123 熱唱~お紙さま~
イゾーノ家の邸宅に入った俺たちは目を疑った。
玄関の巨大な扉が開かれるとそこには、何十名という灰色の服をまとった使用人が列をなし、一斉に頭を下げ俺たちを出迎えた。
俺たちは一様にその異様な光景に息をのんだ。
「お、おお……」
テニスコートほどのエントランスホールの天井は吹き抜けになっており、中央には2階、いや、三階部分まで大階段が伸びている。
大階段は二階部分に大きな踊り場があり、そこから左右へと三階部分に分かれていた。
三階より上は吹き抜けをぐるりと囲む回廊になっており、そこからも多くの使用人が、整然と並び頭を下げていた。
吹き抜けの天井には大きな天窓があり、そこに嵌め込まれたステンドグラスを通して、色とりどりの光がエントランスホールいっぱいに降り注いでいる。
まるで名のある教会のような立派な造りだ。
「ノルシュケさん……これは……凄いですね。まるで国賓のような出迎えです」
「何をおっしゃいますか、田中さま。あなた様は国賓でございます」
「あ、そ、そうでした」
そんなことをノルシュケさんと話していると、大階段の踊り場から明らかに身分の違う装いをした男性が降りてきた。
きっとこの人が――
「……あのお方がナミヘールさまです。では私はこれにて……」
そう言うと、ノルシュケさんはナミヘール伯爵の後ろに控えた。
「田中蓮さま、初めまして。ようこそファクタへ。この度は遠路はるばるお越し頂きありがとうございます。私が当家の主、イゾーノ・ナミヘールでございます」
伯爵は笑みを浮かべながら、軽く膝を曲げ頭を下げた。
俺たちもそれに倣い、ぎこちなく礼を返した。
ばあちゃんに至っては、不意を突かれ一瞬混乱したのか、両手を合わせ、がに股に脚を開き膝を曲げ、引きつった笑みを浮かべた。
「へ、へは」
なんだそのポーズは! 和式や間違った洋式が混ざって気持ち悪いぞ。
「ツクシャナ共和国の代表を務めております。田中蓮です。それと――」
「え、江藤伊織と申しますぅ。こげん、こがん、あ、こんなに凄か所にお呼びいただき、ほんなこつ、あ、本当に、ありぎゃごうごうざます」
めっちゃテンパってる。久々にみたな……
最近はこんなに緊張するばあちゃんは見なかった。
大狸商店街じゃみんな顔見知りになったもんな。
これだけの出迎え、緊張しいのばあちゃんが普通でいられるはずがない。
「江藤伊織さま――救い主さまでございますね。ご高名は聞き及んでおります。私こそお目にかかれて光栄に存じます」
「ひゃ、ひゃい」
それにしても、伯爵の装い……なんて高そうな服なんだ。
俺たちが想像する西洋の貴族服というよりは、どちらかというと祭服、司祭が着るような形に近い。
美しい白地の生地に、金糸で細やかな刺繍が施された膝丈のローブが、ステンドグラスの光を受け、様々な色に染まっている。
ローブの下の服は、前身頃が和服のように上前と下前が重なっていて、腰には細工の施されたベルトを巻いている。
「さあ、他の来賓もお待ちしております。こちらへ」
俺たちは伯爵に促され、隣の応接室へと足を進めた。
その間も使用人さんたちは頭を下げ続け、微動だにしなかった。
ふと横をみると、ヴィヴィが悲しそうな目でその様を見ているのが気になった。
「どうした? ヴィヴィ?」
「あ、いえ……なんでも」
ヴィヴィがこの顔をするとき……それは大抵『他人の事』を心配している時だ。
見たところ、みな『人族』に見える。
亜人特有の獣耳や尻尾が生えている者は一人もいない。
この時、俺は――
その『異常性』に気付いていなかった。
◇ ◇ ◇
応接室に入った俺たちは盛大な拍手で迎えられた。
そして――
「こちらがノルドクシュの大使、ヤマーキ・ドラゴさまです」
「初めまして、田中蓮と申します」
「こちらはファクタ領ギルド長、ターロ・マウマさまです」
「初めまして、田中蓮と申します」
「こちらは――」
おいおいおい……なんだこの人数。
さっきからノルシュケさんが次々と紹介してくれているが、覚えきれないぞ。
《大丈夫です、蓮さま。全ての人物、私が記憶いたします。ご心配なく……》
余裕の声色でチエちゃんが念話で語り掛けてきた。
マジで助かる。マジでチエちゃん、神。
(ありがとう。俺もなるべく覚えるけど……頼むよ)
俺とばあちゃんは次から次へと来る来賓と挨拶を交わした。
ドンガ、キュリーネさんは入り口付近に控えさせられた。
料理勝負の主役であるヴィヴィでさえ、ドンガ達と同じところで立たされている……
亜人には挨拶も必要ないし、席も用意しないってか。
つくづく腹の立つ。
まあ、郷に入っては郷に従えと言うし、ここでごねても仕方ない……か。
「ふぁい! 江藤伊織どぅえす! よろしこおねあいしゃす!」
気になるのが、フォクシーエルフであるばあちゃんに対する態度だ。ばあちゃんも一見すると亜人と同じような特徴(獣耳、尻尾)を持ってるのに、みな気にせず挨拶している。
いや……どの来賓もよく見ると『気にしない』のではなくて『気にしないように気にしている』というのが本当の所か。
取り繕った笑顔の奥にある、侮蔑と警戒の色が隠せていない。
噂、もしくは斥候から聞いた『救い主』の力を恐れているのだろう。
「そしてこちらが、エストキオ教会のホセ・ハセさまです」
――来た……ッ!!!
こいつらが奴隷制度の根源……エストキオ教会!
「ファクタ堂司祭長、ホセ・ハセでございます。この度はツクシャナ共和国のご建国、誠におめでとうございます。そのご偉業を心より讃えますとともに、我がエストキオ教会、ひいてはエストキオ帝国より、貴国の発展と繁栄をお祈り申し上げます」
司祭長は柔らかな笑みをたたえ、俺の手を取った。
「ありがとうございます……」
俺は教会に対する怒りを悟られないようにするので精一杯だった。
今、俺はツクシャナの代表としてここに居る。
一時の感情で外交を壊すわけにはいかない。
「初めまして……あなた様が江藤伊織さまでございますね。お噂はかねてより伺っておりました。こうして直々にお目にかかることが叶い、誠に光栄に存じます。ツクシャナ共和国で『救い主』と称えられているお方とこうして相まみえることが叶い、僧職冥利に尽きます。同じ信仰の徒として、ただただ畏敬の念に堪えません」
司祭長は俺と同じように笑顔でばあちゃんに手を差し出した。
ふとばあちゃんの顔を見ると、さっきまで緊張でテンパっていたのに、今は真っすぐに司祭長を見据えていた。
そして――
「同じじゃなか……」
「ばあちゃん?」
「はて? 同じではないとは?」
「ホセさん、あんたたちエストキオ教会の教義……間違っとるばい」
ばあちゃん?! いきなり何言ってんだ?!
「ほお……それはそれは、またどういったことで?」
「私は救い主なんて言われとうけど、別にそんなんじゃなか。ただの商店街のおばあちゃんです。それと、ツクシャナは別に何の教義ももっとりません。それぞれの部族がそれぞれの神さんを信じとる」
「ばあちゃん……ッ! 今はその話は――」
「その上でお互いがお互いを理解しあって、助け合えればいいと、蓮ちゃんは言うとりました。それでいいっち、私も思うとります」
駄目だ、ばあちゃん……今はこらえてくれ。
ヴィヴィやドンガ、キュリーネさんもいる。
今ここで波風を立てて、亜人の立場を悪くするようなことを言っちゃ駄目だ。
「では、ツクシャナ共和国に絶対の神はいないと?」
「おりまっせん! ばってん、しいて言うなら……私は八百万の神さんを信じとる」
「やおよろず? それは?」
「神さんは世界のどこにでもおるっちゅうこったい。月や太陽、小さな花や川のせせらぎ、身近な道具や家にだって――あ、うちが前おった国では、便所にも神さんおったけんね!」
ばあちゃんの便所の一言で、会場全体がざわついた。
驚きのあまり目を丸くする者、汚いものをみるように眉をひそめる者。
その中で、ホセ司祭長は相変わらず笑顔を崩さず続けた。
「べん……これはこれはまたご冗談を。ほっほっほ、伊織さまは非常に愉快な方でいらっしゃる。そのような汚らわしい場所に神がおわすわけがありません」
「冗談じゃありまっせん! 歌だってあるんやけん! めっちゃ流行ったんやけんね! 聞きんしゃい!」
「え? 伊織さま?」
「伊織、いきます! すぅぅぅ~」
はい?! なに?! 歌うの?! 今ここで?!
――べんじょ~には~♪ それは~それは奇麗な~♪ お紙さまがおるんやで~♪――
ちょ、それ……少し前に流行った『トイレの紙様』じゃないか!
何のつもりだ! マジでやめてくれ!!!
――だから~♪ 毎日~補充~せな、お紙さま無くて♪ べっぴんさんも台無しやで~♪――
「ばあちゃん! やめろ! もういい! もういいから!」
――ちゃんと補充してくれたのにぃぃぃ! 買い足しもしてないのにぃぃぃ! 駄目孫やったんやけどぉぉぉ! 黙ってそっとぉぉぉ! 流してくれたんやねぇぇぇ!――
駄目だ! 止まらない! 何気に良い声だ! 歌い込んでいる!
そして……大サビが強いな、この歌!!!
――ぐす……おばあちゃん♪ おばあちゃん♪ すんまっそん~♪――
泣いてるよおい……この人、感情移入して自分の歌で泣いてらっしゃる。
――おばあちゃん♪ ほんなこつ……すんまっそん……♪――
「…………ぶはぁ! よか孫ばい~~~!!! ひぎぃぃぃ!!! 蓮ちゃぁぁぁん!!!」
やめろ! 俺はその歌の孫じゃない! トイレはちゃんと流す!
ばあちゃんの嗚咽が、だだっ広い応接室に響き渡り、みな目を点にして静かにたたずんでいた。
――パチ……パチパチパチパチ……
皆、このとんでもない空気をどうしていいか分からず、誰ともなく力ない拍手が広がった。
「ぐすっ……ご清聴ありがとうございましたぁ。便所にも、神さんはおりますぅ……ずるっ、ち~~~ん!」
「いやはや、驚きました……伊織さまは美声の持ち主でもあられましたか。このホセ・ハセ、大変感動いたしました」
「どういたしましてぇ」
「して、話は戻るのですが……先ほどの『間違っている』というのは、どういったことでしょう?」
「ん……なんが??? 私、別に歌詞、間違っとらんよ? 何べんも歌とうとりますけん! 絶対に間違っとりまっせん!」
この人――気持ちよく歌ったらスッキリして言いたかったこと完全に忘れてる!
こっちの気も知らず何て身勝手な!!!
いや、まあ、ここは忘れてくれた方がいいんだけど……
何だったんだ! 今の時間!
「いえ、歌詞の話ではなくて教義の――」
「ああ! ホセ司祭長! ばあちゃ、伊織どのがお時間を頂戴し過ぎました! 今日の目玉は料理対決! そろそろ準備をしないと、日が暮れてしまいます! そうですよね? イゾーノ伯爵!」
「……そうですね。皆さまお忙しい方ばかりお越しになられておりますので、そう致しましょう。ささ、ホセさまもお席にどうぞ」
「う、うむ……わかりました」
ホセ司祭長は話の腰を折られ、少し戸惑いながらも席に着いた。
はぁ……ばあちゃんの暴走でとんでもない事になりそうだったけど、ばあちゃんがあほで良かった。
あのなぁ、ばあちゃん……俺だって、何のしがらみも無ければきっと同じようにしたさ。
「伊織さまの歌声に今一度拍手を!」
――パチパチパチ!!!
「へへぇ~お耳汚しでしたぁ」
でも――
少し嬉しかったよ。
俺の立場じゃそんな事言えないの、分かってたんだろ?
ばあちゃんは、いつもそうだ。
俺の事をずっと見てくれている。
――ばあちゃん、ありがとう――
これでも「トイレの神様」を聞きながら、泣きながら書きました……
いい歌です。




