126 料理勝負(2)~賭け~
――『中へ入ればお分かりになられるかと』――
この屋敷へ足を踏み入れる直前、執事のノルシュケさんがいった言葉を俺は思い出していた。
ノルシュケさんは表情を変えずイゾーノ伯爵の後ろに控えている。
俺の視線に気付いたのか、彼は前に組まれた手を解き、そっと頭を掻いた。
頭頂部の髪が掻き分けられ、そこに見えたのは引き裂かれたような大きな傷口だった。
そしてまた手を前に組み、ノルシュケさんは会場の風景の一部に戻った。
無言の有言――
沈黙の行為そのものが、全てを伝えていた。
ここの使用人たちは恐らく皆、もと亜人……
伯爵は亜人の獣耳や尻尾を切り落とし、人の姿を強いたのだ。
――『貴族に仕える者は『人の姿』をしておらんといけませんからの』――
さっきホセ司祭長はそう言った。
つまり教会側もその行為を咎めはしない。むしろ後押ししているのだろう。
何てやつらなんだ……
「田中さま、当家には優秀な『かかりつけ医』が居ります。綺麗に仕上げますのでご安心を。まぁ、多少の痛みはあるでしょうが、それも致し方ありません。美しい姿に生まれ変わるのですから」とイゾーノ伯爵は得意げに続けた。
これは――
俺を挑発しようとしているのではない……
ごく自然に、当たり前のこととして伯爵は言っているのだ。
「うちの奴隷もその医者に頼もうかのぅ。最近流行っておるみたいだしの」
「うむ、それがいい。人の姿に寄せると、毛が舞わずに済むらしい」
「イゾーノどの、私にもその医者を紹介してくれまいか」
何なんだ……この会話――
「もちろん構いません。ご紹介致しましょう。もしあれでしたら……この勝負、勝った暁には、その様子を一緒にご覧になられますか?」とイゾーノ伯爵はしたり顔だ。
まるで亜人を物のようにしか思っていない。
吐き気を通り越して、怒りで身体が震えてきた。
「おお! それはいい! 儂は興味があるぞ!」
「後学の為にもいいかもしれんの!」
「是非とも見させてくれ!」
周囲の貴族たちがニヤニヤと笑みを浮かべている。
こいつらの薄ら笑い……
最初はイゾーノ伯爵を笑っているのかと俺は思っていたが――
違う……そうじゃない。
こいつらは……ただ刺激が欲しいだけだったのだ。
イゾーノ伯爵が人前で恥をかくことも、亜人の耳や尻尾を削ぐことも……同列。
刺激が得られれば、何でもいいんだ。
「ツクシャナの王よ! 是非、この賭け受けてくださいまし!」
「そうじゃそうじゃ! 賭けの対象がないと何ともつまらんものですぞ!」
「なに、心配ない。新興国と言えども立派な王さまだ。この程度の賭け、受けてくれようぞ!」
さっき俺がこいつらの奥に感じた『何か』――
その答えが分かった気がした。
―― 渇 き ――
貴族として生まれ、生きることに何不自由なく、生まれからして人の上に立つ。
変わることのない『絶対的な安全』。
ここに居る貴族たちの本質……
それは『退屈』。
飽きているのだ……生きることに。
過度な安全は生きる意味を薄くする。
飽きという絶望――
こいつらはその絶望に囚われているんだ……
――「「「やーれ! やーれ!」」」――
会場中に貴族たちの声が響き渡る。
みな目を血走らせ、気味の悪い笑みを浮かべ声を張り上げている。
くそ! 何が貴族だ! 何が奴隷だ!
本物の奴隷は……どっちだ!
こんな賭け、受けるわけには……
ワッキャメさん、彼はどう思っているんだ? 自身がこんな賭けの対象にされて何とも思わないのか?
「ワッキャメさん! あなたは……それでいいんですか?」
「……もちろん何の問題もございませぇん。私も奴隷牧場出身――ナミヘールさまには奴隷の身分より拾い上げられ、名まで頂いた者でございますゆえ……」
そう言うと彼は襟元のチーフを外し、隷属の紋を見せた。
この人も獣耳や尻尾を……
「そして何より――私は自らの腕に自信がございますぅ! 誇り高きこの名に懸けて、負けるはずがございませぇん!」
違う! そういう事じゃない!
なんでみんな変だと思わないんだ!
亜人も人だ。
見た目や文化、風習が違えども、俺たちと同じように泣き、笑い、生きてるんだ。
「ふむ。さすが敬虔なる信徒、イゾーノどののお抱え料理人ですな。よく教育されておりますのぅ」とホセ司祭長は長く蓄えられた髭を満足げにさすっている。
やはり……教会!
俺は他の種族の習慣や文化は尊重したいと思っている。
だからツクシャナも共和国という形で建国宣言した。
エストキオ神話を信ずる者すべてが、この貴族たちのようではないと思う。
中には教会を信仰していても、心穏やかな人間もいるだろう。
だが――
――『原魔の呪い……亜人は、永遠にその償いを果たさなければならない』――
このエストキオ教会の教えには……全く賛同できない!
あまりにも支配階級に都合がよく、あまりにも理不尽だ!
俺はこの日を境にはっきりと自覚した。
この教義は、紛うことなき――
悪だ。
エストキオ神話は、絶対に許されない悪しき教えだ。
1000年前、何があったのか、誰がこの教えを作ったのか、真実は俺には分からない。
だが、この教えは間違っている。
絶対に改めさせなければ……
しかし、どうする――
「どうした王様ぁ、連中もこういってるんだ。亜人の一人や二人、賭ければいいじゃねぇか。それとも自信がないのか?」とマウマ氏が、返答に困る俺に追い打ちをかける。
「それは――」
ヴィヴィを……賭けの対象にする?
冗談じゃない!!! 彼女は俺の大切な仲間だ。そんなこと絶対にしない!
ヴィヴィの方に目をやると、なんと彼女は――
不敵に笑っていた。
「ヴィヴィ……?」
そして意を決したようにつぶやいた。
「蓮さま、この賭け……お受けください」
「で、でも――」
「大丈夫です。私は――絶対に負けませんから!」
彼女の瞳には、もう迷いも恐れもなかった。
ヴィヴィのやつ……こんな針の筵のような場所で、なんて目を……
大狸商店街へ来た時、あの夜……ヴィヴィは泣いていた。
弱く、守られる存在であった『奴隷23号』。
その彼女が、この異常な場で恐れることなく、強く真っ直ぐに俺を見つめている。
「ですから、蓮さま……この先は、蓮さまの思うままに」
「ヴィヴィ……」
もう彼女は、あの頃の奴隷23号じゃない。
ヴィクトリア。
勝利をつかむ者――
俺とばあちゃん、そして勝っちゃんおいちゃんがつけた名前……
いま彼女は、その名にふさわしい女性へと成長していた。
「分かりました。この勝負……お受けいたしましょう」
俺の返答に、にわかに会場が沸き立った。
「おお!!! ツクシャナの王が勝負を受けられたぞ!」
「あの猫亜人の娘、威勢が良いわ!」
「これは負けた後が見ものだのぅ!」
こいつら……己が痛まない場所から楽しんでやがる。
見てろ。
お前らもこの賭けの場に引きずり出してやる。
「ただし、こちらが勝った場合……別のものを要求します」
「別の物? では私は何を賭ければよろしいのでしょう? 土地ですか? 金銭ですか? 土地も金も腐るほどございますが」とイゾーノ伯爵は張り付いた仮面のような笑顔で応えた。
笑っていられるのも今のうちだ。
その仮面、今剥いでやる……
「――いいえ、土地もお金も要りません。その代わり……ここにいる使用人たちに自由をお与え下さい」
「自由を? 奴隷に……ですか?」
「そして、この街で……使用人としてではなく、もちろん人としてでもなく……亜人としての自由を」
会場中がざわついた。
奴隷制度を敷いているエストキオ圏内において、亜人に権利を与えるという事――
それはエストキオ神話に対する冒涜とも捉えられる。
「それは……この街で亜人どもに人と同じように暮らせるようにしろ、ということですかな?」
「そうです」
「な、なるほど……ですが、万が一私が負けて、私のみがそのような事をすれば、示しと言うか……他の貴族の御方々に迷惑をかけてしまうことに――」
「それでしたら、この場にお集りの貴族の皆さん……いえ、そうですね……この街、全ての貴族にも同じ条件を呑んで頂きましょう」
俺のさらなる提案に、貴族連中は顔を見合わせ、目を白黒した。
そりゃそうだろう。
今まで自分は関係ないところで楽しんでいたんだから。
「なんだと?! わし等はなにも関係ないであろう!」
「そうだそうだ! 奴隷に自由など聞いたこともない!」
「ホセ司祭長! これは教えに反する要求ですぞ!」
貴族たちの言い分にホセ司祭長が手を挙げ意見した。
「田中さま、その料理人一人に対し、この街全ての亜人の自由というのは……いささか度が過ぎる要求かと……」
いいぞ……教会側が絡んできた。
貴族の権威のよりどころはエストキオ教会だ。
こうなったら、教会ごと同じテーブルにつかせてやる。
「いいえ。度が過ぎるという事は全くもってありません。彼女はわが国で一番の料理人です。そして建国以前より、生きることにおいて最も重要な『食』を下支えしてくれた一番の功労者であります。彼女がいなければ、わが国は建国に至るまでにならなかったでしょう。それほど彼女の存在はわが国では大きいものなのです。そして何より、私の大切な友であり家族であります……その位の価値があると、ご理解いただきたい」
ヴィヴィはこれからきっと、タクロス会長のように奴隷たちの希望の星となる。
彼女の輝きは、きっとヒズリアを照らしてくれる。
見てろ。
エストキオ教会……
今日が――ヴィヴィと俺の初陣だ!
「なるほど、ですな……田中さまにとってその料理人は、それほどまでに重要な人物であると……」とホセ司祭長は目を細めイゾーノ伯爵を見やっている。
「その通りでございます。付け加えて申すなら――もとより、今日は我が国の建国を祝う席……その位の我儘も、ご祝儀として聞き入れて頂きたい。それにこの料理勝負も、貴族の皆々様にとっては単なる余興――由緒ある皆様ともなれば、その程度の我儘を聞き入れる度量が無いはずもございません。それとも何ですか? 自らの懐が痛むのは許せないと? ふふ、まさか、でございますよね。その程度の心づもりで賭けを楽しむなどとは……誉れ高きファクタの貴族として末代までの笑いものでしょう」
――「「「ぐむむ……」」」――
面子を何よりも重んじる貴族たちは、俺の煽りに文字通りぐむむの音しか出なかった。
皆、怒りの矛先をイゾーノ伯爵に向け、冷ややかな目線を送った。
伯爵に至っては、自分が言い出した賭けのせいで、他の貴族や教会にまで影響が及んだので、顔を真っ青にしている。
「ははぁ! こりゃ面白れぇ! 貴族衆のつまらん会に呼ばれたと思ったが……こりゃとんだ見物だぜ! ツクシャナの王様、あんたぶっ飛んでるな! そんなこと言う奴ぁ初めて見たぜ! なあじいさん!」
黙って様子を見ていたマウマ氏が、ドラゴ氏の肩に手をやりガクガクと揺さぶった。
なんだ……ファクタとノルドクシュ……一枚岩と思っていたが、そうでもないのか?
「ううううむ。おおお王のかかか家族を賭けに差し出すとなれば、そそそその要求も妥当なものかとととと――やめんか!!! 脳が揺れる!」
「おう、わりぃわりぃ。なぁ~イゾーノさんよ~。王さまにここまで言わせてんだ。自分から仕掛けておいて、これでやらなきゃ貴族……いやそれ以前に男じゃねぇぜ。あんた、受けるしかねぇよ」
そうだ……これだけ煽ったんだ……
この賭け――乗るよな!
「しかしマウマどの! その……他の方々や教会に迷惑がかかるようなことは……私と致しましても……」と伯爵の歯切れは悪い。
「かっ! なんだよ、煮え切らない奴だな。王さま、俺を含めノルドクシュギルドは中立の立場だが、俺はあんたが気に入った。何ならギルドがこの勝負、正式にクエストとして立ち会ってもいいぜ」とマウマ氏が不敵な笑みを浮かべた。
「マウマどの! ギルドまで関わるようなことでは――」
「うるせえ! 俺は王さまに話してんだ! なぁ王さま。報酬は……そうだな……『あんたが俺を立会人に指名する』だ。どうする? クエスト、発注するか?」
「ちょっと待って下さいまし! マウマどの!」
伯爵のこの焦りよう……貴族、協会と言えどもギルドのクエストとなると容易に覆せないのだろう。
これは――願ってもない申し出だ。
「ああ。そのクエスト……発注する!」
「へへ、決まりだ! ノルドクシュギルド、副長ターロ・マウマの名に懸けて、このクエスト、確かに受けたぜ!」
「あ……ああ……」
と伯爵は力なく椅子に腰を落とした。




