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117 キンジュ(5)~転生者~

挿絵(By みてみん)

 ――「蓮さま……あんたに一つ聞きたい……日本は……戦争に負けたのかい」――



 中廊下のカンテラがキンジュの顔になだらかな影を作っている。


 彼女の一言に俺は現実感を失った。



「え……お前、今……なんて……」



 ニホン……にほん……日本?!


 今こいつ、日本って言ったのか?!


 なんでこいつが日本の事を――


 戦争?


 戦争って何だ?


 待て待て……思考が追い付かない……



「蓮さま。すまんが、中に入っていいかい? 他の客に聞かれたくないんでね」


「あ、ああ……」



 俺はキンジュを部屋に入れ、中廊下を確認し扉を閉めた。


 昼間は薄暗く冷たい感じの廊下だったが、今は各部屋の前にカンテラが吊るされてあり、柔らかく廊下を照らしている。


 よく見ると扉が閉まっている部屋には札が掛けてある。


 恐らく宿泊客がいるというサインだろう。


 昼間見た時より部屋が埋まっている。


 俺は一つだけ置いてある丸椅子をキンジュに差し出し座らせた。

 


「すまない、これだけは()()()()()()に聞いておきたかったもんでね……つい先走っちまった」


「キンジュ……お前、もしかして――」


「そうさ。私は……日本からの転生者だ」


「転生……おい……マジか!」


「ああ。大狸商店街、田中蓮、江藤伊織……間違いなく日本語の響きだ。初めてあんたらの噂を聞いたとき、絶対に私と同じ日本人だと思って鳥肌がたったよ……私一人じゃなかったんだってね」



 年齢に似合わない老獪な思考。まるで何年も修羅場をくぐったような迫力。


 そして――


 ――『私もこの歳で緊張してんのかね』――

 ――『あんた、電気を操れるのか?!』――

 ――『コーボー……コーボー……ん~~~』――

 ――『……らあめん……ラーメン! うん……うん……そうか……』――


 こいつと会ってからの違和感が全て繋がった。



(チエちゃん……)


《ええ……これは驚きですね。蓮さま、もっと詳しくお話をお願いします》



 俺とばあちゃん以外の転生者。


 こっちにきて初めて会った。



「キンジュ、『忘れないうちに』って言ったよな? やっぱり記憶が……消えていっているのか?」



 夏の救済活動の際、ウキヤグラでヒーゴ王が言っていた。



 ――『転生前の記憶は、生まれてすぐに無くなるか、徐々に消えていき、5、6歳になる頃には無くなることがほとんどらしい』――



 キンジュは7、8歳くらいに見える……



「ああ、かなりおぼろげになってきている。今、私が覚えているのは……私が日本人だったって事と、日本が戦争をしていた事くらいだ。祖父――ドルク一家の先代が生きていた頃は、もっと詳細に前世の事を話していたみたいだけどね」



 日本が戦争……? どういうことだ?



《蓮さま、現在の日本は西暦2025年です。キンジュさまのお姿はどうみても10歳未満……逆算すると、キンジュさまがこちらへ転生してきたのは2015年前後という事になります。ご存知の通り、日本は戦争なんてしていません》


(だよね……)


《本当にこの方――日本から転生してきたのでしょうか?》


(え? どういうこと?)


《現在私たちは、このヒズリアを日本のパラレルワールドと仮定しています。ですが多次元宇宙において、パラレルワールドがひとつとは限りません。いくつもの世界の分岐において、私たちのいた日本とはまた別の日本があるかもしれないということです》


(え? 分岐? ちょっとよく分からないんだけど……つまり……キンジュは別の日本から転生してきたってこと?)


《その可能性も捨てきれないということです。年代の整合性がとれませんので》



 多次元宇宙?


 俺たちがいた日本とはまた違う日本がある?


 ちょっと話がややこしくなってきたぞ。



「蓮さま、見てもらいたいものあるんだが……いいかい?」


「ああ、なんだ?」



 キンジュは一冊の本を取り出し、俺に手渡した。


 本を開くと、そこには子供が書くようないびつな文字で、キンジュがこちらの世界へ転生してきてからの事が記してあった。



「前世の記憶がなくなり始めてから、手下どもに聞いて纏めてたんだ。今、私の認識は、これを見ても『ああ、そうだったのか』ぐらいのもんさね。読んでくれ」



 本には、こう記してある。


 ――――――――――――――


 ・私はこの世界に生まれた時から前世の記憶、人格は鮮明にあり、すぐに言語も覚えた。


 ・不思議なことに、自身の名前は覚えていなかったようだ。


 ・前世では日本と呼ばれる国のならず者であった。多くの手下を従え、グレンタイと呼ばれていた。


 ・だが日本で戦争が始まり、グレンタイの面々は駆り出され散り散りとなった。


 ・南の島で戦闘に参加した私は、そこで戦死したそうだ。


 ・戦闘のことを詳しく問うも、頭を抱え泣き出し答えなかったという。


 ・その他の日本での記憶は楽しそうに語り、祖父を驚かすが、祖父に口止めをされた。


 ・どうやら、帝国には秘密裏の研究機関があり、目をつけられると研究対象として保護、連行されるらしい。


 ・それ以降、私は前世のことを喋ることがなくなったみたいだ。


 ・5歳を過ぎたあたりから、日に日に前世の事が思い出せなくなり、キンジュとして記憶の方が強くなってくる。


 ・私が私でなくなるようでもあり……私がようやく私になるような感覚だ。


 ――――――――――――――



 その他にも祖父との思い出や、しのぎの心得などについて書かれていた。



「2年前、祖父が亡くなって、孫の私がドルク一家を引き継いだ。生前、祖父とはしのぎやゴミ街の仕切りについて、よく話していたからね。まあ、前世での裏稼業の記憶が役に立ったってわけさ」


「こっちの両親は? いないのか?」


「両親は私が生まれてすぐに、一家同士の争いに巻き込まれ亡くなったみたいだ。不思議なもんだね、前世の記憶はもうほとんどないが、こっちの記憶は鮮明になってきてる。7年前、私がこの世界に生まれてすぐの頃さ。あの時、祖父が鬼のように怒っていたのを覚えているよ……すぐさま報復にでて、関わった一家、その親、子供に至るまで、皆殺しにしたと言っていた。ふふ、当然さね」



 親、子供まで……そんな恐ろしい話をニヤリと笑いながら喋るキンジュを見て、俺は寒気がした。


 住む世界が違う――


 あんたはあんたの道を。私は私の道を。


 キンジュは今日一日、その事をずっと俺に教えてくれていたのだ。



「しかし皮肉なもんだね。こうして生まれ変わった先でも裏稼業とは。そういう業でも背負ってるのかね……あ、そうだ。蓮さま、さっきの質問だ。日本は……あれからどうなったんだい?」


「お前が言っている日本が、俺のいた日本と同じかどうかわからないが……日本は――戦争に負けた」



 キンジュの大きな瞳が更に大きく開き、その視線は宙を見つめた。



「負けた……そうか……負けたのか……ふふっ、そりゃそうだ。私らみたいなゴロツキまで駆り出すんだ。勝てるわけないね」


「キンジュ、俺の日本では1945年に終戦している。お前……いつ死んだ?」


「いや、もう詳しくは覚えてないが……」


「終戦は昭和20年だ。『昭和』……この響きに覚えがないか?」


「ショーワ……しょうわ……ああ、そうだ、昭和だ。昭和20年……私が死んだのは昭和20年、間違いない」


「その前の年号は?」


「その前……タイ、ショー……タイショーであってるか?」


「そうだ……あってる! その前は?!」


「め、いじ……だな?」


「そう! 明治だ!」


「そうか……明治、大正、昭和……うん、うん……何となく思い出した。エドもあった。その前は……思い出せないな……はは、もとより前世はゴロツキだったみたいだしな。そもそも知らんのかもしれん」



 俺の日本と――同じ年号。



(チエちゃん……これって)


《ええ。同じ……日本なのでしょうか。もし、そうだとするなら、キンジュさまの言っている戦争とは、第二次世界大戦ということになります。しかしそうなると――》


「ああ、変だな」


「何がだい?」



 しまった。ついチエちゃんの念話に声で応えてしまった。


 いや、いいか。いずれにしてもキンジュには全てを話す必要がある。



「あ、いや……キンジュ、俺が元いた日本は『令和』だ」


「レーワ??? なんだいそりゃ」


「令和、つまり昭和の次の次の年号だ。昭和の後に、平成があって、令和なんだ」


「へえ……そうなのかい。ん? それの何が変なんだい?」



 キンジュ、気づいてないのか?


 それとも記憶が薄れて実感がないのか……



「キンジュ、お前から見たら俺は……未来人、かもしれない」


「ミライ、ジン……?」


「そうだ。お前は昭和20年に死んで、7年前にこの世界に転生したんだろう? だとしたら今、向こうの世界は昭和27年って事だ」


「そうなる、かな?」


「でも俺は令和7年……つまりお前が死んだ年の80年後の未来から来たって事になる」


「あ……そうか……いや、はぁ?! え? わけが……わからない……」



 キンジュは頭を抱え、本の文字を見るともなくうつろな視線を這わせ……



「わ……私は、日本と呼ばれる国の、ならず者だった。多くの手下を従え、グレンタイと呼ばれ――」



 薄れてしまった記憶を掘り起こすかのように、ぶつぶつと文字を声に出して読み始めた。


 無理もない。


 転生ってだけでもぶっ飛んでるのに、目の前に80年後からやった来た日本人がいるんだ。


 俺がキンジュでも絶対に混乱する。



《蓮さま……これはとんでもない発見かもしれません。もっと詳しく調べる必要があります。ここは、その時代に生きていた伊織さまに聞くのが一番かと。伊織さまをこちらへ招いてもよろしいですか?》



 確かにそうだ。


 ばあちゃんは1926年の大正15年生まれ。まぁ本人は昭和生まれを豪語していたが……(1926年は大正最後の年。昭和元年でもある)


 終戦の昭和20年、1945年の時、ばあちゃんは――19歳。


 キンジュが向こうで何歳だったのか分からないが、徴兵されているって事は、そこまで高齢じゃないはずだ。


 きっと同じ時期を生きてる。



《1945年の南の島と書いてありましたね。キンジュさまが私たちと同じ世界線を生きられていたのなら――恐らくフィリピンのレイテ島かルソン島での戦闘かもしれません。相当に悲惨な戦場だったと文献にありました……詳しい戦況を聞いてみては?》



 キンジュの瞳は落ち着きなく文字の上を滑っている。



「だが、日本で戦争が始まり、グレンタイの面々は、駆り出され、散り散りとなった。グレンタイ……グレンタイ……仲間……思い出せない……うう……」



 戦況の事は、泣き出して語らなかったと書いてあった……


 余程つらい思いをしたんだろう。



(いや、それはやめておこう。忘れることが救いになる場合も……あるよ)


《……そう、ですね。失礼いたしました。伊織さまにはお声掛けしても?》


(うん。頼む。ばあちゃんにもっと別の方向から聞いて貰おう)


《はい》



 ばあちゃんが来るまでの間、キンジュはずっと失くした記憶を探しているようだった。



 ――忘れることが救いになる――



 自分で発したその言葉に、俺自身ハッとした。


 俺もこいつも転生者……


 もしかしたら俺も、大切な何かを――


 忘れているんじゃないだろうか。











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