127 料理勝負(3)~兵藤メソッド~
「で、王様よぅ。この『亜人の自由』ってのはどこからどこまでを指すんだ? 立会人として賭けの対象をはっきりとさせておきてぇ」
マウマ氏が顔を輝かせ皮のベストをギシギシと鳴らしている。
この人……このいざこざを楽しんでいるな。
「俺もよう、つい先日副長に就任したばかりでよ。実はまだこの椅子に慣れてねぇんだ。じっちゃんに推薦されて仕方なく引き受けたんだが……いきなりこんな面白い事に出くわすとはなぁ。じっちゃんよ、この辺りの事は俺が仕切っていいんだよな? なぁ!」
と、マウマ氏は再びドラゴ氏の肩をガクガクと揺すった。
「ううううむ……ふふふ副長ともなれば、おおお己の裁量でクエストを発布することも可能じゃじゃじゃ。おおおお主の好きにせいいい――やめろと言うておろうが! 人前でワシを揺らすな! また昔のようにしごかれたいのか!」
ドラゴ氏が巨大な拳ダコを素早くマウマ氏の顎に当てがった。
なんだ今の動き……全く目で追えなかった。
「おお、悪い悪い……じっちゃん、大使なんかになっちまったから、錆びついてんじゃないのか心配してたが――へっ! その必要はなさそうだな」
「ふん! 出来の悪い弟子に心配されるほど老いぼれておらんわ!」
なるほど……この二人、師弟関係か。
やはりドラゴ氏はただの大使じゃなかった。恐らく元は、名のある武芸者なのだろう。
「それより、早くツクシャナの王と話を詰めい」
「ああ、そうだな」
彼らの動向から察するに、ノルドクシュはエストキオ帝国の圏内ではあるが、ギルドは独立機関の色が強そうだ。
貴族も教会もギルドを思うようには出来ないのだろう。
「で? 王さま、どうなんだ?」
さて……賭けの範囲か……
「簡単な事です。私が求めるのは――人と同じ自由。ファクタの奴隷亜人が人と同じように暮らす権利を希望します。つまり貴族側には奴隷所有権の放棄を要求します。そして二度と彼らの耳や尻尾、身体に傷をつけるようなことがないようにお願いしたい」
「所有権の放棄ですと?! そんなバカな話があるか!」
「奴隷を手に入れるのにも金がかかっているのだぞ!」
「人の姿に近づけてやっておるのだ! 何が悪いのか!」
思った通り、貴族たちの反発が強い。
だが俺の要求はそれだけじゃないぞ……
「その上で、今後、貴族が彼らを働かせるなら、それなりの賃金をもって雇用することを教会に認めてもらいたい」
「な、なんと……その上、亜人に賃金を支払うだと?!」
「奴隷を雇うなど、教会の教えに反しますぞ!」
「ホセ司祭長! 何とか言ってくださいまし!」
そりゃあんたらはその教えの中でうまい汁を吸っているからな。
必死で守ろうとするよな。
貴族相手に、我ながらかなり強気な要求ではあるが……
そもそも奴隷制度自体が理不尽な制度。
当然の要求だ。
「かぁ~こりゃとんでもねぇ賭けだな。ホセ司祭長よぅ。この件、俺が関われるのは賭けの内容と勝敗のみだ。教会や貴族たちへの通達はあんたらがしっかりやってくれよ」
「ふむ……何やら大ごとになってしまいましたのぅ……分かりました。教会には私が事の成り行きを説明いたしましょう。ただし――」
と、ホセ司祭長が髭をさすりながら、ゆっくりと俺の方に歩み寄ってきた。
イゾーノ伯爵とは対照的に、ホセ司祭長からは焦りの色が見えない。
この場の誰よりも老獪な印象だ。
……くるか……
「やはり、奴隷は奴隷。所有権の放棄など、教会としては認めるわけにまいりませぬ。それを認めれば、エストキオ教会そのものの教えが揺らぎかねぬ故、ご理解頂きたい」
やっぱりそうくるよな。
そんな要求、教会側が飲むはずがない。
俺だって馬鹿じゃない。最初から全ての要求が通るなんて思っちゃいないさ。
俺の狙いは……
どんな形、範囲であれ、教会側に『亜人の権利』を認めさせること。
その『前例』をこの場で作ること。
――ファクタ貴族が所有する全ての亜人に、人と同等の自由を――
この要求を提示したとき、俺は四季折々の兵藤さんの言葉を思い出していた。
兵藤さんが現役時代、揉め事やしのぎの取り決めについて、どう交渉していたのかぽろっと漏らしたことがあった。
――『う~ん、交渉事ですか。そうですねぇ。私らのやり口としては、まず、法外な要求をして、それから譲歩していくんですよ。こっちの立場が上なら、やり易いですね。二つ三つこっちが譲歩しても、お釣りがくるくらいの吹っ掛け具合がちょうどよろしい』――
このやり方は典型的な89〇屋さんの手口だそうだ。
だがこれが交渉の場では非常に効くらしい――
――『また相手に落ち度や弱みがあれば、なおよろしい。こちらが強気に出ても大抵相手が下手に出て、ちょうどいい塩梅のところへ落ち着きます』――
ここは俺たちの建国祝いの席、俺たちは来賓だ。貴族の面子に懸けて丁重に扱いたいだろう。
つまりこっちの立場が上……
そして……こいつらは俺の家族、ヴィヴィを賭けの対象にしてしまった。これ以上の侮辱はない。
この位、強気に出ていいんですよね? 兵藤さん……
「そこでお願いがございます」とホセ司祭長が口元に手を当て、重々しく続けた。
「……なんでしょう」
どうだ……どうくる?
「所有権の放棄は無理ですが……せめて『雇用』という形に留めて頂きたい。それならば、慈悲深き主の行いとして、教会にもこの件の説明のしようがありましょう」
よし……! 雇用は認めた!
き、効いてる……効いてますよ! 兵藤さん!
でも……もう一押し!
「……分かりました。それで構いません。ですが亜人たちの姿を変えることはやめて頂きたい。人は人、亜人は亜人、ありのままの姿が良いと私は考えています。慈悲深いと申されるのなら、『雇用』の義務の中に、『身体の自由』を組み込んで頂きたい。ここは譲れません」
ホセ司祭長は口元に手をやり一瞬何かを考えているようだったが――
「かしこまりました……今後、そのような事がないように致しましょう……」とイゾーノ伯爵に目配せをした。
イゾーノ伯爵は先ほどまで自慢げにしていたのに、今ではしきりにハンカチで汗を拭いている。
「田中さま……それと賭けの範囲でありますが……」
やはりファクタ全域は難しいか。
「ファクタ全ての貴族にとなると――今御覧の通り、相当な反感を買う事になりましょう。それは田中さまとしても望むところではないはず。せめて賭けの範囲はイゾーノどののみにして頂けませぬか?」
それはダメだ。
この賭けの範囲はこの場の全貴族……それは譲れない。
イゾーノ伯爵のみにしてしまえば、この賭けがただの個人同士の戯れになってしまう。
他の貴族を巻き込んでこそ、意味がでてくる……その位の一石はこの貴族社会に投じたい。
それに……こいつらも範囲に含めないと、イゾーノ伯爵のように亜人の身体を傷つける可能性がある。
そんなことは絶対にさせない!
「それは……不愉快極まりない申し出ですね……私は家族同然であるヴィヴィを賭けるのですよ? 先ほども申しましたが、他の御貴族の方々は身を切らずしてこの賭けを楽しもうというのですか? これがファクタ貴族の流儀だとでも? 私が何ゆえにこの場に招かれ、この様な事態になったのか……今一度お考え頂きたい」
俺は出来る限りゆっくりと、その場にいる貴族たち一人一人に目をやりながら話した。
これはサリサが群衆の前でよくやっていたテクニックだ。
あいつは会話の隙間に、不自然なほどゆったりとした動きを入れることで、注目をあつめていた。
貴族たちは目を伏せ、バツが悪そうにしている。
交渉術は兵藤さん。
王族としての振舞いはサリサ。
平凡ないち商工会職員の俺がこんな風に立ち回れるのは二人のお陰だ。
「う、うむ……田中さまのお怒りはごもっとも。この余興、もとはと言えば、イゾーノどのが持ち掛けたものであり、周囲の貴族も面白半分にけしかけたのも事実……その責任はこの場にいた者たちにもあります。であるならば……せめて、ここにいる貴族のみということで、どうか私の顔に免じてご勘弁頂けまいか」
ホセ司祭長は胸に手を当て、頭を低く下げた。
その姿を見て貴族たちにどよめきが走った。
その行為が、どの程度のものなのか俺には分からなかったが、貴族たちの動揺を見る限り、相当な敬意を持った行動に違いない。
――『田中さん、落としどころを見誤っちゃ駄目ですよ。ギリギリです。相手がこれ以上は無理ってところを攻めるんです。それ以上欲張るとわやになりますからね』――
そうですよね……亜人全てというのは、やはり欲張り過ぎですよね……兵藤さん。
ここが落としどころか。
「……分かりました。エストキオ教会の司祭長どのにそう申されては、こちらも通す意地もございません。この料理勝負もこの場の余興……この過ぎた戯れは、この場の皆様のみで楽しむことに致しましょう」
「おお! さすが田中さま。寛大なお心遣い感謝いたします。イゾーノどのも、皆さまもそれでよろしいかな?」
「は、はぁ、私はそれで……異論はございませぬ」とイゾーノ伯爵は顔面蒼白で声を震わせている。
他の貴族たちも仕方なしに頷いた。
やはり教会あっての貴族なのだろう。ホセ司祭長の言葉にはみな従うしかないようだ。
しかし、イゾーノ伯爵……生きた心地がしないだろうな。
巻き添えを喰った貴族たちの恨みの視線が、彼の背中を突き刺している。
「よ~し、話はまとまったな! 王さまは『料理人ヴィヴィの所有権』! イゾーノ伯爵とここに居合わせた貴族衆は『亜人の雇用』を賭け、勝負することにする! それでいいか? 王さま!」
「ああ」
こうして、俺たちは一世一代の料理勝負に挑むことになった。
◇ ◇ ◇
ヴィヴィとドンガが食材や調理器具を広げ準備している間も、会場の空気は重く、先ほどまでの賑やかな雰囲気はどこかへ消えてしまった。
自分たちが『安全な場所で楽しめない』と分かってからの貴族たちのあの慌てよう――
言っちゃ悪いが……物凄くすっきりした!
《蓮さま――》
(ん? どうしたチエちゃん)
《先ほどの駆け引き、感服いたしました。見事な引き際……賢明なご判断です》
(いや……少し前の俺ならあんなこと出来なかったよ。あれかな……昨日キンジュにコテンパンにやられたのが良かったのかな。あいつのお陰で兵藤さんの話を思い出せたから)
《ああ、キンジュさまは底の知れない恐ろしい方でしたからね。蓮さまも相当胆力が鍛えられたのでしょう》
(だね……見た目8歳児なのに、中身は完全にその筋の大親分だからね……今まで出会った人間の中で一番怖かったかも)
あとは――
ヴィヴィがこちらを見ている。
俺は軽くうなずき微笑み返した。
彼女は真剣な眼差しで、再び準備に入った。
ここから先はお前の仕事だ……ヴィヴィ。
亜人のお前がやるから意味がある。
お前がこの奴隷制度に風穴を開けるんだ。
お前の腕を――
ふんぞり返った貴族たちに見せつけてやれ!




