118 熱唱、睡魔、忘却
「うぅさぁぎぃ~お~いし、かぁ~の~かぁ~わぁ~♪ こぉ~ぶぅ~なぁ~つぅ~りしぃ――」
ばあちゃんが夜にもかかわらず、全力で昔の歌を歌っている。もうこれで10曲以上連続で聴かされている。
「――みぃずぅは~きぃ~よきぃ~♪ ふぅ~るぅ~さぁ~とぉ~♪」
(故郷:作詞・高野辰之 作曲・岡野貞一)
故郷を三番までアカペラでフルコーラスか。
しかも、あまり上手くない。きっついな……
なんでこんなことになっているかと言うと――
――
――――
――――――
「はい~?! キンジュちゃん、日本人やったんね?! な~ん! はよ言えば良かったんに!」
「あ、ああ……黙っていてすまないね、伊織さま。こっちにも色々と段取りがあったもんでね」
「なんなんなんなん?! キンジュちゃん何年生まれなん?! 大正生まれなん?! 出身何処なん?! え?! 前世は男の人なん?! 最近はやりの悪役令嬢みたいやねぇ~!」
ばあちゃんが興奮して、なんなんうるさい。
だけど、まあ無理もない。
初めて会った転生人が俺たちと同じ日本人かもしれないからだ。
流石のキンジュもばあちゃんのペースに巻き込まれ、目を白黒させている。
「あ、悪役??? 蓮さま……ちょっと伊織さまの言っていること分からないよ」
「うん、ごめん。ばあちゃんオタ――色々拗らせてて。ばあちゃん! それより、キンジュと昔の話してくれないか。戦前の頃とか。それで記憶が蘇るかもしれないから」
「戦前? はぁ~、そうやねぇ――」
ばあちゃんは、戦前、戦中に至るまでいろんな話をキンジュにしてくれた。
「私が生まれたころはラジオが普及し始めたころやねぇ~。まあ、お金持ちしか持てん高級品やったけどねぇ。私も近くの庄屋さん(現在でいうところの村長や町長)の所に聴きに行きよったもん」
昭和初期の庶民の暮らしや――
「私が生まれる前は、大正時代やね。そん頃のことは親に聞いただけやけど、関東大震災があって、大変やったらしいよ」
キンジュが生まれていたかもしれない、大正時代の事――
「戦争が始まってからは大変やったねぇ……男の人たちは兵隊さんに送られていったし、私ら女学生も学徒動員でみんな働きよったもんねぇ。お国の為っち……辛い、時代やったね……」
ばあちゃんもあまり語りたがらない戦中のことまで……
「ラジオ、ドーイン……うん……何となくだが伊織さまの話、覚えがあるよ……本当に微かだが」
その中でキンジュが一番興味を示したのは――
「大正……大正が一番馴染みがある感じがする……うん。恐らく私は大正生まれ……だと思う。カントー大震災か? それも……何となくだが分かるよ。薄っすらとだが、焼け野原になった街を覚えてる。私はまだ小さかった」
「関東大震災……チエちゃん、それっていつの事?」
《関東大震災は1923年、大正12年の9月1日に起きています》
「キンジュ、他に何か思い出せないか?」
「エス、トキオ? いや、トーキョー……そうだ。東京だ。その当時……私は東京にいた。そして震災で家族を失くした……父と母……兄弟たち……あとは……あとは思い出せない」
それ以降、どんな話をしてもキンジュはあまり反応を示さなかった。
《いずれにしても、キンジュさまが私たちと同じ世界線で生きていたことは濃厚になりましたね》
「そうだね」
《もっとはっきりと記憶が蘇れば、転生の秘密の手掛かりになるのですが》
そこでばあちゃんが思いついたのは……
「あ、歌とかいいんやない? そん頃流行った歌を聴いたら、なんか思い出すんやなかろうか! それがいいばい! そ~ばいそ~ばい! 伊織! いっきま~す!」
――――――
――――
――
それから10数曲歌い続けている。10数曲といったが――
「き~み~がぁ~あ~よぉ~お~はぁ~♪ ち~よぉ~お~にぃ~いぃ――」
一曲終わるごとに『君が代』を一回挟むので、実質20曲以上歌っている。
「やああぁちいぃよおぉ~にいぃぃ!!!」
もうやめてくれ!!!
「うむにゃぁ~」
見ろ! キンジュ、もう全く聴いてないぞ!
中身は大人でも身体は小学1年生くらいだ。
もう眠すぎてぐらんぐらんしている。
解放してあげて!
「ばあちゃん! もういい! もういいから!」
――ドサッ
キンジュの眠気は限界に達し、俺のベッドに横たわってしまった。
だが、目を血走らせ必死に見開いている。
「みゃだ(まだ)……にぇむるわけにはぁ(眠るわけには)……」
大人の理性と子供の欲求のせめぎ合いがむごすぎる。
「ありゃ……キンジュちゃん、おねむやねぇ。もう限界かねぇ。こんな時間まで付き合うて貰うて悪かったねぇ。ばあちゃんが子守唄ば、歌うちゃるけん、寝んしゃい」
「いや! だからばあちゃん、歌はもういいっ――」
「ねんね~ん、ころ~り~よ~、おこ~ろ~り~よ~♪」
ばあちゃんはそれまでの歌い方とは打って変わって、優しく小さな声で、キンジュの頭を撫でながら子守唄を歌い始めた。
キンジュは一瞬、戸惑いを見せたが、すぐに目を閉じ眠りに落ちた。
「ぼ~や~は~、よい~こ~だ~、ねんね~し~な~♪」
すやすやと寝息をたてるキンジュを撫でながら、ばあちゃんは優しく歌い続けた。
窓から入る月明りとカンテラの柔い光が、キンジュの寝顔を照らしている。
「おかあ、さん……」
キンジュの瞳から大粒の涙がポロリと零れ落ち、枕を濡らした。
前世の――
母親の夢を見ているのだろうか。
その後、手下さんが迎えに来て、キンジュは自分の部屋へと帰っていった。
◇ ◇ ◇
「カントーダイシンサイ……? なんだい? それは?」
「え? 嘘だろ? 昨日話したじゃないか」
早朝、出発する際、キンジュに昨日のことを尋ねたが――
「悪いな……昨日蓮さまの部屋に行ったことは覚えているんだが、話した内容は全く……」
不思議なことに彼女は昨日の夜、俺たちと話したことを覚えていなかった。
「それより、ファクタでは気を付けるんだよ。あそこは貴族連中の巣窟だからね」
「あ……ああ、分かった。じゃあ……キンジュ、この街のこと頼むよ。なるべく手荒なことは――」
「また善だの悪だの、私と押し問答するかい? あんたの気持ちはわかってるよ。地獄の大船に乗ったつもりで任せな」
「……地獄、かよ。分かった……じゃあな!」
「おい! 手前ぇら!」
――「「「へい!!!」」」――
キンジュの合図とともに手下どもが頭を下げ、俺たちに道を作った。
まるで任侠映画の見送りのシーンだ……
目立ちすぎて、街ゆく人々の視線が痛い!
「へへ。料理勝負、負けんじゃないよ!」
その後、俺たちが見えなくなるまでキンジュたちはその場で見送ってくれた。
◇ ◇ ◇
「あとはツクシャナ外周の山脈を越えれば、ファクタ領地内です。そこからは馬車が走っているはずなので、昼過ぎには貴族街につくと思います」
ヴィヴィは昨日の夜よく眠れたのか、顔色がいい。
俺は結局、色々考えすぎて寝不足だ。
「蓮さま、顔色が優れないようでやすが、お荷物お持ちしやしょうか?」
ドンガが気を使ってくれるのは有り難いが、彼もヴィヴィの調理道具や食材など山のように背負っているので、丁寧にお断りした。
ツクシャナ南東部、ホシノエ出身の彼はこの辺り(ツクシャナ北西部)まで来たことがないらしく、辺りの景色を興味深そうに大きな鼻をスンスンしながら歩いている。
――バサッバサッ
キュリーネさんは辺りを警戒しながら、上空を旋回している。
時折、巨木の枝にとまり、弓を構え矢を放っていた。
よく見ると矢の先端には匂い袋みたいなものがついている。
そう言えば、昨日からほとんど魔物と会敵しなかったが、もしかしたらあれで魔物を追い払っているのかもしれない。
ふと、キュリーネさんと目があった。
彼女は優しく微笑み――
「……の……にげ……き……た」
何を言っているか相変わらず分からなかったが、多分、魔物を追い払ってくれているんだろう……多分!
キュリーネさん……ありがとう!
《蓮さま、寝不足の所申し訳ありませんが、お時間よろしいですか?》
チエちゃんが念話で話しかけてきた。
(ああ、いいよ。どうしたの?)
《山脈を越えると加護範囲外です。昨日のように念話が妨害される可能性もあります。今のうちに、転生者についてお話ししたいのですが》
そうか、ファクタは花火(加護拡張の儀式)をあげてないから、稲荷神の加護がない。
魔物の弱体化もなければ、チエちゃんとの念話もどうなるか分からない。
《魔物の強さについては問題ないかと。元よりこの森の魔物が強すぎるという事ですので、外の方が魔物のレベルは低いはずです》
(そっか。そうだったね。そもそも、昨日は何で念話が妨害されたの? やっぱり敵意?)
《恐らくそうでしょう。皆さんがあの宿に入ってから念話が出来なくなりました。蓮さまの目を通じて状況は見えてましたが》
じゃあ何であの時、キンジュが人質を殺そうとした時(実際にはフェイクだったが)念話が繋がるようになったんだろう……
《キンジュさまの敵意がなくなったからじゃないでしょうか?》
(ええ?! あの状況で? あいつ……俺から殺さてもいいって眼を本気でしてたよ?)
《敵意なく……殺される覚悟、殺す覚悟を持っていたかと……》
(はぁ?! 何それ、意味わかんないよ。チョー怖いんですけど)
《まあ実際は人質はフェイクだったわけですし、あの方の本当の心は……解りませんね》
キンジュは裏の住人。
俺なんかより命のやり取り、命を奪う事を多くしてきたはずだ。
無為に散る命、理不尽に潰える命、等しく軽い命……
多分……俺とは『命』と言うものの価値観が違うのかもしれない。
それは恐らく、他人の命も、自身の命であっても。
そりゃ俺みたいな平凡な市民が敵いっこないな……
やっぱキンジュ、こわ! やくざ屋さん、こわ!
《キンジュさま……昨日の記憶がないと仰っていました。蓮さま、このことについてどう思われます?》
(う~ん、キンジュは7歳くらいだろ? ほとんどの転生者は5、6歳になるころには記憶がなくなるって聞いたから、あいつは長く記憶を保持してる方だと思うんだ。それで加速的に記憶が無くなってきてるんじゃないの?)
《それもあるかもしれませんね……ですが、昨日のことですよ? しかも『前世に関わることのみ』忘れている……これは何か意味と言うか、法則があるように感じられるのですが》
(法則?)
《蓮さま、昨日仰いましたよね。忘れることが救いになることもある、と》
(え? ああ……あれはつらい過去ばかり覚えていたら、人生大変だろうって話さ)
《そうです。人はどんな辛い事があっても、時間がたてば、その苦しみも辛さも、少しずつ薄れていきます。忘却は――救いでもあると私も思います》
(……そうだね)
《ではここで、転生者という特別な存在に置き換えて考えてみましょう。転生者がずっと前世の記憶を保持し続けること……それは、幸せな事でしょうか?》
(え?)
《一つの魂でいくつもの人生の記憶を持ち続けるのは……とても大変な事では?》
人生はいい事ばかりではない。
時に理不尽な出来事や、絶望に打ちひしがれるときもある。
それらを『忘れることが出来ない』とすれば……
記憶の永続的な保持。
それは――
俺は想像するだけで、地獄のように思ってしまった。




