128 料理勝負(4)~いただきます~
「さて、賭けの内容も決まったところで、審判だが――」
料理勝負の審判は
・ザイアン商会のザイアン会長。
・ノルドクシュ大使、ヤマーキ・ドラゴ氏。
・ヒゼデジール大使、カイドウ・ゴドー氏。
が代表して務めることになった。
「三人とも、公平な審査、頼むぜぇ~」とマウマ氏はなんだか楽しそうだ。
俺とイゾーノ伯爵は賭けの当事者という事で除外された。もちろん周りの貴族連中も同じだ。
ザイアン会長はイゾーノ伯爵とホセ司祭長ともつながりが強そうだ。
本当に公平な判断をしてくれるのか微妙なところだが……
「じっちゃんに関しては何の心配もいらないが、ザイアンさんにゴドーさん……この俺が立会人なんだ。クソみてぇな審判をしてみろ。分かってんだろうなぁ?」
とマウマ氏は丸太のような腕の筋肉をピクつかせている。
完全に脅しだが――
「も、もちろん! ギルドの立ち合いに嘘をつくようなことは致しません」とザイアン会長は頭を下げ、「ご心配は無用……」とゴドー氏は言葉少なに返した。
「じゃあ、王さまよ。これで何の心配もねぇ、思い切ってやろうや! さあさあ、ツクシャナのヴィヴィちゃんよぅ! めし~喰わせろ!!!」
何だか……プロレスラーのマイクパフォーマンスみたいだな。
――バチィィィッ!!!
マウマ氏がゴングの代わりに、会場のみんなが耳を塞ぐほどの爆音で指を鳴らし、ヴィヴィが料理に取り掛かった。
◇ ◇ ◇
――ジャア~!!! カンカンカンッ! ジャッジャッジャッ!
ヴィヴィが振るう中華鍋の音が会場に響き渡る。
ヴィヴィの料理は食堂と同じように、客の目の前で調理する形になった。
俺たちは見慣れた風景だが――
会場が絢爛豪華である為、格式高いライブキッチンの様相を呈している。
「蓮ちゃん、ヴィヴィちゃん、いつもの感じやね……私やったらこんな大人数の前で何かするっちなったらガッチガチになって、何も出来んばい」
「あいつは毎日客の目の前で厨房に立ってるからな。何てことないだろ。それより……あいつの鍋、なんかデカくない?」
「あり? 本当やね! 食堂で見るサイズよりかなり大きいばい! それに数も!」
ヴィヴィはかなり大きめの中華鍋を三つ同時に捌いている。
そうか……
この人数に料理を提供することを見越して、大きめの鍋に変えたんだ……
ほとんどの調理器具は自分たちで持ち込んでいる。
道中ドンガの荷物がやたら多いなとは思ったが……そういう事か。
これはドンガじゃないと運びきれないな。
――グツグツグツ……
麺を湯がく為の鍋から湯気が立ち昇り、ふわりとその温もりが冷えた頬を撫でた。
そうだ、この会場……入った時から思っていたが、少し肌寒むいんだ。
秋も終わりに近づき、もう冬の気配がそこまで来ている。
壁際に暖炉がいくつかあるが、まだ火は入っていない。
石造りの建物だからか、足元からひやりと底冷えする。
そんな中の……熱々のラーメンか……
いや、そんなシチュエーション――
絶対美味いに決まっているだろ。
「なんだ、あの鍋の中で卵と一緒に舞っている粒々は?」
「木の実か? それとも何かの種か?」
「見たことはないが……ふむ……あの料理人、凄い手つきであるな」
最初は怪訝な表情をしていた貴族たちも、初めて見る米に興味津々だ。
あれはチャーハンって言うんだよ……バカうまだよ~……
「まずは審査員の皆さんに特製チャーハンを提供します! 他の皆さんも出来上がり次第お持ちしますので、熱いうちにお召し上がりください!」
――カンカンカンッ! パカッパカッパカカカカ~ンッ!
ヴィヴィは恐ろしい速度でチャーハンを仕上げていく。
サリサが何も言わず出ていった際、怒りに任せて死ぬほど鍋を振るっていたのが、チャーハンを作るスキルアップに繋がったのだろう。
元々鍋捌きは速かったが――これ、尋常じゃなく速いぞ?!
油を引いて、卵を落とす、油と卵を馴染ませ、すぐに米を入れ卵をまとわせる。
調味料を入れ、鍋を振るい、具材を入れて再び振るう。
強火の中、チャーハンが宙にくるりと円を描いて踊っている。
これを巨大な鍋で三つ同時に効率よく完璧にこなしているのだ。
「お、お待たせいたしやした! ど、どうぞでやす!」
「お……せ……た……あつ……に……ぞ……」
――コトン、コトン。
ドンガとキュリーネさんがチャーハンを俺たちの前に配膳してくれた。
俺のチャーハンはドンガが配膳したが、緊張なのか不慣れなせいなのか、がっつりと親指が米にめり込んでいた。
うん……まぁ……俺だから別にいいけど……他の人には気を付けてね……
あと、キュリーネさんは相変わらずの小声だ。
「おう! 立会人の俺も食っていいのか? 王さま!」とマウマ氏は嬉しそうにチャーハンを見つめている。
「もちろんです。もとよりお集りの皆さんに振る舞うつもりでしたから」
「蓮さま! 使用人の方々もご一緒でいいんですよね!」とヴィヴィが鍋を高速で裁きながら確認してきた。
「ああ、頼む。じゃんじゃん作ってくれ!」
それを聞いて会場中がどよめいた。
貴族たちは「使用人と一緒に食事をするなど聞いたことがない」と声をあげた。
終始無表情だった使用人たちも、突然の出来事に動揺を隠せなかった。
「田中さま! そ、それはさすがにこの場に相応しくないと申しますか……奴隷と席を一緒にするのは他の貴族たちに失礼かと……」とイゾーノ伯爵は戸惑っている。
「そうですか? 我が国はみな同じように席に着き、食事をしますが? 私も毎日のように街の人々と同席します。まあ、言うなればこれが大狸商店街……ツクシャナ流です。これも異文化交流ということで、大目に見て頂けませんか? 折角食材も用意したので」
「はぁ……左様でございますか……かしこまりました。では、田中さまのおっしゃる通りに……おい、お前たち! 田中さまのご厚意だ。席に着くことを許す。有難く頂くのだぞ」
伯爵は渋々ながら俺の提案を受け入れてくれた。
「はい~! 皆さん順番にお取りください~! パカカカカ~ン!」
使用人たちは訳も分からず、ヴィヴィからチャーハンを受け取り、部屋の隅のテーブルに肩を寄せ合い席に着いた。
……何だかなぁ。
俺たち来賓のテーブルは一人一人の間隔がやたら広いんだから、少し詰めれば十分にみんな同じテーブルで食べられるのに。
まあ、来賓と使用人だからTPOとしては当然の流れなんだろうが……
こういうところが馴染めない。
折角のご飯なんだから、一緒に食べようよ……ったく。
「おい! 早く喰おうぜ! 冷えちまう! これ、滅茶苦茶美味そうだぜ!」とマウマ氏はよだれをたらしている。
そうだな。折角の熱々チャーハンが冷えては台無しだ。
「では、さっそく食べましょう!」
――「「頂きます!」」――
俺とばあちゃんはいつものように食前の挨拶をした。
貴族たちは変わらずその様子を小馬鹿にするように見ている。
気にしない気にしな――
――「いた……だきます……」――
小さくか細い声が会場の隅から聞こえてきた。
目をやるとそこには、さっきスプーンを落とした使用人の女の子が、手を合わせ俺たちのやり方に倣っていた。
少女は俺の方を見ると、少しだけ微笑んだが、周囲からの視線に耐えられずまた俯いてしまった。
横にいたノルシュケさんがその様子を見て、おもむろに手を合わせ後に続いた。
「頂きます……」
執事長であるノルシュケさんに続き、使用人たちはみな同じように挨拶をした。
「ほう、ツクシャナではそうやるのですかの……ではワシも……頂きます」とドラゴ氏も続き、「あん? なんだそりゃ? 何かのまじないか? 早く喰いてえのによ……え~っと、頂きます! これでいいのか?」とマウマ氏もすでに口元にスプーンを運んでいたがやってくれた。
この時、ほんの少しだが……このギスギスとした会場の空気が和らいだような気がした。
あの子のお陰だ。
彼女、イゾーノ伯爵から仕置きを明言されたのに……その中で誰よりも先に、俺たちへの敬意を示してくれた。
伯爵からさらに目をつけられるかもしれないのに――
これは……本当に凄いことだ……小さくともなんと強い勇気……
それが俺は嬉しかった。
「おい! 俺は頂きますしたぞ! あ~~~! もう我慢ならねえ! 喰うぞ! バクゥッ!」
「おいおい……お前は立会人だろうが。なんでお前が一番に食べ――」
――ブチブチッ! バツンッ!
マウマ氏は目を大きく見開き、大きく息を吸い込んだ。その拍子に革のベストのボタンが弾け飛び、チャポンと音をたてイゾーノ伯爵のグラスにダイブした。
「うんんんめぇぇぇぇ!!! な、なんだこりゃ!!! こんな美味いもん初めてバクバクバクバクッ!!! ゴックン……ぐあああ! 美味えぇ! じいさんも早くやれ! このチャーハンってやつ、死ぬほど美味いぞ!!! みんなも早く喰え! ぶっ飛ぶぞ! 早く喰えって! ぶっ飛ばすぞ!」
「何を言っとるんじゃおぬし……言われんでも頂くわい。では早速……パクッ……お、おお! こ、これは!」
――カツ……カツカツカツッ!
「さ、匙が止まらん!!! 美味い!!! 美味すぎる!!!」
あまりの美味さに、ドラゴ氏は夢中で米を喉に流し込んでいる。
ザイアン会長もゴドー氏もそれに続き感嘆の声をあげた。
「この粒々! 何かの種であるようだが、一粒一粒が噛めば噛むほどうま味があふれ出てくるぞ!」とザイアン会長は興味深げに匙の中のチャーハンを見つめ――
「この香ばしい香りも……なんとも良いですな」とゴトー氏は静かに呟いた。
ふふ、そうだろうそうだろう。
ヒズリアの人たちは米食文化じゃないからな。
米こそ日本人の魂!!!
米の美味さにひれ伏すがいい――って、あれ? このチャーハン……いつものと微妙に食材が違う……?
「ばあちゃん、これ……」
「うん……これ、いつものチャーハンと違うばい」
皿の上にこんもりと盛られたチャーハンから、食欲をそそる香ばしい湯気が立ち昇っている。
香りがいつもと違う。
なんだ?
炒められた卵の香りの中に、何か別の香りが混じっている。
――カチャ……パク……
ひと匙、口に頬り込む……
「ん……ッ!!! これは?!」
何だこれ?! 今までのチャーハンと全く違う!
ヴィヴィのやつ、レシピをミス――
いや……いやいやいや!!! 違う違う違う! こと料理に関してヴィヴィがミスをするはずがない!
現にこれ……死ぬほど美味い!
いつもより美味いかもしれない!!!
「蓮ちゃん……こ、これ……ヴィヴィちゃんなんかやっとるばい!」
俺たちはこれでもかと目を見開きヴィヴィの方へ視線を走らせた。
ヴィヴィの目は自信にあふれ、口元は挑戦的な笑みを浮かべていた。
「もしかして、あいつ……即興でレシピをアレンジしたのか?!」
信じられない……パク。
あいつ分かってるのか?! パクパク。
この勝負、負けたらイゾーノ伯爵の料理人になってパク、しまうんだぞパクパクパクゥ~!
何だよこん畜生! 手が止まらねぇ!
うんめぇ~~~!!!
何しやがったんだあいつ!!!
パクゥ――!!!!!




