俺は何をしてやれる
体育館裏の通路にいても、壁越しに試合の喧騒が聞こえてくる。できることなら聞きたくないものだ。
俺が、俺があの場面でタイムアウトをとっていれば。こんな子供相手に意地を張らず、真っ当に指示を出してやれれば。こんなことにはならなかった。
「........................」
アリサは壁を背もたれにし、力無く足を伸ばして廊下に座っている。スポーツ飲料の入ったペットボトルを握る手は、やはり力が入らないようで小さく震えていた。顔もまだまだ赤い。目もうつろだった。
こんな状態になってまでチームを勝ちに導かんとする彼女の想いは、とっくに気づいていたのに。現実として無謀過ぎると言わんばかりの実力差を突きつけられてもなお、諦めずに立ち向かってみせたのに。俺が見て見ぬフリをした結果がこれだ。まともな顧問、コーチなら彼女ひとりに負担をかけさせ、オーバーヒートするまで追い込んでしまうことも無かっただろう。最悪だ。俺は。アリサを、滝蓮女子バスの全てを踏みにじってしまった。
「先生..................」
プレイ中の声とは真逆、か細く呻くように俺を呼んだ。今の俺には返事をすることも、アリサの顔を見ることもできなかった。
「この練習試合で海清中に勝つことができれば、先生は私たちを認めてくれるって思ってました」
「....................................」
「私ならやれる、私たちなら全国に行けるってことを伝えたかったんです。なのに............こんなところで怪我をしちゃうなんて、私、弱いですよね......!」
「........................!」
泣きそうな声で、必死に言葉を吐き出そうとするアリサ。
「でも、本当なんです。信じてください............!私たちは本気で全国制覇を目指してるんです......!」
悲痛な訴えをしなくとも、全て俺には伝わっているんだ。お前たちの実力も、やる気も、頑張りも。だがそれらを一度否定してしまった俺が、お前に何を言ってやればいいんだ。
俯く俺をよそに、飲み物を飲み干したアリサは壁に手をかけ、ゆっくりと立ち上がろうとした。
「っく......!」
何重にもテーピングを巻き、アイシングで冷やしたとはいえ、まだ足も痛むのだろう。自重を足に移動させた途端に苦痛の表情を浮かべる。拭いたハズの汗もまた流れ始めている。
「おい何してんだ」
ようやく声が出た。立つと言うよりは壁にもたれかかっているアリサを支え、怪我をした足に気を配りつつ肩を貸す。
「戻らなきゃ............みんなが頑張ってるのに、私だけこんなところにいるなんて嫌なんです............!」
「何言ってんだ、お前まさかまた出る気じゃないだろうな」
「出ます......!私は滝蓮のキャプテンですから。ここから追い上げって時にいなくなるなんて、キャプテン失格です!」
「やめろ!そんな状態でどんな動きができるってんだ!バカ言ってんじゃねえぞ!」
「全国制覇を目指すならこんな状態でも頑張らなきゃいけないんですよ!!............っつ。先生、私は本気です!」
ここまで最悪の顧問としていた俺だが、立つことすらままならない少女にこれ以上ムチを打つような真似はできなかった。
目標を達成せんとするアリサの言い分を聞き入れることで、俺の自責の念は多少は晴れるだろうが。限界まで弱り切った、病人同然の少女をまた試合に出すなど、ひとりの大人としてあり得ないことだ。それに
「これはたかが練習試合なんだぞ。負けたら終わりの公式戦じゃねェ。お前がそこまで必死になる必要は無いだろう」
アリサは言葉の代わりに俺のカッターシャツを右手でぎゅっ、と掴んだ。それで彼女が何を伝えたかったか、俺は瞬時に理解した。そうだ。何度も言っていたじゃないか。アリサにはこの練習試合に全身全霊を尽くす意味があるのだ。
アリサの意志を汲み取り、なおかつひとりの顧問として俺が下すべき判断は。
「..................わかった。でも、今はお前の体を休めておけ。動けるようになったら、ラスト数分だけ出してやれるかもしれねえ」
「はい............!」




