めたものがチャーハンです」
「おお! なるほど!」
そんなことは解ってる! そうじゃない! このアレンジの事を聞きたいんだ!
俺が答え合わせをしたくてヤキモキしていると、ワッキャメさんが声をあげた。
「ちょっとあなた……この食材……私が使っていたものでしょう?! あなた……盗んだの?!」
え? ワッキャメさんの食材? 盗んだ?
「……確かにその通りです。私は料理の一部にあなたの食材を使いました」
「な?! 聞きましたか?! マウマさま! 勝負相手の食材を盗むなんて……これは重大な違反でございまぁ~す! 私の用意した食材は、今日の為に最高級の最も新鮮なものを用意させたのでございまぁ~す! それを使えば美味しくなるのは自明の理! 異議申し立てをいたしまぁ~~~す!!!」
「あん? そうなのか? 俺は美味けりゃ何でもいいが……まあ、確かに盗むのはよくねぇな。嬢ちゃん、あんたなんでそんなことをしたんだ? バクッ」
マウマ氏はチャーハンを食べる手を止めずにヴィヴィに問いただした。
さっきからこの人、何度もおかわりをしている。
よほどこのチャーハンが気に入ったのだろう。
「いいえ……これは盗んだのではありません。これをご覧ください」
そう言うとヴィヴィは食材の入った器を調理台の上に置いた。
器には様々な食材の切れ端や、使い物にならなそうな野菜のくず、見栄えの悪い小さな魚介が入っていた。
「これは――あなたが使えないと判断し、捨てた食材です」
「な、なんですって?!」
貴族たちを始め、会場中に動揺が走った。
「我らに捨てた食材を食べさせたというのか?!」
「何という愚弄……しかし……この美味さ……」
「本当に要らない食材だったのか?」
捨てた食材を使われたという侮辱より、そんな材料でここまで美味しくできるのかと、むしろ感心している者もいる。
「あなたが捨てた食材の中には、まだまだ使えるものがたくさん残っていましたので、もったいなくて思わず使ってしまいました」
「おい、ワッキャメさんよ~」マウマ氏がチャーハンを口にしながら続ける。
「あんたが捨てたものなら別に使っていいだろ。俺は料理の事は解んねぇが、料理人には『目利き』も必要な要素なんじゃねえか? あんたにとって要らない食材でも嬢ちゃんにとっちゃ宝の山だったってこった」
「た……確かに……そうでございまぁ~す」
マウマ氏の『目利き』と言う言葉にワッキャメさんは先ほどまでの勢いを失くした。
「それに……私が廃棄された食材を使ったのには訳があります」とヴィヴィが真剣な表情で続けた。
「今日の為に用意したレシピは、蓮さまと伊織さま、そして街のみんなで作り上げたレシピです。それのみで皆様には十分にお楽しみいただける品になっておりましたが――」
ヴィヴィがちらりこちらを窺い、少し申し訳なさそうな顔をした。
勝手にアレンジしたことを悪く思っているんだろうか?
確かにみんなで作り上げたレシピであるが、そもそもそれを作るヴィヴィの腕がないと成り立たないんだ。
気にすることはないぞ、ヴィヴィ。
「ワッキャメさん、あなたの料理を見た時、私……これじゃ駄目だって思ったんです。あなたの料理はとても素晴らしかった。ガ、ガストロノミー……というのでしょうか? あなたの料理には私の知らない技法が沢山ありました。あなたが今まで本気で料理に取り組んできたのが、一皿一皿から感じ取れました。私、感動したんです。だから、私もこの皿の上に『私という料理人』を表現したくなったのです」
「あなたという――料理人?」
「ええ。私は元々冒険者パーティーの料理担当でした。冒険は過酷です。どんな食材も無駄にできません。『限られた食材を無駄なく、最大限に美味しく』――それが私という料理人の原点です。それは大狸商店街で食堂を任された今も変わりません。ですから……今、ここで出した料理が……私の原点であり、今の私の全てです。破棄された食材の再利用……許していただけませんか?」
ワッキャメさんのやたらと長いコック帽がゆらゆらと揺れ、握りしめた拳がふるふると震えている。
「す――素晴らしい! このワッキャメ……こんな場に! こんな料理人と腕比べが出来るとは! 何たる幸せ!」
ワッキャメさんの頬は紅潮し、見開かれた目からは涙が溢れている。
「料理とは……美味であればそれでよろしい! 心があればなおよろしい! そして……心が無ければその皿は――虚しい!!! あなたの心……料理人魂!!! このワッキャメ、受け取りました! 何も問題は御座いませぇ~ん! どうぞご自由に!」
ワッキャメさん……分かりやすいなぁ~。この人、本当に料理が好きで――いい人なんだろうな。ちょっとアクが強いけど……
「おい、ヴィヴィ、料理の説明してくれないか?」
「そうばいそうばい! これ、今までのチャーハンと全然違うやん!」
ヴィヴィは「そうですね――私から説明してもいいのですが……」と一瞬考えこみ、俺の方をみて笑ってみせた。
「私……蓮さまや伊織さまの事も尊敬してるんです。お二人の味覚は相当に鋭敏です。恐らくそれは、先代(勝っちゃんおいちゃん)の料理をよく食べられていたことから、磨かれたのだと思います。いわば『先代の舌』をお持ちです。私はお二人にこのアレンジの正体を当ててもらいたいです。お願いできませんか?」
なんだ……と?!
俺たちが当てる?! ヴィヴィのやつ……
面白いじゃないか!!!
良いだろう……その挑戦! 受けてやる!
「分かった……俺とばあちゃんが当ててやる。いいな、ばあちゃん」
「え~、なんか面倒やない? さっさと教えてもらった方が――」
「ばあちゃん! これはヴィヴィから俺たちへの……勝っちゃんおいちゃんへの挑戦だ! 俺たちが受けなくてどうする!」
「なんか分からんばってん……やってみる?」
「やってみる! では改めて……パクッ」
う~~~ん……やはり美味い!
ぱらっと炒められた米と卵の香ばしい香りが鼻を抜ける……
が、すぐさまに磯の香りが口の中に広がり、噛むほどにうま味が溢れ出す。
これは――
「貝だな……米を炊き上げるときに、貝の出汁と一緒に炊いてるんだ」
「いや、貝だけやないね……色んな魚介のうま味が感じられるばい」
「うん。食材の中に、具にするほどのものはなかったんだろう。具には出来ないが、出汁としてこれでもかと米に吸わせてるんだ……そうだろ? ヴィヴィ」
ヴィヴィは嬉しそうに「さすがです。その通りです。他には?」と目を輝かせている。
「他……うん……香りだ……ばあちゃん、これ、この魚介風味の米と香り、どことなくアレに似てるよな? あの料理――」
「ああ! アレねアレ! あのほら、イタリアやったっけ? フランスやったっけ? パオ……パノ……パノラマじゃなくて……」
「ああ、それだそれ、え~なんだっけ……」
俺たちは味にはうるさいが、食に対する知識が乏しい。ここでチエちゃんがすかさず合いの手をうった。
《魚介とお米……スペインのパエリアですか?》
――「「そうそれ!」」――
「そうばいそうばい! これ! パエリアっぽいんよ!」
《恐らくサフラン系のマンドラゴラも一緒に炊いてるのでしょう。それが何ともスパイシーでエキゾチックな香りを米に纏わせてるのでは?》
「ああ、それそれ。サフランだ」
この香りだけで、今までのチャーハンの表情と雰囲気をがらりとかえる。
それと……何だろう、もう一つ別の大きなうま味があるぞ……
この独特の風味、この米のうま味を下支えしている『何か』がいる。
「蓮ちゃん、よう見ると、これ、具材になんか別のもん入っとるばい。この小さく刻まれた具材……米と違った食感やね。プリプリしとる」
「本当だ、チャーシュー……じゃないよな。なんだ、でもこれ噛むほどに海鮮系の出汁がでてくるぞ」
何だろう……魚のすり身に近いような……
確かチャーハンに蒲鉾は入れたりするよな。でも違う……
「蓮ちゃん、これ絶対食べたことある……しかもついさっき食べたよ、この味、食感……」
あ……!
そうか……これ……
「タコだ!」
「そうばいそうばい! これ、さっきワッキャメさんが出したオクタゴンを刻んだものやが!」
「どこかで食べたことがあると思ったが……これタコ飯じゃないか! そうだろ! ヴィヴィ!」
「ご名答です……小さく刻み食べやすくしたオクタゴンを具として一緒に炊き上げました」
このチャーハン……凄いぞ……
チャーハン(中華料理)×パエリア(スペイン料理)×タコ飯(和食)という、一見ガチャガチャとした異色の組み合わせを、潰し合う事なく掛け合わせているんだ……ッ!
《ですが……炊き込みご飯系は出汁を多めに含むため、ベチャつきやすいですよね? これはチャーハンとして成立しているんですか? 蓮さま》
「ああ……絶妙な火加減で炊いてるんだろう。そして何より、あの鍋捌きだよ。米と具材を強火にくぐらせ、外はパラパラ、中はしっとり……しかもそれを慣れない米で仕上げやがった……」
「全て正解です……ふふ、さすが蓮さまと伊織さま。私ももっと精進しないとお二人の舌を超えることはできませんね」
いやいや、もう超えるとかそんなレベルじゃないって……
ありえない。
この料理勝負……お前自身がかかってるんだぞ?!
そんな中、ぶっつけ本番で、さらに美味い料理に仕上げ、その上ファクタの連中の好みにまで合わせてくるなんて……
一つでもミスすれば、全ての要素がつぶし合って、一気に不味くなるぞ!
こんなの……こんなの――!!!
――ザッパ~~~ン!!!
「このチャーハン……大地の恵みたる米に……海が見える!!!」
俺とばあちゃんの脳裏には、米の海で泳ぐ勇猛なるオクタゴンの姿が見えた!(オクタゴンを見たこと無いけどタコの姿として!)
「ばあちゃん……」
「お、恐ろしい子ばい……私長い事生きてきたけど、初めて本物の天才にあったかもしれん」
「おお~! 何か分からんが、めっちゃ美味く炊いた米をめっちゃ上手く炒めたんだなバクバクバクゥ!」
どんどん米を喉に流し込むマウマ氏とは対照的に貴族たちは――
静かだった。
圧倒的……
圧倒的な差だ。
これはもう審査をするまでもなく、勝負あったんじゃ――
「あ、皆さん、まだですよ……もう一品ありますから。チャーハンは半分とっておいてくださいね。足りない方はおかわりを――」
あ……!!!
そうだった!!!
まだ俺たちの本丸――ラーメンが残っていた!
「おかわり!!!」
マウマ氏の声が静かな会場に鳴り響いた。
見た目通り……よく食べる人だ。




