125 料理勝負(1)~貴族たち~
「本日はファクタ港に水揚げされた新鮮な『海の幸の三種のコース』となっておりまぁす!」
イゾーノ伯爵が用意した料理人、ウェッソン・ワッキャメ氏が嬉々として料理の説明を始めた。
ワッキャメ……
勝負は、まずファクタ側が料理提供し、その後に俺たちが提供することになった。
「さぁ~て! まず一品目、前菜は――『活きオクタゴン(タコの魔物)とマンドラゴラのマリネ、港風』でございまぁす! ファクタ港に水揚げされた新鮮なオクタゴンを、今朝摘みたてのマンドラゴラの葉とともにマリネし、さっぱりした酸味で食欲を誘う前菜でぇす!」
――ガラガラッ、カチャカチャ……
数十人の使用人が一斉に来賓客へ料理を配膳を始めた。
皆無言で、見事な手際だが――
無表情で一糸乱れぬその動作が、まるで機械のように見え、俺はどこか寒気を感じた。
「さぁ~! お召し上がりくださぁ~い!」
白の皿に薄く切られたタコの身が美しく盛り付けられている。マンドラゴラの黄色い葉と緑のソースが色鮮やかで、何とも美味そうだ。
俺とばあちゃんはいつものように手を合わせ……
――「「いただきます」」――
その様子を、来賓や貴族たちは不思議そうに見ていた。
食前の挨拶をする習慣がないんだろう。
中には笑いをかみ殺している者もいた。
いいんだよ。これが俺たちの文化だ。笑いたきゃ笑えばいい。
さて、肝心の料理だ。
プルプルとみずみずしさをたたえたオクタゴンを口に運ぶ――
おお……
シコシコと歯ごたえのいいオクタゴンは、噛めば噛むほど旨味が口の中に広がり、顎に程よい疲労感を与える。
マンドラゴラの葉の柔らかな苦味と柑橘類の爽やかさが、口の中をさっぱりと洗い流してくれる。
まるでこれから続く料理の為に口を目覚めさせる逸品だ。
美味い! かなり美味いぞ、これは!
「ふむ、さすがワッキャメ。癖の強いオクタゴンをここまで食べやすく調理するとは」とイゾーノ伯爵は得意げだ。
それを受け、ザイアン商会のバース会長が「左様でございますなぁ」と同調した。その様子を見て、他の貴族の面々も頷いている。
なるほどね。
ザイアン商会はファクタ最大の商会であり、ザイアン氏はその大商会の会長だ。みな、イゾーノ氏がこの会を取り仕切ることを快く思っていなくても、彼とはうまくやっていきたいのだろう。
イゾーノ氏としても彼の出席は、自身の地位を見せつける後ろ盾……というところか。
ノルドクシュの二人はどうだ? この料理どう評価する――って、あれ?
「………………」
マウマ氏とドラゴ氏の皿はすでに綺麗になくなり、二人とも黙って皿を見つめている。
あれ? もう食べたのか?
この料理、結構な噛み応えがあって、それなりに食べるのに時間が掛かるのに。
俺たちが食べ終わるまで、二人はまるで次のご飯を待つ犬みたいにじっと皿を見つめていた。
使用人さんたちも二人があまりに皿を見つめるので、下げていいものかどうか迷っているようだった。
その様子を見て俺はどこかほっとした。
良かった、機械じゃなかった。
当たり前だけど、ちゃんとこの人たちにも感情がある。
「さぁ~て! 続きましてぇ――」と、ウェッソン氏が場の空気に馴染まない、素っ頓狂な声で次の料理の説明を続ける。
なんだろうこの人の喋り方――
どこかで聞いたことがあるような……
「二品目は『白身魚と貝の潮騒スープ』でございまぁす! 白身魚と地元産の二枚貝を、魚介のだしと野菜で煮込んだあっさりスープ。潮の香りが感じられる優しい味でぇす! さぁ、大海原への大航海、お楽しみにぃ!」
あ、そうか……あれだ。
国民的アニメ『サ〇エさん』の喋り方に似てるんだ。
名前もワッキャメだし……ナミヘール伯爵にカッツォーネさん、ノルシュケさんと、ファクタは何かとサ〇エさん絡みが多いな。
長谷川〇子先生も福岡県に縁があるもんなぁ。
そう言えばカッツォーネさんは出席してないのか?
ここへ来てから姿を見ていない。
変だな……ナミヘール伯爵の側近だったはずだが……
「さぁ~て! お熱いうちにどうぞ~!」
さて、このスープはどうだ。みんな美味しそうに飲んでいる。
ノルドクシュの二人は――
「………………」
もう飲んでる! 早くない?!
せっかくの美味しい料理なのに……もっと味わいなさいよ。
さて、俺も頂こう。
皮を焙られた白身の魚の切り身と、ぱっくりと口を開けた二枚貝が金色のスープに浸かり、皿からほのかに湯気が立っている。
野菜は入っていない……香りづけのみか。
――カチャ……ゴクン……
美味い……ッ!
白身魚の上品な出汁と二枚貝の芳醇な出汁が最大限に活かされている!
一緒に煮込まれた香味野菜の甘い香りがまず鼻を抜け、その後に貝の旨味が口の中で爆発する!
そして、素材の味を邪魔しないよう最小限に抑えられた淡い塩味のお陰で、皮目を焙られた白身魚の香ばしい風味が、出汁の旨味と共にいつまでも口の中で踊っていやがる!
なんてスープだ……ッ!
このシェフ……本当に凄いぞ!
「さぁ~て! 最後の料理は『シュリンピケ(エビの魔物)の香草焼き』でございまぁす! ファクタ港特産の巨大エビを、香草とともに焼き上げたものでぇす! 食べやすいように一口サイズに取り分けておりまぁす!」
これが最後の品か。
この品も美しく盛り付けられていて美味そうだ。
一口サイズに切り分けられた艶々のエビが湯気を立て、その粒子と共に食欲をそそる香草の香りが会場に充満した。
この香り、以前ヴィヴィが嗅がせてくれた、海の近くで採れるマンドラゴラの葉の香り……フェンネルを思わせる香りだ。
ここでマウマ氏が我慢ならなかったのか、声をあげた。
「何で……何でデカいシュリンピケをわざわざ小さくするんだよ! そのまま出せばいいじゃねぇか! バクゥ!」
「ほっほっほ、まあまあ、マウマどの……上流階級の食事と言うのはこういった趣のものが多いものですからの……バクゥ!」
などと言いながらドラゴ氏も一口で平らげてしまった。
だからちゃんと味わいなさいって!
「これはこれは……さすがお二方とも武に生きられる御仁。我々などとは食の太さが比べようにもありません」とイゾーノ伯爵が引きつった笑顔で汗を拭いている。
使用人たちが無表情で一斉に皿を引き上げる。
――カチャンッ! カラン……
俺の皿を下げる係の使用人さんが手元が狂い、フォークを落としてしまった。
フォークは一度俺の服にあたり、床に転がり落ちた。
「あ、大丈夫?」
俺はフォークを拾い上げ使用人さんに渡した。
まだあどけなさが残る少女の顔は、青ざめて小さく震えていた。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
「……いえ……申し訳ありません……大変失礼いたしました……」
そう言うと彼女は怯えた表情で視線を泳がせた。
何に怯えてるんだろう……
俺は気になりその視線の先に目をやると、怒りとも哀しみとも形容しがたい表情で使用人を見つめるイゾーノ伯爵の姿があった。
「田中さま……家のものが大変失礼いたしました。二度とこのような事が無いよう、あとでしっかりと教育を致しますので、どうかご容赦くださいませ……」
「いえ、そんな――大した事ないですから! 服も汚れてませんし! 大丈夫です!」
「なんとお心の広い……さすが新興国の……寛大なお心、痛み入ります」
彼女……使用人さんたちに感じた寒気……違和感……
その理由はイゾーノ伯爵の『あの顔』にあると直感した。
一度見たら忘れられない、記憶にへばりつくような表情。
そう……恥……恥辱を怒りで覆うような――
そんな顔……
「さて、これで私どもの料理は以上となります。マウマ氏とドラゴ氏にはいささか上品に仕上げ過ぎたかもしれませんが……お味の方はいかがでしょう?」
「美味えよ! あんたらいつもこんな美味えもん喰ってんのか! 俺にはちょいと上品すぎるがよ~。まあ、味は最高だったぜ」
「私も同感ですな。さすがファクタ一の料理人ワッキャメどの。味に関しては疑いようもござらん」
と、何だかんだでノルドクシュの二人は太鼓判を押した。
本当に? ちゃんと味わって食べてた?
ワッキャメさんは「お褒めにあずかり、このワッキャメ、嬉しゅうございまぁす!」と相変わらずのサ〇エ節で喜んでいる。
「そうですか! それを聞いて安心しました。それでは続いてツクシャナ共和国の料理に移りたいと思いますが……ここで私から一つご提案がございます」
イゾーノ伯爵がハンカチで口元を拭いながら、椅子から立ち上がった。
「ただ腕の優劣を競うだけでは趣がありません。折角皆様にお集り頂いておるですから……ここはひとつ何か賭けを行うというのはいかがでしょう?」
来た――これか、ノルシュケさんが言っていたのは。
「賭け……ですか。いったい何を賭けようと?」
「そうですねぇ。『料理人を賭ける』と言うのはいかがでしょう」
「はあ?」
「私どもが負ければ、ワッキャメをそちらに差し出します。ツクシャナ共和国で存分に使ってやって下さい。しかし、私どもが勝てば、ヴィヴィどのを我が家の専属料理人として迎え入れる、というのは如何でしょう」
「ちょっと待って下さい! それはあまりではないでしょうか。人を賭けの対象にするなんて……承服いたしかねます!」
「……人?」とイゾーノ伯爵は怪訝な顔で呟いた。
会場中の人々も同様にその意味が理解できないようであり、俺の言葉は受け取り手を見つけられずに宙に漂った。
こいつらの中で……亜人は――
人じゃない……?
「おう、王様よぅ。勝負に奴隷を賭けるなんて貴族の間じゃ当り前のことだぜ? 何を驚いてんだ」
「当り前……」
「おうよ。まあ見たところ、あのお嬢ちゃんは牧場出身じゃなさそうだがなぁ。ま、亜人っちゅうことで、別に賭けてもいいんじゃねぇか?」
こうまでも――
こうまでもこのヒズリアでは亜人の地位が低いのか……ッ!
どいつもこいつも当たり前のように言いやがって!
――ギリッ、ガリリッ!
何だこの音……ああ……俺の歯が鳴ったのか……
今……俺の顔はどうなってる?
口の中に鉄の味が広がった。
駄目だ! 冷静にならないと!
ふと横に目をやると、物凄い形相で歯を食いしばっているばあちゃんが居た。
ああ……多分俺も同じ顔をしてるんだな……
「……ばあちゃん……落ち着け……」
「蓮ちゃん……ばってん――」
ここでばあちゃんがキレたら、それこそ大ごとになってしまう。
俺が冷静にならないと……ッ!
「ばあちゃん、頼む」
「むうぅぅぅ」
イゾーノ伯爵は得意げにさらに続けた。
「ああ、それから――付け加えて申しますと、ヴィヴィどのは亜人でございますから、当家の使用人同様にふさわしいお姿になって頂きます」
使用人と同様???
ふさわしい姿って……何だ?
「そうですな。それがよろしい」とホセ司祭長が続いた。
「貴族に仕える者は『人の姿』をしておらんといけませんからの」
人の姿? 何だ? 何を言っているんだこいつら……
俺は使用人たちに目をやった。みな一様に無表情で目を伏せている。
「…………はっ!」
俺はここで、この屋敷の『異常性』にようやく気が付いた。
貴族は亜人の奴隷を多く所有することをステータスとする。
だが……ここの使用人には亜人が……一人もいない!
この人たち……獣耳も尻尾もなかったから人族かと思っていたが……
もしかして、こいつら――
切り落としたのか?!
ここの使用人たちはみな……元亜人!!!
「その賭け、是非とも見てみたいものですな!」
「勝負と言うからにはなにかないと!」
「そうじゃそうじゃ!」
「ようやく面白くなってきたぞ!」
先ほどまで黙っていた貴族たちが声をあげた。
貴族たちはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ、手を叩いて囃し立てる。
何なんだこいつら……
顔は笑っているが、その目の奥に得体の知れない何かを感じ、俺はその気味の悪さに、今食べた料理を全て吐き出しそうになった。




