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122 ファクタ~貴族街~

挿絵(By みてみん)

「ここから先がファクタの貴族街だぁ」



 タクロス会長が馬車の中の俺たちに声をかけ、ゆっくりと馬車を停めた。


 外に広がる街並みは奴隷牧場とは明らかに違っていた。


 道は石畳で綺麗に舗装され、家屋も亜人牧場とは比べ物にならないくらい立派なものが建ち並んでいる。貴族街と言うだけあって、街並みは西洋風だ。


 以前サリサが久世衣料品店を改装したとき、イギリスを彷彿させる内装にしていた。


 そう言えば、クラーヅカはどちらかと言うと和風の建物が多かったな……


 文化圏の違いか。


 エストキオ帝国ってのは元の世界で言う西洋文化圏に近いのかもしれない。


 教会もあるし。


 すれ違う人たちの身なりもかなりよく、みな一様にタクロス会長のボロ馬車を迷惑そうな目で一瞥していく。



「申し訳ねぇが……おらの馬車じゃあこの先の貴族街には入れねぇんだぁ。猫あし商会は亜人ばかりが働いてるからなぁ。色々あんだべよ」



 そりゃそうだ。人の下に亜人を置くような教義を敷くんだ。貴族側からすれば猫あし商会の存在は面白くないだろう。


 タクロス会長も……相当苦労して猫あし商会を大きくしたに違いない。



「ほんだらぁ、提携の件、よろしくだべぇ~!」



 そう言うとタクロス会長は、冬服を奴隷牧場に届けるため戻っていった。



「蓮ちゃん。な~んか、あん人、昔のおいさんを彷彿とさせる感じやったねぇ。あんな感じの人、商店街にもいっぱいおったよね」


「そうだね。ちょっと下品で、粗雑だけど……あったかい、みたいな?」


「そうそう。町内会の寄り合いとか、あんなおいさんばっかしで、何かと言うとすぐ猥談しよったんよねぇ」


「あ~。今の時代じゃ速攻セクハラ扱いだな」


「私はそんなに嫌じゃなかったんやけど……つまらん時代になってしもうた」



 あなたは根っからの腐女子ですからね。おっさんたちのスケベ話は大好物でしょうよ。



「はぁ~、しかし蓮さま……俺っち、ファクタに初めて来たんでやすが……何と言うか……都会でやすねぇ~」



 ドンガが目を白黒させながら街並みをきょろきょろと眺めている。緊張しているのか大きな図体が心なしか小さく見える。



「蓮さま、祝賀会はイゾーノさまの屋敷で行われるんでやすよね? 場所はご存知なんでやすか?」


「ああ、招待状と一緒にファクタの地図も貰ってたから、それを頼りに――」


《蓮さま、それには及びません。イゾーノ伯爵の屋敷、ファクタ全景はすでに私が覚えております。私がご案内いたしますのでご安心を》



 はは、流石チエちゃん。すでにマッピング済みか。



《イゾーノ邸は中心部の丘にあります。そこまで街の視察をされながら向かわれては?》


「視察か。それもいいかもな」



 俺たちは、チエちゃんに街のガイドをして貰いながらイゾーノ伯爵の屋敷に向かうことにした。


 街の防衛の観点から、法律上、キュリーネさんは街の上空を飛ぶことが出来ず、一緒に歩いてついてきた。


 ヴィヴィもキュリーネさんもファクタは初めてらしく、ドンガ同様にチエちゃんのガイドに耳を傾け、半ば観光気分だ。



「ふわぁ~! これこれ! 水道ですよ! やっぱり貴族街には水道が引いてあるんですね。凄いですね、これだけの水、どこからひいているんでしょう」とヴィヴィが目を輝かせば……


「この石畳、相当頑丈でやすね。猪族の俺っちが飛び跳ねてもビクともしやせん。ツクシャナも石畳を引けば、雨の時、荷車がぬかるみにはまらなくていいんじゃないでやすか?」とドンガがどんがどんがと石畳の上で飛び跳ね……


「この……街灯……止まり木に……丁度いい……」とキュリーネさんがうっとりと街灯に頬ずりをしている。



「おい、ちょっとみんな! あまり離れるな! あとちょっと落ち着いて!」



 街ゆく貴族の視線が冷たい。


 大丈夫か? 俺たちこの後、街の威信をかけた料理勝負をしなきゃならないんだけど……


 とはいえ、俺も似たようなものだ。見慣れぬ街並みに自然と心が浮き立つ。



「はうあ~! どの家も可愛らしかぁ~! まるでハウステン〇スみたいやん!」


「ばあちゃん! 見てみろ、あの噴水! スペインの、いや、フランスか? ほら!あの! アレみたいだ!」


「あいあい! アレね! あのアレたい! ね! 綺麗かぁ~!」


《……トレヴィの泉ですね。イタリアです》



 俺もばあちゃんも海外に行ったことがないから、その街並みを存分に楽しんだ。


 う~ん。俺たち、完全におのぼりさんだな。




 ◇     ◇     ◇




「ここが、イゾーノ邸か……凄いな……」



 ざっとファクタの観光、いや、視察を終え、たどり着いたイゾーノ邸は――


 だだっ広い敷地の中心に建つ、豪華な装飾のついた堂々たる豪邸だった。


 5階建ての石造りで、門の外からでもその大きさが際立った。



「蓮ちゃん、これ、家なん? なんか……学校とか市役所とか……そん位の大きさなんやけど」


「とんでもない大きさだな。これ、掃除大変だろ」



 カッツォーネさんが大狸商店街の商工会議所に来た時……どことなく見下すような態度をとっていたが、納得がいった。



「田中蓮さまでございますね。お待ちいたしておりました。私、イゾーノ家の執事をやっております。ノルシュケと申します」



 門前で俺たちが茫然と屋敷を眺めていると、初老の執事さんが声をかけてきた。


 ノルシュケ……ノリ〇ケじゃないのか。



「ナミヘール様をはじめ、他の来賓も皆さまのご到着、今か今かとお待ちしておりました。さあ、こちらへ」



 ノルシュケさんは無表情で頭を下げ、俺たちを敷地内へと促した。


 巨大な鉄柵の門を守衛さんが観音開きに開き、俺たちは屋敷に向かって歩き始めた。


 が――


 門から屋敷までの距離が長い!


 50……いや100メートルゆうにあるぞ。


 貴族ってみんなこんな感じなのか?


 お金あり過ぎだろう。



「あなた様がヴィクトリアさまですね?」



 顔と同じように表情のない声でノルシュケさんがヴィヴィに話しかけた。



「え? は、はい!」


「ナミヘールさまは大変な美食家でいらっしゃいます。この度の料理勝負、大変楽しみにされております」


「は、はぁ」


「あなた様の専門はビストロ、つまり大衆料理とお伺いいたしましたが」


「ええ、大狸商店街で街食堂を任されています」


「そうですか。亜人の身でありながら自身の店を構えるというのは並大抵のことではありません。このノルシュケ、感服いたします」


「あ、いえ! それは蓮さまが――」


「ヴィヴィ、いいよ」


「……はい。ありがとうございます」


「あなた様のお相手は、帝国が定めるガストロノミー研究、つまり美食研究の評価機関『ストンブリッヂ』より三つ星を授与された、ヒズリアでも数本の指に入る屈指の料理人であります」



 美食評価機関ってことは、ミシュ〇ンみたいなものか?


 ん? ストンブリッヂ? あ……ブリヂ〇トン! ミシュ〇ンに対してブリ〇ストンかぁ。タイヤ繋がりね。



「え?! あのストンブリッヂの三ツ星?! 三ツ星って最高評価じゃないですか!」


「左様でございます。ガストロノミーの最高権威……この上ないお相手かと。この勝負、言わば『ビストロ対ガストロ』対決で御座いましょう。存分に腕を振る舞われてください」


「三ツ星……は、はい……」



 三ツ星と聞いて、ヴィヴィの表情が強張った。



「ヴィヴィ、ただの料理対決なんだ。そんなに硬くなることないって。気楽にいこう」


「ただの……? 気楽に? 田中さま――」



ノルシュケさんは足を止め、俺たちに視線を向けることなく続けた。



「僭越ながら、一つご進言申し上げます」


「え? ええ。なんでしょう」


「貴族の方々は体面を何よりも重んじられます。貴族社会におきましては『周囲の目』が極めて大きな意味を持っておりますゆえ、些細な失態であっても家全体の立場に影響を及ぼすことがございます。そのため、こと勝負事となりますと、優美なる貴族の仮面を脱ぎ捨て、家の名誉と誇りをかけて、全力でお相手なさることでございましょう」


「な、なるほど……分かりました。こちらも気を引き締めて挑ませていただきます」



 ノルシュケさんが踵を返し、俺の目を見つめ続けた。



「そして、これは非常に重要な件でございますので、ご忠告申し上げますが――」



 白髪交じりの長髪は、綺麗に後ろで束ねられている。執事服は皺ひとつなく、真っすぐに伸びた背筋が美しく、その佇まいは見事なものだった。



「今回の料理勝負……何らかの賭け事をお持ちかけになられるやもしれません」


「え? 賭け事?」


「はい。勝負事に賭けは付き物。それは貴族の間でも例外ではありません」


「賭けって……プライドとか名誉とか……そう言ったものではなくて、ですか?」


「もちろんそれもありますが、こうした場ではしばしば領地や商権、縁談など、極めて実利的な事柄が賭けの対象となることもございます。どうかご用心を――」


「はい……分かりました。ありがとうございます」


「長々と失礼いたしました。では、参りましょう」



 ノルシュケさんはそう言うと、再び歩き始めた。この人、無表情だが……悪い人じゃないのが言葉の端々から感じられる。



「あの……ノルシュケさんはどうしてそこまで教えてくれるのですか?」



 一瞬、ほんの一瞬だけノルシュケさんの横顔に影が差したように見えた。この顔、表情……どこかで見たことがある。



「……中へ入ればお分かりになられるかと」



 視線をこちらに向けることなくノルシュケさんは再び歩き始めた。


 何が彼の顔を曇らせたのか……俺たちはすぐに知ることになる。



「はわぁ~! 近くで見ると本当に大きなお家やねぇ! 扉が! 蓮ちゃん! 扉がものすご大きいばい! これキリンさん通るんやないね?!」



 ばあちゃんのテンションが上がっている。


 これから貴族と会うんだよな……



「ノルちゃん! これ押すと? 引くと? 重たい? 私、やっていい?」


「ノ、ノル……いえ、伊織さま。扉は私共が……」


「え? だめ? 危ない?」



 なんだか……急に心配になってきた。



「私、開けたらいかん? だめ?」



 ばあちゃんしつこいぞ!











 ⛩――【大狸商店街へお越しの皆様へ】――⛩


 本日は、数ある商店街の中から大狸商店街へお越しいただき、誠にありがとうございます!


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 ぜひ、またのご来街をお待ちしております!


 大狸商工会・青年部 田中蓮(独身)


 ⛩――「また来てね 君(読者)がいないと 潰れちゃう」――⛩

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