116 キンジュ(4)~「あ~ん」~
――クツクツクツ……ジャアッ~~~!
宿の厨房に、ヴィヴィ食堂で響くいつもの音、美味そうな香りが漂っている。
「はへへぇ~。不慣れな台所なんに、ヴィヴィちゃん相変わらず凄かねぇ~」
――コトンッ、チョロ、カン、ザアッ、チン、ジョバ~!
「私、もともと冒険者のサポートで調理してましたから。場所も道具も選べなかったので……」
ヴィヴィはばあちゃんと話しながらも手際よくリズミカルに、ラーメンのどんぶりにかえしとうま味調味料、スープを注ぐ。
「はぁ~、弘法筆を選ばずってやつばい、それ」
「コーボー……?」
「知らん? ことわざでよく言うやないね。ねえ蓮ちゃん」
いや、ヴィヴィは異世界人なんだから、俺たちの世界のことわざを知るわけないだろう。
「コーボー……あとでチエさまに教えてもらいますね、あ、チャーハンいきます」
――パカンッ……ジャア! ジャッジャッジャッ! カツカツカツ!
並行してチャーハンを炒める音が心地よい。
厨房の真ん中には食材が置かれる用の台があり、そこに席を設け、キンジュが椅子に腰をかけている。
椅子と言っても――
キンジュは7~8歳くらい(たぶん)なので、どう見てもお子様用の椅子に座っている。
「コーボー……コーボー……ん~~~」
耳に入った単語をブツブツと反芻しながら、お子様用の椅子に座っているその姿からは、こいつが裏稼業の親分だなんて想像できない。
つくづく思うが、俺たちの常識は異世界じゃ通用しないな。
――パッカ~~~ン!
「はい! お待たせしました! まずはキンジュさまと伊織さまからどうぞ」
キンジュとばあちゃんの前に、俺たちが死ぬほど苦労して作った(実際死にかけた)豚骨ラーメンのチャーハンが、独特の香りを湯気に乗せ配膳された。
「おお?! これは……?」
「ラーメンとチャーハンのセットです。麺が伸びやすいので、お早めにお召し上がりください」
「……らあめん……ラーメン! うん……うん……そうか……」
俺は暴力は嫌いだが、これが唯一の例外……
大狸商店街、最強の力。
「はわぁ~! 飲んだ後はこれこれ~! 締めのラーメンよ~。キンジュちゃん、食べようばい~」
「あ、ああ……頂きます」
――ズルッ……
「……ッ! これは!!!」
この後は――
言うまでもない。
キンジュは周りの目も気にせず、ラーメンチャーハン、チャーハンラーメンと、箸と匙をガチャガチャと持ち替え、狂ったように口へ運んだ。
キンジュ、どうだ……これが俺が唯一大好きな暴力……
誰も傷つけない、誰もを笑顔にする最高の力!!!
味の暴力だ!!!
――ガツガツガツ! ズルルルルルル!!!
どうだ、止まらないだろう?
こんな美味いもの、喰ったことがないだろう?
ふふ……ざまあみろ。さっきはこいつにいいように言われっぱなしだったからな。
なんか、気分がいいぞ!(俺が作ったわけじゃないけど)
「うう……ぐすっ……ずるる」
――って……キンジュ、泣いてる?
キンジュは大粒の涙を流しながらチャーハンセット食べ続けた。
「ぷはぁ……ぐすっ……ごっそさん」
「どうね、キンジュちゃん……美味しかったやろ?」
「ああ……痺れるほどね。で……? これが美味かったから――何だってんだい?」
「キンジュちゃん。話は前後するばってん、まず食べて貰ってからの方がいいと思ってね……あんた、このラーメン、クラーヅカの名物にせんね? ドルク一家が仕切って。そうしたら、あんたらの言うしのぎ……悪い事、子供たちに教えんでも済むんやない?」
「それは……これほど美味けりゃ、十分なしのぎになるだろうさ。でも、こんな複雑な料理、子供たちが作れるか……」
「蓮ちゃん、ヴィヴィちゃん」
ばあちゃんが俺たちに目配せをする。
ばあちゃんが台所と言った時点で、こうなることは何となく分かっていた。
「うん」
「もちろんです!」
「キンジュちゃん、作り方は私たちが責任もって教えるけん。大狸商店街でも、子供たちが給仕の仕事とかやっとるみたいやし、練習すればきっと出来るばい! ね? ヴィヴィちゃん」
「ええ。子供は素直ですから、呑み込みが早いです。食堂も今じゃディアナちゃんに任せても大丈夫になってますし、お手伝いの子たちもラーメンは作れるようになってます」
「ほえ~、凄かねぇ。じゃあ、その子らを指導係としてここに来てもらったらどうやろか?」
「いいと思います」
「キンジュちゃん、私たちが来たことで、随分迷惑かけたね……ごめんばい。あんたさっき蓮ちゃんに色々言いよったばってん……本当は蓮ちゃんに期待しとったっちゃろ?」
「それは……ね」
一瞬、キンジュの表情に影がおち、その瞳は少し寂しそうに俯いた。
「キンジュちゃん、お米、ついとる」
「ん……どこだい?」
「ほら、こっち向いて。やけん、しのぎを手放したんよね? 私たちのやり方に従う事を、他の一家に示すために……はい、取れた」
「ん、ありがとう……まあ、ね……だが、それが裏目に出た。この街の勢力図が変わっちまった」
ばあちゃんはキンジュの隣に腰かけ、キンジュの口についた米粒やスープを拭ってやっている。
その姿はまるで母親と幼子のご飯タイムにしかみえない。
話している内容と絵面のギャップが――えぐすぎる!
「私の分のチャーハン、食べる?」
「……食べる」
「はい、あ~ん」
「あ~ん」
「美味しい?」
「美味しい」
なんだこれ……さっきまでの緊迫した空気はどこへ行った!
「キンジュちゃんも本当はこの街を良くしたいって思っとったんよね。あんたがいう表の街として。はい、あ~ん」
「あ~ん。もぐもぐ……まあ……ね……出来れば、身寄りのない子ら、生まれてくる子らには……私らみたいな日陰者にはなって欲しくないさ。あ~ん」
もはやキンジュからあ~んを促している。
よくみるとこいつ、滅茶苦茶整った顔立ちしてるな。
椅子から放り出した足をぷらぷらさせてるし……
可愛すぎるだろう!
なんて平和な絵面なんだ。
なんか、周りの手下たちも、ヴィヴィたちも薄っすら微笑んでないか?
「はい、あ~ん。裏の事は私もよく分からんばってん……今まで通りあんたが裏の悪い奴らから子供たちを守って、子供たちは勉強して自分たちの仕事を持つ……いきなり全部変えるのは無理やけん、今はそれがいいんやないやろか?」
「そうだね……しかし、いいのかい? 大事なしのぎ、私らに教えて……あ~ん」
「あ~ん。いいくさ! 私らが至らんやったことは確かやし、それでこの街やみんなの為になるなら! はい、あ~ん」
「あ~ん」
「はい! おしまい! いっぱい食べたねぇ~! いい子いい子!」
「もぐもぐ……ゴックン……ごっそさん」
ばあちゃんがキンジュにご飯を食べさせる姿を見て――
俺自身、幼い頃……ばあちゃんと二人でこうして食事をしていた事を思い出した。
流石に『あ~ん』はなかったが。
ばあちゃんは……本当に子供が好きなんだな。
アポロやローニャもバカ可愛がりしてるもんなぁ。
「けぷぅ、分かった。その提案――有難く受けよう。子供らには表のしのぎを。裏は私ら大人が……それでいいかい? 蓮さま」
「大人……あ、ああ……頼む」
「へは! よかったよかった! それもこれもヴィヴィちゃんのお陰ばい!」
「いえ! ラーメンは私一人で作ったものじゃありません。グランボアの肉もそうですし、特にうま味調味料なんか、みんなの力がないと絶対に作れませんでした」
「まぁね~。作るの苦労したもんねぇ~」
「うま味調味料? それってあれかい? ラーメン作る時に入れてたその白い粉かい?」
キンジュが興味を示し、瓶に入ったうま味調味料をまじまじと見つめている。
「ですです。これ、優れものなんですよ。ささっと一振りすれば、あら不思議! どんな料理でも、一気に美味しくなる……ヤバい粉です」
「どんな料理でも? そりゃ凄いねぇ!」
「ぶっ飛びますよ……ふふふ」
おい……ヴィヴィ……やくざ屋さんにその言い方はダメだろう!
さっきまでのほのぼのムードがぶち壊しだ!
一気に裏の世界に逆戻りだよ!
「あ……そうだ! 蓮さま! その白い粉……私らに売らせてくれないか!」
「はい?!」
「子供らばっかりに働かせるわけにもいかないからね! 私ら大人はこの粉を売りさばく! ノルドクシュの冒険者なんか喜んで買うだろうね。あいつら料理が下手だからねぇ。あ、ファクタの貴族付きの料理人なんかにも……へへへぇ~、こりゃあ、金になるよ~。もちろん売り上げの何割かは献上するからさ。私らをこのヤバい白い粉の売人にしておくれよ!」
い い か た !
本人にそのつもりはないんだろうけど、まんま過ぎて震えがくるんですけど!
「まあ、うん……そうだね。いいと思うよ。ただ言っとくけど、そんなヤバい粉じゃないからね? これ、普通の調味料だから。普通に売ってよ?」
「何言ってるんだい! 普通なもんか! とんでもない代物だよ! いいじゃないか! 『どんな料理にも、一発でぶっ飛ぶ、大狸印のヤバい粉』! おお、我ながらいい謳い文句だ」
「ええ~……それは……ちょっと……」
「い~や! 決まりだ! 絶対にそれがいい!」
この後キンジュは一歩も退かず、うま味調味料を『ヤバい粉』として売ることを押し通した。
結局ドルク一家は、宿の運営と、うま味調味料の販売を主とした『ドルク商会』を立ち上げることになった。
――サラサラサラ……コトンッ
「よし……急ごしらえだけど、これがドルク商会の承認証だ。この街の事……頼むよ」
「任せときな。ヒッチとも連携をとって上手くやるさ。へへ、忙しくなるよ~」
商会の承認はツクシャナ共和国が正式に行い、ドルク一家は晴れて『表』の顔を持つことになった。
「今までのやり方じゃ、どのみちどん詰まりさ。連中が『表と裏』の顔を使い分けるなら、こっちもそうするまでよ」
キンジュたちは商会の運営をしつつ、今まで以上に裏での影響力を強めていくことになる。
「それはそうと……あいつら……舐めたことしやがって……覚悟しておきな……楽に死ねると思うなよ……」
キンジュの瞳が冷たくひかり、俺たち商店街の面々は目を伏せ、ぶるぶると肩を寄せ合うしかなかった。
この日以降、行方不明になる子供は減り、怪しい動きをしていたいくつかの商会が潰れたと、しばらくして風の噂できいた……
キンジュ……おっかねぇ~~~!!!
「ま……まあ、みんなの思惑が色々と交錯したばってん、とりあえず一件落着やね! ね?! へはは~!!!」
今回は……ばあちゃんに全部持ってかれたな。
いや、今回も、かな。
◇ ◇ ◇
俺たちはそれぞれ別々の部屋に案内され、明日の出発に向け休むことになった。
簡易的なシャワーを浴び、お世辞にも寝心地がいいとは言えないベッドに身体を放り投げた。
「ふう……何だかどっと疲れる一日だったな……」
結局俺は、キンジュが突きつけた現実に戸惑うばかりで、彼女が言うように『坊や』だったわけだ。
この街の汚れ仕事は……キンジュが引き受けてくれる。
これから先、俺は『坊や』じゃなくなる日がくるのだろうか。
今はまだ、答えが出ない。
そんなことを悶々と考えていると、チエちゃんが声をかけてきた。
《蓮さま、どなたかこちらへ来られます》
「え? こんな時間に? 誰だろう……」
《この魔力の感じは……》
――コンコンッ……
「蓮さま……私だよ。キンジュだ。少しだけ、いいかい?」
「どうぞ……」
――ガチャッ……
扉を開けると、浴衣に半纏姿のキンジュが、神妙な面持ちで立っていた。
そして――
この日の出来事が全て吹っ飛ぶような一言を発した。
――「蓮さま……あんたに一つ聞きたい……日本は……戦争に負けたのかい」――
俺は驚きのあまり、目の前が真っ白になってしまった。




